空色のワンピース
モニカ バージェス公爵家に養子に来た女の子。モブ令嬢。ど田舎育ちでお金にシビア。
シエナ このゲームのヒロイン。天が二物以外も与えまくった完璧な少女(モニカ談)
リチャード 第三王子殿下。今のところモニカの婚約者。
アリアドネ 王女殿下。王妃様の2人目の御子。
公爵邸で日課の読書をしていたら、庭にメイドとシエナ様をみつけた。銀髪がキラキラ輝いている。
昨日は一緒にシエナ様のドレスを買いに行った。公爵閣下に次回の王宮上がりの時に一緒に行けるとこになったと言ったら、その時に着ていくドレスを買いに行きなさいと言われたのだ。お揃いのドレスがいいと公爵夫人が張り切って、私もドレスを新調することになった。私のドレスはいいのに。しかし第三王子殿下の相手をしないのならば、少しかわいいドレスでも汚れたり破れたりはしないだろう。
シエナ様はどれも似合うとはこのことのようで本当に何を着てもかわいい。問題は私だった。私はそれこそ顔立ちはモブ中のモブ。華やかでもなければ、可愛くもなく、キリッとしているのでもなければ特徴がない。眼鏡をかけていることぐらいか。私に似合うドレスは正直少ない。顔がドレスに負けるからだ。そんな中でも公爵夫人は空色のワンピースを選んでくれた。私の好きな色だ。
「うん、モニカには空色が似合うわ。一緒に髪飾りも買いましょう。この蝶々がついているのなんてどうかしら。ああ、可愛いわ。」
公爵夫人がずいぶんじっくりと店内を見回っているな、と思ったら…。青いサファイアのきらきらした蝶々は確かにきれいですがとても…お高いんでしょう?値段は怖くて見れなかった。
「あ、ありがとうございます。」
「リチャード様はなんて言ってくれるかしらね。」
多分ノーコメントだと思います。その時試着が終わったシエナ様がこちらに来た。
「見て見てモニカ!お揃い!」
私と同じワンピースのはずなのになんて可愛いの!くるりと回った姿はさながら…
「妖精さんかと思いました、とてもお似合いです!」
可愛い!私は思わずにっこりして駆け寄った。先ほどいただいた蝶々の髪飾りをシエナ様の髪につける。銀の髪によく映えた。ああ、思った通り私より似合う!さすがヒロイン!幼少期からすでにオーラが違う!なんでカメラがないのかしら!
「も~それはモニカのよ。シエナちゃんには、そうねえ、これがいいわ。」
公爵夫人は手じかにあった青地に白いレースの付いた可愛いリボンを手に取った。だったらシエナ様にはハーフアップにしてもらいたい。私が公爵夫人の侍女にこういう髪型にしてほしいと伝えると、すぐにやってくれた。ハイ可愛い。もうかわいい。ああ、私とお揃いでなかったらもっとかわいいあっちのやつとか着てほしかったのに!いや、そのうちたくさんドレスが増えるのだから、毎日違う装いを見られるのは私の特権では?!
そんなことを思い出して思わずにやけてしまった。そのあと何着か試着したがその空色のワンピースで行くことに決定した。
あのワンピースなら一足先に第三王子殿下の心をがっちりゲットしてくれるだろう。後は、第三王子殿下がどう出るかだ。正直彼は悪ガキなのだ。私にしたようにいじめ倒してしまったらシエナ様がかわいそうでならない。アリアドネ様に釘を刺してもらったし、大丈夫だと思いたいが…。そこは祈るしかない。どうかうまくいきますように。それにロイ様とアリアドネ様も心配だ。今学園に通い始めたアリアドネ様は多忙で会う時間が無くなっているはず。そして休みには私の相談に乗ったりとにかく二人きりの時間なんてないのだ。今日だって私とアリアドネ様のお茶会には、ロイ様はいらっしゃらないだろうし。仕方ない、これは相談女になるしかないか。普通相談女と言ったら相談する振りをして食事やデートに誘い、距離を詰める計算高い女性のことだ。私はロイ様とアリアドネ様の距離を近づけるために、やってやろうじゃないか。私と第三王子殿下のことを相談するなら、やはりアリアドネ様が適任だ。客観的に見ても不自然はないはず。お茶会の脳内シュミレーションをして本に目を落とす。二人の悲劇は私が回避するのだ。
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お茶会当日、少し早めに支度をした、はしゃぐシエナ様に合わせて準備を終えた。終始楽しそうな彼女の様子に、いつも感じる憂鬱な気持ちが和らいだ。馬車の中では手を握っていてくれ、いつもよりずっと気持ちが楽だった。
王城に少し早く着いたので、待合室におしゃべりをしながら手をつないで歩いて行った。こんなに足の軽い王城は初めてだった。すれ違う人すべてがシエナ様に目線を向けた。なんせシエナ様は今日も今日とて可愛い美しい!私リクエストのハーフアップできてくれたのだファンサすごすぎ!待合室で適当におしゃべりをしていると、バン、といきなりドアが開いた。一瞬息を止めた。耳の奥がドキドキと鳴っている。第三王子殿下だ。私とシエナ様を見た後に少し言葉に詰まった後つかつかとこっちに歩み寄ってきた。私はすぐに立ち上がった。
「モニカを姉上のもとに案内する。」
「第三王子殿下にご挨拶申し上げます。彼女をご紹介させていただいてもよろしいですか?」
「後で聞く。」
無表情の第三王子殿下は新鮮だ。まっすぐこちらを見ていて、なんだかいつもと違う。なんで不機嫌なのか…レオン様とロイ様が入り口に到着したのを見るに、また走って来たようだし、急ぎの用でもあるのかな?
