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あんずジャムのパイ

 


 この世界には魔法があった。


 そう知った時、私も魔法使いにあこがれたものだ。その後すぐに公爵家に養子に入り、そんな気持ちをすっかり忘れてあわただしい日々を過ごしていた。学園に通うことになりもう一度調べなおした時に、魔法を習えるクラスがあると知ったのだ。騎士科の魔法使いクラスと、魔法科だ。騎士科に付属しているほうの魔法使いクラスは攻撃魔法と剣術の応用で、将来は魔法騎士団に所属したい騎士見習いの貴族が多く在籍していた。魔法科は魔法陣職人クラスと、魔法使いクラスに分かれていた。魔力の多い貴族平民が在籍していた。


 魔法とは、魔石に魔法陣を施し、人の中の魔力を使って魔石の中にある力を引き出したものだ。魔石は魔物の体の中から出てくるもので、例えば炎の魔法をよく使う魔物から出た魔石は、炎系の魔法が書き込み易く、水系の魔法は書き込みにくい。そのほか魔石の詳しい研究はいまだ続いていた。

 魔法陣職人クラスとは、魔石に最適の魔法陣を刻み、魔法を誰もが使えるようにするための職人のクラスだ。就職に強く、学園を卒業できれば一生安泰の人気クラスだ。

 実は魔法は生活の中に多岐にわたり使われていた。


 今、シエナ様がのぞいているオーブンも炎魔法の魔法陣が下に仕込んであって、つまみを回した時に回した人の魔力で発火する仕組みになっていた。その後は空気中に漂っている魔力を使って火を持続させる。たまにそういった魔力製品を使い過ぎて魔力が枯渇し、倒れる人がいたりした。魔力は使い切っても三日ほど休めば治るが、使い切ってから回復させるのと、半分使ってから回復させるのでは効率がまるで違う。マメに休憩をとるのが肝心だ。


 そういう魔力製品の仕組みや理論を学べるのが魔法陣職人クラスということだ。

 ちなみに魔法科魔法使いクラスは攻撃魔法で主に遠距離攻撃の学科だ。就職先は騎士団所属の魔法使いや、冒険者チームの遠距離、範囲攻撃担当の魔法使いになりたい人たちが免許を取るため在籍していた。魔力量がずば抜けて高い人たちが多い。


 ところで、なぜ私がシエナ様と再び公爵家のキッチンに立っているかというと、それはもうシエナ様に可愛らしく『一緒にお菓子を作りましょう』とお誘いされてしまったからだ。何の役にも立てない私ですが!シエナ様はこの間のパウンドケーキの件で、私はもう少し料理ができたほうがいい、と判断されたらしかった。出来たものはちょっとしたお茶会で、公爵閣下と夫人と4人で食べたりした。もう少し腕をあげたら第三王子殿下にも持って行ってあげて!とシエナ様に言われてしまったので、またケイト卿に許可をいただくお手紙を書かねばならない。なにせ婚約者以外の令嬢の持って行った食べ物は、すべからく破棄だ。誕生パーティの日にお会いしたケイト卿の、ご説明の時の容赦のない顔が思い出された。裏を返せば、私が作ったと言えばシエナ様も持って行っていいということ。手作りに飢えていそうだっだから、お二人の仲の進展に一役買えれば儲けものだ。

 このキッチンは前世と大体似たような魔力製品があるので、それを駆使すれば私も何とかなりそうだった。しかし一人で作るのは無理だ。今日はシエナ様のとっておきのパイを習った。その工程が多いのなんの…。とっても出来そうになかった。一応レシピのメモは取ってある。取ってあるが…。

「ミートパイの中身は、あっちじゃ魔物の肉を使ったのよ。ここらで魔物の肉を手に入れようとすると、新鮮なのは一番近くのダンジョンのものしかないのよね。バジリスクとかフロストミノタウルスとかお父さんが良く獲ってきてくれてたわ。」

