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蝶のティアラと里帰り

 目の前のティアラはエメラルドと金で出来ており、美しく調和していた。王家の紋も入っていた。このティアラと同じ意趣で出来た耳飾り。こちらもエメラルドで蝶があしらわれていた。今年こそ誕生日に贈るつもりだった。


 誰に?


 これもお前にやるから、あの宝石箱に入れておけよ、と伝えなければならない。


 ああ、モニカだ。


 いったいなんでこんなに手の込んだものをモニカにプレゼントしようとしていたんだろう?もう婚約も解消されてしまい、接点なんてない、ただの幼馴染に。冷たくて笑顔一つ見せてくれない、幼馴染に。もしかしたら、昔みたいに笑ってくれるかもしれないとどこかで期待していた。


 昔みたいに?


 記憶力には自信があったが、よく思い出せない。鮮明に覚えているのは、目を吊り上げ、なんで、と悪態をついていたことだ。なんで…お父さんの最後に…看取らせて…。

 昔と言えば、シエナは昔から笑ってくれた。物おじせずに私と一緒に走り回り、同じ目線に立ってくれた。隣にいてくれた。バージェス公爵の隣に座って、ようやく婚約解消ですね、肩の荷が下りました、と微笑んだ…彼女が…


 彼女が?


 彼女の瞳が金色なのは、特に印象に残っていた。近くで見ると黒いまつげと少し色が違って、茶色い瞳で、虹彩が金色に輝いていたのだ。バージェス公爵に抱えられて、初めて見たとき…。


 初めて見たとき?


 彼女が剣技大会の前に、応援してくれた時だ。背が伸びて、大人びて、可愛らしかったのが、美しくなっていた。本当に心臓が激しく鳴って、耳が今までにないくらい熱かった。

「リチャード様、頑張って、応援してるわ。」

 可愛らしくて、美しくて、どうしようもないくらい愛しかった。

 好きだと心の奥底から湧き上がってきた。頭が痛い。

「リチャード様、あの、私のこと、名前で呼んでくれない?シエナって。」

 これが恋というやつか、と。初めての経験に、レオとロイに心配をかけてしまった。柄にもなく動揺して、ままならない心に浮足立った。

「私はね、ピンクが好きなの。リチャード様は何色が好き?」


 私はシエナのことが好きなんだ。


 そうだったんだ。自分の心に気が付かないなんて、なんと愚かだったんだろう。私が好きなように、みんなだってシエナが好きなはずだ。あの子もシエナが大好きだった。手紙にはシエナのことが所狭しと書かれていたから。自分だけのものにするなんてとんでもない。モニカに対して感じていた胸のモヤモヤを、シエナに対して感じたことがなかった。

 ティアラを耳飾りを箱に仕舞った。これは宝物庫に投げておこう。もう必要ない。バージェス家には去年と同じ花を送ろう。これで誕生日の義務は果たしたことになるだろう。それよりも、だ。長期休暇に入ってまた、シエナに会える時間が減ってしまった。レスト王国からまた王女がやってきていた。まだ私との婚姻を諦めていないらしい。時間の無駄なのによくやる。

 ああ、早く休みが終わればいいのに。

 リチャードはドライいちじくを一つつまんで、口の中に放り投げた。控えめな甘さが口の中に広がり、好ましく思った。



 ###



 今から300年前、グラディウス国(今のライト王国がある場所)で、二人の精霊が、国王に啓示を下ろした。

 お生まれになる!お生まれになる!清い、尊い、勇猛果敢な勇者が、騎士を連れて遠く西の地から魔王の手のものを打ち滅ぼす!

 お生まれになる!お生まれになる!美しく、慈悲深い、清廉な聖女が、聖騎士を連れて西の地から魔王の力を打ち滅ぼす!

