レオンの婚約者
学園の文化祭は三部構成だ。午前の部、午後の部、そして舞踏会。午前の部から、生徒会が用意した業者が入り王都の有名店が店を出し、お菓子や軽い軽食やらを広場で売っていた。その科ごとに催しをしていて、騎士科は体力測定を行っていた。演習場に手護身術講座や、剣の持ち方体験なども好評のようだ。魔法科は魔法で学園全体にキラキラ光るエフェクトを施していた。花や星が時間ごとにチラリと舞って、独特の雰囲気を醸していた。いつもの学園が全く別の場所に感じた。
貴族科は1年生時は劇をする。今年の演目は前世で言うところの『ロミオとジュリエット』だ。生徒会に入っている人は、劇の役を免除されるのが慣例だったが、ミランダさんがなぜか役を押し付けられ、主要メンバーに入れられたようだった。どうにもついていない。死んだ目をしながら台本を持つ彼女に生徒会の仕事を任せるのは気が引けたため、私とレオン様で何とかカバーし当日を迎えた。しかししっかり練習はできたようで、是非見に来てほしいと言われていた。この劇は午後の部の一番の目玉だ。
そして貴族科の2年3年はチャリティーバザーと来賓の案内だった。2クラスあるため、2年次チャリティーバザーだったクラスは3年次来賓をおもてなをする。来賓は国の重鎮である宰相様や、学園に多額の寄付を行った高位貴族の方たちだ。当然おもてなしも貴族科が行った。その他王都の一般市民たちもやってきて本当にお祭りのようだ。準備はもちろん大変だったがそれだけではない。
ゲームでもこの文化祭は一大イベントだ。
特に第三王子殿下を攻略するなら2年間どちらも一緒にイベントをこなさないと好感度は稼げない、重要行事だ。しかし今回その心配はいらず、ロイ様を伴ってシエナ様と第三王子殿下が三人で回っているらしかった。第三王子殿下のほうのクラスは今回来賓のおもてなしだが、殿下は免除になったらしい。クラスで浮いているのは何となく知っているが、きっと殿下においそれと話しかけることができないのだろう。そして第三王子殿下はそれを分かっていて放置しているのだ。周りが何とかするのが当たり前だったから。同じクラスでなくてよかった。きっと胃痛案件になっていたに違いない。クラスメイトと第三王子殿下の間で板挟みになるのが目に見えていた。その役はレオン様が一手に担っているのだろう。生徒会に入ったのだってその一端に思えた。
ゲームでは何をすることもなくすんなり第三王子殿下と文化祭イベントをこなしていたが、実際に学園に通っていると、そういうのがなんとなく分かった。
思考に沈みかけた頭を浮上させた。生徒会の仕事は一段落したので、マゼンダさんと合流して午後の部の劇を見に行こう。懐中時計を確認する。まだまだ落ち合う時間には早いが、待っているのもいい。そしてそのあとは夕方から夜にかけての舞踏会。最後の仕事が残っている。
「久しぶりね、レオン。」
雑踏の中知った名前に思わず振り向いた。目当ての男子生徒はすぐに見つかった。独特の白髪だから。しかしその彼に話しかけている女性には見覚えがなかった。金髪のウエーブがかった髪に、緑色の瞳の美しい女性だ。ニコッとレオン様に微笑みかけた姿は可愛らしい。
「お久しぶりです。」
少し硬い声のレオン様はぺこりと挨拶していた。
「本当に久しぶりだよな、シェトナ。王都には半年ぶりか?」
背の高い、この学園の制服を着た茶髪の男子生徒が快活に笑っていた。その腕は金髪の、シェトナと呼ばれた女性に抱き着かれていた。先ほどから全く微動だにしないレオン様の背が気になり、私は声をかけた。
「レオン様?そんなところで何やっておりますの?役員のお仕事は終わりましたの?」
もっとまともな言葉があったのかもしれないが、これが私のベストだった。
「あ、モニカ嬢。今は…。」
そこで言葉を切ったレオン様は手招きをした。首を傾げつつ隣に行くと、目の前の可愛らしい女性と目が合った。良く浴びせられる、値踏みされるような眼だ。少し不快に思いつつ、レオン様の顔を覗くと、助かった、と書かれていたためそのことについては不問にすることにした。
