藤色のプロポーズ
久方ぶりの第三王子殿下は背が少し伸びた。私と変わらなかったはずなのに、目線が少し上になった。スカーフを止めている金の装飾のあたりに目線を持って行った。先日王宮であった新年の祝賀会でご挨拶したのに気が付かなかった。もしや、私の成長期が止まっただけか…?まだ公爵閣下の胸位の位置しかないのに。王都に戻って、最初のお茶会は王宮だった。まだ新年が始まったばかりなので、第三王子殿下は非常に忙しいようだった。ダンス練習をするほどの時間がないそうだ。しかし時間を作ってもらったからにはちゃんと有効活用しなければ。再来月は第三王子殿下のお誕生日があるのだ。しっかりリサーチしてシエナ様にご活用頂かなければならない。
殿下にエスコートされながらやはり、と確信した。
「第三王子殿下、少し背が伸びましたか?」
「…、そうか?」
「はい、腕の位置がいつもより高いです。」
手を置いている右腕を指さすと、プイっとあらぬほうを向いた。
「お前が縮んだんじゃないのか?」
いや、そんなわけないでしょう。こっちはぴちぴちの13歳だ。この表現は年寄り臭い気がした。
「違うと思いますが。」
一応否定の言葉を言ったが機嫌が悪くなると困るのでもうこの話はやめよう。この地雷原に踏み入れていつ爆発されるかわからない、ドキドキ感が戻ってきた。ああ、公爵領にいるときはよかった。しかし、だ。王妃陛下には来年まで婚約継続、と言われているので、つまりは今シーズンだけ頑張ればよいということだった。まだ1月だが、7月まで堪えれば、後は王妃陛下が第三王子殿下を説得してくれるはず。先を歩くロイ様のマントの端を目で追った。ああ、アリアドネ様とはどうなったのか。
案内されたのは応接室だ。お茶会の体なので、シエナ様と一緒に席についた。メイドが給仕をしてくれて、その間静かに待っていた。第三王子殿下の後ろにいるレオン様と目が合った。すぐそらされた。レオン様も背が伸びた気がしたが、二人が並んでいても違和感がなかったから、両方伸びたんだろう。さっきは何でごまかしたのか。もういいや。
お茶を進められて一口飲んだ。
「変わりないか。」
メイドたちを下げさせて第三王子殿下が少し低い声を出した。あら、声も低くなっていた。
「はい、第三王子殿下はお声が変わりましたね。」
また一口お茶を飲んだ。ボイスがちょっとしか付いていないゲームだから少し新鮮だ。本当に低予算の産物だった。
「そうか、ああ。」
なんだろう歯切れが悪い。今日は時間がないのではないのか?さっさと本題に入ろう。
「本日は第三王子殿下の貴重な時間をお取りくださいまして、ありがとうございます。この後の予定もありますでしょうし、わたくしもアリアドネ様にもご挨拶上げたいと思い、アポイントを取っております。この度お時間いただいたのはまさしく、3月の殿下のお誕生日についてです。」
「あ、もう誕生日の話か?」
「リチャード様って、3月生まれなのね。」
「はい、そうなんです。ですから何か欲しいものはないですか。」
「ねえモニカ、そういうのって本人に聞くの?違うんじゃない?」
「しかし、第三王子殿下の欲しいものはわかりません。本人に聞くのが一番だと思ったのですが。それかロイ様かレオン様か。」
「そうだな、サプライズもいいがまあ聞いてくれてもいい。合理的だからな。」
そう、何するにも第三王子殿下に許可を取らねばならない。
「だめよ、そういうのは何くれるのかな~っていうワクワク感が必要なのよ。」
確かにそれはそうだが、検閲というものがあるから王家相手にサプライズは周りがかなり協力してくれないとできないだろう。シエナ様の言いたいことはほんっとうによくわかるのだが。
「では、手作りのものを考えているのですが、お送りしてもよろしいですか。」
「え、いっちゃうの?!」
「はい、このくらいは言ってもいいでしょう。しかし手作りは王宮の安全保障上よくないのでしたら、違うものにいたします。そういう許可はケイト卿に取ればよいですか?」
「あ、ああ、ケイトに言ってくれれば、先に点検してくれると思う。」
「食べ物はやはりやめたほうがいいですか?参考までに。」
「いや、大丈夫だ。ぜひ…モニカが何か作ってくれるのか?」
食べ物にするとは言ってないのだが…。ちらりと盗み見た顔は期待が込められたまなざしがやけにキラキラしていた。乗り気のようだ。
「いいえ、参考までに。わたくしはあまり料理は得意ではないので。」
公爵家ではキッチンの場所も知らない。そんなにがっかりしないでほしい。確かシエナ様はご実家でパイを練習したと言っていたので、上手なはず。将来のお二人のためにちゃんと送り方の手続きは聞いておかねばなりますまい。
「モニカにダンス以外に苦手なことがあるのが意外なんだけど。」
