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神託

 祈祷室を出ると司教様に呼ばれて庭先の東屋に案内された。一目見て司祭様の急用の意味を理解した。

「久しぶりじゃない。ええっと、名前は何でしたっけ?」

「王妃陛下。大変お久しぶりでございます。バージェス公爵家のモニカと申します。新年のご挨拶ができなくて申し訳ありません。タイミングが悪くお会いできませんでした。」

「いいのよどうせ、リチャードが邪魔したんだわ。最近あの子ったらもっぱら反抗期で全然、私の言うこと聞かないの。まあ人のいいなりの王太子よりずっとましだけどね!」

 ああ、相変わらず人形のように美しい。

「あなたは何しにこんなところに来たのです?」

 お茶をすすめられて一口飲んでから、ゆっくりとカップを置いた。

「第三王子殿下のお誕生日に、刺繍をお渡ししようと思いまして。どうせならば祈りの力を込めて頂こうと今回参りました。」

「ふーん。なんて込めたの?」

 込めた祈りを聞くのはマナー違反なのだが、相手は王妃様だ。

「第三王子殿下が幸せに過ごせますように、と。こちらのクラレンスさんにお願いいたしました。」

 クラレンスさんは司教様の後ろでぺこりと頭を下げた。

「あら、結構普通なのね。ふーん。」

「はい。」

 ガラス玉のような瞳が値踏みするように私を見ていた。

「リチャードって、可愛いわよね。」

 んん?なんだろう脈絡がない。


「そのうえ、リーダーシップも取れて、最近は背も伸びて、ますます立派になって来たわ。あの子が生まれたとき、前司教が神託があったって言ったのよ。『この子は黄金の輝きを持つものと、王国始まって以来一番の繁栄を築くだろう』って。それを聞いたときに思い出したのがローズだったのよね。ローズはバージェス家の金の瞳を受け継いでいたから。その後生まれた娘が黄金の瞳を持った子だったから、すぐにあの予言の子はローズの子だって、思ったのよ。」


 静かすぎる瞳は瞬きもせず、こちらを凝視していた。背中に汗が伝う。私は息を殺して様子をうかがっていた。

「リチャードがローズの娘と結婚して、この国の王になればこの国は過去一番の繁栄をするのに、なんでみんな分かってくれないのかしら。王太子は結婚して地盤固めするし、アリアドネは侯爵家の片田舎に引っ込むって言うし、リチャードはリチャードであなたと婚姻を結ぶつもりらしいし、第二王子は何やら一人で画策しているし、側妃は相変わらずうっとうしいし、レスト王国の王女はうるさいし、なんなのよもう、何一つうまくいかないわ。」

「…わたくしは王妃様のおっしゃったとおり、婚約解消の準備をしております。国王陛下と第三王子殿下にとってはわたくしは都合のいい婚約者でございますゆえ、代案がないと納得していただけないのではないかと。神託によれば確実にシエナ様がお相手でしょう。シエナ様との婚約までは後押しできますが、それ以上となりますと、わたくしとしても、バージェス公爵家としても、お力添えできません。」

「何よ、なんでよ。」

「王位継承にかかわる事項に、高位貴族が口出ししてよいほうに転じることは少ないですから。あとは王妃様の手腕にかかっておりますわ。国の繁栄を取るのか、平穏を取るのか、それはその時の為政者の考え方によりますから。」


 また一口お茶を飲んだ。変なことは言っていないつもりだ。繁栄を取るなら第三王子殿下が王太子になるのがベストだが、それは王太子殿下が婚姻を結ぶ前にやらねばならなかった。今から第三王子殿下が王太子になったら、いらぬ混乱を招きかねない。ラペット様のご実家も黙ってはいないだろう。平穏を望むなら王妃陛下は現状を受け入れて生きていかねばならない。きっと、王妃陛下は努力したのだろう。前の司教様に繁栄させるなら第三王子殿下が王太子になるべきだと、だから第一王子を冷遇して追い出そうとした。しかしだれ一人王妃陛下についていく人はいなかった。第三王子殿下自身も、王太子になる気がなかった。もし第三王子殿下が実力を発揮するのがもう少し早かったら、王妃陛下の言うとおりになったかもしれない。

