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エメラルドの蝶

 誕生日当日。私たっての希望により、シエナ様とお揃い色違いのドレスで出席となった。そのドレスが正直私には似合っていない、可愛らしいデザインの『ふんだんレースにふりふりフリル』だった。色は私が黒地に金と銀の刺繍が入った公爵閣下を思わせる色だ。シエナ様は白地に金と国色の青の刺繍が入っていた。どことなく公爵夫人を思わせる色合いだ。いやしかし、私が黒いドレスを着ると、髪も目も黒っぽいせいかより一層地味な気がした。鏡の前で一応全身を見てみたが、やっぱりドレスに顔が負けていた。公爵閣下も黒なのだが、あちらは銀糸の髪が良いアクセントになっているため、めちゃくちゃ似合っていた。ドレスはすごく素敵なのにもったいない。公爵閣下も公爵夫人もほめちぎってくれたが、ドレスに着て頂いている感があることは自覚していた。もともとお二人は大げさなところがあるから話半分にしないといけないのだ。

 シエナ様のほうはさすがきっちり着こなしていた。アップにした髪が歩くたびに揺れるのがかわいらしさに拍車をかけていた。言葉を尽くしてほめたかったが、限界化してしまい、可愛い、の一言しか伝えられなかった。ああ、私の語彙力のなさが恨めしい。玄関に行き来客を公爵夫人とシエナ様と出迎えた。会場では公爵閣下が来てくれたお礼を言って回っているだろう。

 毎年私の誕生日のためにお二人の貴重な時間を使ってしまうなんてと、自己嫌悪に陥っていた。しかし今年はシエナ様と一緒だ。その罪悪感が去年よりも幾分軽かった。シエナ様をちらりと見ると、髪には私が送った花の髪飾りが揺れていた。今回は気合を入れて選んだ。それはもうシエナ様の銀の御髪に似合う髪飾り。やはり最高に可愛い。ああ、ヒロインを着飾れるなんて。なんて光栄なの!シエナ様の横顔がパッと明るくなった。

「いらっしゃいませ、リチャード殿下。」

 私はあわててスカートの端を持ち上げ礼をした。

「この度はお招きいただきありがとうございます。夏らしくなってきましたね。」

「そうね、暑いわね。会場には冷たいものも用意してあるわ。モニカ、ご案内して差し上げて。」

「はい。承りました。」

 顔をあげるといつものメンツだ。第三王子殿下とレオン様とロイ様。

「ああ、これはシエナ嬢に。」

 レオン様が持っていた箱をシエナ様に手渡した。ずいぶん大きな箱だ。

「開けていい?」

「どうぞ。」

 公爵夫人が笑顔で言うと早速シエナ様がリボンを解いた。その間に第三王子殿下はこちらに向き直った。

「モニカにはこれだ。」

「なんでございましょう?」

 ぶっきらぼうに胸のあたりに押し付けられた箱を思わず受け取った。先日プレゼントは頂いた筈だが…やはりあれは王宮への献上品で私のものではなかったのか。あとでお返ししなければ。

「開けてみてくれ。」

「はい。」

 丁寧にリボンを取った。

「わあ、可愛い!うさぎさん!」

 シエナ様の手にはウサギのぬいぐるみが抱かれていた。大きい。可愛い子が可愛いものを抱いているなんてすごく可愛い。今日は朝から語彙力が死んでしまった。第三王子殿下もプレゼントらしいプレゼントを贈ることがあるんだな、とぼんやり考えて、はっと我に返り、箱を開けた。大きさ的には万年筆くらいの箱だから、またそれかな?

 金のチェーンにエメラルドの蝶のペンダントトップが可愛い、首飾りだった。…ものすごく婚約者を意識したデザインに思わず笑顔がひきつった。本当にどうしたんだろう、第三王子殿下は。何を目論んでいるのか…。ちらりと前髪の隙間から眼鏡越しに顔を盗み見ると、こちらをじっと観察しているそれこそエメラルドがあった。ぶわっと冷や汗が出てきた。ここで第三王子殿下の望む答えを言わなければ。公爵夫人の期待に応える返答をしなければ。

「大変美しい、よいものをいただきありがとうございます。」

 私は少しそれを手に取った。エメラルドが私の親指の爪より大きい。手袋をしていてよかった。これで箱からは出さずにじっくり観察しているように見えるだろうか?ああ、万年筆のほうがずっと受け取りやすいのに。しかしだ。これは先日頂いた螺鈿細工の宝石箱よりはだいぶ安い。もらうハードルはすごく低い。苦労してにこりと笑顔を作った。

「とてもうれしいです。そういえば先日頂いた螺鈿細工の宝石箱なのですが…。私が貰うにはいささか高価に思うのですが…、もしや王宮への献上品で、宝物庫へ入れるべきものだったのではないでしょうか?」

 第三王子殿下の顔をちらりとみると、珍しくにっこり笑っていた。

「そうだ。やはりモニカはあれがどういうものかわかるんだな。献上品の中に螺鈿細工があって、なかなか精巧な作りだったからな。」

「では、やはり宝石箱は王宮の宝物庫のほうが良いですね。帰りまでにご用意しますので、お持ち帰りください。」

 その場が少し静かになったので、首をかしげて殿下の襟から視線をあげて顔を見た。

「それは、どういうことだ?」

 どういうこととは、どういうこと?殿下はものすごく名状しがたい顔をしていた。

「はい。えっと手違いでわたくしのもとに宝石箱が来たのではないですか?あんな高価なもの頂けるとは思っていません。触ってしまいましたが、壊したり、汚したりはしておりませんからご安心くださいまし。箱もちゃんととってありますわ。」

「なんで貰えると思っていないんだ?」

「現に今、首飾りをいただきました。もう充分ですので。」

「何が充分なんだ?」

 あれ?どうしたんだろう?怒っているような気がする。何か答え間違った?指先が震え出した。

「?プレゼントは一つでしょう?」

 シエナ様だって可愛らしいぬいぐるみだけなのだから、私にだって首飾りで十分じゃないか?何か私は間違ったことを言っただろうか?