シエナ様が驚いて口を押えていた。私にできないことはたくさんある。料理なんて昔母と作った、おなかが膨れるように作るフスマをたくさん入れる貧乏クッキーとかそういうのだ。そんなものお出しできない。
「わたくしに出来ないことはたくさんありますよ。シエナ様のほうが何でもお出来になるでしょう?」
首をかしげながら顔を覗いたができないもん、と可愛らしく拗ねていた。今、胸がきゅんっとなった。可愛いってすごい。しみじみと嚙み締めていると、背後が何やら騒々しい。第三王子殿下が苦虫を嚙み潰した顔をしていた。
「ちょっと邪魔するわよ、リチャード!」
このお声は…アリアドネ様!どうなさったのだろう。この後アポイントを取っているはずだが…。
「なんですか、ちょっと早いんじゃないですか?こちらにいらっしゃるのが。」
席を立って、ロイ様にエスコートされて来たアリアドネ様を迎え入れた。第三王子殿下の隣に腰かけて、その後ろにロイ様が立った。
「ごめんなさいね、邪魔してしまって。どうしても、あなたに一番に報告しなきゃいけないことがあるのよ。」
真剣な顔に、深刻な話かと身構えた。
「はい、なんでしょう。」
「私、結婚することになったの。」
「え、どなたとです?!」
「これ。」
アリアドネ様は親指を突き立て後ろをさした。藤色頭と目が合った。ものすごく気まずそうな顔をしたロイ様が、ぺこりと頭を下げた。はああぁぁぁぁ…。思わず長いため息が漏れた。
「やっっっと!プロポーズしたんですか。ロイ様。」
ロイ様は一同の前に歩み出た。
「はい。モニカ嬢におかれましてはこの私のプロポーズについてせっついていただき、大変、大変、ご迷惑おかけし、それと同時に感謝に耐えません…。」
「そうです!遅いんですよ!どれだけわたくしがやきもきしたと思っているんですかっ!」
テーブルに手をつき立ち上がり、珍しく大きい声を出した私に、一同唖然としていた。
「ちょっといいか?モニカは姉上とロイのことを知っていたのか?私は今朝聞いて驚いたところなんだが…。」
少し息を整えているうちに、第三王子殿下が困惑しながら手をあげた。
「ふう、失礼いたしました。」
椅子に座りなおし、こくりと頷いた。
「はい。アリアドネ様もロイ様もお気持ちが分かりやすかったので、ロイ様にさっさとプロポーズなさってくださいと進言しました。ロイ様はわたくしのこと避けていらっしゃいましたよね?最後のほうはプロポーズの仕方が分からないのかと手順までお教えしたくらいです。さて、お二方はどうしてご結婚することになったのです?」
にっこりと笑うと、ロイ様は汗びっちょりでその場に膝から崩れ落ちた。イケメンが台無しだ。
「王太子殿下のプロポーズの時にアリアドネ様と二人きりになる機会がありまして、その時にモニカ嬢の言葉が頭から離れなくなり、こんな機会めったにないと思いプロポーズさせていただきました!」
「アリアドネ様の一生に一度のプロポーズという特別なイベントに花束もなしですか!」
「アリーの好きな花は藤なので!藤棚のところで指輪をお渡ししました!お許しください!」
私はひとしきり土下座の体勢のロイ様をにらんだ後、アリアドネ様がしているアメジストの指輪を見た。にこりと笑ったアリアドネ様が幸せそうだった。
「わたくしに許しを請うのがそもそもの間違いです。」
目線を外すと明らかに安堵の息を吐いて、力を抜いたロイ様に対して、アリアドネ様は笑っていた。
「あははは!もう、いつの間にそんな力関係になっていたの?ロイ、あなたモニカに全然勝てないのね。何かあったらモニカに叱ってもらわなくちゃ。」
ロイ様はやっと立ち上がった。
「自分としてはうまく隠していたつもりだったんです。ポーカーフェイスには自信があったんですが…。モニカ嬢に白日の下にさらされてしまいました。そのうえ背中を押されて…。」
まあ、10代前半の少女に恋心をあっさり暴かれ、応援されるのはかなり精神にきただろう。前世では成人していたのだが。
「アリアドネ様が外国に嫁ぐことになったら、なんて、考えないようにしていたんですが…モニカ嬢ははっきり言ってくださいましたよね。ちゃんと、考えて、それは嫌だなって思ったんです。」
「つまり、モニカは姉上とロイの間を取り持っていたのか?」
「簡単に言うとそうですね…ああ、大きい借りができてしまいました。」
「別に、アリアドネ様を幸せにして下さったらそれで構いませんわ。」
紅茶を一口飲んだ。ロイ様は精進します、とアリアドネ様とほほ笑みあった。ああ、原作ゲームで見たかった光景がここにあった。
「ところで、ロイ様は普段、アリーと呼んでいらっしゃるのね?」
にっこりと笑って指摘すると、ロイ様はしまったという顔で真っ赤になって、またやっちまったとつぶやいた。