「あら、ごきげんよう、どなたですの?」
レオン様はこくりと頷いて男性のほうを指した。
「俺の兄と…幼馴染のナバ子爵令嬢です。」
「どうも、ウォルタ・Ⅽ・ローファスだ。」
「私はシェトナ・ナバよ。」
ナバ子爵令嬢と言えば、レオン様の婚約者ではなかったか?となればこのお方が…。ただいまその婚約者の兄の腕に抱き着き、にこにこ笑っているこのお方が。レオン様の無表情に苦労の色を感じた。子爵令嬢と聞いて、貴族のあいさつをしないわけにいかない。相手は全くそういうのは気にしていなかったが、私はそういうのはしっかりしておきたい。スカートの端を持った。
「どうも初めまして。バージェス公爵家のモニカと申します。」
「モニカ嬢は俺の幼馴染です。同じく生徒会に所属しております。」
顔をあげるとなぜかシェトナ様ににらまれた。
「珍しい髪色ですわね。」
確かに黒髪は珍しいが、王都にはいないことはない。他国から来た人の出入りも激しためだ。こういう言い回しをあえてするということは、私の出自に文句を言いたい、と相場は決まっていた。昔王城へあがっていた時もそんな嫌味を言ってくる貴族子女はごまんといた。そういう人に対する返しはもう何年も前から決まっていた。
「あ、ご覧になったことがありませんか?王都では珍しくもないのですが…。」
そう、遠回しにド田舎出身ですね、というのだ。自分の髪をひとふさ持って、レオン様に同意の目線を送ってみた。
「そうですね、学園にも何人かいましたからね、ああ、クラレンス・オーズ先生を見たことが無かったのでしょうかね。」
レオン様のとどめに、そこで彼女は言葉に詰まった。オーズ家と言えば侯爵家だ。しかも現王太子妃の実家。黒髪に文句や避難をしたら、自動的に黒髪の当主であるオーズ家への非難となる。
「保健室に縁がないことはいいことですわ。」
にこりと笑ってから、レオン様を見て小首を傾げた。やっといつもの調子に戻ってきたようだ。
「それで何をなさっていたのです?生徒会のお仕事はどうなりました?」
「はい、一通り終わったところです。」
あらそうでしたのと言いつつ、シェトナ様に視線をちらりと送った。口元を隠しレオン様の袖を引き、耳元に顔を近づけた。
(もしや婚約者の方と一緒に回る予定でした?お兄様を回収いたしましょうか?)
ここまで私が紹介されてから今現在になるまで、片時も二人は離れようとしなかった。まるで恋人同士のように。しかしレオン様の婚約者だというのなら、二人が回れるようにお膳立てしてやらなくもない。不服ではあるが、レオン様のお気持ち次第だ。
そう考えていたのもつかの間、不愛想なレオン様にしてはあからさまに、苦虫を噛み潰した顔になった。
(いいえ、結構です。)
「ねえちょっと、貴方たちくっつきすぎじゃないの?」
そこで声をあげたのは今まさに婚約者以外の手にくっつきながら、眉間にしわを寄せているシェトナ様だった。私は自分とレオン様の立ち位置を確認したが、幼い時から変わらない距離感だったので、また小首を傾げた。
「あら…そうでした?いつもと同じくらいの距離感かと…。」
「…そういえば、よく考えればほかの女子生徒にこの距離まで詰めませんね。ちょっと近かったかもしれません。失礼しました。」
レオン様が一歩引いたのを寂しく思いながらこうなった原因を考えていた。
「あ、じゃあ背が伸びたせいかしら?腕も、小さかったころからすると遠くまで伸びるようになりましたわ。嫌だわ、幼いころと同じにしていたわ。」
私が頬に手を当て、反対の腕をぶんぶん振り回すと、レオン様にやめなさい、と腕を掴まれ冷たくあしらわれた。
「それで、これからどうしますか?兄さんはシェトナさんと回るんですか?俺は生徒会の仕事があるので、エスコートしていただけると助かりますが。」
第三王子殿下ほどではないが、レオン様のかなり冷たい声が隣から聞こえてきて少し怖気づいた。こんな声聞いたことが無い。しかもエスコートということは、夜の舞踏会のことだろう。
