平和なお茶会
モブ令嬢 第三王子ルートエンドのスタートです!
モブ令嬢であるモニカはヒロインシエナに出会って乙女ゲームについて思い出した。やんちゃで生意気な攻略対象の第三王子殿下を見事ヒロインに押し付けられるのか?
そんなお話です。
登場人物
モニカ バージェス公爵家に養子に来た女の子。モブ令嬢。ど田舎育ちでお金にシビア。
シエナ このゲームのヒロイン。天が二物以外も与えまくった完璧な少女(モニカ談)
リチャード 第三王子殿下。今のところモニカの婚約者。
アリアドネ 王女殿下。王妃様の2人目の御子。
私はうっとりと目の前の美少女を鑑賞しながら紅茶をすすり公爵夫人を待っていた。マフィンを口に運ぶ様子がかわいらしい。口の端についた食べかすさえかわいらしい。この子のためなら侍女の仕事も取ってしまいそうだ。
「シエナ様こちらのジャムをつけて食べてもおいしいですよ。おつけいたしましょうか?」
「うん!」
「どちらのジャムにいたしますか?ラズベリーとマーマレードがございます。」
「モニカはどっちが好き?」
「わたくしですか?わたくしはラズベリーですね。」
「じゃあラズベリーにする。」
にこにこと笑うシエナ様は本当に天使だった。さすがヒロイン。ピンク色のワンピースがとても似合っている。天使の羽がないのが不思議なくらいだ。
「あらあら仲が良くなって。モニカはいいお姉さんね。」
「いえ、シエナ様が可愛すぎるんです。天使のお世話ができるなんて幸せです。」
「フフフ、もう、モニカったら。」
そう笑う公爵夫人はとてもきれいだった。まるで豊穣の女神さまだ。きれいな金髪に慈愛に満ちたほほえみで、いつも穏やかなこの人は、私のあこがれの淑女だった。どうあがいてもこんな人に私は成れないが、雰囲気だけでも真似してみたい。私に頭をひと撫でするとシエナ様の隣に座った。
「さあさあシエナちゃん私がジャムを塗ってあげますから。モニカは自分のを食べなさいな。」
「はい、いただきます。」
「はーい、おばさまあれ取って!」
「はいはい、これかしら。」
私は目の前のクッキーを一口食べる。さて、シエナ様を王宮に連れて行くのはどう切り出すか。
「そういえばモニカは今日王宮に行くんじゃないの?ゆっくりしてて大丈夫?」
「今日はアリアドネ様にお会いしたくて、午後からにしていただきました。」
そうこの日のためにしっかり根回し済みだ。
「あら、リチャード様にお会いしに行くんだから、午前中から行ってもいいのよ。」
少しうっと詰まってから殿下はお忙しいでしょうから、と取り繕った。会いたくないとは言えない。なんせ私は殿下と婚約するためにこの家に引き取られたのだ。前世の記憶がよみがえった今ならわかる。王太子殿下がスムーズに王位に就くため、第三王子であるリチャード殿下は国内の有力貴族である公爵家の跡取りとして婿入りするために、私が選ばれたというわけだ。王妃になれるほど血筋が良くない私と結婚して公爵地位を継げば貴族派も文句が言えないし、担ぎ上げようにも婚約者である私は公爵家で王室派。思考に沈みそうになった私を、無邪気な声が引き上げる。
「モニカ、お城行くの?」
キラキラしたおめめでこちらを見ているかわいい子。これは断れない。うん。
「そうなんです、が、シエナ様も一緒に行きますか?第三王子殿下に紹介したいですし。」
私は精一杯の上目使いで公爵夫人を見た。
「どうでしょう、公爵夫人様、わたくしはアリアドネ様とお話ししている間殿下がお暇にならないように連れて行ってもよいですか?」
「うーん、どうでしょうか。王宮への訪問は事前に申請が必要だから、次回なら許可を取れば大丈夫ではないかしら。今日は無理かもしれないけど。」
うん、申請は大事よね。
「では次の訪問からシエナ様を連れていきますね!」
私は大げさに喜んで公爵夫人にお礼を言った。シエナ様も私の真似をして喜んでいる。
「わあい、楽しみ!」
天使…!本当は今日連れて行きたかった。これは第三王子殿下がシエナ様に落ちるのも秒読みね!そうと決まれば世界で一番地味な装いで王宮に行かなければ!
「わたくしはそろそろお城へ行く準備をいたします。」
「そうね、婚約者様によろしくね。」
「はい。」
今度は詰まらずにすんなりと声が出た。がんばれ私!
