タンポポの神託
私は今、中庭の生け垣の近くに這いずって、第三王子殿下の落としたであろうハンカチを探していた。あちらでは赤茶毛の美少女、ミランダ様が同じような体制で這いずっていた。
「中庭で見つけるんでしたよね、記憶違いではないですよね?!」
「出会いイベントの次は少しの交流イベントって相場は決まっているでしょ!リチャード、殿下のハンカチをシエナちゃんが拾うイベントが発生するはず!間違いないわ!」
あらこんなところにゴミが。こちらにも。ビニール袋にゴミ拾いトングで回収した。
あらあちらにも…。
「ちょっと先輩!それ頭いい!私も貸して!」
これなら目立たないわね。なんか懐かしいし。そう言ってミランダ様がノリノリでゴミ拾いを始めた。ああ彼女も、学校のボランティアのゴミ拾いで黙々と作業するタイプだったのね。このトングを見ると自然と血が騒ぐのよね。
「何をされているんですか?」
通りかかったのはクラレンス先生と、マゼンダさんだ。そういえばここは保健室への廊下から見える。対してこちらはトングとゴミ袋の様相。
「ごきげんようクラレンス先生。マゼンダさん。今ちょっと掃除をしていたのですわ。」
「え、どうしたのモニカ先輩…、って、クラレンス先生?!」
「あ、こちら生徒会の1年生、ミランダ様ですわ。ミランダ様。こちら保健室の先生のクラレンス先生と、わたくしのお友達のマゼンダさんですわ。」
「え!?モニカ先輩ってお友達いるんですか?!」
スイっとトングをミランダ様のほうにむけつつ、にこりと笑った。
「わたくしにもお友達はいましてよ。」
「わあ、そのトングで何する気ですか?だってめちゃくちゃ評判悪いじゃないですか。モニカ先輩。」
そう。なぜか私の評判は非常に悪い。殿下を惑わす悪女とまで言われていた。社交界に広がっていないのが唯一の救いだ。
「そうです。なぜなのかさっぱりなのですが。」
学園限定なのだからあまり気にしていないが、バージェス公爵家に泥を塗っては申し訳ない。
「そのことなんだけどね、どうやら違うクラスとか、モニカさんを直接知らない人の間で流行っているみたいなんだよね。なんて言うか、妖艶な美人だと思っている人がいるみたい。」
「「妖艶な、美人???」」
この悪とは無縁な凹凸の無い体を持つ私が?
「すごい力技の悪名ですね。」
くすくす笑いながらクラレンス先生がむせていた。マゼンダさんが背中をポンポンしていた。笑い過ぎでは?
「なるほど、出どころについては私に任せてください。このミランダ、先輩のために一肌脱ぎますわ。」
ゴミ拾いトングを持っているので格好は悪いが、最高に頼りになる。
「お願いしますわ。」
「ところであれは何でしょう?光り輝いているのですが。」
クラレンス先生が噴水のふちに乗っている白いものを指した。光り輝いている?
「あ、あれじゃない?先輩!」
ミランダ様が白いハンカチを広げた。見覚えがとても、そう、とてもある、タンポポのハンカチだった。第三王子殿下のハンカチってこれか!?私はミランダ様からハンカチを受け取り迷わず捨てようとゴミ袋に入れようとした。
「ちょっと!モニカ先輩ダメ!これは!」
「やっぱり見覚えのある輝きだと思ったら、モニカ嬢が第三王子殿下に送ったハンカチではないですか。だめですよ、王家の家紋の入ったものをその辺に捨てては。」
「これのせいでどんだけわたくしが恥をかいたか…国王陛下と司祭様にさらし者にされたのですよ!まだ持っていたんですね、第三王子殿下…、許せません!持ち歩かないでくださいとあれだけ言いましたのに!嫌がらせに余念がないのですね。」
ハンカチを握りしめ、その場に座り込んだ。つたない自分の力量も何もかもが悔しい。今この場で引き裂きたいくらいだ。
「モニカ嬢、これは嫌がらせで持っていたのではないですよ。」
私の手をクラレンス先生はそっと握って、指を一本一本外していった。しわの入ったハンカチを取り出すと丁寧に伸ばす。
「なぜです?わたくしは何度も嫌だと申しました。昔からです。何度第三王子殿下に注意しても警告しても、聞き入れてくださったことなど一度もないのです。急に大きいお声を出さないでくださいと言った時も、いきなり腕を掴まないでくださいと言った時も、アリアドネ様に注意されるまでの2年間、毎回あざだらけだったのですから。本当にわたくしの言うことなんて無価値なのですわ。」
最近はなかった、過呼吸の始まりのような呼吸を落ち着けながら、マゼンダさんの背をたたくゆっくりとしたリズムで息を吐くことを意識した。
「モニカ嬢、落ち着きましたか?」
微笑んだクラレンス先生に、はいと頷いた。
「どうやら幼いころからいろいろあったのですね。知らずにご無礼いたしました。」
「いいえ。取り乱して申し訳ありません。先生。」
ここには公爵家の目も耳もなく、王家の関係者もいない。本音を吐き出すにはよい場所だった。それに甘えてしまった。
「モニカさん、大変だったのね、婚約していた時。」
そんなことを言われたのは、初めてだった。困ったような顔のマゼンダさんが、両手を引いて、噴水のふちに座らせた。両隣はマゼンダさんとミランダ様。正面はクラレンス先生が立っていた。
「はい…。わたくしは部屋で本を読むのが好きな子供で、第三王子殿下は部屋でじっとしていられない方でした。根本的に性格が合わず、このまま婚姻なんて無理だと思っておりました。」
「そこにシエナちゃんが現れた。」
ミランダ様の言葉に、私はうなずくことしかできなかった。マゼンダさんは息をのんで口を押えた。これは、学園で話すことではないことは重々承知していた。
「シエナ様なら第三王子殿下と気が合っておりましたから。」
「だからこそこれ、ですね。」
ハンカチを手に持ったクラレンスさんが、ふうとため息をついた。
「大丈夫ですよ。何年たっても素晴らしい祈りが込められていますよ。ただの一片も私欲の無い、純粋な祈りです。これは第三王子殿下が持つべきものです。私から渡しておきましょうか?」
クラレンスは強すぎる祈りに、しかし話を聞いた後ならそれもいいかと思ってしまった。あまりに強い祈りは、悪意なく呪いになったりもするものだ。これはそういう域に片足を突っ込んでいる代物だ。
ミランダ様が顔をあげた。
「それはシエナちゃんに渡してもらうわ。私が拾ったけど、恐れ多いからリチャード殿下に渡してって。王家の紋章が入っているし、シエナちゃんなら渡してくれるわ。」
「…本来ならば燃やしてほしいですが、仕方ありません。シエナ様に頼みましょう。」