「あ、ああ、忙しいなら俺がエスコートするよ。」
「そおなの?じゃあ舞踊会ではウォルタと踊るわ。ざんねんね。」
なぜかシェトナ様が勝ち誇った顔でこちらを見てきた。いったい何なんだろう?レオン様が隣でうんざりといった様子だ。一方のウォルタ様は隣の彼女しか目に入っていないようだ。
「お二人は幼馴染同士だからそんなに仲がよろしいのですね。良いことですわ。さあではレオン様、生徒会の仕事に戻りましょうか。」
笑顔でレオン様の腕を取った。エスコートの時の体勢だ。隣からホッとしたようなため息が聞こえたので、これでよかったらしい。
「ではお二人は学園祭をお楽しみください。」
レオン様の完璧な礼に、しかしもう二人の世界に入ってしまった彼らは、たわむれながら歩きだした。私は腕を引き人込みから離れて、目立たないところにある中庭の噴水のへりに腰を掛けた。
「いったいどういう事かご説明していただけますわよね??」
思ったよりもとげのある自分の声に、咄嗟に口に手を当てた。こんな声を出すつもりはなかったのに。隣にどさりと座ったレオン様は、あー…と視線をさ迷わせながら何か思案している様子だった。
「レオン様、あの方はレオン様の婚約者で間違いないのですのよね?」
「ええ、はい。一応。」
前世の私はレオン様ルートを完走しなかった。だから彼の事情が全く分からない。それがこんな事態になろうとは。ここにいたのがミランダさんなら、レオン様の気持ちを察して気の利いたことを言えたのに。
「ではなぜ、レオン様のお兄様と懇意になさっているのです?エスコートだってわたくしが時間を作りますので、最初から最後まで一緒というわけにはいきませんが、何とかします。」
「…いえいいのですよ。」
「何がいいのです。」
思いっきり睨みつけてやると、諦めた顔の彼と目が合った。
「もともと、兄は彼女のことが好きだったのです。幼馴染で小さいころは漠然と、二人は結婚するものだと思っていました。でも…ナバ子爵家には彼女しか生まれなかった。」
ローファス家は国境の警備の要。世継ぎはどうしても必要だ。一家全滅回避のため、次子を王家が預かるのだってそのためだ。
「ナバ家の御両親は娘を安全な王都で生活させたかったようです。子爵家は代々ローファス家に仕えていた家令の一族で、俺が第三王子殿下付きでバージェス家に行くことになった場合、シェトナ嬢は王都の屋敷で過ごしてもらうことになっていました。」
「でも、レオン様はうちに住み込みでしょう?」
こういう場合は夫人もバージェス家が面倒を見るのが一般的だ。働いてもらうが。
「ええ、俺はバージェス家に住み込みです。彼女には事情を話し、それでもいいなら婚約しましょうと言ったんですよ、断られる前提で。そうしましたら…それでもいいと。」
別居前提の婚姻なんて、受け入れるような方に見えなかった。考えられるのは、レオン様のことが相当お嫌いか、それかもしくは、浮気をする気満々か。そんな方を王都で放逐と考えると頭が痛い。
「…、子爵家は爵位返還の上、お兄様とのご結婚が、一番後腐れ無いように思いますが…。」
「俺もそう思います。お二人は想いあっていますから。昔からそうなんですよ、二人は仲がよくて、3人でいる時は自分が異物のような感じがして。まあ、二人にとっては邪魔ものである自覚はありますが。そのうちあちらから破棄してくれるだろうと思っていたんですが、その話が一向に来ずにここまで来てしまいました。」
「子爵家からは言いずらいのではないですか?」
「そう思って父と母には会うたびに言っているのですが、相手にされず…。しかもシェトナ嬢本人は俺と結婚する気みたいなんですよね。結婚式の話を振られたことが何度もあります。」
ますます意味が分からない。人のことは言えないが婚約者の目の前であんな態度ではいけないことくらいわかる。
「お兄様とはお話は…?」
「ただの幼馴染だから気にするな、と。」
あんなにわかりやすくしているのに気にするな??
