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モニカのハンカチ

 テラスの付いた暖炉のある大きな部屋は、第三王子殿下の翡翠宮の応接室だった。一か月ぶりということで少し緊張していたが、いつも通りの賑わいの王宮に拍子抜けした。レスト王国の王女殿下が急遽いらっしゃっているから、おもてなしで王族の方々が忙しいらしい、と公爵閣下が言っていた。そのためお茶会がなかったので、もっと長居してもいいのよと思う心が大きくなった。


 今回は食べ物を持参するので、第三王子殿下には夜のパーティの前に少しだけ時間をもらった。シエナ様がほとんど作ったパウンドケーキはきれいなきつね色に、ラム酒につけたドライフルーツの良い香りのする逸品だ。何本か焼いて一番できのいいものを持ってきた。不出来なものは私とシエナ様と公爵閣下と夫人のおやつになったが、めちゃくちゃおいしかった。


「本当に作ってくれたのか。」

 声が若干嬉しそうに聞こえた。

「はい。わたくしは全くお役に立てませんでしたが、その分シエナ様が頑張ってくださいましたので、とてもおいしいですよ。試食いたしましたが毎日食べたいくらいです。」

「何言っているのよモニカだってちゃんとやってくれたわ。」

「力仕事と後片付けはお任せください。」

 私のどや顔にシエナ様が少し笑っていた。メイドが切り分けてくれた。

「じゃあいただく。」 

 フォークを入れる様子をじっと眺めていた。事前に祈力の込めてある皿の上に置き、害があるものが混じっていないか検査もした。ケイト卿がこっそり教えてくれたが、王族の使うカトラリーすべてには司教様によって、害のあるものを判別させる力が込められているので、万が一のことも起こらないのだそうだ。しかしそういったものをすり抜けてしまう可能性を考えて、万全の対策をしているらしい。それ以上国家機密に触れるのは怖いので、ケイト卿にはそこまででいいですと言って説明をやめてもらった。

 そうこうしているうちに第三王子殿下がひときれ食べきった様だ。

「すごくおいしい。ありがとう二人とも。」

「お喜びいただけてようございました。ねえ、シエナ様。」

「そうね、よかった。」

 シエナ様もうれしそうだ。なにせ本当に私はこれを混ぜてと言われて混ぜて、計ってと言われて計って、洗いものを洗って片付けていただけなのだ。下準備や味付けや焼き色、ラッピングもすべてシエナ様に丸投げしてしまった。しかし私としてはシエナ様の手作りのほうが貰って嬉しいので、このままでいいっかと開き直ってしまっていた。私は勇気を出してちらりと第三王子殿下のご尊顔を見た。相変わらずの迫力のある瞳で、幾分目元が嬉しそうにしていた。

 やっぱり、美女の手作りってスゲー!


「何が入っているんだ?レーズンと…」

 私はさっぱりわかりません。シエナ様のほうを向くとこちらに向かって何やら合図を送っていた。読み取ろうとして口元を見た。

「パパイヤとリンゴ…とあとなんですか?」

「レーズンは2種類!あとはあんずよ!」

 も~モニカったら、とシエナ様がぷりぷりしていた。すみませんそういえば説明してくれていましたね。シエナ様の言うことをちゃんと聞いていなかったなんて、私ったら何ボーっとしていたのかしら。

「このオレンジ色のやつがあんずか?おいしい。」

「そうよ。リチャード様はあんずがお好きなのね!」

 お茶会は終始、和やかに穏やかに終了した。第三王子殿下はこれから賓客との会談で忙しいのだろう。

「残りは私の部屋に置いておいてくれ。あとで食べるから。」

 レオン様がはい、と返事をしたのを見て第三王子殿下が席を立った。お気に召してよかった。シエナ様もうれしそうだ。私はひっそりと息をついて胸をなでおろした。こちらのパウンドケーキがプレゼントのメインなのだ。

「モニカとシエナ嬢はゆっくりしててくれ。夜のパーティまでまだ時間があるからここにいてくれて構わないから。」


 私は立ち上がり素早く礼をした。あとは『ついで』だ。

「はい、お気遣いありがとうございます。それともう一つ。」

 小さな箱を差し出した。ラッピングされたそれはこの間の刺繍が入っていた。

「昨年にわたくしの誕生日にいただいたものとは比べ物にならないささやかなものではありますが、お納めください。」

 第三王子殿下の足が止まった。つむじに苛烈な視線を感じる。なかなか受け取ってくれないのでどうしたものかとそのまま箱を見つめて様子ををうかがっていた。

「ケーキだけじゃないのか?」

 威厳のある声に肩を思わず揺らした。衣擦れの音を察するに、ケイト卿へ確認を取っているようだ。ちゃんと許可は取ったので大丈夫なはず。

「はい。こちらはわたくしが刺した刺繍に、教会から祈りを込めてもらいました。」

「そう、か。」

 警戒していたのかやっと受け取ってくれたのでほっと息を吐いた。ケイト卿にはお話ししていたはずだから、知らないということはないだろう。やっと頭をあげて、第三王子殿下の手の中の箱を見つめた。それにしてもずいぶんと歯切れが悪い。困惑しているようだ。

