【恋が叶うクッキー】
剣術大会が生徒会に入って最初の行事だ。去年の今頃も準備に追われていた。
生徒会に入ったがために、様々な雑用を任されて帰りが遅くなることはよくあった。しかしそれが悪いことばかりではない。クラスも違うしお茶会もない。そんな私とレオン様の接点は今や生徒会だけだ。趣味の大衆小説の話は、先輩に任された雑用を二人でこなす中で、お話しできた。同学年の生徒会員は、公爵家の養子と第三王子殿下の側近に、積極的に関わろうとはしてくれず、その結果いつも二人で雑用を片付けていた。悪気がないのはわかっていた。話し合いもしてくれるし、仕事の手伝いもしてくれる。でも明確に壁はあった。出回っているうわさも足を引っ張っていたのかもしれない。少し寂しくもあったが、レオン様が隣にいてくれたので、楽しく過ごせた。
本当にレオン様には一年の時お世話になったのだ。だからこれはいくらミランダさんとて聞き捨てならない。
「優勝するのは絶対ライオルトです!これだけは譲れません!」
「いいえ!レオン様ですわ!去年だって惜しかったのです!」
「はあ、ちょっとモニカ嬢、恥ずかしいので黙っていてもらえますか?」
「黙りません。去年レオン様は騎士科の方々を抑えて3位の実力!絶対今年は優勝ですわ!」
「何言っているの、ライは騎士科に推薦で入ったの!小さいころから訓練もしているし、騎士団の試験にだって最年少で受かったのよ!」
「ミランダ、分かった、わかったから、俺頑張るから怒らないで、な?」
ライオルト様とレオン様が何やら言っているが邪魔をしないでほしい。私は今ミランダさんにレオン様が、いかに素晴らしい騎士かを説明しなければならないのだ。お二人に首根っこ掴まれてようやく落ち着いてきた。
「普段は仲が良いのに、何をやっているんですか。」
半目で詰められぐうの音も出ない。しかしどうにか絞り出す。
「だって、レオン様は昔から努力家ですのに、皆様、天才っていうのですもの。」
その場の皆が黙ってしまった。どうしたのか首をかしげた。
「才能がある上にちゃんと努力している人に対して、それは失礼でしょう?第三王子殿下の補佐は並大抵のお方には務まりませんもの。レオン様はちゃんと努力なさって今がありますのに、幼いころから一緒にいたからだと思っている方もいるんです。わたくしはそれは違いますよ、と言いたかったのです。」
何か間違ったことを言っただろうか。レオン様を見上げると、後ろを向いて視線をそらされてしまった。
「あなたは、相変わらずですね…。」
「それはどういう意味です?子供のころから成長していないとでも?」
「そうではないですよ、いい意味です。」
「意外と二人って仲がいいのね。ほんっとに意外だわ。」
ミランダさんがまじまじとこちらを見ていたので、こちらも見返してみた。
「わたくしとレオン様と、第三王子殿下はこれでも幼馴染ですから。8歳の頃からの付き合いですわ。まあ、ミランダさんとライオルト様の様になんでも分かるとまではいきませんが。」
「私たちはいつも一緒だったからね。」
「そうだな、セガールも一緒に三人で遊んでたな。」
うっと言って黙ってしまったミランダさんを、じっと見た。
「ミランダさん、ごめんなさい、先ほどは…熱くなりすぎてしまいましたわ。」
「ううん、こちらもごめんなさい。ライがすごいって伝えたくて。」
ライオルト様は照れたように笑ってありがとう、と言っていた。それにミランダさんも答えてほほ笑んでいた。なんだ2人はお似合いじゃないか。
「わたくしもつい、こんな無表情でポーカーフェイスで、不愛想で、ぶっきらぼうなレオン様ですが、いいところがいっぱいあるって、皆さんに知ってほしくなってしまって…。」
「褒められている気がしない。」
少々ムスッとして拗ねてしまった。こんな顔が見られるようになったのもこの一年の話だ。
「いえ、もう少し愛想のよい方なら、わたくしもこんなおせっかい焼きませんよ。その表情のせいで誤解されやすいのですから、心配しているのです。」
「あなたに心配されるいわれはありません。」
「もう、わたくしが心配してはいけないのですか。」
ライオルト様の十分の一でも愛想がよかったら。そう考えてちょっと複雑な気持ちになった。今の十倍くらい女性人気が高くなって、私なんかと話している暇がないかもしれない。それは嫌なので今のままでいいか。
「それにしても剣術大会はお互い頑張りましょうね。悔いの残ら無いように。」
「ええ、そうですね。」
ライオルト様とレオン様が固い握手をしているのを横目に、準備のことを思い出した。
「では前日使う備品のチェックをしに参りましょう。重たいので覚悟してくださいましね。」
