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あんずジャム

 その日は朝から、第三王子宛に様々なものが届く日だった。国内貴族は当然知っている、食品受け取り拒否だったが、外国までは知られていなかった。レスト王国からあんずジャムが箱いっぱいに届いたのだ。もちろん送り付けてきたのはレスト王国王女。今レオン君にリチャード殿下を呼んできてもらっている最中だった。木箱に瓶詰とは、荷運びには苦労しただろう。緩衝材として乾燥したヤシの皮が入っていた。

 王都周辺では見ないものに、ケイトはまじまじと観察していた。こんなに大量に…しかもカードもついていた。流石に王族が書いたものだ、リチャード殿下に開けてもらわねばなるまい。翡翠の宮の入り口付近の、待合室の扉が、無遠慮に開いた。


「レスト王国から、私宛だって?」

 ツカツカとこちらに来たので、机の上のものを指す。ついでに椅子も進めた。こんなにぶっきらぼうなリチャード殿下は久しぶりだ。婚約者のご家族からアリアドネ様に、突然大きなお声を出すのが苦手らしいわ、と言われてから、その癖を少し改めていた彼が、今は威圧感を漂わせながら不機嫌に椅子に座った。リチャード殿下に箱を改めさせるわけにはいかないので、自分が箱の中身を取り出した。まずは問題のカードだ。


『リチャード様へ いいものを送ってあげるわ。気に入ってくれるかしら?』


 そう書かれていた。それを読んだ殿下は机の上に乱雑に投げ捨てた。箱の中身は10瓶のあんずジャムだ。一つ一つ出すたびに眉間のしわが深くなっていく。ヤシの緩衝材も全部出し、底に敷いてあった布地も取り払った。

「特に何か魔術のようなものの痕跡はありませんが、一応後で司祭をお呼びします。」

「ああそうしてくれ。」

「このヤシの皮は緩衝材ですか。初めて見ました。」

 レオン君が興味深げに観察していた。そうだよね、北部出身だとヤシってみたことないものね。

「一つ聞くが、レスト王国王女は何で私に、これを?」

「そんなのリチャード殿下の好物を送って気を引こうと…」

 なんで他国の王女がそれを知っている?というか、あんずはモニカ嬢がフルーツケーキを焼いて来てくれた時に、おいしいと初めて言ったものだ。それまでリチャード殿下は好き嫌いを口に出したことはない。というより、モニカ嬢が作ってくれなかったら、そう公言さえしなかったものだろう。あの場にいたものは自分とロイ卿、リチャード殿下付きのベテランメイド、レオン君にシエナ嬢にモニカ嬢…。

 この中の誰かが外部に漏らしたことになる…。あれ以来あの時の話はしていないが、そうなるとバージェス公爵家からレスト王国にもれたことになる。いや、それかあの場にレスト王国の間者がロイ卿に気づかれずに近くにいたということも考えられた。


「一番ありえそうなのは、バージェス家ですけど…。」

「モニカはそんなことしない。今まで好きなものを聞かれたこともない。」

 それは婚約者としていかがなものだろう。

「後は一人だけですが。シエナ嬢でしょう。」

 レオン君が言いにくいことをはっきり言った。一応シエナ嬢の交友関係は調べてはいるが、あまり広くない。モニカ嬢はたまに同年代のお茶会に出席しているようだが、シエナ嬢は社交マナーを勉強中だそうで、表舞台に出てこない。それがかえってシエナ嬢が『とんでもない美姫でリチャード殿下を虜にしている。』『リチャード殿下はシエナ嬢に一目惚れなさった。』『実はシエナ嬢とリチャード殿下の逢瀬の隠れ蓑にモニカ嬢を使っている。』等々のうわさに信憑性を持たせてしまっていた。現に、誕生日パーティでは同じテーブルにずっと座っていたのだ。事実はモニカ嬢を二人で取り合って火花を散らしていたのだが、目立つ容姿であるため、どうしたって尾ひれがついて出回ってしまった。

 この噂を必死に火消ししていた矢先に、この荷物だ。リチャード殿下の心中は察したくない。

「不用意なことは、いくら彼女でも言わ…、言わ…言わないと思いたい。」

 でも言いそうだな。そう思ったのはケイトだけじゃなかったようだ。あとの二人も目線をそらしていた。


 そう、モニカ嬢ならいざ知らず、シエナ嬢は王族と付き合うにはいささか迂闊だった。最近言動に気を付けているらしいし、そういうところもまた彼女の魅力ではあるが、突発的な対応などはできていない。つまりは、一番怪しい。しかし交友関係が狭いわけで、どうやってシエナ嬢の言動が、レスト王国まで行ったのか。

