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婚約解消

 もう無理です。


 これを聞いたときに、ついに終わってしまった、と直感した。モニカ嬢の限界が来てしまったと分かってしまった。お二人はこれでもう終わりだと。

 遠くからリチャード殿下の怒声が聞こえた。まさかこんなことになるなんて。めぐりあわせもタイミングもすべてが悪かった。肩口がモニカ嬢の涙で温かかった。モニカ嬢の口走った言葉では、父上が亡くなったことくらいしか察せなかった。それから最期を看取れなかったこと。モニカ嬢はだいぶ落ち着いてきたようだ。体を離して、立ち上がると、コップに水を注いだ。咽が渇いているのだろう。

「ゆっくりお飲みください。」

 こくりを頷いたのを見て渡すと、一気に飲み干してしまった。彼女の持っているコップに水を注いだ。また一気に飲み干した。顔には殴られた跡があり、あざになっていた。スカートは裂かれたのか、ボロボロだ。全体的に血まみれで、しかしナイフで刺されたとか、大きな怪我はないようだった。彼女からコップを受け取り、両手を掴んで持ち上げ立たせた。椅子に座らせたときに王宮医師が入って来た。女性の医師だからアリアドネ殿下が送って来たのだろう。一度部屋を退出した。部屋の前にいるとロイ卿がこちらにやって来た。


「どうやら航空団がやらかしたようです。モニカ嬢を問答無用でお父上の遺体から引き離したようで。」

 なんでそんな非道なことを。

「殿下からの指示は、モニカ嬢をここに連れてくること、でしたから。」

 すべてが悪いほうに転がっていった。医師が部屋から出てきた。

「大きなけがはなさそうです。しかし明日になったら顔は腫れてしまうかもしれません。今は冷やして、湿布をしています。精神的なショックのほうが大きいかもしれません。…強姦の被害がなかったのは不幸中の幸いですわ。」

「そうですか、顔の腫れは心配ですね。」


 ロイ卿はノックしてモニカ嬢のいるところに行った。医師の背は第三王子殿下のほうに向いていた。自分もまた部屋に戻った。

「どうなさいます?公爵家に戻りますか?」

「…帰ります。」

 モニカ嬢がぼそりとつぶやいた。このままリチャード殿下の相手をさせるのは気が引けてしまった。ロイ卿がモニカ嬢を抱え上げた。

「では馬車を用意しましょう。レオン君、扉を開けてください。」

「はい。」

 きっと公爵家なら、夫人とシエナ嬢がいるからモニカ嬢も落ち着くだろう。扉を開けて、馬車の手配のため朝日で白くなってきた空を見た。

「私は…モニカ嬢がご無事で、うれしいです。」

 ロイ卿がモニカ嬢を抱きしめながら、ゆっくり言った。

「うれしいです。」

 にこりと笑って背をたたいた。レオンも顔を挙げてモニカを見た。

「俺も、俺もモニカ嬢の顔が見れてほっとしました。よく、無事帰ってきてくれました。」

 涙の幕の張った瞳が、ゆがんでいるのが分かった。お父上が亡くなって、とても正気ではいられないだろうに、彼女は涙を我慢するのだ。

「あなたのお父上は、大事な人を体を張って守る、立派な騎士なのですね。俺は、尊敬します。」

「お二人は、私に、やさしすぎだわ。」

 今度はロイ卿に縋って泣いていた。今日くらい甘やかしてもいいだろう。


 馬車に乗せ、モニカ嬢を見送ったのが、まさか今年最後の姿になるとは思わなかった。


 それから公爵家では大変だったらしい。


 モニカ嬢の代わりにシエナ嬢がシーズン最後のお茶会にやって来た。彼女によると、その日の午後にはモニカ嬢は故郷まで行くことにしたらしい。馬車の中に布団を敷いて、そこで休みながらバージェス城へ。その次の日には葬儀の行われる予定の港町へ。港町で家族と、バージェス公爵と合流して、葬儀を行い、1週間後に帰ってきた。しかしここからが大変で、モニカ嬢はもちろん、公爵がモニカ嬢と一緒じゃないと、食事をまともに取らないほどの精神状態になってしまった。当然、誕生日パーティは中止。モニカ嬢の部屋のベッドで二人ですすり泣く生活が、やっと改善してきたそうだ。


「どちらかというとモニカのほうが立ち直りが早かったわ。少しだけね。お父様の形見の短剣をいただいてから、ちょっと落ち着いたみたい。」


 老騎士が気を利かせて鞘をベルトから外して持っていたのだが、バージェス城で入れ違いになっていまい渡せず、後日届けに来てくれたそうだ。

「でもまだダメ。だから手紙も遠慮してほしいわ。」

 そう言ってリチャード殿下が差し出していた手紙を、シエナ嬢は突き返した。

「持って行ってあげたいけど、まだダメ。良くなったらモニカから手紙を書くと思うの。それまで待ってあげて。」

「わかった。迷惑をかけてすまなかった。」


 きっと直接言いたかったに違いない。本当にリチャード殿下に非はなかったとしても、モニカ嬢が傷ついたのは事実だ。あの日以来リチャード殿下はモニカ嬢を泊まらせるはずだった、王城の客間で時折ぼんやりとするようになった。


 定期的に来ていた手紙が来なくなって、ついに新年を迎えてしまった。怒っているとか、許していないとか、そう言うことではないらしい。何を書いたらいいのかわからない。シエナ嬢からリチャード殿下の手紙にはそう書かれていた。もうすっかり元気だから、心配しないでほしい、とも。しかしあれ以来顔を合わせていないのだから、そう言われても心配だった。

 去年がそうであったように新年のあいさつの時、久しぶりに会ったモニカ嬢はもうすっかり怪我も治ったのかいつも通りの様子だった。


 それからしばらくした後、バージェス公爵から手紙が来た。婚約解消について話し合いをしようとの内容だった。リチャード殿下が国王陛下に抗議に行ったが、国王陛下は一転、解消やむなしとなっていたため、そのまま話し合いになった。そしてそのままあっさり解消ということになったのだ。

「ご心配おかけいしましたが、すっかり良くなりました。この度無事、婚約も解消できて肩の荷が下りた気持ちです。」

 珍しくにこりと笑ったモニカ嬢に、リチャード殿下は何も言えず、黙ったままだった。


 モニカ嬢を襲った相手については。

 国内勢力にうま味がないため、国外勢力だろうと予想はすぐに立った。遺跡にあった荷物は取り立てて珍しいものはなく、5人いたうち3人は遺跡で亡くなって、残り2人は取り逃がしたようだ。流れの傭兵であったことはわかった。しかし入国したという記録はなく、謎が謎を呼ぶ状態だった。

 一番怪しいのは当日あんずジャムを贈って来たレスト王国だった。モニカ嬢をさらう理由があるのはあそこくらいだった。しかし証拠となると何もない。あんずジャムの経路だっていまだ分からずじまいなのだ。なぜ国境警備隊の記録にはないのか。海路で来たとしても、港に立ち入らないのは不自然だ。…そうなると、国内勢力が協力しているという話だ。なんにしても反王太子派であろうことは予想が立つ。

 ややこしいことになってきた。今年は学園に入学するのに。


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