「えー重いの?」
「でしたら、僕も手伝いましょうか?」
「いいんですか?これから放課後の練習では?」
レオン様の疑問ももっともだ。騎士科の人は先生に授業の予習復習や、外の剣技場が解放されているのでそこで鍛錬なんかをやっていた。たまにレオン様も行っているらしい。学園には部活動というものはなかったが、趣味でサークルを作って、集まって活動している人もいた。ミラ様や、クレアス様も手芸サークルや、お茶会サークルに入っていた。そうやって人脈を広げるのがセオリーだと聞いたときはすでに、生徒会に入って雑用の日々だった。いや、生徒会も人脈を広げるチャンスではあるが。
「今日は自主練の日なので大丈夫です。」
さわやかに笑ったライオルト様はミランダさんをちらりと見ていた。
「ではお願いいたしましょう。人数が多いほうが早く終わるでしょうし。」
レオン様と目が合ったので頷いた。
「そうしましょうか。」
そうして4人で備品室に行った。当日掃除をしなくてもいいように私とミランダ様は備品室の簡単な掃除、レオン様とライオルト様は備品の中から使うものを掘り起こして、数の確認をしてくれた。大変な作業を、率先してやってくれたおかげで予定よりだいぶ早く片付いた。
「こんなに早く片付くなんて。去年なんてもっとかかりましたよ。やっぱり力仕事をやってくださる方がいると違いますわ。助かります。生徒会室でお礼しなければなりませんね。」
「そうね、この間カフェに行った時に買ってきたクッキー缶がまだあったわ。生徒会に差し入れしたやつ。ライ、お茶飲んで行ってよ。」
「いえいえ、このくらいなんてことないですよ。それより剣技大会の練習しないと。僕はこれで失礼します。」
「あ、ライオルト君、俺も一緒に行っていいですか。モニカ嬢、備品のリストをお渡ししても?」
どうやらレオン様も練習に行きたいらしい。じゃあ手合わせしませんか、とライオルト様もノリノリだ。
「それはもちろん構いませんわ。備品室のカギも片付けておきます。」
「お願いします。」
「ライ頑張ってね。」
「お二人とも、怪我には十分お気を付けてくださいまし。」
何やら話しながら去っていく騎士二人を見送って、ミランダさんと歩き出した。
彼女の顔にはでかでかと、もっとライとお話ししたかったと書かれていた。生徒会室で二人だけのお茶会の準備をすることにした。生徒会室にはちょっとした給湯室と、茶葉があった。この間買ってきたクッキー缶は好評のようで、残りは少ない。こうなるとみんな遠慮して進まなくなるので、最後は買ってきた我々の出番ということだ。
「ところで、シエナ様の好感度の件はどうなりました?」
「そう、ぜんっぜんわかんない。ゲームの私は『彼の好感度はこのくらいね!』って簡単に言っていたのに、わかんないんですよ、これが!どうやって調べてたの、ゲームの私!一番大事なことなのに。」
あーーーと言いながら頭を掻きむしっている彼女を止めた。こればっかりは仕方ないのでは…。
「しょうがないですわ、生身の人間ですもの。魔法がある世界ですから、そういう不思議な力で分かるのかとも思っていたのですが、やっぱり無理ですよね。」
「そう、そうなんです、頭に浮かんでくるとか、あるかと思ったけど来ないし!」
「まあこの件は仕方ありません。それよりあの、クッキーで思い出したんですけど、序盤でお世話になる、【好感度クッキー】を使うのはいかがですか?あの、好感度が10になるクッキーです。」
この世界の好感度は最大値が30、好感度によって学年が上がるごとに違うイベントが発生した。最大値まで行くのは隠しイベントまでをも網羅し、選択肢も正しいものを選び、すべての条件をクリアしないと達成できない、かなりのやり込みモードだ。
「あのクッキーは序盤でつかうものじゃないでしょ。…でもいいのか、今なら好感度10には達していないもんね。」
「あのクッキーは序盤用ではないんですか?10になるから10を超えている時も下がるじゃないですか。わたくしはそれで失敗したことがあるんですが。」
「ああ、あれは主にリチャード殿下ルートと一緒に進む、レオンルートでつかうの。最後にリチャード殿下にあのクッキーを使って好感度を調節するの。初心者用の救済アイテムだよ。」
第三王子殿下とレオン様は基本的に一緒に行動するので、イベントも同時に起こったり、好感度も同時に上ったりした。細かな数字は知らないが、第三王子殿下より大方1ポイント低いのがレオン様の好感度だ。狙ってレオン様だけ好感度を上げるのが難しい。そしてゲームでは生徒会に入っていた第三王子殿下と、レオン様の唯一一緒に行動しない日が金曜日の放課後だった。第三王子殿下は生徒会室、レオン様は図書館か鍛錬場か、他の場所とのランダムだった。
