王宮の兄弟たち
クリス・・・王太子殿下。王妃陛下の第一子。春風の王子(モニカ評)
ディーン・・第二王子殿下。側妃の第一子。真夏の太陽(モニカ評)
ラペット・・王太子妃殿下。クリスの奥さん。春の女神(モニカ評)
王太子殿下の結婚式は、盛大に行われた。白い聖堂にて、愛を誓い合ったお二人は王城まで煌びやかな馬車に乗ってパレードをした。国民に手を振りながら目抜き通りを行くのだ。
私の立場は一応、第三王子殿下の婚約者であるわけで、それでなくても、私の義母である公爵夫人が新郎王太子殿下の叔母であるわけで…。つまり欠席という選択肢はなかった。前から三番目という、かなりの上座に座って粗相の無いよう緊張していた。まじかで見たウエディングドレスが本当に美しかった。誓いの言葉の後、結婚契約書にサインをし、指輪の交換をしてそして最後にキスをして終わった。ああ、結婚式ってこんなに豪華でめんどくさ…げふん。美しくて素敵だった。
今回王太子殿下の結婚式ということで、特別にこの白の聖堂の本堂で行った。しかしこんなに大きな聖堂で結婚はちょっとな…。やはり結婚式は海の見える小さな教会で、親族だけでやるイメージがあった。そう、実家近くの、弟ジスがお世話になっている教会で、司祭になった弟に、誓いますか?と言ってもらいたい。季節は秋がいい。収穫祭の後。お姉ちゃんの結婚式に渡されていたお母さんのウエディングドレスを着て、町のみんなにお披露目して、幸せになれよって言ってもらって、そんな普通の結婚式ならやってみたかった。
私はどう転んでも、そんな結婚式は無理だ。それは養子に入った時から覚悟はしていた。ただそれを改めて、無理なんだなと気付かされた。
(とっても素敵ね、私もこんなところで結婚式したい!)
(そうですね。さすが白い聖堂ですね。)
目がキラキラしているシエナ様が先ほどから、きょろきょろしていると思ったら、感動していたのか。なんて可愛らしい。ご安心ください。ゲームでは王族との結婚式はここでやってたと思うので、その夢は叶います!いや、シエナ様レベルだったらこの美しく荘厳な教会がむしろ似合う。きっと世界一、宇宙一、銀河一、美しい花嫁になるはずだ。
そこでハタと気が付いた。一歩間違えれば、ここで、自分が、結婚式を挙げるところだった、と。
あっぶね~!!
一気に冷や汗がぶわっと出てきた。肝が冷えるというのはこういうことか。実感したくなかった。婚約解消(予定)でよかった!
新郎新婦が退室し、国王陛下から順に馬車へと移動した。馬車でパレードに参加するのは王族の一族と、花嫁の家族だ。そしてバージェス公爵家はパレードには出ないが、パレードの車列の後に付いて行き、王城に移動することになっていた。王室騎士団の近衛兵が馬車の護衛についてくれるので、屋根のないパレード用の馬車でないが、パレードの一部のような扱いを受けていた。公爵夫人は慣れたように、窓から手を振り返していた。さすが元王族。顔が見えたらしい外の群衆から『ヴィオラさまー!』と歓声が上がっていた。
「すごーい、叔母様人気ね。」
「そうさ!うちの奥さんは可愛くて美人で完璧だからね。」
ニコッと笑った公爵閣下がうれしそうだ。なんだか私まで幸せな気持ちになった。
「もう、ケイオスったら~。」
夫人も満更でもないらしい。
「王太子殿下もお二人のように仲のいいご夫婦になるといいですね。」
いつの間にか王城に到着していた。いつもよりも多い警備の騎士団をしり目に、公爵閣下が夫人の手を取っていた。
「モニカ、おいで。」
呼ばれたので顔を出すと、正装に身を包んだ第三王子殿下がいた。なんでこんなところに?馬車の前で手を出されたので黙って、手を置いて馬車から降りた。そのままエスコートされて連れて行かれそうだったので、その前に聞きたかった。
「ありがとうございます。どうなさったんですか?」
「少しモニカ嬢をお借りしてもよろしいですか?兄上が挨拶したいそうです。」
兄上。って、王太子殿下では?公爵閣下に目線を向けた。
「おや、今まで避けていたのにですか?それとも第二王子殿下ですか?」
「両方です。義姉上がお色直しの間、時間があるので。」
