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ライオルトの疑問


「ライオネル君はいますか?」


 教室で友人と談笑していた小休憩中に、移動教室の荷物らしきものを持ったレオン先輩が顔を出した。第三王子殿下のお側付きとして顔が知られ、生徒で唯一帯刀している彼は、正直目立つ。家のほうからの命令で第三王子殿下に近づきたい生徒も一部にいるが、そうなるとレオン先輩と競合することになり、結果成績も剣の腕も第三王子殿下との関係性も国王の認知度も彼に勝る者はおらず、諦めの空気が漂っていた。今も彼が顔を出した途端ざわめきが無くなった。耳を澄まし野次馬の目線だった。呼ばれた自分はすぐに彼のほうに向かって行った。


「どうされました?」

 そう聞くと目線で廊下にと促された。なんだろう急ぎの用事か?そう思って首をかしげていると大したことではないんですが、と前置きをされた。

「実は、本日生徒会が終わった後、モニカ嬢とミランダ嬢にダンスの練習に付き合ってもらうことになったんですが、もう一人男性パートを踊れる人がいるいう話になり、ライオネル君にお願いできないかと思いまして、来た次第です。」

 いつもの無表情の中に、少しだけほろ苦さが混ざった顔だ。そういえば長期休み前のダンスパーティの時、モニカ嬢にダンスが下手だとからかわれていた。

「ダンス練習ですか。今日の放課後ですね、わかりました、いいですよ。」

 自分もあまり得意ではないのだが、ミランダがいるならいいか。

「ありがとうございます、助かります。」

 眉間のしわが幾分マシになった。

「文化祭では踊らないわけにはいかないですから。正直俺は集団の中でのダンスが苦手ですので。まったく、モニカ嬢のおせっかいはまだ直っていないみたいですね。」

 そう言いつつも世話を焼かれるのは悪くない、そんな顔をしていた。そういえばお二人は幼馴染だった。それに聞きたいこともあった。

「…その代わりと言っては何ですが、放課後少しだけお時間いただけますか。」

「?なんでしょう、いいですよ。」

 あっさり了承をしてレオン先輩は、では放課後にと背を向けて行ってしまった。


彼とたまに話すようになって最初に思った疑問は『聞いた話と違う』だった。レオン先輩は国王陛下に帯刀を許された、公平で真面目な騎士だった。何かトラブルがあった時は両者の話をきちんと聞くし、頭ごなしに決めつけたりしない。決して、第三王子殿下の威を借り人を貶めるようなことや、足を引っ張るようなことをするような人には見えなかった。そのうえ座学の成績も、剣の腕もある。しかもモニカ嬢の話によれば、彼は努力家の秀才だそうだ。幼馴染の彼女が言うのだからそうなのだろう。

 自分の目で見たレオン先輩はやはり、自分の兄が言っていた話と違うのだ。


 放課後になって友人数人と自主練習に勤しんでいた時、思いのほか早く終わったとレオン先輩が迎えに来てくれた。夕日に照らされた白髪が同色の瞳が、キラキラ光っていた。隣の友人が息を呑んでいた。

「すみませんがライオルト君をお借りします。よろしいですか?」

 自分の友人にも丁寧に対応しているレオン先輩に、友人たちがどうぞとにこやかに笑っていた。友人たちに断って、レオン先輩とともにその場を辞した。


「お早いですね、もっと遅くなるかと思いました。今、文化祭の準備期間でしょう?」

 生徒会の担当する行事の中で一番大変なもの、それが文化祭だった。各々クラスで喫茶店をしたり、劇をしたりと忙しい。朝からあるイベントの司会や段取り、様々な準備をしなければならず、ミランダはこのところ毎日出払っていた。

「まだ1か月ありますからね。…早い時期から少しずつ進めていましたから、大丈夫ですよ。」

「…ミランダはこのところ毎日生徒会に行っていますけど…。」

 セガールが生徒会を口実に一緒に帰るのを断られたと言っていた。

「それはミランダ嬢が言っていたんですか?」

「…いえ。」

「そう言えば、時間が欲しいとおっしゃっていましたね。何の用でしょう?」

 いきなり聞かれて、ライオルトは少し言葉に詰まった後、ふうと息を吐いてから彼のほうを見た。

「…自分は、バーン侯爵家の次男です。…兄のことについて、少しお聞きしたいことがございます。」


 ちらりとこちらに視線を寄こし、中庭のベンチへと歩いて行った。その背を追って整えられた中庭に入っていった。夏の暑さもようやく収まってきた夕方は少しだけ肌寒い。ベンチを勧められて隣に座った。