「え、そうだったんですか?わたくしは頑張って金曜日に図書館に行っていましたわ。」
「それは正規の攻略方法だけど、結構シビアだし、金曜日に図書室じゃないところにいることもあるでしょ?面倒だからリチャード殿下の好感度下げたほうが確実よ。」
あれってそうやって使うんだ。知らなかった。好感度を上げるために使うんじゃなくて下げるためなのか。
「いったいなんでこんなのあるのかと思っていました。」
「…ちなみに、モニカ先輩は誰攻略したの?」
「えっと、ライオルト様と、第三王子殿下でしょうか。レオン様は途中まで。あとはクラレンス先生ですね。でも内容はあまり覚えていないんですの。」
前世の嫌なことも思い出してしまうので、あえて考えないようにしていた節はあった。それにもともとライトユーザーだったのもある。
「へえ、だれ推しだったの?」
「うーん、クラレンス先生でしょうか。隠しキャラの解放条件は緩かったでしょう?早々にレオン様ルートからそちらのルートにはいりました。」
「うわ、レオン様かわいそ。」
「現実では真摯に対応しておりますわ。」
「うん、そうだったね。仲良さそうだったしね。」
「ミランダさんは、どうだったのですか?」
「ライオルトルートの好感度カンストしたわ。他は少々。」
「え、隠しイベントも…ですか?」
「そう、あのイベント良かったわ。ネタバレは言わないけどね。ライオルトのスチルアルバム100%回収のためにほかのルートもそれなりに回ったわ。」
うっとりとしているミランダさんが、相当のやり込みプレイヤーだったことが発覚した。
「でもクッキーを使っちゃうのはいいかもね。そうしたら今の好感度だって10だってわかるから。好感度が分からないのが一番きつい。こんなの縛りプレーよ。」
「問題は第三王子殿下が外でもらったクッキーを安易に口に運ぶか?ということですわ。」
パウンドケーキは婚約者の家から、だったので受け取って食べてくれたが、その他は廃棄だとケイト卿は言っていた。
「ゲームだと普通にしていたことも、今考えると無理じゃない?ってこともあるわよね。どうやっていたのかしら。それに渡しただけで効果があるのかもわからないわ。ゲームだったらアイテムを使うで選択肢が出てきて、だれに使いますか?でいけたけど…」
「とりあえず帰りに、アイテムショップが現実に存在するかを…」
「ああああ!そうだ、あの、アイテムショップの隣!」
「えっと、ゲームでは占いの館がありましたわね。」
「そこ!次のイベントのヒントとか、好感度の詳細なものを見れたはずよ!」
「あ、ああ~ありましたね、一週目ではお世話になりましたが、二週目からはイベントは大体わかるので使っていなかったです。好感度もミランダさんがいれば事足りましたので。」
「あそこね、好感度20にすると、隠しイベントのヒントがでるの。それがフラグが立った時の合図だったから、行きたおしたわ。」
あ、そうなんだ。目がギラギラしていてちょっと怖いが、頼りにはなる。
「アイテムショップと同時に行けないから、あまり行かないのはわかるわ。放課後街に出るのがもったいないもの。」
「それはそうですね、学校内をふらついていたほうが、お目当ての相手に会えますものね。」
「そうなの。じゃあ今日の放課後は占いの館とショップね。」
「場所はご存じで?」
「うん、新しくできた雑貨屋のことだと思う。去年からゲームに似た通りに目をつけていたの。」
「準備万端ですわね。」
「ふふん。ライと結ばれるためだからね。」
そうだった。ミランダさんがいかにライオルト様のことが好きなのか、今思い知ったところだった。こんなに大好きだった人との未来が、見えてしまったのだ。準備もするし、本気にもなる。
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結論から言えば、占いの館は定休日だった。そういえばゲームでもたまに休んでいたような気がする。隣の雑貨屋に行くと、可愛い者から不気味なものまで何でもあるおしゃれなお店だった。店構えがゲームのままでミランダ様と、はしゃいでしまった。胸にキュンと来るものばかりで見入ってしまった。
「これいいわね、カエルの置物。」
ガラスで出来た綺麗な透明の蛙だ。確かに可愛い。
「カエルがお好きなんですの?」
「フォルムが。本物は触れないけど、可愛いとは思うわ。」
「わたくしは金魚が好きですわ。これとか。」
「あ、いいじゃん可愛い。」
カエルの置物と赤い金魚はどことなく夏っぽい。ミランダ様と談笑し、何気なく見た棚に、見覚えのある瓶を見つけた。
