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立派な淑女



モニカ    バージェス公爵家に養子に来た女の子。モブ令嬢。

       ど田舎育ちでお金にシビア。

シエナ    このゲームのヒロイン。天が二物以外も与えまくった

       完璧な少女(モニカ談)

ケイオス・バージェス モニカの養父。優しくて素敵な公爵閣下(モニカ談)

ヴィオラ・バージェス モニカの養母。優しくて美しい公爵夫人(モニカ談)


 朝、私はゆっくり目を開けた。夜が明けてすぐ。体を起こして目をつぶる。頭が覚めてきたらやっとベッドから抜け出しのろのろと洗面所へ行く。冷たい水で顔と歯を洗い髪をとかす。髪をお団子にまとめて眼鏡をかけ、適当な服に袖を通した。そのあたりでいつもメイドが朝食を持ってくるのでそのままこの部屋で食事をし、今度はメイドが身支度をしてくれるのでそれに倣い、髪や服を整えた。それからすぐに書斎に行き勉強をしたり、家庭教師の先生が来て授業をしたりと午前中を過ごす。昼食は公爵夫婦に招かれることがある日以外は書斎で適当に取って、午後からまた勉強して、夕食だ。夕食も招かれることがたまにある。いまだに緊張するが、二人に会えるのはうれしい。食後は少し休んで入浴し、その後寝るまで本を読んで、就寝。きっちり決まったスケジュールがある。

「モニカ?」

 昼食を終え書斎から今日の夜読む本を持ってこようと回廊を歩いている時だった。庭先にシエナ様と侍女長が立っていた。本館とここ別館は庭でつながっている。きっと庭の探検中にこちら側に来てしまったのだろう。

「モニカいた!見つけた!」

 駆け寄ってきたシエナ様が、腕をがしりとつかんできた。そんな満面の笑みで捕まえられてしまっては逃げる気力もなくなるというもの。

「シエナ様。どうなさったんです?わたくしに御用でしょうか?」

「もう三日も会って無かったじゃない。私、モニカのこと探してたの。こんなところにいたらわからないわ。」

 涙をためてこちらを見上げるさまが痛々しく心が締め付けられた。メイドにお茶とお菓子を用意するように言いつけ、客間に案内する。メイドが持ってきてくれた茶器を受け取りお茶を入れた。

「寂しいところだわ。」

「そうですか?、私は静かで気に入っておりますよ。」

 はいどうぞ、とカップを差し出し、シエナ様の目の前に座った。確かに本邸と比べれば寂しいところだろう。私しかいないから使っている部屋も最低限だし、使用人もメイド5人と庭師だけだ。公爵閣下はいきなり多数の大人に囲まれたために倒れたと思っているので、今も顔なじみのメイドしかここにはいない。そうなると万年手が足りていないから、お茶は私が入れることになる。おいしそうにお茶を飲んでくれてよかった。なんて可愛い。

「なんでモニカはこんなところにいるの?」

「ここだと勉強に集中できるんですよ。」

 嘘ではないが、本当でもない。本邸に帰る勇気がないのだ。

「勉強?モニカは何の勉強しているの?」

「公爵家の経営など、将来に役立つ勉強ですよ。後は、礼儀作法、教養、後刺繡などですね。わたくしは苦手だけれど。」

「なんでそんなの勉強するの?」

 シエナ様がむっすりと言った。侍女長を見ると澄ました顔で黙っているが、これは勉強したくないって一悶着あったな。

「将来のためですね。わたくしは将来公爵閣下のお仕事のお手伝いをしたいんです。公爵閣下はいつも忙しくて…なぜ忙しいかっていうと、公爵領の領民たちのために橋の整備をしたり、道が壊れたところを修理したり、後、領民同士がケンカにならないように決まり事を作ったり。そういう仕事を沢山なさっていて、わたくしはそれを尊敬しているんです。将来お手伝いできるように、今は勉強を頑張っているんです。」

 シエナ様がこちらをじっと見ていた。

「シエナ様は将来、どんな女性になりたいですか?」

「うーん、そうね…この前小説で読んだ、お姫様かな!すっごくきれいだったの!」

 おやまあ、なんとヒロインらしいことを。

「シエナ様なら絶対に美しく気高いお姫様になれます。わたくしはぜひ見てみたいです。」

「そうかなあ、えへへ…あ、でもお姫様ってどうすればいいの?王子様と結婚したらお姫様になれる?」

 この際だから言っておいたほうがいいだろうか?その手近な王子さまは第三王子殿下で、将来恋に落ちる相手ですよ、と。しかしなんていえばいいだろう。

「ええっと、シエナ様は第三王子殿下はどう思われますか?」

 侍女長の眉が跳ね上がった。よくないことを聞いた自覚はあるが、確認しなければ。

「誰?王子さま?」

 王子、だけ聞き取れたようだ。目がキラキラしている。

「はい、この間一緒に遊んでくれたお兄ちゃんの、金髪で緑色の瞳の方です。第三王子リチャード殿下です。」

「ああ、あの面白いお兄ちゃん!あのお兄ちゃん王子様なの?!」

「はい。公爵家の後を継ぐため、わたくしと婚約関係にありますが、シエナ様が王子様とご結婚なさりたいのなら、わたくしとしては婚約解消していただいてもかまいません。公爵閣下のお手伝いをしたいという夢さえ叶えばわたくしとしては構いませんので。第三王子殿下もシエナ様のほうが気が合いそうでありましたし。」

