情報通のミランダさん
「…ミランダ嬢は最近のモニカの良くない噂についてどこまで把握している?」
先ほどまでいなかったレオンが、執務室の中に待っていた。リチャードが持っている紙の束は報告書だろうか?
「どのうわさでしょう?モニカ先輩が、第三王子殿下を誘惑する悪女だってやつですか?」
「ああ、まあそれらだ。」
「…先輩が一年生の頃から流れ始めたこと、内容に信憑性がないことなどから、発生源が現三年生かと疑っていましたが、噂の流れからどうやら二年生から出てきているようですね。」
「まだ入学間もないのにもうそんなに調べていたのか。」
リチャードがゲームでは見たことない、冷たい目でこちらを見ていた。先ほどまではそんなことなかったのにどうしたんだろう。この人の前は非常に怖い。
「だって、モニカ先輩は噂とは全く違ったんですもの。入学式の日にたくさん話したんです。そうしたら気があって、本当にいい人で、悔しくないですか、あんなに人がいいのに変な噂流されるの。腹が立つんで色々調べたんですけど。」
そう、モニカ先輩は言わば同志だ。その人が変なふうに言われていい気はしない。
そう考えて、リチャードの顔を見ると、今までの冷たい顔が見間違いだったのかと疑うほど、優しい顔で、にこりと笑ったのだ。
「そうだな。そこまで調べているとはな、ミランダ・キュレス。でもモニカのことを探るのは見ていて不快だ。手を引いてくれ。」
探るのは不快?
「モニカ先輩のことを探る必要がありますか?何か聞きたいことがあったら、私はご本人に直接聞きます。聞いたら答えてくれるくらいの信頼関係はあると思っていますから。…私はうわさの出どころを調査してモニカ先輩に報告しようとしていたんです。ご本人にも伝えてありますよ。…もしやこそこそ探っているのは殿下のほうではないですか?」
「ミランダ・キュレス嬢。」
レオンが険しい顔で何かを言いかけ、手をあげたリチャードに制されていた。
「そうだな。こそこそしていたのは認めよう。何かわかったら私にも教えてくれないか。」
貼り付けた笑顔のリチャードは何を考えているのかわからない、得体のしれない人間に見えた。これ以上の挑発は危険。なにせ相手は王族だ。情報を取るときどこまで取るかが重要だ。欲をかいたら自分の命が取られてしまう。
「よろしいですよ。何かわかったらお教えします、ただし、対価がいります。」
「対価、か。なんだ?」
「情報には情報。私の質問に答えて下さったらその情報と交換ということで。」
「わかった。」
では何かありましたら、と言い、私は執務室から和やかな話声の聞こえる隣の部屋へと歩いて行った。
何あれ超怖い。
手汗がすごかったので、ハンカチで手を拭いた。落差がすごい、落差が。
しかし情報は得た。つまりはつまり、リチャードはモニカ先輩のことが好きなんだ。
ややこしいことになったが、記憶の中の裏設定である『リチャードの婚約者が生きていた』としたら、妥当なことのように思えた。モニカ先輩の情報とは乖離があるからつまりこれって、リチャードの一方的な片思い。この状態でモニカ先輩がもし亡くなっていたとしたら、リチャードはモニカ先輩を好きなままゲーム本編の流れだったのだろう。あーこれは噂の出どころがどこか、なんとなくわかったかもしれない。今まではあまりモニカ先輩の近くではないと踏んでいたが、これはもっと近いのかも。ある程度の噂はリチャード本人だろう。今回の『警告』だって、出どころを探るなということだろうし。しかしそれ以外の悪い噂は、例えば同じクラスとか。そう考えると一番噂の出どころとしてありそうなのって…。
「ミランダ様、どうされたんです?」
小首をかしげたとき肩の黒髪がぱらっと落ちて、既視感。この人は無防備に貴族社会に飛び込んで大丈夫なのかしら。
「いえ。モニカ先輩。リチャード殿下に噂の件聞かれたので、適当にごまかしておきました。」
「噂?なあになんの噂?」
「いえ大したことではないのです。」