レオン様がシエナ様をエスコートする体制になっていた。
「わかりました。じゃあ私たちも案内してください。」
「お時間いただきます。」
第三王子殿下が公爵閣下に会釈をして、ゆっくり歩きだした。
「突然悪いな。モニカ。」
「いえ。先にどのような御用か、とかは…わかりますか。」
「いや、ディーン兄上はあちらに留学に行く前に、留学を後押ししてくれたモニカにお礼が言いたいそうだ。クリス兄上は知らん。義妹に会わせろとうるさかった。」
「あの、アリアドネ様は…。」
「義姉上の手伝いをしている。」
ですよね。
第二王子殿下は、王太子殿下の結婚式の後に留学するそうで、まだ国内にいた。…ゲームではアリアドネ様が同じ時期に嫁ぎ、流行り病で亡くなっていた。公爵家の伝手でレスト王国の国内事情を聞いたが、病が流行っているという報告はなかった。王宮に上るわけではないから、多分大丈夫だろうと思うが、少し心配だ。
王太子殿下の宮に入るのは初めてだった。確か東宮、瑠璃の宮だったか。ところどころに綺麗な瑠璃色がちりばめられていた。特に花瓶が空色に金の模様が入っていて可愛らしかった。この組み合わせが好きだ。応接室らしきところで、近衛兵が扉を開けたので、そのまま中に進んだ。
「やあ、来たね。」
赤毛のくせっけが、肩でひとまとめにされていた。ソファの背もたれに腰かけていたが、こちらに寄ってきた。灰色交じりの空色の瞳の、たれ目で目じりは優しいが、眼光は力強く鋭い。美形というよりさっぱりとしたイケメンだった。ほのかに香る金木犀の香水が、とてもよく似合っていた。
「この子が婚約者ちゃんだな。ディーンだ。よろしくな。」
第二王子殿下にご挨拶するのは初めてだった。ぺこりと頭を下げて、スカートの端を持った。
「バージェス公爵家のモニカです。よろしくお願いいたします。」
「なんだバージェス公爵も来たんだ。叔母様も。」
「あなたがモニカを呼び出すからです。」
「お久しぶりね。」
塩対応の公爵閣下と対照的に、公爵夫人はニコニコ笑っていた。
「えー、ただちょっとモニカちゃんに、お礼が言いたかっただけなんだけど?あ、モニカちゃん今回のことありがとね。母上の説得が難航してたんだけど、発表してしまえばこっちのもんだよな。レスト王国楽しみ~。あ、もう帰って来ないかもしんないから、今日じゃないと言う機会無くなっちゃってさ。」
「いえ、もったいないお言葉です。」
「も~固いな。君は義妹なんだから、そうだな~お兄様って呼んでよ!アリアドネは年が近いからか呼んでくれないの、お兄様って!」
「え、と、お兄様…。」
「モニカ、呼ばなくていいぞ。もういいですね、お礼言ったんですから。」
そのとき後ろの扉が開いた。
「もう来てたんだね。」
振り向くと優しげな眼もとに公爵夫人と同じ金髪、空色の瞳の人がいた。長めの髪が肩の上でさらさら光っていた。青い正装がよく似合っている。急いできたのか少し息が上がっていたが、にこりと笑った顔に親しみを感じた。春風の雰囲気を持っていた。
「どうも初めまして。クリスです。よろしく。」
うわ、素敵。
声に出しそうになって口を押えた。絵本の中から出てきた、王子様そのものだ。口調もゆっくりと聞き取りやすい。先ほどと同じくスカートの端を持った。
「バージェス公爵家のモニカと申します。よろしくお願いいたします。」
「うん、バージェス公爵も叔母さんもお久しぶりです。」
「はい。それで王太子殿下がうちの娘に何か?」
先ほどから公爵閣下がなぜか塩対応だ。どうしたんだろう。
「あはは、そんなに警戒しなくてもいいですよ。ただ本当に会ってみたかっただけですから。ほら、気軽に会える立場ではないでしょう?お互いに。」
じっと閣下を見た後、私に目線を映した。泣きボクロのある右目が三日月に笑った。何とも言ってみようもなく、ただ首をかしげていた。王太子殿下の御前のはずが、あまり緊張しなかった。むしろほっとした。そういう気持ちにさせてくれる方だった。
「今回のディーンの留学のこと、ありがとう、僕からもお礼を言わせてね。なにせこの子、楽しみにしていたからね。」