「え、それで、レオン様は…」
「婚約解消できればいいんですが、出来なかったら婚姻までに関係を断ち切っていただくことになります。幸い、首都とローファス領は気軽に行き来できる距離ではないので。」
溜息をついて天を仰いだが、今日という日は嫌味なくらい青々としていてよく晴れていた。
「…本当は、貴女には知られたくなかったんですがね。」
「そうですわね、今日お声がけしなかったら、そういった事情は全く話してくださいませんからね、レオン様は!」
「言いたくないでしょう、こんなこと。」
「でも言ってほしかったですわ!こんなこと相談相手も居なければどうしようもないではないですか。言っておきますが、わたくしたちは今はまだ学生なのですよ!もっと周りを頼るべきですわ!それにこのまま婚姻したってあなたが幸せになれないじゃないですか!どう考えても!言ってくださらないなら、一緒に悩めもしませんわ!」
声を荒げた私に対して、驚いたような表情の彼に、本当に腹が立った。なんで意外なことを言われたような顔をしているのか。意味が分からない。
「なんで…貴女が怒るんです。」
「怒るに決まっているでしょう!大体、何が幼馴染だから気にするな、ですか。こっちの幼馴染は優しくて努力家の素敵な方ですから。もっといい方がいっぱいいますから!レオン様なんて引く手あまたですから!あの方でなくたってすぐに婚約者くらい用意できますから!」
ああ、腹立つ。
「それなら、安心ですかね。」
隣で少しうれしそうにしている彼にも腹が立つ。もっと怒っていい案件だ。こうなったら公爵様にご報告の後、違う婚約者も探してやる。なにせ将来、第三王子殿下についてバージェス家にて働く予定なのだから、そのくらいしてもいいはず。あんな二股を堂々とかけるような方なんてレオン様の婚約者にふさわしくない。眉間にしわを寄せながらこれからの計画を立てていた。
「それよりモニカ嬢は、生徒会の仕事はいいんですか?」
「わたくしはもう終わりまして、今からマゼンダ様と劇を観に行く予定です。」
レオン様が目の前に立った。
「じゃあエスコートいたします。ですから…眉間にしわを寄せるのをやめていただけますか。貴女、昔はもう少し表情の出にくい人ではなかったですか。」
表情?そうだっただろうか。王城では大っぴらに感情なんか出せないし、第三王子殿下の前では猫をかぶっていた自覚はあるが。目の前に差し出された手を躊躇なく取って、立ち上がった。あのころとは考えられないくらい、仲良くなったとは思う。
「学園は人の目が少ないですから、開放的にもなります。」
歩き出そうとしたとき、ふと気が付いた。おもむろに足を止め、ポケットを探った。レオン様がいぶかしげにこちらを見たので、彼の胸に平らな小箱を押し当てた。オレンジ色のリボンはわざわざ用意したものだ。
「誕生日、おめでとうございます。わたくしは、レオン様が生まれてきてくれてうれしいですわ。そうでなければこのような話も出来ませんでしたからね。」
「…ああ、そうでした、用意してくれると言っていましたね。」
律儀に両手を使って受け取って、あけても?と首を傾げていた。頷けばさっそくリボンに手をかけた。
「これは手袋ですね、刺繍はあなたが?」
「はい。ローファス家はクローバーですわよね?」
手袋は騎士にとっては消耗品だ。いくら持っていてもいい。白い手袋に手首の内側に目立たない色で小さく入れたローファス家の家紋にもあるクローバー。ケガの無いように、そういう祈りを込めたつもりだが、クラレンス先生に視てもらったら違う祈りがこもっています、とまた言われるかもしれない。自分で調整できるようになれば使える力かもしれないが、いちいち刺繍をするのも面倒臭い。結果的に使えない能力であるということだ。
レオン様がさっそく手袋をつけて手を開いたりしていた。一応バージェス家の騎士たちに、どういうものがいいか聞いてから買いに行ったし、サイズも間違っていないはずだ。
「いい手袋ですね。もったいなくて使えないです。」
「使ってください。そんなの消耗品ではないですか。」
「あなたから刺繍をいただくのは初めてですよ。」
「じゃあ今度はハンカチでもプレゼントしましょうか?」
「いいんですか?楽しみです。」
どうしてだろう。すごく喜んでいるように見えるのは気のせいではないようだ。めったに笑わない無表情がデフォルトのレオン様が、笑顔で手袋を見ていた。大したものではないのにこんなに喜んでくれるとは思わなかった。王宮に住んでいる人は手作りに飢えているのだろうか?
