あっという間の一年
生徒会の集まりは週に一度、金曜日の放課後にあった。今は剣術大会の運営を行うのでその準備が主だった。これが1年生にとっては初めての行事だ。授業はなかなか楽しいし、生徒会もやりがいがあった。隣の席の伯爵令嬢マゼンダ・ホークさんとはよく話す仲になった。笑顔の可愛い素朴な子で、入学を機に王都に来て、寮で生活していた。隣のクラスに幼馴染の婚約者がいた。大衆小説が好きという共通の趣味があり、図書室に一緒に行っては小さく盛り上がっていた。第三王子殿下とも入学以来、話していない。やっと落ち着いてきた時だった。
そう言えば、髪の毛をきっちり上げなくて、もういいのでは?
みんな女子は髪は降ろしていたし、可愛らしく編み込んだりしていた。私はいつまでも登城スタイルで登校していたのだ。もう髪が邪魔にならないようにまとめ上げなくとも、落ち着いて生活ができている。今日はおろして行ってみよう。それをフィナに言うと少し意外な顔をされたが、ではハーフアップにして、バレッタで止めましょう、と少し笑っていた。いつもポーカーフェイスなのにこんな顔は初めて見た。バレッタは公爵夫人がたくさんくれたが、今まで使えなかったものを使うことにした。
学園ではマゼンダさんが可愛いとほめてくれたので、照れてしまった。保健室に行ってクラレンスさん、今は先生にもほめてもらい、自己肯定感が上がる。ちなみにマゼンダさんは保健委員なので、週に一度昼休みに保健室にて待機となる。保健委員は先生の手伝いだが、何もないときは何もないので、私はそれについて行って三人でしゃべっているのだ。彼女は図書委員狙いだったのだが、競合の方がいて断念したそうだ。
クラレンス先生、と言えば。この間たまたまレオン様と生徒会帰りに放課後に歩いていると、ばったりと出くわした。挨拶をした時、クラレンス先生は目ざとく私がレオン様にお渡ししたサンストーンを見つけたのだ。
「おや、これはローファス君にあげたんですか。」
「ああ、はい。」
それをじっと眺めてからにっこり笑ったので、二人で顔を見合わせていると、すみません、とクラレンス先生は顔を引き締めた。
「相変わらず、強力な祈りがこもっているな、と思いまして。」
?守護の祈りが込めてあるのは普通では?と首をかしげていると。
(紐のほうに、必ず生きて私のもとに帰ってきますように、と込められています。相変わらず情熱的ですね。)
と耳元にささやかれた。一気に顔に熱が上がって来た。
「そんな願いはこもっていなかったでしょう?なんで…。」
「そうですね、本当にあなたは興味深いですね。今度私にも刺繍をいただけませんか。」
にっこり笑ったクラレンス先生の顔には、刺繍をくれたら黙っていてあげるね、と書かれていた気がした。そういえば魔術の研究をするためにこの学園に来た、という設定があった。魔法でもない、祈力でもないとなると魔術だろう。
「できれば刺しているところも見たいですね~。」
「わかりました今度持ってきます。」
「モニカ嬢?大丈夫ですか?顔色が悪いですよ?」
「いえ全く大丈夫です。」
その後保健室で刺繍を入れてお渡しすると、たいそうお喜びになり、そのまま保健室にて額に飾られることになってしまった。生徒には見られない位置ではあるが、クラレンス先生にはばっちり見られる。今度はどのような願いを込めてしまったのかと聞いてみたら、『僕の健康と穏やかな毎日が願われている、ありがとう。』とほほ笑んでくれた。うれしそうなので飾るなとも言えず、マゼンダさんとともに褒めちぎってくれたので、まあ飾るくらいならと許してしまった。そんなこんなで楽しい学園生活を送っていた。