「…どちらもモニカのものだ。」

 どちらも?貰い過ぎでは?あんな繊細な螺鈿細工で、しかもものすごく貴重なものを?思わず寒気がした。今第三王子殿下はどんな顔をしている?怖くて見れない。…絶対怒っている。

 第三王子殿下は怒ると本当に周りの気温が下がるのだ。急に薄ら寒くなる。何と言ったら機嫌が戻る?なんと言ったらいい?震える指先をぎゅっと握って、頭を下げた。

「申し訳ありません。あの螺鈿細工があまりにも素晴らしかったので、王宮の献上品が手違いでこちらに来たのかと思いました。本来なら宝物庫に入れられるような一品、本当に頂いてもよろしいのでしょうか?」

「さっきから、やるって言っている!」

「はい申し訳ありません。」

 私は最敬礼でお辞儀をした。いきなり大声を出されて心臓がぎゅっとなった。冷汗は継続的に出ていた。怒鳴られた、どうしよう。そこで公爵夫人がふふふ、と笑いだした。

「モニカったらまだ心配していたのね~。すごく貴重なものだってわかるものね。」

 公爵夫人ののんびりとした口調が、ようやく私を落ち着けてくれた。やっとの思いで顔をあげた。浅い息を繰り返していたが、少し深呼吸をした。しかし第三王子殿下の顔は、怖くて見ることはできなかった。

「うん、オルゴールまでついていて、素敵だったわ。」

 シエナ様がフォローを入れてくれた。なんて優しんだろう。

「とにかく、これはその中に入れればいいんじゃないか。」

 私が持っている箱の中の金の首飾りを指さした。あの宝石箱はお返しするかもしれないから箱に戻していた。確かに宝石箱として使うんならそうだ。しかしあんな高価な宝石箱は恐ろしくて触れない。壊してしまったら?婚約解消の時に返せと言われたら?そもそも螺鈿細工って素手で触っていいものなのか?絶対無理だ。どこかにしまおう。中に入れる予定があるのは第三王子殿下にいただいた万年筆と封蝋だけだ。だが答えとしては一つしかない。

「ありがたく使わせていただきます。」

 万年筆も封蝋も高価なものだったから、中に入れておけば使ったことになるだろう。大丈夫きっとなる。まだ冷や汗をかきながら震える手でメイドに首飾りの箱を渡した。これからお三方を会場にご案内しなければならないからだ。

 ふとレオン様と目があうと、呆れたように鼻で笑っていた。何に呆れているんですかね?でもまあいつも通りの空気に少し緊張がほぐれた。

「遅ればせながらご案内させていただきます。こちらへどうぞ。」

「ふん、どーせホールだろ、知ってる。…いくぞ。」

 そう言って第三王子殿下が手を差し出した。案内係なのにリードされてはいけないような気がしたが、これ以上機嫌を損ねたくなくて、手を取った。

「はい。行きましょう。」

 もう怒っていないのか、機嫌が戻っていないのか人目があるからか、普段より幾分静かな第三王子殿下と歩く。

「そのドレス…。」

 唐突に口を開いたのでびっくりして一歩下がった。なんだろう何を言われるんだろう?

「黒すぎて似合ってないな。」

 なんだ何時もの罵倒か。機嫌が悪くならないなら罵倒のほうがまだましだ。

「さようでございますか。」

 その自覚はとっくの昔にあるのだが、しかしここで同調するのも違うだろう。可愛いとほめてくれた公爵閣下と夫人に申し訳ないし、支度を手伝ってくれたメイドたちにも失礼だ。彼女たちだって着飾りがえのあるシエナ様のほうに行きたかったはずだ。

「ご不満かと思いますが、しばしの間お目こぼしくださいませ。」

「違う。そういうことを言っているんじゃない。」

 じゃあどういうことだろう?第三王子殿下との会話はこの上なくめんどうくさい。

「なんでそんなフリフリしてるんだ。もっとシンプルなほうがいい。色だってもっと…明るいほうがいいだろ。」

 だってシエナ様が白いふりふりフリル着ているところが見たかったんだもの。なんて言えない。

「だったらこの間着ていたワンピースで、色が…違うやつがいい。」

「さようでございますか。」

 ふいっと向こう側に顔を向けたが、最初から見ていないのでそんなに顔を背けなくても大丈夫ですよ。それからあのワンピースはもう着ないのでご安心くださいと申し上げたはず。

「それさえなければ、まあ、いいんじゃないか。」

「はぁ、ありがとうございます。」

 多分ほめていないんだろうが、何に対してかわからないお礼を言っておく。機嫌は取っておくに越したことはない。だが間が持たないので少し早足で廊下を歩く。

「モニカ?」

「少しお時間を引き留めてしまいました。」

 そういう言い訳で足早に会場へ向かった。


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