祝福
翌日、昼にローファス伯爵へ一緒に報告に行くと、すんなり婚約が認められた。
「ようやくですか。お嬢様。」
「おめでとうございます、若様、モニカさん。」
呆れ口調のフィナと、にこにこと笑ったアレックスさんが祝福してくれた。レオン様とローファス伯爵の様子を見るに、根回し済みのようだった。リエッタ様やクリス殿下にも報告すると、こちらも喜んでくれた。
「おめでとう!アリアドネにも教えてあげてね、絶対喜ぶから。今回だってモニカさんに会いたがっていたんだけど、何せおめでただったからね。」
昨日からニコニコしっぱなしのクリス殿下が、上機嫌でメイちゃんを膝にのせていた。そう、アリアドネ様が御懐妊なさったのだ。今回母上の結婚式ということで出席するつもりだったが、どうも悪阻がひどいらしく、来られなかった。クリス殿下はラペット妃の占いの結果で、御懐妊かも?と言われ、1カ月ほど前にジョルゼ領にその知らせを持って行ったそうだ。その時確かに不調を感じていたアリアドネ様が、医師の診察を受けたところ、めでたく御懐妊だったそうだ。ロイ様が狂喜乱舞して大変だったらしい。もう少し体調が安定したら、新年のあいさつで発表しようということになった。どうやら相変わらず仲睦まじく過ごしておられるようだ。
それにクリス殿下の方もラペット妃とじっくりお話しできたようだった。こうしてアリアドネ殿下のことを自発的に占うくらいには気にかけているらしい。軟禁されているというのも、もともとラペット妃は外に出るのが好きではないそうで、あまり苦に思ってはいないらしい。庭先程度には出られるし、面会も一言あればできるそうで、今のところ大人しいそうだ。
「はい。リエッタ様、アリアドネ様へのお祝いは何が良いでしょうか?」
「そうねぇ。あなたの刺繍入りの何かがいいんじゃないの?」
どうやらクラレンスさんが来てから、私の刺繍の話をたびたび出していたらしく、祈りが込められているのは周知の事実となっていた。しかもクラレンスさんの言うことはいちいち大げさなのだ。聞いているこちらが恥ずかしくなるくらいに褒めてくれる。そして司祭服でそんなことを触れ回るから、みんなそれを真に受けてしまうのだ。
「・・・、おまじない程度しか効きませんと、先に言っておきますわ。どのような願いがいいでしょうか。」
やっぱり安産祈願か。でも本当はアリアドネ様とロイ様とお子様が、ずっと幸せに健康でいますようにと込めたい。なにせ二人は私の推しカップルなわけだから。図案はやっぱり藤だろうか。お二人のプロポーズの藤棚にちなんで。
「あなたに任せるわ。アリアドネのこと、あんたの方が知ってそうだわ。」
「ちなみにロイは、いつぞやモニカさんにもらった手袋をそれはそれは大事にして、ここぞというときにしか使わないと決めているくらいだからね。アリアドネもモニカさんが刺繍を入れてくれたリボンを宝箱に入れて、嫁ぎ先まで持って行ったから。ここまでくると僕も何か欲しいな。何か余ったものがあったらほしいかも。」
「何をおっしゃいます、新しく刺繍しますわ。どんなものがいいでしょう?」
「それなら、先に俺の千代輪をお願いします。」
扉を開けて、レオン様が入って来た。少しだけ口をとがらせていた。むすっとした顔なんて珍しい。
「レオン様。・・・そうですね、そちらが先ですわね。クリス殿下、刺繍は出来ましたら領館にお送りしますわ。」
「ふふふ、いいよ、何時でも。なんだよレオン、そんなに怒るなよ~。」
「怒っていません。」
あの逃走劇を経て、レオン様とクリス殿下はだいぶ気安い関係になったようだ。もともとそうだったのかもしれないが、レオン様の中にあった一線と、クリス殿下の中にあった遠慮がいい意味で減った。特にレオン様からの気安さは目を見張るものがある。きっとクリス殿下は人の懐に入るのがうまいんだろう。王太子だったころからそうだったが、だれに対しても気さくだ。話しているとつい口が軽くなってしまう。威圧感が無いのも話しやすさに拍車をかけていた。
「・・・、リチャード殿下がクリス殿下を、婚約者に、モニカさんに会わせたがらなかったのも、ようやく理解しました。」
腰に手を回されて、抱き寄せられた。レオン様にこんなふうにされるのは初めてだったので、にわかに顔に熱が上がり、その頬が恥ずかしくて左手を添えたが、その薬指には、オレンジ色の石の指輪があった。昨日、千代輪をいただいた後、実は指輪も用意していたと言われたのだ。これはローファス伯爵と一緒に出掛けて怪我をして帰ってきた日に、一緒に持って帰ってきた『ツリーストーン』だったらしい。その後すぐにディックさんに指輪の形にしてもらったそうだ。まさか婚約指輪までもらえるとは。
周りのみんなの視線が生温かい。少なくともここにいる人たちは私たちを祝福してくれていた。
それから婚約してもいいかとバージェス公爵家に手紙で出すと、二つ返事で了承の返信が来た。詳細は新年に王都に、と書かれていて、ドキドキしながら年の瀬に里帰りすると、公爵夫婦に抱き着かれて祝福された。レオン様はいったいどこまで根回し済みなんだろう。ジスについても跡取りと、とは考えていないと言っていた。