「レオンはその子についていてくれ。」
そういうと左手を出した。第三王子殿下がきっちりエスコートしてくれるのは初めてだ。いつもなら腕をつかんで走っていくのに。この前のアリアドネ様のお説教が効いたのだろうか。
「レオン様、シエナ様をお願いいたします。シエナ様、レオン様の言うことをよく聞いてくださいまし。」
「はーい!」
シエナ様は何時でもかわいい返事をしていた。
第三王子殿下と待合室を出て廊下をゆっくり歩いていた。いつも走り抜けていくのに。どうしたのだろう、少し顔を見上げると、眉間にしわを寄せ難しい顔をしていた。あ、目が合った。
「今日は何でそんなドレスを着てきたんだ。似合わない。青は兄上の貴色だろう。」
あ。
「それは大変失礼いたしました。そこまで気が回っておりませんでした。」
これは、私が悪い。王子殿下にはそれぞれ貴色が決まっている。王太子殿下は国色である青、第二王子殿下は側妃様の髪のお色である赤、第三王子殿下は、王妃様の瞳のお色である緑だ。別に国色である青を着るのは全く問題ないが、第三王子殿下の婚約者が着るのは少し問題がある。公の場所に出るわけではないので構わないと言えばそうだが、避けるのが無難だった。シエナ様とお揃いにしたかったばっかりに!緊張で一気に冷や汗をかいた。
「わざと着てきたわけではないと?」
「はい、シエナ様とお揃いにしたくて、このワンピースにいたしました。」
「…ならいい。」
おや、普段ならもっといろいろ言うところだと思うのだが。どうしたのだろう。
「今度はそれの緑を着て来い。」
あ、緑ならいいと。まあそうか。持ってないけど。はっきり似合わないと言われたワンピースは、家用が決定した。もう王城に着てこないので安心してほしい。
「お心遣い感謝いたします。」
第三王子殿下は少し目を伏せた。
「あざは、どうなった?」
「もう痛くないです。」
しかしあのお茶会の後は筋肉痛になったが。ほんと、筋肉つけなきゃ。この年で最近すぐに息が上がるし、もうちょっと運動しよう。
「そうか。」
やはり今日は少し元気が足りない。何かあったのかな。あ、まさかシエナ様の美しさを考えているとか?!あの一瞬で印象に残ったとか?