剣術大会は騎士科の三年生が優勝だったが、三位にレオン様、四位に第三王子殿下が入っていた。騎士科の一、二年生は相手にならず、見ていた生徒が騒然としていた。定期テストの結果も十位まで発表されたが、一位が満点で第三王子殿下、二位が私、三位レオン様だった。どうやったら満点なんて取れるのか…さすがの成績だった。
婚約者としてのお茶会が無くなったため、シエナ様と第三王子殿下の接点が消え失せてしまったのが気になるが、ゲームではほぼ初対面だったはずなので、今のほうが好感度が稼げているはず。
そうしてゆっくり学園生活が過ぎて行って、あっという間に一年たった。
マゼンダさんとは相変わらず仲がいいが、ほかのクラスメイトにはなぜか距離を取られていた。特に女子からは顕著だ。なんで第三王子殿下の婚約者でも何でもないのにこの扱いなのだろうか。ちょっと泣きそうだったがマゼンダさんかいるから、彼女がいるから何とかなっていた。頭を振って思考を切り替えた。
そう、本日はとうとうシエナ様の入学式。生徒会のため、受付をすることになり去年レオン様がやっていた作業をしていた。
「モニカ!モニカ―!」
女子生徒が遠くからもう一人引き連れて走って来た。最近はすっかりおとなしくおしとやかになったのに、笑顔は昔の眩しいまま、しかし姿はゲームで操作していたまさしくヒロインそのもの。銀色の髪に黄金の瞳。誰もが振り返る美少女だ。
「シエナ様、走っていけませんわ。後ろの方が転んでしまうやもしれません。」
「あ、そうね、ごめんね。手を引っ張っちゃった。」
「いえ、大丈夫…私迷ってしまって、この…美少女に助けてもらったの。」
シエナ様が連れてきたのは茶色毛のポニーテールに同色の瞳の、こちらも可愛らしい少女だ。この子は…!
ゲームのシエナ様の親友。
「キュレス伯爵家のミランダです。よろしくお願いします。」
「これはこれはご丁寧に。生徒会をしております、バージェス公爵家のモニカです。」
「バージェス公爵家の…、では、リチャード殿下の婚約者の…。」
彼女ははっとして声を抑えた。この話を本人にするのは学園内のタブーになっているようで、今までされたことはなかった。幼馴染として殿下の好みを聞かれる程度だった。
「いえ、元です。それよりシエナ様。第三王子殿下は生徒会ではなく、学級委員のほうですわ。」
「え?うん、前にモニカが言っていたわね。」
そう言った時ミランダ様の目がきらりと光ったのが見えた。
「あら、生徒会ではないんですのね。」
「ええ。」
「有意義な情報ありがとうございます。」
ミランダ様も第三王子殿下狙いなのか?ゲームではいろんな人の情報を都合よく教えてくれるいい子だったのだが。案内を渡し、二人が仲良く会場に入っていくのを見送った。
放課後、生徒会室に集まるのは3年生と1年生だけなので、私は空いた時間に出会いイベントを確認しに行くことにした。生徒会室は第三王子殿下とレオン様。保健室前の廊下はクラレンス先生。教室前が同学年の二人のはずだ。とりあえず一年の廊下に行って、柱の陰から様子をうかがっていた。
「ミランダ~かえろぉよ。ライは用事あるって。」
あの独特のアンニュイなしゃべり方は、思い出した、セガール・ドレスト伯爵令息!赤髪に赤い目、魔法科のホープだ。
「セガール、他のクラスに安易に入ったらいけないって言われてただろ?」
そしてこちらの青目青髪、騎士科の制服の背の高い男性は、ライオルト・バーン侯爵令息。同学年の攻略対象たちだ。シエナ様の教室の前に陣取っている。確かミランダ様の幼馴染なんだよな、二人とも。
「あ、二人とも。見てみて私、こんな美少女と友達になっちゃった。」
「美少女って、大げさだよ。」
シエナ様が苦笑いしていた。しかし二人はシエナ様の美しさに驚いたらしい。これはしょうがない。慌てて二人が挨拶していた。