「別にモニカかシエナの子供を養子にしたっていいし、遠縁ならモニカのお姉ちゃんたちの子供たちもいるからね。心配しなくていいよ。ジス君はせっかく聖職者の才能もあるんだから。」
そうおおらかに笑っていた。そのことをクラレンスさんと一緒に王都に来ていたジスに伝えたのだが、あの人たちも俺に恩返しをさせないんだ、と言いながらも、立派な司祭になると心を決めたようだった。
あれからバージェス家にリエッタ様とクリス殿下を逃したお咎めでもあったのかとヒヤヒヤしていたのだが、そんなことも特になかったらしい。
二人は一緒に訪れていたローファス伯爵とリエッタ様のご結婚も大変喜んでいた。結婚式に行けなかったことをそれはそれは残念に思っていたらしい。祝福したかったと言われ、リエッタ様が終始、気まずそうにしていたのが印象的だった。リエッタ様としては、前夫の妹を式に呼ぶのは、いくら幼馴染であってもまずいとの考えだったし、それは理解できた。伯爵もバージェス家の立ち位置がいまいちつかめなかったのもあって、招待せずに新年会前に報告ということになったのだ。ふたを開ければ祝福モードだったのでほっとしていたようだった。
シエナ様は私が帰ってからずっと腕にくっ付いたままニコニコなさっていた。
「やっとモニカが素直になってくれた。いい?モニカはこれから世界一幸せになるのよ。」
わかった?そう言われてしまった。
「はい。でもシエナ様も幸せになってください。」
「うん。卒業して、7月には結婚式だもの。あ、これ招待状ね。絶対に来てよ。」
金色の瞳を細めて、頬を赤くしながら差し出されたそれは招待状だった。王家の紋章の入った特別製の封筒を開けると、私の名前がそこにあった。場所はあの、白い聖堂だ。そこはシエナ様がずっと憧れていた教会だった。ちゃんと準備は進んでいるそうだ。公爵閣下によれば第三王子殿下もちゃんと準備に参加しているそうだ。そういえばこの時期、結婚式の準備イベントがあった気がする。
「絶対に行きます。」
にわかにエンディングが差し迫っていることを感じた。あと少しで見られるのだ。『第三王子ルートエンド』の終わりが。長かった。しかし充実もしていた。途中いくつものより道はあったものの何とかたどり着けて、悔いはなかった。後は幸せな結婚式が見れればいい。
今回の新年の挨拶は、第三王子殿下が王太子殿下に立太子する特別な式となった。クリス殿下の正式な臣籍降下と、クラウド侯爵領と侯爵位をここに新設することも合わせて宣言した。このためクリス侯爵の継承順位が王弟殿下の次の第3位となり、一応継承権のはく奪はなかった。私の考えではあるが、妹のバージェス公爵夫人ヴィオラ様の件があり、血族の継承権は残す方向で考えているようだった。
いつもとは違う新年会の合間に、ミランダさん、マゼンダさん、ライオルト様たちにも会い、婚約の報告をした。手紙で報告はしていたが、顔を見てちゃんと言いたかった。3人とも自分事のように喜んでくれた。久しぶりに力の抜けたおしゃべりに興じ、楽しかった。王都にいる間にまた会う約束をして、買い物に出かけてカフェに行った。そう過ごしているとあっという間に滞在時間は終わり、雪深いローファス領に帰ることとなった。
「本当はモニカさんに、冬の容赦のないローファス領の雪を見せてから結婚を申し込みたかったんですが、焦ってしまいました。なにせモニカさんは気が付いていないようでしたが、騎士団員からの人気が高く、結婚を申し込みたいと言っているのを数件聞き、領民の若人たちからの羨望のまなざしを受け、有力氏族から婚姻の打診をほのめかす手紙が来はじめ、日に日に競争率が熾烈になっていったのです。」
フィナが気を使って、二人きりの馬ソリでレオン様がそう呟いていた。どうやら私が知らないところで噂話が独り歩きし、求婚者が増えていたらしい。確かにまかり間違ってレオン様を忘れるために、最初に求婚してきた人とさっさと結婚を決めることが無いかと言われれば、あの時の自分ではちょっと、ありそう。
ああ、レオン様が求婚してくれてよかった。危ない。適当に決めるところだった。
「でも、この雪を見て王都に住みたくなったら、言ってくださいと、言いたかったんですがね。あなたがいる生活に慣れてしまって・・・。」
遠い目をしていたレオン様が、馬を操りながら、ため息をついていた。確かに雪のある生活は大変なことばかりだ。朝まず道を掘ることから始まるのだ。すべてが新鮮で、慣れなくて、筋肉痛の日々だった。でも、雪をいじるのは嫌いじゃなかった。だってそれがローファス領なのだ。レオン様のいる。
「あら、わたくしは結構楽しんでおりますわ。ずっと一緒だって約束しましたでしょう。」
左手首の千代輪をいじれば、その手にレオン様の手が重なった。
「はい、もうとても王都にとは言えなくなりました。ずっと、一緒にいてください。」
いつもまじめに返してくれるから、レオン様は信じられる。微笑みあって、また前を向いた。




