もう一つの占い結果
「余計なこと言わなかったでしょ?あの子に婚約破棄を勧めもしなかったし、将来リチャード君と結婚するとめちゃくちゃ苦労するとも言わなかった。リチャード君のことが生涯信用できずに、欠乏感をもって生きなきゃいけないとも言わなかった。二人の間に出来た子供を愛せなくて苦悩することも、その結果、母の実家を頼って亡命するまで追い込まれることも。」
「何それ…占い結果ですか?ラペットさん」
「姉上。」
「アリアドネ様。」
たまたま近くに来たから、久しぶりに瑠璃の宮に来ているモニカの顔を見ようと寄ったところ、とんでもないセリフが聞こえたので、思わず横やりを入れてしまった。
「聞いてくださいまし、アリアドネ様。リチャード君の婚約者の方の占い結果が、ものすごいのですわ。死相も出ているし、このままでは来年の春を迎えられませんわ。現状打破は婚約解消なのですけれど…、それは嫌だって言うんですわ。そんなのあの子がかわいそうです。そのまま死ねって言うの?」
普段はどちらかと言えばおっとりしているおしゃべりなラペットさんが、焦燥感と悲壮感を漂わせながら対面に座るリチャードに訴えていた。そのリチャードは身内には、泣きそうな顔をしているのが見て取れた。この子がこんな顔をするのは本当に珍しい。
「わたくしはリチャード君のことが大好きですわ。だから後悔してほしくないのに…。」
「来年には、一時的に、婚約解消するのでしょう?それではいけないの?」
「遅いですわ。…“相手”は焦っていますの。今ならまだ間に合うと思いますが…、手遅れかもしれません。」
青白いリチャードの顔に手を添えて、上を向かせた。自分と同じ緑色の目にかち合った。いつの間にか自分の背を追い越してしまった弟を、見下ろすのは久しぶりだ。そのままほっぺをつねった。
「いたいいたい、あねふゅえ!」
「なあに貴方、モニカと婚約解消を早める気はないの?」
「あるわけないです。来年の春までだったとしても!」
「じゃあちゃんと守らなければね?傷一つなくモニカを死から遠ざけなければ、貴方に婚約者を名乗る資格はないと思いなさいな。」
やっといつもの調子に戻ったのか、はい、と背筋を伸ばした弟に、そっと胸をなでおろした。
「それより、ラペットさん、先ほどの占い結果は確かですの?死相の件は置いておいても、酷すぎではありませんか?結婚後に苦労して、不信感で、亡命って聞こえたように思うのですが?」
「ええ、今のままの状態で結婚したとしても、明るい未来は見られませんでしたわ。古代文字占いの出た石は、引いて並べた順番に、過去、現在の現状、よりよく生きるためのヒント、未来の結果、にリンクすることがよくあるのですわ。ハガル、ニイドの逆位置、エオー、オセルの正位置。過去、予測不能の事態により、現状の事態になっている。公爵家に養子に入ったことかしら?現状は忍耐と束縛と欠乏と不足。公爵家で毎日頑張って勉強しているのね…。自分に足りないことにばかり目に入ってしまう。よりよく生きるためのヒント…これが馬とか移動、それから信頼。信用のおける安心できる場所に移動したほうがいい。その結果の未来は、しっかりとした伝統の継承。領地を治めることかしら。」
「そんなに悪くなさそうだけれど…。」
「そうだけどこのエオーは稀に国境を超えることがあるのよ。彼女はこの辺の生まれではないわよね?」
「確か母は葦原の瑞穂の国と…。」
「ああやっぱり。そっちのほうの領地かもしれないわ。あの子、高貴な黄金の稲穂のオーラをまとっているのよ。バージェス家の遠縁って聞いたけど、それだけじゃない気がするわ。」
不思議に懐かしい色をしているのよね、とブツブツ独り言を言っているラペットさんは置いておいて、リチャードを見ると、また黙り込んで下を向いてしまった。しかしヨシと言った後に顔をあげたので、もう大丈夫なんだろう。
「どんなことがあっても、モニカを守れるように頑張ります。」
「そうね。」
「…わたくしは忠告しましたわ。リチャード君は昔から頑固ですもの。知っていますわ。だてに長い付き合いではないですから。一度こうと決めたらやりとげるお人ですから。そういうリチャード君のことがわたくしは大好きなのですわ。」
ため息交じりにラペットさんが吐き出した。最後のほうは泣きそうな顔で笑っていた。
「どんな結果になっても、幸せになってくださいまし。」
「はい。」
どうしてかこんな時もリチャードはラペットさんに塩対応だった。こんなにやさしい言葉をかけてくれているのに、さっさと席を立ち行ってしまった。
「ごめんなさいね、リチャードが。」
「いいのですわ。わたくしが小さいころから構い倒したのが悪いのです。」
「でももういい年なんだから直すべきだわ。」
フルフルと首を振ったラペットさんは空を見上げた。
「推しは見るものですから。」