「もったいないお言葉です。お役に立てましたら幸いでございます。」
「あ、そうそう、魔力と穀物の収穫量について、魔研から面白い報告があってね。王都でもう、実験済みだったんだよね。井戸水と魔力で生み出した水で検証したんだけど、結果は変わらなかったんだよね。」
「おや、左様でしたか。…魔力で水を生み出す時はその水はどこからやってくるのでしょう?もしや空気中の水分を集めているのでしたら、その水は井戸から蒸発した水ということになりますよね。どのような実験だったか詳しく知りたいですね。水分の実験なら、川の水と井戸の水と比べるとかしないといけませんね。」
「なるほどそうだね。よかったら資料見る?持ってきたんだ。なるほど空気中の水分を水にするのはよくやるよね。病院の入院等はそれで空気中の湿度を保つ魔道具を使っていたな。感染症対策にもなるんだって。」
「にーさん、今日は結婚式なんだからそういうのやめたら?」
資料を受け取ると、第二王子殿下が呆れたように王太子殿下の肩に腕を回した。
「確かにそうだね。この件についてモニカちゃんと話したかったんだよね。結婚したから、やっとうるさく言う人がいなくなって、堂々と弟の婚約者とお話しできるよ。」
「いえ、それでも控えてください。何か文句言われるのはモニカなんですから。」
口を尖らせた第三王子殿下の物言いに、ちょっと引っかかったが、ちょっと思い当たることがなかった。手元の資料に目を通して知らんぷりしておこう。
「こちらの資料は次に来た時にお借しいいただけますでしょうか。」
「持って帰ってもいいよ。」
手をヒラヒラさせながら王太子殿下が言っているが、思いっきり外部持ち出し禁止とあった。後ろの魔研の方だろうか、盛大に顔をしかめていらっしゃる。
「いえ、持ち出し禁止みたいですので。今度王宮に上った際に確認させていただきます。」
「ふふ、モニカちゃんは優しいねぇ。」
何がどうなって優しいとなるのかはわからないが、資料を手渡すと、後ろの魔研の方と思しき人に、資料を渡していた。ほっとした顔をしていた。目が合うとぺこりと頭を下げられた。
「ところでラペットちゃんには会えないの?さっきの式、素敵だったわ。ウエディングドレスも。」
「ご案内しましょうか。準備ができていたらお会いできると思います。」
公爵夫人がニコッと笑って、可愛いお嫁さんに会いたいわ~とワクワクしていた。
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まったく緊張感のなかった、第二王子殿下と王太子殿下との面談を終えて、今度は王太子妃ラペット様にお会いしに行くことになった。第三王子殿下を筆頭に王族の方に交じって瑠璃の宮を奥へと入っていく。ここの調度品は全体的に青く、色合いが好みだ。そして雰囲気が良かった。ここの主の結婚式当日のせいか、使用人もみな忙しくも楽しそうだ。先ほどからそういった人にお声をかけて、にこやかに笑ってる王太子殿下が眩しかった。心に余裕があり、ゆったりしていた。この人が王妃陛下から邪険にされているのは気の毒だった。後ろでシエナ様とレオン様がきれいな宮殿ね、と話しているのが聞こえた。ちらりと庭に目をやると、木漏れ日も優しく降り注いでいた。ネモフィラがまとまって植えられていた。公爵夫人と王太子殿下、第二王子殿下の穏やかな話声を聞きながら、廊下を行くのは悪くなかった。
「モニカ、何を見ているんだ?」
トーンを落として第三王子殿下が聞いてきたので、こちらも少し小さい声で答えた。すこし気が抜けいていたが、背筋を伸ばし、緊張感を思い出した。
「ネモフィラですわ。」
「ラペット、入っていいかな?叔母様たちが来てくれたんだ。」
着いたようだ。ご挨拶をしっかりしなければ。
「第三王子殿下?」
「ああ、行こうか。」
なかなか歩き出さないので、声をかけたが何やらよそ見をしていたらしい。
「あ、皆様お揃いで…。」
にこりと笑ったのはまさしく春の女神と思しき美女だ。ピンクブロンドの髪が繊細な白いレースのブーケの覆われていて、青い花があしらわれていた。空色のドレスには金色の蝶が舞っていて美しい。優しげなサファイアの瞳が、キラキラしていた。王太子殿下の隣にいると、それはもう絵本に出てくる幸せなワンシーンのようだった。