「もしや、ご迷惑でしたか?やはりハンカチはたくさん持っているでしょうか?邪魔でしたらお捨てになって構いませんので…。」

 受け取ってくれないのが一番困る。そのあとのことは煮るなり焼くなりお好きにしてくれて構わない。

「何を言っているんだ!捨てるわけないだろう!…ありがとう。大事にする。」

 大きな声を出して怒られてしまった。一瞬喉の奥が詰まった。呼吸がうまくできない。指先が驚いて震えてしまう。心臓が耳のあたりまで来てドキドキしていた。正直大事にしなくていいのだが。

「あ、いえ、お納めいただけて何よりです。」

 一呼吸入れて、落ち着くために第三王子殿下が出ていくのを待っていた。しかし思惑は外れて、リボンを解いてその小箱を開け始めた。ちょっとここで開けないでくださいよ、あまりに普通の出来の刺繍で恥ずかしい。眉を顰めはしたが当然それを口に出すことはしなかった。

「モニカが刺したんだな…。」

 何か不備でもあっただろうか。どうしよう緊張してきた。あまりまじまじと見ないでほしいし、人前にもっていかないでほしい。ああもっときれいな図案にしておくべきだった!タンポポは広義の雑草ではないか!?簡単に刺せるかなと思って選んだけど!

「はい、そうです…。」

 早くしまってください!言えないけど。広げないでください。ちょっと今ポケットに入れました!?持って歩く気ですか?やめてください。言えないけど。

「第三王子殿下、お時間は大丈夫ですか?引き留めてしまって申し訳ありません。本日は大変おめでとうございます。」

 締めのあいさつのつもりだった。第三王子殿下はレオン様にリボンと外箱を渡していた。

「ああ、ありがとう。じゃあまたあとで。」

 深く頭を下げ、足音が去っていくのを待っていた。


やっと緊張が解けて顔をあげると視界の端にケイト卿が入った。にっこりと笑ってレオン様にケーキの箱を渡していた。

「モニカ嬢、見ましたか、殿下の驚いた顔!」

「顔ですか?」

「見てないんですか!?もったいない!」

 第三王子殿下の顔なんて怖くて見られないですけど。怒らせたばっかりなのに。いまだに震える指先を手のひらに隠してごまかした。

「私は見たわよ!よかったわね、モニカ!」

 ずっと下を向いていたので何が良かったのかわからなかったが、お二人の感想は好感触だったようだ。

「ケイト卿は第三王子殿下に刺繍の件、ご報告していなかったんですか?」

「ご報告してないんじゃなくて、サプライズ演出です。おかげで殿下が喜ぶところが見れてよかったですよ。」

 第三王子殿下が喜んでいた?困惑していたの間違いだろう。どんな祈りが込めてあるかわからない刺繍なんてうかつに触れない。危険物すぎだ。殿下の反応は自然なことだ、警戒して当然だ。こっちはそれを考えて、受け取ってもらえないと困るからいろいろお手紙を書いて許可を取ったり書類を書いたりしたのですが。司教様にも一筆書いてもらったりしたのですが。その労力をすべて台無しにされるところだった。ものすごく腹が立つ。しかし喜んでいるケイト卿とシエナ様に何も言えなくなってしまった。ここで私が怒るのは野暮ってやつに当たるのかしら。しかも結局お受け取りしていただけたから何も言えないのかもしれない。というかこれって私だけ怒鳴られ損しただけという結果なのでは?盛り上がっている二人をしり目に、冷めたお茶の前に座りなおした。

「お疲れ様です。お茶を入れなおします。」

 いつも通りのクールなレオン様が、私の心の癒しだった。彼を見ているとちょっとずつ、ざわついていた心が落ち着いてきた。

「いえ、冷たいものが飲みたい気分です。」

 そう言って冷めたお茶を飲み干した。思ったよりのどが渇いていらたしい。

「冷たいものでも用意しましょうか?」

「いいえ、もう、大丈夫ですわ。」

「そうですか。」

 彼と目が合った。すぐにメイドのほうに行ってしまったが、だいぶ落ち着いてきたのは本当だった。レオン様はケーキの入った箱など荷物を持って行ってしまった。やっぱり今日はお話しする機会さえなかった。きっと殿下同様忙しいのだろう。目の前の盛り上がっている二人をしり目に、レオン様が行ってしまった廊下をぼんやり眺めていた。


次回更新1月2日です。

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