「ああ、こっちは一角ウサギとか、そういうのしかいませんから…。」

 そんな危険度レベルの高い魔物は王都の近くにはいない。地方のダンジョンならいざ知らず、王都近くの学生が練習に使う初心者ダンジョンには、そういうのは出てこなかった。ああでも、ゲームにダンジョンの地下に高レベルの魔物が眠っていたやつがあったような…。

「モニカはどんなパイが好き?」

「え、そうですね、木の実のジャムを使った甘いやつでしょうか。」

「そうなのね!じゃあ次はそうしましょう。去年の秋に公爵領で採った木苺のジャムがまだあるわ。それなんておいしそうね。」

「おや、いいんですか?私の好きな味で…」

「もちろんよ。男性受けいいのはミートパイだけど、やっぱり甘いほうが私も好きだわ。」


 シエナ様の言う殿方とは、きっと北部のお父様たちのことだろう。窓の外の遠くを見つめていた。一昨年から魔物の森が活性化し、北部の領地の騎士団が何とか抑えているところだった。それに加え、地方のダンジョンも活性化の兆しがあった。この一連の魔物の動きは何かの前兆なのか、ゲームの3年間に見られなかったことだが、将来のことはわからない。

 ああでも、第三王子殿下ルートでは最前線に駆り出されたレオン様を、見送るエンドがあったはずだ。背筋が一気に凍った。

 よく思い出せない。もう何年も前にやったゲームの、攻略が難しいキャラクターのルートだ。完遂したかも覚えていない。なんで覚えていないのモニカ!いまでは数少ないお友達なのよ!


「モニカどうしたの?パイが焼けたわよ?」

 ああシエナ様。

 顔を見て少し落ち着いてきた。まだ時間はあった。対策を考えなければ。そもそもレオン様は王太子殿下の補佐として、卒業後この公爵家に従者として来るはずだ。それが変わったのだから何かあったはずだ。まだ何年も余裕があった。ゆっくり思い出して、レオン様が死地へ行かないようにしなければ。

「いい匂いですね。」

 ミートパイの独特の香りが、食欲をそそった。

「あみあみになったやつとかはもっと難しいけど、今日は中身が大変だったから外見はシンプルにしたの。あ、フォークで穴をあけて模様付けてもいいの。豪華に見えるわ。北部はプロポーズで使うからパイのレシピが多いのよね。」

「ええ、素敵ですわ。パイだけで本が書けてしまいそうですね。」

「ふふふ、そうね。でも作っている時がこんなに楽しいのは、やっぱり誰かと作るからね。一人で作って一人で食べるパイって味気ないの。」

 ああそうだ。私はさっきまでなんてことを考えていたんだろう。シエナ様のお父様はいま、この瞬間も、私がゾッとした魔物との戦闘の最前線にいるのだ。何年も何年も、シエナ様はお父様が帰ってくるのを家で待っていた。お母さまが無くなってからは、確か、乳母の方と二人で。そしてその乳母の方も亡くなって、どうしようもなくて、シエナ様は公爵家にやってきた。

「モニカと作れてうれしいわ。」

 ニコッと笑ったシエナ様になんだか涙が出そうになってしまった。なんて強い方なんだろう。同時に自分の浅はかさに嫌気がさす。

「わたくしも、シエナ様とお料理できてうれしいですわ。いっぱい教えてくださいな。」

「まかせて!次は木苺のジャムのパイで、あみあみにする!その次は叔母様の好きそうなカスタードとリンゴのパイで、表面はお花にしようかな。」

「では公爵閣下は趣向を変えてリーフパイなどいかがですか?」

「そうしましょう!ああ、楽しみね!」

 シエナ様は壁際に待機していたメイドを呼び寄せて、次のリンゴパイの準備を始めていた。最近入って来た若い新人メイドは言われたことを一生懸命メモしていた。何とも可愛らしい光景だ。

「いつかあんずジャムでパイを作ってお城にもっていきましょうね。きっとリチャード様も喜ぶわ。」

「そうですね、一緒に行きましょう。」


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