「ふん、昔からそうよ、みんな私の言うことは信じてくれないのよ。何をやってもうまくいかないし、だれも私の意見を聞かないの。もう嫌になっちゃう。私もあの時逃げればよかった。希望の光が見えてしまって、二の足を踏んでしまったの。私、あなたなんか嫌いよ。」

 最後の一言だけ、確実に私に向けて言われたのが分かった。明確な嫌悪だ。王妃陛下にとっては、私は本当に一時的に共闘している相手であり、本来ならば真っ先に消すような邪魔な存在であるということを実感した。

「恐れながら申し上げます。」

「…、なによ。」

 クラレンスさんが、少し脂汗を流しながら声をあげた。緊張しているのか硬い声色だ。どうしたんだろうあまり余計なことは言わないほうがいいと思うんだが…。

「第三王子殿下の婚約者である、モニカ嬢は、この度素晴らしい祈りを込める機会を下さいました。これはひとえにモニカ嬢のひたむきに幸せを願うお心の表れのように感じます。このように邪心の混ざらぬひたむきさこそ、昨今の世の中に必要な心なのかと思った次第です。彼女は息子である王子殿下にとって只々幸せを願ってくれる、大変得難い人なのだと思います。」

 何を言い出すかと思えば、きっとクラレンスさんは私に嫌悪が向いたことを察してかばってくれたのだろう。何という聖人か、さすが聖職者。しかし王妃陛下に盾突くなんて。ハラハラしながら言い訳を考えていた。

「そうじゃのう、王子殿下にとって、純粋に幸福を願ってくれる人は多いほうがいいんじゃないかのぉ。王妃様だって、この国の幸福を純粋に願ってくださっておるじゃろう。」

「そうですね、王妃陛下はこの国の幸福に尽力なさっておいでですわ。」

「ふん、もうどうでもいいわ。」

 ふてくされてしまった王妃陛下だが、空気はちょっぴり和んだようだ。

「今度の誕生日パーティには必ず来なさい。ちょっと面倒なことになったの。来年の婚約解消は予定通りに進めてちょうだい。たとえ王太子が結婚したって、リチャードが実力を発揮すれば自然と、リチャードに軍配は上がるわ。こうなったら長期戦よ。」

「はい、そのように。第三王子殿下は優秀で頭の回転の速いお方です。わたくしにはとても釣り合うお方ではありませんわ。ぜひともシエナ様とご婚約いただきたいです。」

 誕生パーティはもともと行く予定なので問題ない。そうしてお茶を一杯飲み終わり、席を立ってお暇した。お菓子の味のわからないお茶会はもうこりごりだ。



 行きと同じくクラレンスさんに案内され、馬車に向かって歩いて行った。馬車に向かう最中、ちょっとしたお土産物を売っている売店があった。小さいが宝石が並んでいた。

「ここは祈りの込めてある宝石を売っている売店ですね。急ぎの人や、ちょっとしたお守りが欲しい人がお祈りの帰りに買って行ったりします。またここにはまだ祈りを込めていない宝石やお守りもありますので、ここで買って、祈祷室で祈りを込めてもらうということもあります。」

 うん、ちゃっかりしているが、目敏くて好感が持てる。一通り目を通していると一つの宝石で目が止まった。サンストーン、レオン様の瞳と同じ石だ。紐が通せるように穴が開いていた。しおりのお礼がしたかったんだ。これなんて値段も手ごろでよいんじゃないか?

「そのサンストーンには守護の祈りが込められていますね。ケガをしないように病気にかからないように。」

「おや、いいですね。ここにひもを通したらお友達にあげるのにぴったりですね。こちら頂けますか?」

「はい、ありがとうございます。」

「ああそうでした祈祷分もお支払いしますね。」

「私の出る幕はあまりなかったのですが…。」

「しかしお支払いしないのはおかしいですし、後から王宮からきっと確認の手紙が来ます。王族へのプレゼントですので、正規の値段をお支払いいたします。」

「…わかりました、そのほうがモニカ嬢も私も面倒ごとがなさそうですね。」

「はい、是非そうしてくださいまし。これには口止め料も入っておりますから。」

「ふふ、そうですね。」


タンポポの花言葉は信託です。

次回1月1日更新です。

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