「皆さんに紹介しますね、私の奥さんのラペットです。」
「よろしくお願いいたしますわ。オー…じゃなかったわ。王太子妃のラペットですわ。」
「どうぞよろしくね、ラペットちゃん。」
「紹介がまだだよ、叔母さま。」
「フフフ、よろしくお願いしますね。あら、リチャード君も来たのね。じゃあこっちは婚約者の方?」
急に話を振られて頭を下げた。
「うちの娘のモニカよ。それから後ろの子が、今うちで預かっている子で、シエナちゃん。」
ラペット様がああ!と声をあげたと思ったら、あの英雄の、娘さんね!と嬉しそうにシエナ様に声をかけた。一度会ってみたかったのよ、お父様のお話を聞きたくて…と始まってしまって、頭をあげるタイミングをなくしてしまった。ど…どうしよう。
「義姉上、そういうのは自己紹介が終わってからにしていただけませんか。」
ナイスですわ第三王子殿下。ちょっと腰が痛くなってきたところだった。
「あ、私ったら!ごめんなさいね、早く顔をあげてちょうだいな。」
ラペット様が焦ったように言ってくださったので、顔をあげた。
「いえ。モニカと申します。よろしくお願いいたします。」
「よろしくね。」
ニコッと笑ってくださったが、本当に美しい。
「そう言えばちょっと見ない間にリチャード君、背が伸びたみたいね。今はもう、わたくしと同じくらいよ。成長期ってことね!」
「さようですね。」
なんだろう、第三王子殿下が心ここにあらずというような返事だ。
「昔はこんなに小っちゃかったのに、なんだか感動しちゃうわ。よく手を引いて池の周りを散歩したのよ、覚えているかしら。小さい歩幅でちょこちょこついてきたのよ月日が経つのは早いわね。」
「さようですね。」
「わたくし、兄はおりましたけど、下の兄弟はいないのですわ、だからリチャード君は本当に弟みたいに思っておりましたの。やっと本当に兄弟になったのですね。うれしいですわ。」
「さようですね。」
この第三王子殿下、三回『さようですね』で乗り切ったよ…。
「ええ~ラペットおねえちゃん、俺は?」
「ディーン様は年が近いので却下ですわ。リチャード君のほうが可愛いに決まってますわ。」
第三王子殿下は話の中心にいるのにもかかわらず、その様子を黙って眺めるだけだった。その間もラペット様はいかに、第三王子殿下が可愛かったかを語っていた。口をはさむ余裕もなく、相槌さえ打つ暇がなかった。困ってちらりと第三王子殿下を見ると、王妃様張りの感情のない瞳でニコリともせず立っていた。こんなところで血筋を発揮せずともいいのに、怖い。びっくりして半歩遠ざかった。この間のレスト王国の王女様の時もこの顔をしていた。どうしたんだろう、ラペット様は相変わらずニコニコお話ししているし、王太子殿下もラペットは本当に昔からリチャードのこと大好きだね~と笑っていた。これは親戚のおばちゃんが小さいころはこの子のおしめを替えたのよ、ってやつか?とにかく第三王子殿下の機嫌が急降下したのは感じた。
「本当にいい子に育ったわ。この間もわたくしのお父様がリチャード君をほめていましたのよ。街道工事の政策をあんな素晴らしいものをご提案なさるなんて!って。わたくしも鼻高々でしたわ。」
いきなり、背中、腰に第三王子殿下が手を回してきた。グイっと抱き寄せられてバランスを崩し、目の前の左手を思わずつかんだ。突然のことに指先が震え出した。心臓を口からだすところだった。
「ええ、さようですね。」
あの時の様に声が冷たい。そして見てしまった。目の前のラペット様の笑顔が一瞬固まったのを。不穏な空気が二人の間に流れていた。あの、怖いんですけど…。第三王子殿下の顔も怖くて見れない。お二人の間に何があったのかはわかりませんが、私を巻き込まないでくださいませんか。これは私が何とかしなきゃいけないものなのだろうか。
「あの、第三王子殿下、どうかされましたか…。」
「何かあったのはモニカのほうじゃないか?指先が震えているぞ。」
「いえ、王太子妃の御前で、少し緊張してしまいまして…。」