「そんなものでよければ。練習しているとたくさん刺繍の入ったものができますのに、置き場に困っていたのですわ。」
なんだか急に気恥しくなり、赤くなった顔をそらしながら言い放った。ああなんで私はこんないらないものを処分するみたいなことを言っているのかしら。まるでレオン様がゴミ箱みたいで便利、と言っているみたいではないか。そんなことは全く、ちっとも、これっぽっちも、思っていないのに。勝手に口をつく言葉が歯がゆい。
「どんなものでもいいですよ。」
自然とエスコートの姿勢になり、二人で歩きだした。視線が前を向いたことにより、ちょっと落ち着いてきた。
「そう言うのが一番困りますわ。レオン様の好きな図案をお教えください。あと、生地のお色と、糸と…。」
「おや、出来上がっているものを下さるのではないのですか?」
「もうこれ以上置く場所が無いって意味ですわ!人様にあげるものはちゃんと一から作ります。」
自分でも支離滅裂だと思う。
「一から、ですか。」
「はい。それで何にしますか?あ、今度図案の本を持ってきますわ。そうしましょう。」
「そんなに手間をおかけするわけには…。」
「何をおっしゃっていますの?決定事項ですわ。それで、レオン様の好きな色は何ですか?」
「そんなのご存じでしょう。」
「もしかして…緑と、金色ですか。第三王子殿下のお色です。」
「その通りです。」
婚約者の方も、金髪に緑の瞳だった。もしやなかなか婚約解消なさらない理由は、彼女の見た目が第三王子殿下と同じ色合いだから…?あ、気づいてはいけないことに気づいてしまったかもしれない。ということは、シェトナ様はレオン様の好みドストライクということですか。それで婚約解消に本腰を入れていない?あ、では先ほど怒ったのは相当なおせっかいだったかもしれない。非常にモヤモヤするが、レオン様がいいなら、いいなら…お幸せなら…。口出しするのは違うのかもしれない。どうしよう、思考のドツボにはまりそう。
「モニカ嬢?」
「いえ、いえ、何でもありませんわ。あの、レオン様?」
「なんでしょう。」
「わたくしが、もしおせっかいだと感じて、それが不快だと思った場合ですね、それをちゃんと言ってくださいませんか。」
「はい?」
「お約束してくださいまし。わたくしが変なことをする前に、止めてくださいまし。」
「よくわかりませんが、わかりました。貴女の奇行は今に始まったことではありませんから。」
「お願いしますわ。…それでですね、わたくしは先ほど、レオン様の新しい婚約者を探すと言いました。それは、本当に進めてもいいでしょうか。」
ぴたりと足を止めたので、私も一緒に止まった。人通りの少ない廊下で助かった。ざわめきが遠くに聞こえ、見上げればずいぶん高い位置に、こちらを見下ろす眼鏡の奥の瞳とかち合った。本当に、目線が高くなってしまった。じっとひとみを覗き込まれて、少し気まずい。
「…その案件は、俺が父と母を説得するのが筋だと考えます。どうしても無理だった時、また相談させてください。」
目線を全くそらさずに言い切った。相談が本当に来るかどうかわからないが、ここは引き下がるのが彼の為だろう。やはりおせっかいだっただろうか。
「わかりました。いつでもお越しください。」
「はい。ああ、誕生日プレゼント、ありがとうございます。お礼を言っていませんでした。」
歩き出した彼に手を引かれたので、付いて行く。
「いいえ。いつもお世話になっておりますもの。」