「あの、本日はシエナ様をよろしくお願いいたします。」
「…、ああ、そうだったな。」
「シエナ様は、お可愛らしいでしょう?」
「そうだな。」
え、それだけ?あれ、シエナ様のことじゃないのかな。じゃあ何だろう。もうわからない。気にしなくてよいのだろうか。
「今日の髪形はわたくしがリクエストしたのです、シエナ様に絶対似合うからと。やはり思った通りでした、妖精さんみたいでとてもかわいいです。何を着ても似合うので、ぜひ次回来るときもよく見ていただきたいのです。」
「そうか。」
普段ペラペラしゃべる第三王子殿下がこんなに静かなんて、本当に珍しい。
「ついたぞ。」
「はいエスコートありがとうございました。」
いつもよりゆっくり歩いたのでやっと着いた。ほっとして礼をする。
「モニカいらっしゃい。愚弟はちゃんとエスコートできたかしら?」
「はい、歩みを合わせてくださいました。」
私が席に勧められてつく。
「ふうん。じゃ、そんなところに立ってなくていいわよ?下がってちょうだい?」
アリアドネ様に声をかけられて、少しうな垂れて第三王子殿下が失礼しましたとロイ様を連れて出て行った。
「アリアドネ様はすごいですね、第三王子殿下が今日はものすごく静かでした。お元気がなかったようにも思うのですが何かあったんですか?」
「あら、そう?朝から元気いっぱいだったわよ。あなたの腕のあざが消えてなかったら同席させないってはっきり伝えていたからね。うるさくて。公爵夫人からまだダメだって今朝連絡がきたから、エスコートだけ許してやったのよ。だって今日はモニカはあの子に会いに来たんじゃないしね。」
ふむ。公爵夫人が一枚かんでいるってことは、空色のワンピースは、もしかしてわざと?二人のホットラインは気になるが、今日は相談女になるのだと心に決めたのだ。
「はい、この間はあまりご相談できなかったので…シエナ様がかわいらしい、という相談はさせてもらいましたが、第三王子殿下がいないときに殿下のご相談を、と思っておりました。最近は二人でお話しする機会がなく、悩んでおりました。」
「うん、私も心配してたわ。シエナ嬢のことは、そうね、斜め上の相談だったけど。」
斜め上、とは…?小首をかしげた私にアリアドネ様は困ったように笑った。
「公爵はシエナ嬢を可愛がっているの?」
「はい、この度の王宮に上がる際に着るドレスを用意しなさいと、おっしゃっておいででした。ついでにわたくしのドレスまで用意していただきました。」
「あなたのドレスはいつも地味すぎるのよ。あれはもう、うちのばあやが着ているレベルのドレスよ。逆にサイズあるの?特注なんじゃないの?」
「はい、行きつけの服屋にありますので。」
正確には中古の服屋だ。よく一般庶民が着る、貴族の中古品がずらっと並ぶ服屋だ。第三王子殿下とのお茶会はいつも、大惨事になるのだ。木に引っ掛けるなんて序の口だ。お高いドレスを着ていくなんてもったいないし、気が気じゃない。こっちは公爵家にお世話になっている身だ。経費のかかることはしたくない。一度着て捨てるなんてできないから夜な夜なこっそり繕って、作業着兼家着になっている。多忙な公爵夫婦に会わない日などはそれを着て、勉強やダンス、乗馬など練習している。きれいなドレスはそもそも似合わないし、汚すかと思うと集中力が下がってしまうのだ。今度このドレスもそんな服の一着にノミネートしたので、ダンスの授業の時にでも着ようか。
「でもそのドレスは似合っているわ。可愛い。」
「ありがとうございます。」
確かに可愛いドレスなのだ。それにせっかく公爵夫人が選んでくれたものだ。家で、夫人に会うときに着ようか。にこりと笑うとアリアドネ様もにこりと笑ってくれた。アリアドネ様は昔から本当に親切にしていただいた。本当に妹のように扱ってくれたのだ。その方にこんなことを言うのは心苦しいが…。
「それでですね。シエナ様がいらっしゃったということは、皆様公爵閣下が養女にシエナ様を迎えるのでは?と思っていると思うんです。」
アリアドネ様は笑顔のまま固まった。
「わたくしとしてはそれでもかまわなのですが、そうなりますとわたくしと第三王子殿下との婚約にどんな影響があるのかな、と思いまして。つまりはシエナ様と第三王子殿下との婚約の場合に、王室の見解が知りたいな、と。」
「え、えぇ…そっちが先に心配なの?」
「と、いいますと?」
「ああ、いいの。リチャードとの婚約はなくなってもモニカは構わないってことね?それでえっと、王室の見解、ね…」
アリアドネ様が思考を巡らせている間、目の前の紅茶をすすった。