「あら、そんなに緊張しなくていいのよ。私っておしゃべりだから、お話ししてくださってうれしいわよ。どうしたら緊張がほぐれてくださるかしら?」
「いえ、王太子妃殿下のお心をいただくわけにはまいりませんわ。なにせ本日の主役でございますから。先ほどの結婚式も大変すばらしく、感動いたしました。」
「ああ、そうだな。義姉上は兄上とお幸せに。さて挨拶も済んだし、モニカは私とお茶でもしようか。」
「いえ。ご予定もあるでしょうし、控室へまいります。」
顔をひょこっと公爵閣下のほうにむけると、こくりと頷いてくれたので、背を伸ばした。先ほどなぜか腰に回してきた手を外して元の位置に戻した。エスコートの体勢だ。
「じゃあ案内しよう。」
何やら笑っているようだが、まだ不安は消えないので少し視線は落としたままだ。
「待って!わたくし、また何かやってしまいまして?ごめんなさい。仲良くなりたくて…。あの!今度お茶会を開くから、みんなでいらして!」
後ろからラペット様が声をかけてくれたので、いったん立ち止まり向き直った。
「光栄なことでございます。謹んでお受けいたします。」
「リチャード君も、シエナちゃんも来てよね!わたくしが占いするのよ。よく当たるんだから!」
自分も呼ばれると思わなかったシエナ様が、びくっとして慌てて振り返った。
「ありがとうございます。」
ぎこちない挨拶だったが、ラペット様は全く気にせず笑っていた。廊下を数歩進み、和やかにお話ししている公爵夫婦の背について歩く。
「可愛らしい子だったわね。」
「言いたいことがたくさんあったみたいだから、お茶会はいいかもしれないね。」
公爵閣下が呆れたように笑っていた。
「いえ。行かなくてよいかと思います。」
第三王子殿下の堅い声が廊下に落ちた。
「どういうつもりかは分かりませんが、きっといいことにはならないでしょう。あの方は…、かなりのトラブルメーカーですから。また何かやらかすと思います。」
「…何かなさったのですか?」
どうしても気になってしまった。
「喫緊では、レスト王国の王女殿下に、何やら手紙を送っていた。余計なことも多々書かれていると思われる。占い結果だと本人は主張していたが。」
「王太子妃殿下は魔術師なんですか?占いとは…。」
公爵閣下がバージェス家、と書かれた扉をあけながらこっちを見た。
「彼女のご実家が、代々魔術師を輩出している家だよ。ラペット嬢…今はラペット妃か。昔から占術が得意な子だったと聞いたね。」
「占いなんて素敵ね。」
魔術師とは、魔法、祈力以外のすべての不思議な現象を操る者とされていた。魔石を使わずに魔法のような力を使って見せたり、特殊な能力がある家系などがいたりと幅広い。地方では畑の畝を盛り上がらせることに特化した魔術師がいたりと庶民の生活に溶け込んでいた。しかし研究が進んでいないうえ、一子相伝だったりと、ややこしいシガラミもあるので、国としては一部の魔術師以外は認めていない。その一部が、ラペット様のご実家ということか。
「第三王子殿下、ここまでありがとうございました。」
エスコートのお礼を言ったが、その場を動こうとしなかった。後ろでレオン様とシエナ様が立ち止まって困っていた。
「モニカは占いに興味はあるか?」
思わず第三王子殿下の顔を覗き込んでしまったが、実験動物の観察のような視線に、居心地の悪さを感じたのですぐにそらした。
「いえ、行かないほうがいいなら行きません。」
占いより第三王子殿下の機嫌が維持されることのほうが大事だ。王太子妃という断りずらい肩書は、きっと第三王子殿下が何とかしてくれるだろう。
「そうか。」
そのまま黙り込みそうだったので、さっさと礼をすることにした。後ろでシエナ様もレオン様にお礼を言ってこちらに来た。
「それではまた。」
「ああ、また手紙を書く。」
「はい。まいりましょうシエナ様。」
「うん。じゃあまたね、リチャード様、レオン様。」
そうして中に入って扉を閉めた。
「あら、もっとゆっくりしてていいのに。」
公爵夫人が笑っていた。
「第三王子殿下もこの後の予定があるでしょうから。」




