ライバルなんておこがましい!
生徒会の集まりも終わり、私は雑務を片付けていた。来てくれてありがとうね~と言われながら整頓していると、ミランダ様がやって来た。
「モニカ先輩、今日はどうもありがとうございます。」
「いえ。あなたが…去年の自分に重なって見えたのですわ。」
ヒロインの親友という立場のミランダ様と仲良くなるのは、こちらもしても願ったりだ。なにせ相手の好感度を教えてくれる重要キャラだ。昼休みに選べるコマンドで、教室を選ぶと会えた。
「あの、ちょっとお話があるのです。一緒に校門まで歩きませんか。」
「はい。いいですよ。」
しかし話とは何だろう。ヒロインの親友ということでモブ寄りではあるが、頻繁に画面で出てくるため、キャラデザは可愛い。彼女も十分美少女だった。
「あの、ライオルトとセガールのことなんですが、ごめんなさい。」
「あ、いえ、よくあるので大丈夫ですわ。」
「…モニカ先輩、わたし…。」
どうしたのだろう、非常に思いつめた顔をしていた。
「あの、私これからのことが分かるんです!信じてもらえないかもしれないけど!」
これからのことが分かる、とは…?
「あの、これからリチャード殿下はシエナちゃんと恋に落ちるんです!」
おお?これは…。
「これから…、それはどういう…。」
「あの、ですのでモニカ先輩はリチャード殿下と婚姻は結べないのです。あきらめてください!」
「いえ、婚姻は結びたくないのでいいのですが…。」
「え?でもお噂では、婚約解消はリチャード殿下が言い出したことで、モニカ先輩は3年後にまた結びなおす気だと。3年の間に殿下にいい人が現れなければ、そのまま婚姻する気だと聞きましたが…。」
んん?なんでそんな噂が…?
「わたくしは王妃陛下に言われたので一年前に婚約を解消いたしましたが、その後の再婚約は要請されておりません。婚姻の予定もありませんのでご安心くださいまし。第三王子殿下がシエナ様と恋に落ちるのはもう、把握済みです。あれだけ可愛らしい美少女なのですから当然です。」
「え、では、モニカ先輩はリチャード殿下のことは、どうでもいいってことですか?」
「端的に、また不敬罪に問われないのであれば、そうだと大きく頷きましょう。」
また考え事を始めてしまったミランダ様の手を引いて、中庭にあった東屋のベンチに腰かけた。
「それより気になることがございます。ミランダ様の、これからのことが分かる、というのは、それはもしや、【あのゲーム】の記憶がある、と解釈してもよろしいですか?」
大きな目をそれよりもっと大きく見開いて、驚愕した表情のミランダ様が、答えのすべてだと思った。
「なん、で、それ…もしや、貴女も?」
「はい。幼いある日、シエナ様が、うちに預けられたとき思い出しました。はじめは困惑いたしました。ゲームにモニカという人物は出てきませんでしたから。」
「出てこない…?いえ、出てきました、出てきましたよ。」
「え?」
おかしい、私の記憶には全くないのに。
「リチャードルートの回想に、彼の昔の婚約者として。名前は出てきませんでしたが、婚約者はあなただけでした。そして…。」
一瞬彼女は躊躇した後、私の目を見て言った。
「もうお亡くなりになっていたのです。」
亡くなった?
「公式ホームページに少しだけ設定が乗っていたでしょう?そこに隠しページがあって、裏設定を読むことができたんです。私、【あのゲーム】が好きで、読み込んでいたんで。ある日攫われて、殺されていたって。」
もしや、去年のあの事件の?
「だから、恋愛に憶病になっていたリチャードと、シエナのゴールがいいんですけどね…。」
「それはつまり、私はあの時死んでいたということですか。」
ああ、どうしよう、つじつまが合ってしまう。いないはずの婚約者。もう死んでいたなんて!
