表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/89

王妃陛下

リエッタ王妃陛下 リチャード第三王子殿下の実の母。


 婚約して2年、王城への訪問は1,2週間に一度必ず行われてきたが、今ほど緊張したことはない。目の前には顔を見たことが数えるほどしかない、この国の王妃がいるのだ。

「あなたがモニカね。そしてこちらがシエナ。」

 呼び出しの手紙には二人で少し早めに王城に来てほしい旨が書かれていた。第三王子殿下と同じ、緑色の瞳が静かに私を見据えていた。

「ご挨拶申し上げます。王妃様にお会いでき光栄でございます。」

 シエナ様はよくわかっていないのか、にこりと笑って静かにしていた。そちらのほうがいい。

「この度呼び出したのはリチャードとの婚約についてであるが、少々事情が変わった。」

「どういうことでしょう?」

 王妃陛下は少し眉をひそめた。

「あなたとの婚約、解消して新しくこの子と結びなおそうと思っていたのだけれどね…、レスト王国の王女から最近、どっちでもいいから王子を婿に頂戴ってうるさくてね。あそこには王太子がいるってのに。今婚約の結び直しをしたら王女がうるさそうなのよね。なんで結び直しをするのに私が候補に入ってないんだって言いそうで。だから先に意向だけ伝えておこうと思ったの。」

 一気にまくし立てた王妃陛下は、この子と言った時シエナ様にちらりと視線をやって、また私を見た。

「2年後あたりがちょうどいいでしょう。リチャードを王太子にするには、最低でも公爵家の直系の血筋が必要なの。傍系のあなたでは役不足。シエナの母ローズは社交界で圧倒的な支持のあった素敵な人。父も英雄ですから、後は私がストーリーを練り上げればあの子は王になれるわ。あの子こそ王にふさわしい。」

 途中から目が合っているはずなのに、王妃陛下は私を見てはいなかった。背筋に寒いものが走った。まさか王妃陛下が一番の反王太子派だったとは。しかもリチャード殿下擁立派…。国王陛下と王太子殿下、第三王子殿下は王太子殿下が次期国王になるべきだ、という王太子派だ。貴族たちも腹はどうかわからないが、表向きは王太子派に属している。それ以外は国家反逆罪になるかもしれない。だから私も婚約解消が難しいことを理解していた。いくら公爵閣下が解消しようといったって、国王陛下との話し合いが必須だ。その難題をいとも簡単に言っている時点で王妃陛下は少し、いや、かなりやばい人だ。もしもここで反対などしようものなら、激昂するのが目に見えている。そのぐらい目の焦点が合っていない。シエナ様もいるのにどうしよう。

「王妃陛下のお考えはわかりました。」

 私に相貌を向ける。人形のような目線が怖くて仕方ない。できれば隠れてしまいたい。

「2年後に婚約解消でございますね。学園に入る前、承知いたしました。しかしながら少々問題がございます。」

「問題とは?何かあるの?」

 学園に入る前ということはシエナ様が本格的に第三王子殿下を攻略する前になる。アリアドネ様は第三王子殿下が自ら婚約解消を言い出すこと、が条件のように言っていた。つまりなにもないのに婚約を解消するか、否か、ということだ。ゲーム前の2年でどのくらい好感度が上がるかわからない。

「はい、私は公爵閣下の傍系の子女です。第三王子殿下に婚約解消を申し出ること自体が不自然でございます。王室のほうから、シエナ様とのほうが相性が良いという理由で解消いただけるとわたくしとしては心が軽うございます。」

「それはそうね。リチャードは可愛くて頭が良くて完璧だものね、なんてことないあなたから婚約解消を言い出すのは確かに不自然ね。」

 納得してくれてうれしいが、途中の親バカはいったい…まあいい。母親を味方につけられるかもしれない。私はなんて運がいいのだろう。

「はい。第三王子殿下とシエナ様の仲を取り持つことはできますので、今日のように3人でお茶会、というのでよろしいですか。なるべくお二人の邪魔はいたしません。他にわたくしに出来ることはございますか?」