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黒髪をきっちりと結い上げて後れ髪の無いようにセットした。濃紺の地味な、この年の少女が選びそうにないひらひらの少ないワンピースだ。侍女見習いと言われればそう見えるような風貌。分厚い眼鏡がそれに拍車をかけている。今日は第三王子殿下からどんな仕打ちを受けるのだろう。汚れないといいな。顔立ちは公爵閣下や公爵夫人、第三王子殿下と比べればものすごく地味だ。特筆して書くほど醜くもなければ、派手でも印象に残る美人でもない。空気のように居たのか居ないのかわからない、印象に残らないモブ。それがこの世界に生を受けた私だった。個人的に父親譲りの茶色の瞳と母親譲りの黒髪は気に入っているし、前世のくせっけよりは綺麗なストレートヘアなのでそれも私のいいところだ。しかし周りが派手な美男美女ばかりで、身の置き場に困っているのは事実だった。特にこれから会わねばならない第三王太子殿下は文武両道で最近は姉の学園の教科書を読破し、教授に間違いを指摘したらしい。王室始まって以来の天才と名高く、幼いころから騎士団の団長に剣のセンスを認められるほど運動神経もいい。私の前では悪ガキだが、いまだに彼を王太子に、との声が優秀さの前で消えない人だ。王太子殿下だって十分に優秀だと思うのが、第三王子殿下を推して政乱を引き起こしたい連中というものは何時でも何処でもいるものだなと思う。
公爵閣下に、第三王子殿下に言えないからか、子供だと思って露骨に嫌味を言ってくる連中がいる。私は王室の批判のサンドバックってことだ。何時も何時もどんな時も殿下と比べられて嫌味を言われる私の身にもなってほし…げふん、失礼。
もうそんなことはいいから今はアリアドネ様だ。
いつの間にか下を向いていた私は視線をグイっと上げて前を向く。穏やかな春の日差しが長い廊下に、柱の影を落としている。口を一文字に引き結び気合を入れる。本当は行きたくない。あんなところ行きたくないのだ。馬車に乗って背筋を伸ばした。いつだって背筋を伸ばしなさい。今は離れて暮らすお父さんの言葉だ。無口な人だったけど私のことを思ってくれている、この言葉がいつも私を支えてくれる。
王宮についてすぐに馬車に駆け寄ってくる人影があった。金髪にきりっとした目元の将来確実にイケメンになるであろう第三王子殿下だ。
「遅いぞモニカ、いったい何時間遅刻すれば気が済むんだ。」
私は小首をかしげる。アリアドネ様とのお茶会が午後からだから午後から行きますとお手紙に書いたはずだ。レオン伯爵令息が眼鏡の奥からこちらをギリっとにらんでいる。
「お手紙を差し上げたはずですが、手違いでもあったでしょうか?申し訳ございません。」
「いつも午前からなんだから、午前から来るのが常識だろうが。」
ぷりぷり起こっている彼をこれ以上怒らせないように素早く馬車から降りて頭を下げる。顔を上げると手を引っ込めた第三王子殿下と目があった。次いで走り寄ってきた近衛騎士はロイ様だ。
「遅れて大変申し訳ございません。アリアドネ様にも謝罪いたします。ご案内いただいてもよろしいですか?」
目線でロイ様を促すと、はい、とエスコートのために左手を出してくれた。ロイ様は絶対にアリアドネ様のところに連れていきたい。たとえ第三王子殿下がお茶会に行きたくないと言ったとしても、ロイ様には来ていただかなくては。ロイ様の手を取ろうとしたとき、第三王子殿下ががしりと手をつかんだ。
「お姉さまのところくらい知ってる、瑠璃の宮の庭だろ。」
第三王子殿下に引きずられながら急ぎアリアドネ様のもとへ向かった。道中無言だったのはやはり機嫌が悪かったらしい。後からどんな報復があるのか、背中に冷や汗をかきながら小走りでついていく。息が上がるが仕方ない。
「お姉さま。」
もう着いたの。息を整える時間が欲しかった。
「あらリチャード、かわいい婚約者を連れてきてくれたの?自慢したくて?」
挨拶しなきゃ、いけないのに小走りで来たせいで息が上がって声が出なかった。汗もびっちりかいてるし、ハンカチが取り出したいが第三王子殿下が手を放してくれないのでポケットから取り出せない。こんな汚い状態で美しいアリアドネ様の前に行くなんて、嫌だ。
「はあ?なんだそれ…モニカ?」
「モニカ久しぶりね、ちょっと早いんじゃない?」
こちらは全く汗一つかいていない第三王子殿下だ。腹が立つほど涼しい顔をしている。自分の体力のなさに驚いた。やっと呼吸がまともに出来てきたときは、第三王子殿下は少し顔色が悪いようだった。
「何?あなた私のお客様であるモニカを、走らせたの、リチャード?なんでそれを止めないの、ロイ?」
美しい顔に青筋を浮かべてにっこり笑うアリアドネ様は迫力があった。もちろん目は笑ってない。流れ弾に当たったロイ様が、背後からたじろぐ気配がした。深呼吸をして一歩前にでた。