「ああじゃあもしや、あの時死ぬべきはお父さんではなくやはり、わたくしでしたか。」
「モニカさん、今なんて…?」
「お父さんが助けてくれたのです!さらわれたわたくしを…わたくしの生みの親です。優しくて、頼りになって、絵がうまくて、自慢の父でした。ああ、やっぱり私が死ねばよかった。そうしたらお父さんは生きていて、ゲームも元通りで、滞りなく動いたのに、私のせいだ、私のせいで…。」
涙が久しぶりにぽろぽろ出てきた。とっさに手で顔を覆う。あの時公爵閣下と一緒に泣き崩れて出し切ったはずだったのに。今まで思っていても言えなかった。私のせいで、と。助けてくれた父に申し訳なくて、言えなかった。
でも今は言える。なにせ自分が異分子だと確定したから。こんな私のせいで、お父さんは死んでしまったから。
「あの時わたくしが、死ねばよかった。」
「そんなことない!」
ミランダ様が私の手を取った。温かかった。
「死ねばよかった人間なんていないわ!その場になったら必死に生き残ろうとするのは当然よ!それを後悔するのは間違っているわ!あなたは生きただけ!何も悪くないわ!」
「でも…、ゲームでは死んでいたのでしょう?」
「そんなのこの世界が、『リチャード殿下の婚約者が死ななかった世界線』のただのIFルートってだけでしょ!全然問題ないじゃない!現にもう婚約解消はしているし!」
「ミランダ様。わたくし、シエナ様と第三王子殿下に幸せになってもらいたいのです。もしやミランダ様もなのですか?」
「そうよ。だから、貴女に釘を刺しに来たんだけど。あなたの立ち位置ってどう考えてもライバル令嬢でしょ?」
「んな!ライバルなんておこがましい!わたくしがシエナ様に勝てるとでも?あんな完璧な美少女に!?わたくしは今日までモブ令嬢だと自負して生きてきました!」
ふふふ、と笑ったミランダ様にこっちもつられて笑ってしまった。
「落ち着いた?…私は、よかった。あなたに会えて。」
ミランダ様はハンカチを私にくれた。ありがたく使わせてもらった。
「私、あなたに会えてよかった。私も急に、小さいころ記憶がよみがえってきたの。誰にも言えないじゃない。こんなこと。しかも私はヒロインの親友役で…。私はゲームをやっていた時から、それから今転生しても、ライオルトのことが好きなのに、結ばれないのね、なんて。」
ミランダ様の目に、涙の幕が張ってしまった。私もミランダ様に自分のハンカチを渡した。
「でも、幼馴染のライオルトは、無邪気に私と遊ぶのよ。彼は次男で騎士団に入るのが夢で、私は長女で弟もいるから、だからどこか爵位もちの家にお嫁に行かなきゃならない。大人になったらヒロインとあんなに鮮やかな恋をして、シエナと幸せになるの。ライオルトが幸せなら、それもいいかと思っていたの。でも…。」
ぽろぽろ涙がこぼれて、慌てたようにふき取った。
「チャンスが来ちゃったの。ライオルトの兄が、航空団で不祥事を起こして、廃嫡したの。繰り上がってライオルトが侯爵家を継ぐことになった。もしヒロインがライオルトを選ばなかったら…って。私、私、頑張って、ライオルトに選んでもらえたら、そしたら、結婚できるって…。ずっと一緒にいられるって…。」
「チャンスが来たのならば、つかみ取らねばなりませんね。」
「うん、だからね、貴女に感謝しているの。航空団での不祥事って、たぶんあなたを救出するときのよ。正直ライオルトの兄って、嫌いだったのよ。いちいち一言多いの。領地から出てこなくなって清々する。昔は仲が良かったのにな…。どうしてかああなっちゃったのよね。」
「そうだったんですか。」
「あ、それでね、セガールのことなんだけど、セガールにも兄がいてね、セガールの兄は航空団に入りたくて、伯爵家を出て行ったような人で、セガールが伯爵家を継ぐことになったの。でも謹慎で、出世に響いたってだいぶ実家で文句を言っていて、そのせいでモニカ先輩のこと良く思っていないみたいなの。」
「申し訳ないのですが、あの時はいっぱいいっぱいで、記憶があいまいなのです。処分は第三王子殿下がなさったと聞きました。でもあまりいい思い出はありません。」
ハンカチをぎゅっと握った。
「ハンカチ、交換になっちゃったわね。」
これはミランダ様にもらったものだ。ミランダ様のは私のハンカチ。確かに交換しただけだ。なんだかおかしくなってしまって笑うと、ミランダ様も少し笑った。
「なんだか数年ぶりにすっきりしました。」
「私もよ。明日から、頑張ろうね。シエナとリチャードをくっつけるの。」
「そうですね。しかし敬称はつけましょう。不敬罪になってしまいますわ。」
「はーい、モニカ先輩!」
また、くすくす笑いあった。