「そうね、嫌われる努力をなさい、今日のように地味なドレスで、つれない態度をとるのです。」

「はいかしこまりました。」

「フフフ、物分かりの良い子ね。わたくし、あなたが気に入りました。モニカでしたか?」

「はい。おほめいただき光栄でございます。シエナ様へのご要望はございますか?」

「この子は今みたいに可愛らしくなさい。リチャードと仲良くね。」

「あ、はい。」

 シエナ様がにっこりと笑った王妃陛下に、びっくりしながら答えた。王妃陛下がフフフ、とまた笑っている。東屋に駆け寄ってくる音がして、首を巡らせると金髪が目に入った。

「大丈夫か、モニカ!」

 第三王子殿下が、王妃陛下の後ろから駆け寄ってきた。叫び声にびくりと心臓が鳴った。何が大丈夫なのかちょっと意味が解らない。やっと落ち着いてきた呼吸がまた浅くなった。

「あら~わたくしのリチャードじゃないの!どうしたのよ~」

 小首をかしげている私のそばによって、母親に向き直る第三王子殿下は剣呑な目をしていた。

「なんでモニカとお茶なんかしているんですか、母上が!」

「え~あなたの婚約者とお茶飲んじゃダメなの?私の娘になるのに?」

「っ、でも、だめです!」

「わたくしこの子のこと気に入りましてよ?」

「えっ!?」

 それはたぶん、手ゴマが増えたとかそういう気に入ったでは、と思わないでもない。目の前で始まった一方的な親子喧嘩を追いついたレオン様とロイ様がぽかんと見守っている。正直王妃陛下がいるこの場を収めることができる人などここにはいない。いないが納めなければならない。

「王妃陛下、第三王子殿下、差し出口をよろしいでしょうか。」

 私に水を差され、幾分機嫌が急降下した王妃陛下はじろりとこちらを見た。

「なんだ?」

「第三王子殿下、本日は少し早く来てしまいまして大変申し訳ございません。わたくしとシエナ様が退屈にならないよう、王妃陛下が話のお相手をして下さり、大変光栄でございました。授業はもうお済でしょうか。」

「ああ、モニカ、母上に変なこと言われたりしてないよな?」

「変なこととはどのようなことでしょう。王妃陛下はただ、第三王子殿下は可愛くて頭が良くて完璧だとおっしゃっていただけでございますよ。」

「母上!何言っているんですか!」

 おお、第三王子殿下は顔を真っ赤にして怒っている。

「いいじゃない、本当のことよ。あなたは可愛くて頭が良くて優しくて完璧な息子よ!」

 にっこにこの王妃陛下は席を立ち、じゃあまたね、と嵐のように去っていった。目の合った私にウインクを残して。どういう意味のウインクだろう、上手くやれということだろうか。頭が痛い。居なくなった王妃陛下の席に、はあ、とため息をつきながら第三王子殿下が座った。

「本当に何も言われていないのか?」

 じろりとこちらを見てからシエナ様に目線を向けた。

「あ、えっと。王妃様…が、モニカのこと気に入ったって言っていたのは本当よ。」

 突然話を振られ焦ったように話し出すシエナ様はほんのり赤くなっていてかわいい。そうなのか、と第三王子殿下の視線を受けて恥ずかしそうに顔をそむけた。

「光栄です。」

 第三王子殿下としては反王太子派の母が、王太子派の婚約者に接触したということだから焦るのは当然か。その内容は婚約解消についての話のはずだ。

「レスト王国の王女殿下のお話をしていただきました。今婚約を解消する動きをすると、王女がうるさそう、とおっしゃっておいででした。当分は現状維持だそうです。」

「…なるほど。」

 一言そういって第三王子殿下は考え込んでしまった。私は冷めてしまった紅茶に口をつけた。王妃陛下がいなくなってやっと息をつけた。思ったより緊張していたらしい。ぼんやりと風になびくシエナ様の髪を眺めていた。薄桃色に白いレースの付いたワンピースがとても似合っている。

「リチャード様今日は何するの?」

「ああ、今日は馬小屋に行こう。」

 無邪気に笑う天使に、そっけなく答えた第三王子殿下はするりと立ち上がった。今日は馬小屋か…いやな予感しかしない。席を立ちシエナ様の手を取った。シエナ様は馬小屋の場所を知らないはずだ。振り向くと第三王子殿下が手を引っ込めたところだった。

「なにか?」

「いや、何でもない。そうだ今度から公爵家と交互に行くんだろ?」

「はい。そのようにしていただけるでしょうか?」

「私は構わない。」

「ご足労かけます。」

 歩き出した第三王子殿下の後ろをシエナ様と手をつないで行く。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