「うん、大したことなくてよかった。もっと何か言われるかと思った。それよりこれからカフェ寄らない?オープンしたばっかのいいところ知っているの。」
「おや、わたくしもご一緒していいですか?」
「もちろんよ。」
「うん、やったあ、みんなで行きましょう!」
可愛らしいシエナ。絶対あなたはリチャードとくっついてもらわなくちゃ困る。今日の感じシエナもリチャードのことが好きみたいだし、私たちは全力で応援するから。ちょっとハードモードではあるけど。
私たちは執務室の前にいたロイ卿に鍵を返し、校門に行くため歩いていた。不安しかなかった学園生活も、二人がいるから楽しかった。
「ミランダ!やっと来た~帰ろうぜ!」
ああー、なんでいるの、セガール。
「先帰ってって言わなかった?なんでいるの?セガール。」
こんなイベントあったっけ?いや、今日のイベントもゲームになかった突発イベントだから、これもそうかも。しかしお前にシエナは渡せない。ライオルトとセガールはミランダの幼馴染だ。セガールの父と私の母は従兄妹同士で、母がセガールの父の領地近くに嫁入りして、それの縁でよく一緒に遊んでいた。セガールの母が死んでしまったときは、一時期私の家で一緒に暮らしていたことがあった。その時セガールはかなり落ち込んで、ご飯もまともに食べられないくらいだった。私は過去の記憶を思い出していたため、小さな男の子がお母さんが亡くなって悲しみに暮れる姿に同情し、励まし続けた。そのせいかセガールは私にちょっと依存気味なのだ。
「待ってた。もう用事終わったんだろ?」
「まだ終わってないのよ。もう、先に帰ってって言っているでしょ?」
セガールが後ろを見て、ゲッとした顔をした。シエナではなくモニカ先輩が嫌だったのだろう。顔に全部出ていた。
学園入学を機に、独り立ちさせるべく強い口調で言っているつもりだ。
「えっと、ミランダ様の幼馴染の方ですね?…どうなさいます?シエナ様。」
「明日にしようか?」
「そうだよ、最近ミランダが忙しすぎて、全然一緒にいられないじゃないかよ~明日にしてよ。」
全くこの子は。
「いえ。今日は二人とカフェに行くの!あなたは一人で帰りなさいよ。さあ二人とも行くわよ。」
「え~待ってよミランダ!」
私は二人の手を引き、学園が用意してくれた馬車に乗り行き先を告げた。
「よいのですか?ミランダ様。」
「いいの!セガールってば、いっつも私と一緒にいたら友達もできないもの。っていうかモニカ先輩、私のことはそろそろ様なしで呼んでくださいよ。」
「え、ミランダ、さん?」
「そうそうそれでお願いします。」
「じゃあ私もシエナって呼び捨てで!」
「それは変えられそうにありませんよシエナ様…。」
「えー頑張ってよ。」
「まあ努力はします。しかし、セガール様はその、ミランダ、さんのことがお好きなのですね?」
モニカ先輩何言ってんの。
「それは違いますよ。セガールはちょっと私に依存気味なんです。幼馴染で仲が良かったから、そのままこの年になってしまって、私と一緒だったのが癖になって抜けないの。同じクラスに友達なり出来たら、きっと収まると思うんだけど。」
「なるほど、そういうこともあるのですね。そういえばミランダさんは婚約者はいらっしゃらないのね。」
「はい。もともと学園で探すつもりだったし…。」
「まあ、ライオルト様がいらっしゃいますしね。」
「チョ、モニカ先輩」
「え、ミランダちゃん、ライオルト君のこと好きなの!?」
「あ、言ってはいけないやつですか?」
モニカ先輩何してんの?バカー
「ダメに決まって」
「えーそうなんだ。え、ほんとだ、ミランダちゃん真っ赤で可愛い。モニカなんで知ってんの?」
「偶然知ってしまって。すみません、失言でした、気を付けます。」
真っ赤と言われて顔が熱いことに気が付いた。
「そうだったんだ。じゃあ二人の応援しないとね。」
ニコニコしていて生暖かい馬車の空気が、耐えられなかった。恥ずかしい。