「ミランダさん。こちらが例のクッキーでは?」
ハートでうっすらピンク色のクッキーがかわいらしくラッピングされていた。
「あ、【恋が叶うクッキー】間違いないわね。へえ、イチゴ味なんだ。」
ゲームで見たままの姿に少し感動すらした。瓶の中から一袋取り出した。値段もそんなに高くないが、ゲーム序盤では買えないくらいの値段だ。
「もしや祈力が込められているとか?」
「あり得るわね。」
そうなるとますます第三王子殿下に渡しにくい。とりあえず購入はしておこう。レジへ向かい買うと、ミランダさんも何かを持ってきた。
「…ライにあげるの、何よ悪い?」
「剣術大会ですものね、いいと思いますわ。」
顔を真っ赤にしたミランダさんは、小さな短剣を模したお守りをもっていた。
「あっそうだ、…似たようなクッキーを作って、皆さんに差し入れとして渡す…とかどう?」
この上なく大変な作業だ。しかし剣術大会を利用するのはいい手だ。
「いい方法がなかったらそうしましょう。」
何かのお礼とか、とりあえず何でもいいのだ。考えながら店を出ると、見覚えある金髪に目が止まった。お忍びの商家の坊ちゃん風だ。ロイ様もいた。
「ミランダさん、第三王子殿下がいらっしゃいました。」
「はえ?なっなんで?!」
そういえばここは第三王子殿下が好きなベビーカステラのお店の近くだ。きっと視察ついでに来たのだろう。今の第三王子殿下はいつもの制服姿と比べると、威厳がかなり抑えられていた。落ち着いて声を掛けられそうだ。
「こんなところで何をやっていらっしゃるんです?」
「モニカ?奇遇だなこんなところで会うとは。」
「こんにちはモニカ嬢。」
「こんにちは、ミランダさんと一緒に、占いの館の下見に来ました。」
「ごきげんよう。」
ミランダさんがいつもよりだいぶ緊張気味にあいさつをした。
「ああ。」
にもかかわらずこの塩対応。第三王子殿下は相変わらずのようだ。
「ご視察がえりですか?」
「まあな。」
あ、待てよ、このクッキー、今渡してしまおうか。帰ってからシエナ様に渡して貰うのがいいかと思っていたが、その場でつかう系のアイテムなら、だれが渡しても変わらないのでは?
「ちょうどよいところで会えました。この度シエナ様のために執務室の隣をお貸しくださりましたので、お礼の品をと思って先ほど買ったのですが…」
そう言ってカバンから可愛らしいハートのクッキーを取り出した。ミランダさんが今ここで!?みたいな顔をしていたが、今しかないと思ってしまったのだ。渡してしまおう。
「よく考えましたら、食品はケイト卿の許可がいるんですのよね。」
いかにも女の子の好きそうな可愛らしい見た目のクッキーに、たじろいだのはロイ様だけではなかった。私が買わない感じのピンクなパッケージである。
「ミランダさんに勧められましてこちらにしたんですが…。」
ミランダさんにちらりとフォローよろしくの目線を送ると、心得たように一歩歩み出てくれた。
「殿下失礼ですが、少しお耳をよろしいですか?」
そう言ってミランダさんが第三王子殿下に耳打ちをしていた。何を言っていたのかわからない。あちらのお店で…イチゴ味で…。
「そうか。」
それだけ言って、手を出して黙ってしまった第三王子殿下に、ミランダさんに促され、包みをお渡しした。
「帰りましたら、ケイト卿にお話ししてくださいまし。それから祈力検査もなさってからお召し上がりください。くれぐれもそのままお食べになったりしないでくださいね。」
心ここにあらずの第三王子殿下に挨拶して、ミランダさんと一緒に馬車まで歩いた。
「なんといって説得されたのです?」
「いえ、ただ、買ったお店を紹介しただけです。もし何かあったらお店にクレームを入れてくださいね、と。」
「確かにそれは大事ですわ。しかしこれで効果はあるでしょうか?やっぱりシエナ様から渡してもらわないと効果はないとかでしょうか?」
「うーん、食べるかもわからないし、今は様子見じゃないかな。」
馬車から振り返ると、いまだにその場に立っている第三王子殿下がこちらを見ているのが見えた。さっさと帰って食べてくれればいいが。
「今度はシエナちゃんを連れて三人で占いの館ね。」
「そうね、少しづつ頑張りましょう。」
次の日、第三王子殿下は高熱で倒れ、学園を休んだ。
ロイ様の証言でクッキーを帰りの馬車で食べていたらしく、店と私に事実確認がされた。だから、あれほど言いましたのに。店にも私にも落ち度はなく、他のクッキーから食中毒を起こすような菌も出なかったことから、不問になった。食いしん坊め。一応手紙で謝罪をしたが、返事はなかった。