 やがてその地は勇者によって統治され、新たな名をもらうだろう。

 これがこの国の始まりの物語だ。この後無事勇者が仲間を探し、なんやかんやあって魔王の手のものを打って、この国、クロス王国が誕生した。

 長い話だが、国民ならば必ず知っているお話だ。新年に町などに行くと、この建国神話の人形劇が必ずやっていた。小さい子供はこれが年明けの一番の楽しみであった。

 そして面白いことに、精霊とでてくるのはこの冒頭、『二人の精霊の予言』のところだけなのだ。学校の図書館で最も古い建国神話を読んでも、精霊が出てくるのはここだけで、他に精霊に関する書籍は置いていなかった。不自然なほど精霊に触れた書籍がない。100年前の書籍には、『ここに出てくる精霊とは、バレル教においての神なのだろうか?』との一説をやっとの思いで見つけただけだった。

 本当にそれだけだった。長期休暇に入る前に借りた本を、ぱたんと閉じた。


 海風を感じて馬車の窓から身を乗り出した。


 もう迎えに来てくれていたお父さんはいない。

 キラキラした水平線、グロリア灯台が白くそびえる私の故郷。

 長期休暇に入ったので、1週間ほど里帰りに来た。命日とテストがかぶっていて、当日は帰って来れなかった。いや、当日はお母さんも放っておいてほしいかもしれない。そう思って少し時期をずらしていた。去年の長期休暇の時も、しんみりとはしてしまったけどいつも通り迎えてくれた。私は葬儀の日にお母さんと弟に、これでもないくらい謝った。もう合わせる顔がないし、もう下げる頭もなかった。


 でも二人は私を責めなかった。公爵閣下でさえ責めなかった。


 また、帰っておいでと言ってくれたのだ。私はどんなに気が重くても帰らなければならない。ミランダさんが言ってくれた。

 貴女は攫われて、必死に生きただけ。それだけだって。

 その言葉にどれほど救われたか。家族に申し訳なくて、しかしお父さんの手前、生きなければならなかった。生きるのがつらかった。私が異分子だと知ってなお、そう言ってくれて、救われたのだ。

 ミランダさんも、シエナ様と同じくらい幸せになってほしい。彼女が想い人と、幸せな結婚式を挙げるところを見てみたい。きっと、はじける笑顔を見せてくれるだろう。


「姉ちゃん!」

 馬の嘶きとともに現れたのは、すっかり私の身長に追いついた弟、ジスだ。ジスももう14歳。馬にもすっかり乗れるようになっていた。

「ジス!迎えに来てくれたの?」

 お父さんの代わりに。

「そうだよ。もう黄昏時だからね。」

 物騒だから、迎えに来た。

 ジスが飲み込んだ言葉の続きが、手に取るようにわかってしまう。ジスの先導で、街へと向かう。去年から護衛の騎士を公爵閣下がつけてくれた。彼らは近くで野営するらしい。町の前までついて来てくれた。

「母さんが心配してたよ。」

 そうして見慣れているが久しぶりの家の前に止まった。馬車から降り、いつものトランクを引っ張り出した。馬を小屋に入れてきたジスが、私のトランクを持ってくれた。

「今年も荷物が多いなあ。ほとんどお土産だろ。」

「いっぱい買ってきたの。」

「…、ありがとう。」

 ドアを開けて、ただいま、と言えば母が笑って待ってたわ!と迎え入れてくれた。胸が痛くなる喪失感を無視して、再会を喜んだ。お土産を渡して、学校の話をして、友達の話を、マゼンダさんとシエナ様とミランダさんと、ロイ様とレオン様の話をした。

「公爵閣下は落ち着かれたの?」

「ええ、はい、表向きは。」

 お父さんが亡くなった時、一番動揺したのは意外なことに公爵閣下だった。

「あの時公爵様が私よりも動揺していて、逆に冷静になったわ。」

 お母さんは笑っていた。公爵閣下にとってお父さんは、小さいころから憧れのお兄さんだったらしい。今だに悲しみに耐えられなくなった時、公爵閣下は私を抱きしめて離さない。3か月に一回くらいそう言う波が来ていた。

「…最近は安定しているわ。私も公爵閣下といると安心するし、ちょうどいいもの。」

 二人でお父さんについてや、学校についてとりとめのない会話をするのは心が穏やかになる。いつまでも故人を思い出すのをやめなくてもよいと言ってくれる人がいるというのは、本当に支えになった。

 私はトランクに布を巻いて入っていた短剣を取り出した。刀身に双頭の竜、いつもお父さんの腰に差さっていた形見の短剣だ。これは実家に置いておくべきだろう。それを見たお母さんがすっと席を外して、寝室に行ってしまった。