「あまり、大きい声で言いたくないので、ここで話しましょう。それで、兄、というのは『あの』ジェド・バーンについてでしょうか?」

 彼の声はひそやかだ。そして何より思いつめたような顔をしていた。

「そうです。兄から話は聞いても、その、要領を得ないと言いますか…結局兄は何をして、どうなったのかが分からないのです。」

 そう、兄の話がよく分からなかった。半分が第三王子殿下と、『その腰巾着』についての悪口だった。もう半分はその日の休暇が無くなったことだ。父に聞いてもあまり良い話でないのか黙っていろと言われ、姉は兄のいう事を丸呑みして一緒になって毒を吐いた。


「ですので、あの、当時のことを教えていただけないかと思いまして。」

「バーン侯爵と、ジェド・バーンからは聞き取り調査を実施し、その結果をまとめて航空団の資料に残っているはずですが。」

「あ、そうなんですか。」

「公的な聞き取り調査ですので、公平な内容だと思います。資料請求の手続きでしたらお教えしますよ。」

「…できれば、レオン先輩から見た、当時のことをお教えいただけるとありがたいです。」

 そう言うとレオン先輩は黙って口に手を当てた。視線は校舎の二階にあるが、何があるともなかった。

「極秘の内容も含まれますので、話せない部分は納得してほしいのですが…。」

「それはもちろんです。」

「…初めに一つだけ。俺が今この話をしたほうがいいと思ったのは、モニカ嬢と、第三王子殿下を誤解してほしくないためです。当時、モニカ嬢は第三王子殿下の婚約者で、幼馴染でした。そう、殿下の数少ない気の許せる友でもあったと、理解して聞いてください。」

 今ではシエナ嬢と懇意にされているが、当時はモニカ嬢とそんなに仲が良かった、ということなのか。

「わかりました。もちろん他言もいたしません。」


 彼はこくりと頷いた。手持無沙汰の時、ベルトに下げたお守りをいじるのが彼の癖だった。そのお守りに目線を下げた。見たことのない手の込んだ柄で編んであった。彼の目線もそこにあった。


「そうですね、モニカ嬢が攫われた一報が入った時、俺と殿下はバージェス家に向かって、状況の確認に行きました。殿下はベイク副団長にお借りしたペガサスで、俺は普通の馬で行き、場所がバージェス領であることから航空団にて馬車を出してもらうことにしました。」


 そこでいったんこちらを向いたレオン先輩は、ここまでで質問は?と首をかしげた。


「航空団の馬車は有事の際にしか出ない、と聞きました。国王陛下の許可がいると。」

「その通りです。有事の際の斥候がペガサス航空団ですから、常に夜も不眠番を置いて動かせる体制にするようになっています。…バージェス公爵家から帰った殿下は、真っ先に国王陛下に航空団を動かすための許可を得に行きました。」

「どういう名目で許可を?」

 多分、普通の貴族が攫われたのでは、国の有事の際に使われるペガサス航空団は動かせない。モニカ嬢がいくら公爵家の御令嬢であっても、許可が下りたほうが奇跡に近い。

「…ここからは機密です。聞きたいですか?」

「…はい。」

「あなたの兄もこのことは知りません。というか、気が付いたのはきっと第三王子殿下と私と国王陛下、あと一人、ケイト卿くらいでしょう。当日、レスト王国の王女殿下から、フルーツジャムが届いたのです。」

「ジャム?」

「王子殿下方の好みの品は国家秘密に値します。それによって面倒が起こることがあるので、公開されている情報以外は漏らさないように管理されているのです。不審に思った我々は、それを調べていました。…後日、公爵家に勤めていた若いメイドが変死体になって発見されました。彼女の持ち物から、『第三王子殿下はフルーツジャムがお好きだ』というメモが見つかりました。つまり、あの事件の裏にいるのは―――」

「もしや…レ…」

 そこでレオン先輩は首を振った。事件が大事になっていないということは、レスト王国と小競り合いが起きていないということは。

「そこのことについてモニカ嬢には学園入学前に、国王陛下が頭を下げて泣き寝入りしてくれと頼んだのです。公にすれば戦争案件ですから。実の父親をその騒動で亡くし、自身も殺されかけ傷だらけだったモニカ嬢に、レスト王国のことは話さず。その結果が婚約解消です。」

 噂で聞いたことは本当に宛にならない。噂よりももっと壮絶で、悲壮な話だ。


「さて。そのことを感づていないペガサス航空団のお話です。それは当然のことなので責める材料にはなりません。しかし国王陛下のサインの入った、王勅が出ている状況で出陣を拒んだと思われる態度でいたら、どうなるかはお分かりですね。」