「すぐにご挨拶できずに申し訳ありません。ご無礼いたしました。自分の体力のなさにびっくりしてしまいました。」
左手でスカートを上げて挨拶をすると、さあ座ってと椅子をすすめられた。張りつめていた空気が少し和らいでアリアドネ様はにこりと笑った。
「本当に久しぶりね。冷たいものがよろしいかしら?愚弟がごめんなさいね。」
「いいえ、お構いなく。やはり鍛えていらっしゃる方々は違いますね。」
無難なことを言ったつもりだったがアリアドネ様は私の隣に座ろうとした第三王子殿下を一瞥して立ってなさい、と冷たく言い放った。彼はおとなしく姉に従い一歩離れたところに立っていた。ロイ様とレオン様もその後ろに静かに立っていた。ハンカチをようやく取り出し、アリアドネ様に断って汗をぬぐった。
「お手紙を差し上げたのですが手違いがあったようです。第三王子殿下の午前中の時間を無駄にしてしまいました。殿下はお忙しいですのに、申し訳ございません。」
「そんなのは読まなかった弟が悪いのよ。どうせ通信箱に入ってるんだわこの馬鹿の。じゃなかったらレオンだって確認しているはずなんだから二人のチェックミスでしょう。ほかにもそういう手紙がないか、後で確認なさいね。良いことわかった?」
「はい。」
「申し訳ございませんでした。」
カップに口をつけると冷たいお茶がするりと喉を通った。ほてった体についつい飲み干してしまった。アリアドネ様が氷を持ってきてとメイドに申し付けていたので、遠慮しようとしたら今度は手を握られて、袖を捲くられた。
「右手首に、あざができているわ。ほんとにこんの愚弟は!」
とうとう堪忍袋の緒が切れたアリアドネ様が立ち上がって第三王子殿下の頭にバチンと一発食らわせた。
「いってえ!」
「あんた何してんの?何がしたいの?モニカにこんなことしていいと思ってるわけ?」
「アリアドネ様、このくらいすぐに治ります。大丈夫です。」
「モニカがこいつに甘いことばっか言うからよ、こんなの婚約解消されても文句言えないわ!ああもう最悪だわ。せっかくかわいい義妹ができそうなのに!なんで弟ってこんなに可愛くないのかしら!」
「婚約解消については考えさせてもらいますが、しかしこのあざは本当に大したことありません。」
「え、ちょっとモニカ、今なんて言った?!」
慌てる第三王子殿下は面白いが、気にせず続ける。
「でも、じゃあ治るまでこいつに会わないで。今度のお茶会は私と二人っきりでやるのよ。」
アリアドネ様と、二人きり?何それ天国じゃない…!あまりにも嬉しそうにしていたのが顔に出ていたのか、第三王子殿下がますます慌てていた。
「アリアドネ様と…うれしいです。…と、そうだ、忘れるところでした。実は公爵邸に公爵閣下の姪のシエナ様がいらしているんです。」
「ああ、聞いたわ、心配していたのだけれど。相談したいって言ってきたし…」
「はい、シエナ様のことで相談したいことがあって、それが…シエナ様ってものすごく、天使なんです。」
その場の全員が息を殺したように静かになった。私はその静寂を、私の話の続きを待っていると解釈した。
「公爵様にそっくりの金の瞳に銀の髪、やることなすことすべてが可愛くて、今日なんてマフィンを一緒に食べたんですけどジャムは私の好きなのと同じのがいいって言って可愛くて、ずっと見ていられますね、ほんとに四六時中眺めていたいです将来絶対美人になります、傾国の美女ってやつでしょうかもう本当に天使なんです。」
さあ、第三王子殿下はちょっとはシエナ様に興味を持ったことでしょう。って、なんでそんなにぽかんとしてこっちを見ているんですか?
「それでですねこれは絶対に第三王子殿下に自慢したいと思いまして、次のお茶会の時、アリアドネ様と二人で過ごすなら、その間第三王子殿下にはシエナ様の王城の案内を頼むというのはどうでしょう。王城に行ってみたいようなので、殿下にご案内いただけたらシエナ様も喜ぶと思うんです。いかがでしょう?」
第三王子殿下のほうを向いて必然的に見上げるように顔を覗き込んだ。すぐに目をそらされたが。
「…わかった。案内するだけで、世話はしないからな。」
「ケガをしなければいいのです。」
さすがの殿下も年下の美少女に私と同じ扱いはしないだろう。蛇とか蛙とか…。一抹の不安がよぎったのでアリアドネ様にも釘を刺してもらおう…。
「あ、でも、わたくしの時のように蛇やら蛙をけしかけるのはおやめくださいね、泣いてしまわれます。」
「あんた、そんなことしたの?モニカに?!」
第三王子殿下はびくりと肩を震わせていや、その、と口ごもりそれがアリアドネ様の怒りに燃料を投下した。これはお説教1時間コースだな、と自分の目的が済んだ私は静かにお茶を飲み、お菓子に舌鼓を打っていた。途中でロイ様とレオン様に座るよう促して、ロイヤル姉弟のお説教を聞きながらいつ切り上げるか様子をうかがっていた。今回は平和に終わってよかった。