「姉ちゃん、これって、父さんの?」

「そう。今際の際に渡されたの。」

「これを見て。」

 寝室から戻ってきたお母さんの手には、形見の短剣と同じものがあった。

「なんでこれが…?」

「お父さんは傭兵時代、両手に剣を持つ、両手剣スタイルだったからね、剣も2本あるのよ。このベルトの金具に、この短剣をつけていたの。」

「へえ、そうだったんだ。でも父さんが剣を振ってる姿なんか見たことなかったけど。」

 ジスの疑問はもっともだ。モニカ自身も一度も、お父さんのそういう姿は見たことがなかった。

「うん、最近は絵描きで食べれるくらい稼げていたからね、昔は今より貧乏だったから、たまにこれもって、魔物の討伐に行っていたし、お父さんのお父さん、お爺さんが生きていたときは国外にも行っていたわ。この双剣も国内の…ああこれは北部に行った時に腕のいい職人さんに作ってもらったって言っていたわ。」

「そうなんだ。えっと、双頭のドラゴンを倒した後にも北部に行っていたの?」

 ジスも聞いたことがあるようだ。

「交流があったなんて知らなかった。俺も北部に行ってみたいな。」

「たびたび依頼があって、魔物を討伐していたわ。お姉ちゃんたちの小さいころはまだここに定住してなかったから、北部で暮らしていたのよ。寒いところよ、しかも常に魔物がいるの。ある程度お金が貯まったから、ここに引っ越して…でもたまに依頼があって、おじいさんと一緒に北部にも行っていたわね。」

 短剣をいじっていたお母さんはベルトから片方取り外した。

「これはモニカが持っていなさい。もう片方はジスが。」

「もらえないわ。大事なものでしょ、それにお母さんのがないじゃないの。」

「私にはこれがあるわ。」

 腕についていた千代輪が、二本になっていた。片方には茶色のしみがついていた。お父さんがつけていた血まみれだった千代輪だ。きっとお母さんが作ったものだろう、それを見てほほ笑んでいた。

「姉ちゃん、去年は、あんまり聞けなかったけど、いったいどうしてさらわれたの?」

「どうしてかしらね?実は少し離れたところにバージェス家の護衛騎士がいたらしいわ。ちょっと離れすぎていて馬車の異変に気が付くのが遅れてしまって、私が乗っていた馬車に二人乗り込んできたの。あ、御者の人は無事だったらしいわ。そこから3人囲まれて、馬に乗せられて、最初は川沿いに行こうとしたんだけど、川沿いはもともと騎士団が来て、見回りしていたから方向を変えて、森の方に行って。でもその森も様子がおかしいって言い出したの。そうよね、その森去年までダンジョンのせいで魔力だまりが出来ていて、強めの魔物が出ていたから立ち入り禁止にしていたもの。」

「ああ、あの森ね。教会にもここ数年、魔物の被害に遭って怪我の治癒や、お守りの依頼が増えていた。もう騎士団がダンジョン攻略したんでしょ?」

「うん。そのことは近隣住民だけでなく、国内の人ならみんな知ってると思うのよ。国王陛下にも報告したし。でもその人たち、知らなかったのよね。あの森に魔物が出るって。逃走ルートがダンジョンの裏の森を突っ切るって言い出したから、それは無理だって私が言ったら、口論になって、そしてとりあえず集合場所に行くぞって言い出して、遺跡に行ったの。あの、白い三角の旗みたいな石のある遺跡。」

「知らなかったってのは、うん、海外で活動を主にしていた傭兵かな。」

「地の利はありそうだったから、この辺出身者で久しぶりに戻ってきた人かもしれない。」

「もちろん公爵様にそれは言ったよね?」

 こくりと大きく頷いた。

「もちろんよ。でも、まだわからないそうよ。多分公爵閣下も外国勢力だろうとは言っていたけど、そうなると国王陛下の考え方次第だから、なんとも。」

 そう、なんとも言えない。もしかしたら私をさらった犯人には、一生巡り合うことはできないかもしれない。しかも外国勢力の可能性は、口外しないように国王陛下に頭を下げられた。

「でも、もし国が捜査を打ち切っても、私だけは探すわ。」

「モニカ、そうね、気が済むまでやんなさい。でも危ない真似はやってはダメよ。ちゃんと公爵様に確認するのよ。」

「うん。わかった。」

 その後も穏やかな時間が流れていた。話せてよかったと思う。こうやって、ちょっとずつちゃんと伝えていけたらいい。


次回更新が5月2日です。

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