「シエナ嬢って、あの、有名な英雄の娘さんだよな!」
ライオルト様が興奮気味に食いついていた。
「ああもううるさいな、ライは。じゃあライはシエナさんと残ればいいじゃん。ミランダ、もう帰ろうよ。」
おお、ここまでゲームの展開通りだ。
「そこで何しているんだ、モニカ。」
あれれ既視感。
「めちゃくちゃ怪しいですよ。あなた。」
振り向くとレオン様とロイ様を引き連れた第三王子殿下が階段を下ってきたところだった。油断した。慌てて挨拶の体勢になった。
「ごきげんよう。」
見られた。こそこそシエナ様のことを見ているのを見られた。恥ずかしい。
「ちょっとシエナ様の様子を見に来ていました。」
入学初日で心配だったテイだ。そのまま階段近くに一行を置いておけないので、廊下に出ることになった。そして必然的にシエナ様に見つかったのだ。
「あ、モニカ!来てくれたの?!」
シエナ様の声に新入生の視線が刺さる。しかも今は第三王子殿下も一緒だ。
「はい、心配で…、」
「それにリチャード様とレオン様も!うわー久しぶり。」
「ああ、久しぶりだなシエナ嬢。」
駆け寄ってきたシエナ様に、レオン様はお辞儀だけだ。あーもうぐちゃぐちゃだよ。ライオルトとセガールの出会いイベントのはずが、攻略対象がこの場に4人もいるカオスな状況になってしまった。逆にクラレンス先生は何をしているの。もしや隠しキャラだからいないとか?
「これから帰りか?」
第三王子殿下の視線がなぜか私に向いている気がした。シエナ様がにっこりと笑った。
「はい。私は帰るけど…モニカは?生徒会の集まりがあるんでしょ?」
「いえ、集まるのは1年生と3年生なので…。」
「じゃあ一緒に帰らないか?」
唐突な誘いに断れる人っているのか?しかし当然それはシエナ様も一緒なわけで、好感度アップイベントにはちょうどいいか。
「あの、モニカ先輩、生徒会室ってどこか分かりますか?」
ミランダ様が小首をかしげて聞いてきた。きらりと光った彼女の目を見逃さなかった。
「あらミランダ様、もしや生徒会なのですか?」
「はい。わたくしより高位の方が…辞退され…シエナちゃんは…学級委員で…。」
哀愁の漂う作り笑い。悲壮感さえ感じる。そう、去年の私そのもの…。
「あなたも押し付けられ…ゲフン、意にそぐわぬ生徒会に…。」
きっと第三王子殿下が生徒会なら、やろうとした女子生徒は多かったかもしれない。ミランダ様の両手をガシリと包み込んだ。この子の気持ち、私にはわかる。
「ご案内いたしますわ。第三王子殿下申し訳ありません。この子を放っておくわけにはまいりません…。どうかシエナ様をよろしくお願いいたします。」
「そんな…悪いですわモニカ先輩!せっかく早く帰れますのに…。」
「いいのです…生徒会とはそういうもの…。ですよね…。」
同意を求めるようにレオン様を見ると、これからの苦労を考え目をそらされた。一年間やりがいがあったにはあったが、雑用が多くて大変だった。
「…はあ、分かった。シエナ嬢はこっちで送っていくから、心配しないでくれ。」
「ありがとうございます。」
「え、いいんですか?モニカもいないのに。」
「ああ。」
「じゃあ先帰るわね、モニカ!ミランダちゃんもまた明日!」
「うん、明日ね。」
そんなやり取りを経てさっていく一行を見送った。ライオルト様とセガール様がこちらを凝視していた。なんだろう、複雑な表情だ。ミランダ様が慌てて仕切りなおした。
「ライも、セガールも、また明日ね、じゃあ連れて行ってください、モニカ先輩。」
「はい。ご案内いたしますわ。」
複雑な視線に見送られ、居心地が悪く逃げるように二人でその場から去っていった。