 ここで急に背筋に氷を入れられたかのように、そのくらい怖気おぞけだった。王勅違反、王勅妨害と言ったら騎士では第一級の犯罪であり戦犯だ。良くて極刑、悪くて一族連座。隠された思惑を全部さらけ出さなければ聞けない命令などない。国の運営とはそういうものだ。特に有事の際はなおさらだ。現に、モニカ嬢の件を公に出さなかったために、今かの国と戦争になっていない。


「殿下は王勅を持って、ペガサス航空団に出撃命令を出しました。モニカ嬢を一刻も早く王城にお連れするように、と。その時俺が見てしまいました。ゆっくり準備をしながら『婚約を解消する予定の、公爵家の養子の子だ。ご令嬢でもないんだし、亡くなっていてもなあ。』と。」

 悔しそうに顔を伏せたレオン先輩は、歯を食いしばってそれ以上のことを言わないようにこらえていた。ライオルトはそこで、納得してしまった。兄なら言いそうであるし、兄のあの歯切れの悪さはそういう事かと。

「明らかに兄の咎ですね。納得しました。もしも、ですが、ミランダが攫われて、父に許可を得て騎士団に出撃命令を出した時、そんなことを言われたら、俺だったらそんな騎士はクビにします。」

「そうですね、でもクビにはなっていないでしょう?最近王都で彼を見たとの報告があります。モニカ嬢との接触禁止が王命で言い渡してありますので、王都には入れないはずなんですがね。」

「それは初耳です。もしや、父が勝手に王都の屋敷に入れたんでしょうか?」

「当主の許可がなければ領地から勝手に王都入りなんてできないでしょうね。二度目の王勅違反はシャレになりませんね。正直あきれてものが言えません。」

 この間の週末も、兄は王都の屋敷にいた。どこかに出歩き王都をふらふらしていた。ギャンブルにも手を出し悪い仲間とつるんで、全く反省の色などない。

「君が、バーン侯爵家のそういうところを変えてくださると、信じています。」

 よく今まで、レオン先輩はこんな思いを抱えて、そんな男の弟と顔を突き合わせて話していたと思う。

「兄は領地から出ないようにします。父は…頼りにならないので、近々おじい様に来て頂いて、資料も集めて…ちょっと時間がかかるかもしれませんが、必ず。」

「学生の身分ではままならぬことも多いと思いますから。無理はなさらず。お家を継いでからでもいいのですよ。」

「いえ、こういうことは早いほうがいいでしょう。」


 もしもこの二度目の王勅違反が公になったら、バーン侯爵家は一族連座が見えてくる。何とかしなければならない問題だった。


「…君に話して、よかったと、思います。」

「僕も聞いてよかったと思います。ありがとうございます。」

 話しに区切りがついて少し日が陰った校舎を見上げた。レオン先輩が立ち上がって、いきましょうか、と振り向いた。

「今、モニカ嬢が笑って暮らせているのは、奇跡のようなものですね。」

 しみじみとそう思った。時々からかわれて、不機嫌そうに眉を細めているこの先輩は、自分が思った以上に幼馴染を大切にしていたのだ。

「ええ、これも一番気落ちしていた時を支えたシエナ嬢と、バージェス公爵夫人のおかげです。…彼女が生きていることが、奇跡のようなものです。」

 今度はもっとなんてことない話がしたかった。

「もっと早く、モニカ嬢とミランダが出会っていたら、きっとミランダも支えになってくれていたはずです。」

 なにせミランダにはセガールを支えた前例があった。

「そうですね…今以上に仲がいいのは考え物ですがね。」

 心底うんざりといった表情のレオン先輩は、きっと生徒会でミランダとモニカ嬢におちょくられているんだろう。二人がそろった時のパワーはすさまじい。


「レオン先輩も仲がいいではないですか。ミランダともこの間カフェに…」

 そこで思わず言葉を切ってしまった。いつぞやの帰り道、友人数人と話しながら歩いていた時だ。ふとミランダの髪が見えた気がしてカフェの二階を見上げると、そこには彼女とレオン先輩がいたのだ。テラスの手すりに肘をつき、何やら談笑していた。見てはいけないものを見てしまったようですぐに目をそらした。それから胸がもやもやしてどうしようもなく切なかった。なぜだろう。幼いころから一緒だった友人を取られたように感じたためか。

「ミランダ嬢と、カフェですか…?二人で行ったことはないですね。…ああ、モニカ嬢と三人で行ったことなら何回かあります。押し切られまして。」

 ミランダが聞いたら、レオン様だって楽しそうにしていたじゃない、との不満の声が聞こえてくるだろうが、ライオルトはそんなこと知らなかった。

「今度一緒に行きませんか?俺一人ではあの二人は手に負えませんので。」

「機会があれば。」

「約束しましたからね。」


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