「仮にシエナ嬢が、王都のカフェなどのおしゃべりで、そのことについて話したとして…レスト王国までその話が出回るとなると、もう国内に回っていてもいいように思うのですが…。そういうのは感じたりしましたか?」

 レオン君が殿下の顔をちらりと見た。

「採れる時期だから献上品に入っているのは見たが…ジャムはなかった。しかも毎年贈ってきてくれているところからだったし、変わったことはないな。ここ1か月で行った茶会にも、あんずで出来たものは、出てこなかった。」

「それっておかしいですよね。シエナ嬢から洩れたとして、まずは国内の貴族か耳ざとい商人がリチャード殿下の好物ということで、何かしらのアクションを起こすはずです。まだ起こしていないだけかもしれませんが…。」

「しかもあの時、リチャード殿下が召し上がったのは、確か乾燥あんずでは?時期的にも生のあんずは採れませんし。」

 ケイトは誕生日当日を思い出す。モニカ嬢は事前にレシピも送ってくれていたように思う。確か酒にドライフルーツを漬け込んで、一晩おくとか何とか…。

「乾燥…。」

 今までギスギスしていたリチャード殿下の雰囲気が、一気に和らいだ。

 しかし、だ。当日のことを知っていたら、是が非でも乾燥あんずを送ってくるはずだ。今乾かしているのかもしれないが、最初の一打より、インパクトが劣った。つまり、あんずジャムを送るというワンクッションを置かずいきなり、乾燥あんずを送るべきだ。そのほうがこっちだって驚くだろう。

「やはり当日あの場にはいなかったが、『リチャード殿下があんずジャムが好きだ』という情報だけ手にした人が、その情報をレスト王国まで持って行ったいうことですね。」

「そうだな。それかレスト王国から生のあんずを送れないから、ジャムにしたか…。いや、生のあんずは贈れないのか?」

「ええっと、確か、レスト王国北部でしたらあんずが採れるので、そこから直接送れば、船も使えますし、痛まず届くと思います。」

 記憶を引っ張り出す。確かレスト王国北部にあんずが栽培されていたはずだ。レスト王国は一大フルーツ王国なので、手広く栽培していた。砂漠地帯も有するレスト王国は物が腐りやすいため、乾燥フルーツの産地でもあった。強い日差しを利用し水分を抜けば、軽くなるし携帯食として重宝されていた。

「相手はレスト王国の王女です。持ち運びしやすい乾燥あんずを“あえて”送らず、かさばるジャムを送ってきたということは、彼女は、『リチャード殿下があんずジャムが好きだ』という情報を受け取ったということになりますね。」

「なんでジャムなんでしょうか?いったいどこからそんな話が?」

 三人で顔を見合わせ、首をひねった。

「一度モニカ嬢とシエナ嬢にも話を聞くべきですね。」

 レオン君は本当に言いにくいことをはっきり言ってくれるね。

「最悪の場合、レスト王国の手のものが、バージェス公爵家の内部にいることにもなりますから。防犯の面においても早めに確認すべきです。」

 リチャード殿下も真剣な顔でうなずいていた。

「それからここまでの輸送経路もな。国境警備隊に、レスト王国からの荷物があったかだけ聞きたいな。この箱にはレスト王国王家の紋章が付いているから、検分で視ていれば記憶に残っているはずだし、王家の紋章付きの荷物は王城に一報を入れなければならないはずだろ?従者がセットで来るものなんだから。従者が国境警備隊に声をかけないのはやはりおかしい。いつくらいに国境を越えたのか。また、だれが運んだのか。城に持ってきたのは、新緑商会だったか。」

「はい。新緑商会の言うところによりますと、向かいの花屋の店主が客に頼まれたと言っていたと。気味が悪いが、警備隊に言うほどのことでもないし、金も置いて行ったから、貴族がよく来る新緑商会に頼んで登城してもらったと。今ロイ卿が証言の裏取りに、新緑商会と花屋に行っています。」

「警備隊には速達送りますね。」

「一応その客というやつの似顔絵を作っておいてくれ。このジャムに何か入っていたら、そいつは手配しなければならないからな。それからレスト王国の王女には…手紙を書かないといけないか?それとも留学したディーン兄上にそれとなく聞いてもらうか?」

「毒だった場合…ディーン殿下が人質に取られませんか…?」

「どちらにしろディーン兄上に報告は、したほうがいいな。身の危険を感じたら、逃げるようにとも。それからこのジャムの検査だ。」

 リチャード殿下が、ディーン殿下への手紙を。レオン君が司祭の手配と警備隊の連絡を。ケイトは国王陛下への簡単な報告をそれぞれ準備していた時、今度はただならぬ足音が待合室の扉を開けた。

「!第三王子殿下、急ぎの報告です!」

「聞こう。」

「バージェス公爵家のモニカ嬢が、攫われたという報告です!」


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