「そうですね、第三王子殿下との婚約は解消していただいてわたくしとしては問題ありません。アリアドネ様の妹になれないのは残念ですが。公爵家としても、その後の婚約者がシエナ様なら後継者も問題ありません。ただ、王室としては、シエナ様の血筋ですと少し近すぎるとか、あるのかな、と思いまして。」
「シエナ嬢は…。」
「はい、公爵閣下の、同腹のお姉さまと、今は男爵位にあるスタンピードの英雄の一人娘です。国民からの知名度は圧倒的にあるのではないでしょうか。男爵は今も辺境で魔物を狩っておいでです。勲章も何度も叙勲されておいでですし、新聞もにぎわしていらっしゃいます。」
「うん、問題はないとは思うけど。でも一番大事なのが残ってるわ。」
「一番大事なもの。」
「リチャードの気持ちね。」
なるほど。それは学園に行ってシエナ様が何とかするだろう。いや、現在進行形で何とかなっているかもしれない。
「そうですね。」
「モニカ、本当にわかっているの?」
「はい。第三王子殿下のお心次第であるということは理解しました。後血筋的には全く問題ないということも。」
学園に行くまで無難な2年間を過ごし、その後シエナ様と第三王子殿下の仲を取り持ちという名の放置をし、シエナ様の乙女ゲーライフを応援したのち、婚約解消して実家に帰る。18歳には自由の身!なんて完璧な作戦なんだろう。
「ああ、なんかわかってなさそうね…。」
アリアドネ様が頭を抱えていた。どうしたんだろう何か失礼でもしただろうか。
「あ、そうです、アリアドネ様もシエナ様にお会いしてあげてください。本当に可愛いんです。」
「ああそうね、あなたがそんなに骨抜きになるなんて、どんな子なのか興味あるわ。」
骨抜き…確かに骨抜きで首ったけだ。そろそろこっちの本題にも入っていいだろうか。
「そういえば、アリアドネ様は学園でいい方などいないんですか?」
指で毛先をくるくるしていたアリアドネ様は意表を突かれたように動きを止め、あらぬ方向を見ていた。それに気が付いたがあえて無視してクッキーを口に放り込み続ける。
「いろんな方がいらっしゃるでしょう?私は今から楽しみですよ。お友達も作りたいですし。学園内の蔵書についてお話しできる方がいらっしゃったらいいな、と思っているんです。」
「あ、ああ、そういういい人、ね。まあ、そういう友達はできたわよ。」
まだその、あらぬ方向を眺めているが、もしやその方向にいるのかな?今シエナ様のお相手をしているはずの第三王子殿下と、その護衛のロイ様が。
「…もしや学園にかっこいい人でもいたんですか?」
「え、いないわよ。みんな結構普通。」
そりゃご自身が美しいうえ、兄弟がいろんなタイプのイケメンだからな、みんな普通に見えるだろう。しかしあえてこう言おう。
「…まあ、アリアドネ様の周りは、美麗な殿方ぞろいですから見慣れていらっしゃるのでしょう。王太子殿下もそうですし、ご友人もそうですし…王弟殿下だってモテますし…おまけに幼馴染のロイ様はあんなに素敵でいらっしゃるし。」
カップを持つ手が少し震えた。気のないそぶりをしているがめちゃくちゃ気にしている!可愛いな。
「素敵ねぇ。」
「そうですよ、第三王子殿下の暴走をたしなめてくれるのはロイ様とアリアドネ様だけですよ。どれだけ頼りにしているか。…お噂ではお好きな方がいらっしゃるとか。どなたなんでしょう?アリアドネ様は聞いたことありますか?」
「私は聞いたことないわね。」
少し前のめりのわかりやすいアリアドネ様を横目に紅茶をすする。そんな噂は私が今作ったからないけどね。しかし、これでアリアドネ様の気持ちは分かった。次はロイ様だ。
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アリアドネ様と楽しくおしゃべりした後、シエナ様に会わせたいとアリアドネ様と庭を歩くことになった。シエナ様は今お三方と庭にいるらしい。見目麗しいお三方と妖精のようなシエナ様。きっと絵画のような光景が広がっているだろう。想像しただけでにやける。
「もう、モニカったら顔が笑っているわよ。いつもはそんなことないのに。」
「すみません。わたくしには弟はいても、妹はおりませんでしたので、なんだかうれしくて。」
「その気持ちはわかるけどね。私にも可愛い義妹がいるからね。」
「フフフ、アリアドネ様ったら。本当にお優しいんですから。」
少し背の高い生垣から四人の声がする。ひょこりと覗いてアリアドネ様が絶句した。
「あ、いた、いたよリチャード様。」