「うふふ、そうかな~。王子様と結婚…かぁ。」

 可愛く照れている。こちらも思わず笑顔になってしまう。

「しかしですね、シエナ様。美しいお姫様になるには、教養も必要です。みんなの前でダンスも踊られければなりませんし、頭もよくなきゃいけません。どっちにしろお勉強が大事なのです。」

「うっ…、そうだけどさぁ。」

「幸せ愛されお姫様はお勉強必須ですよ。」

「はぁ~分かった。モニカなんで私がお勉強から逃げてきたのわかったの?」

「なんとなくです。わたくしも面倒に思うことがありますから。でも始めてしまえば何とかなるものですよ。」

「そんなもんかなぁ~」

 本当は侍女長の顔に書いてあったからだけど。お茶を飲んでから、帰る、と言って立ち上がったシエナ様を見送った。嵐のようだった。でも天使には変わりない。きっとこれからお勉強してくれるだろう。ヒロインは立派な淑女なのだ。


 ###


 夕食の少し前、扉の向こうが何やら騒がしい気がした。なんだろうと思って開けるとそこには銀髪に金の瞳、公爵閣下が立っていた。いつもだったら先触れを下さるのに、本邸の方から走って来たのか額にじんわり汗が浮かんでいた。目が合うとすぐに距離を詰め私を抱き上げた。もう12歳だ。だいぶ重いはずなのに公爵閣下はいつも顔を合わせるたびに抱き上げる。眼鏡の奥のまつ毛まで銀色なのがわかる近さだ。しかも相わからず美丈夫。もう一度言うが近い。

「婚約解消してもいいって、言ってたって?」

 私を抱っこしたまま書斎の机に腰かけた公爵閣下はささやくように言った。怒っているのか何なのか。いつもこの人の感情は見えにくい。

「はい、あの、どなたから?」

「侍女長。」

 なるほど。公爵閣下は私を第三王子殿下と結婚させるために選んで連れてきたはずだ。婚約解消した場合、私をこのまま公爵家に置いておくわけにはいかない、とかそういう話だろうか。それなら仕方ないから実家に帰るしかない。まだ働ける年じゃないので実家に帰っても困るけど。

「そうですか。勝手なことを言って申し訳ありません。」

「モニカ、殿下に何かされた?嫌なこととか。」

「いいえ。なにも。」

 本当は腐るほどされているが、公爵閣下に言っても相手は王家だ。困らせたくはない。

「なんで…、なんで言ってくれないんだ、モニカ。」

「なんのことでしょう。」

「殿下に池に引っ張られたり、木登りに付き合わされて傷だらけになったり、蛇を投げつけられて半泣きになって逃げたり、鬼ごっこでわざと馬の飼い葉に背中を押されたり、クモを目の前に放したり…まだあるよね。」

 公爵閣下が知っていたんだ。私が記憶の中に封印したものもある。あれとかこれとか…まだつらつら呪詛を連ねている。

「あ、あの、大したことじゃなかったので、報告はしていなかっただけです。私も小さい頃は幼馴染と結構やんちゃをしましたから、気にしておりません。」

 少しちょっと小指の爪くらい根に持ってはいるが。

「大したことないわけあるか。私の可愛い娘にケガさせて。」

 奥歯がかみ合っていない。声が震えている。私の娘って、言ってくれた。ぎゅうと抱きしめられた。

「いやになったのなら婚約解消しよう。それだけのことを殿下はしたんだ。うちの敷居を跨がせたくない。」

 いや、このままだとシエナ様との婚約まで影響が出ない?公爵閣下の眉間のしわが深すぎる。

「いやではありません。シエナ様と第三王子殿下の相性が良かったらお二人でご結婚すればよろしいですし、私は婚約は解消してもしなくてもどちらでもいいんです。私の将来の夢は、公爵閣下のお仕事のお手伝いをすることですから。」

「…え?」

 侍女長はそこまで言わなかったのか、そっちのほうが都合がよかったってことなのかな?ともかくこれだけは伝えよう。

「閣下のお仕事が忙しいので、お手伝いがしたいなって。少しでもお役に立ててらいいなと思いまして。」

「モニカ…、君は家にいるだけで十分役に立っているんだよ。妻と子供がいるから仕事を頑張れるってよくある話、ほんとなんだって君が来てから実感したんだから。去年の夏だって公爵領でよくやってくれたし。」

「それでも、お手伝いしたいです。」

「モニカ…。」

 本当にモニカは可愛くて頑張り屋さんのいい子だね、とまたぎゅっと抱きしめてくれた。こうやってぎゅっとしてくれると、やっぱり公爵の役に立ちたいな、と思ってしまうのだ。

「モニカ、婚約は解消しなくていいの?」

「はい。将来するべき時が来たら解消しますが、まだいいです。」

 う~~ん、殿下がな~嫌だな~でもモニカがお嫁に行くのもな~~と公爵閣下はうなった後、分かったと暗く返事をした。

「何かあったら解消しようね。」

 やっと落ち着いたのか私を膝に置いたままため息をついた。

「はい。ところで閣下、そろそろ下ろしていただけませんか。重たいはずですから。」

「モニカは重くないよ。」

 苦笑いをした私を、公爵閣下は抱え上げ、今日は本邸で一緒にご飯だ。と持っていこうとしていた。待ってくださいこの服は作業着みたいなものなので、着替えさせてください。この間の空色のワンピースにしよう。そう思って公爵閣下の腕の中から抜け出そうとしたのだった。



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