「おし、背中をつかめ!いいか後ろからだ。」
「つかんだらこちらの入れ物に入れてください。」
「殿下そちらはちょっと深いのでこちらに来てください。」
「ああ。」
「せーの!やった捕まえた!」
シエナ様はその手に真っ赤なザリガニを捕まえ天に高々と掲げていた。よくやったと第三王子殿下がガッツポーズをし、こちらへ、とレオン様が入れ物を出す。ロイ様は拍手をしている。
うん、仲良さそう。結果オーライ!ま、こうなるよね、10代の男子が3人集まったのだから。ちなみにロイ様は今年19歳だ。
「あらまあ。シエナ様、ザリガニを取っていらっしゃったんですか?」
実は第三王子殿下の遊びの中ではだいぶ初心者コースで、手加減してくれたということは心にとめておこう。シエナ様がうれしそうなのでオールオッケー。私の隣からはだいぶ氷点下に達した第三王子殿下のお姉さまがいるが、そこは気にしてはならない。殿下も姉の顔を見て真っ青になりゆっくりと池から上がった。シエナ様がみてみてモニカ!とこちらに来たので、小石を踏む前にタオルで足を拭くべくベンチに座らせた。シエナ様はこの年まで辺境出身。貴族基準では相当なおてんばなのだ。きっと第三王子殿下と気が合うと思った。想定通り。
私は笑ってすごい大きいですね、と言いつつ拭き終わった足に靴下と靴を履かせる。雷の落ちているあちらは気にしないようにシエナ様のお世話に徹した。ワンピースの裾は池の水で濡れてしまっているし、髪も乱れている。木の葉がスカートの裾に張り付いていた。このまま帰ったら確実に怒られる。特に侍女長。せめて乾かさなければ。ちらりと雷源を見る。
「どうしてこのアホとアホとバカは~~~!!」
レオン様とロイ様はアホで、第三王子殿下はバカなんだ。何か違いがあるんだろうか。ちらりとロイ様に目配せした後、アリアドネ様に声をかける。
「あの、シエナ様のスカートを乾かしたいのですが、ロイ様をお借りしてもよろしいですか?シエナ様と何をしていたかお聞きしたいですし。」
私がにこりと笑うと、少し気が収まったらしいアリアドネ様がええいいわよ、とロイ様をにらんだ。肩を震わせた藤色頭の長身の男性は、いそいそと靴を履き礼をして王女殿下の前を辞した。私の持っていたバスケットを持つと、こちらへ、と暖炉のある部屋まで案内してくれた。春先なので朝晩は使っているであろうそれに火を入れてくれた。その間シエナ様がマシンガントークで三人のお兄さんに遊んでもらった話をしている。ああ可愛い。
「フフフ、楽しかったのですね、よかったです。では、井戸でまずは足と手を洗いましょう。それからスカートを乾かして、ロイ様もですよ、タオルはありますから。」
ついてきていたアリアドネ様付きのメイドに、後で髪の毛を整えてもらおう。それよりもまず水分を取っていただきたい。お茶の準備をしてもらう。ロイ様の補足と、シエナ様のお話を総合すると、最初はまじめに王城を回っていたらしいが、池を見たシエナ様が急にテンションを上げてしまい、それに悪乗りした第三王子殿下がザリガニ釣りを始めたらしい。飲んだくれ庭師にミミズをもらったのも悪かった。面白いくらい捕れたから夢中になってしまったらしい。そこまで話を聞いてようやく、用意したお茶が空になった。メイドに合図を出して、シエナ様の髪を整えてもらう。
「ロイ様も夢中になるなんて、楽しかったのですか?」
「…はい。」
だいぶ年下の私に言われてはずかしそうに小さくなったロイ様が何やら可愛らしい。シエナ様は疲れたのか静かにクッキーと二杯目の紅茶を召し上がっていた。
「わたくしのほうはアリアドネ様と久しぶりにゆっくりとお話しできました。楽しかったですわ。本日はありがとうございました。」
「それはようございました。」
口元を引き締めて今更きりっとした。
「アリアドネ様には学園の話とかお聞きできました。いい方はいらっしゃいましたかとお聞きしたら、お友達はできたわって。」
表情がひきつった。本当にこのお二人はわかりやすい。私の言い方的に、恋人一歩手前のお友達ができた様に聞こえるもんね、そりゃあ焦るでしょう。顔をまじまじと見ていた私と、ようやく目が合ったロイ様が、慌てて目線をそらした。ロイ様のお心も確認できたし、今日はこれ以上イジメるのはやめようか。
「わたくしも学園に行ったらお友達が欲しいですわ。楽しみです。」
「ねえモニカ、学園、行くの?」
「はい。15歳になる年に行くんですよ。シエナ様もです。」
「そっか、私にもお友達出来るの?」
「はい、たくさんできますよ。」