モニカへの打診
「モニカ嬢に王太子妃になってもらえないだろうか。」
一連の事件について何か聞きたいことでもあるのかと、気軽に王宮にあがった。そうして案内されたのは国王陛下の玉座の間で、その部屋の前でバージェス公爵閣下と、クリス王太子殿下が困惑の表情で待っていた。
そこでとんでもないことを言われた気がするのだが。
国王陛下が人払いし、ここにいるのは護衛であろう近衛の壮年の騎士、バージェス公爵閣下とクリス王太子殿下、そして私だけだった。静まり返った玉座の間は煌びやかなはずなのに一周回って不気味だった。というか国王陛下はなんて言った?私に、王太子妃?第三王子妃を回避したと思ったら今度は王太子妃?無理に決まってる。
確かに婚約者は募集していたが、こちらは婿入りしていくれる気軽な身分の旦那様を募集中であって、継ぐモノのある嫡男は募集していない。ましてや次期国王陛下の王太子殿下など論外である。私は一緒にバージェス家を支えてくれる旦那様を探しているのだ。
「父上、とうとうボケたんですか?」
「ああ、そうなんですね、ボケたんですか、お気の毒に。ヴィオラが悲しみますが、それなら仕方ありませんね。」
「ボケてなどいない。じゃあクリスは彼女以上に王太子妃に相応しい女性に心当たりはあるのか?」
「それは、しかし、彼女はリチャードの…とにかく、私は弟と仲たがいしたくありません。」
オーズ侯爵家とはどういう話にするつもりなのか。第三王子殿下が被害者であるが動機によっては、王家の責任問題にもなる話だ。そういう面倒ごとに巻き込まれたくない。
「一つ疑問なのですが、質問よろしいでしょうか。」
「ああ、どうぞ、モニカ嬢。」
国王陛下に一応発言の許可を求めた。公爵閣下と王太子殿下は感覚がマヒしているのかもしれないが、今は陛下の御前なのだ。普通は許可がなければ口を開いてはいけない。
「ありがとうございます。その、王太子妃殿下は今どのようなご状況なのでしょうか。『療養中』とお聞きしていますが、第二妃ではなく、王太子妃をご所望ということは妃殿下に何かあったのかと愚考いたします。そうなるとわたくしは力量では事態の収拾をやりかねますので、辞退をと考えております。」
国王陛下のこめかみがピクリと上がったのを見たが、はっきりと辞退してやった。
つまり要は、オーズ侯爵家は上位貴族なんだから、王太子妃を交代ではなく、下位貴族から第二妃を取ったほうが丸くいく。それなのにそれをしないってことは何か面倒なことになってるってことだから、私ではその収集などできないので辞退しますとそういうことだ。端的に言えば、バージェス家を巻き込むなとけん制したのだが、伝わったようだ。
「・・・思った以上に王太子妃の『容体』が良くない。側妃に、やむなしと考えていた。」
「だから、私がお目通りをと願い出ているのに・・・。」
疲れたため息とともに吐き出したクリス王太子殿下の顔は、いつもの穏やかさが少し息をひそめていた。きっとあれからずっと後処理に追われているのだろう。人数の限られた中で対処しなければならないからいつも以上に大変なはずだ。
話をしたいと言っていたレオン様だって、あれから詫びのさらっとした手紙が来た。それからずっと王宮で何やら第三王子殿下と仕事をしていて、会えていないかった。そのうち滞在期間が終わって、伯爵とともに領地に下がってしまったのだ。
「いえ王太子殿下、今王太子妃殿下に会いに行くのはちょっと良くありませんわ。誰が会いに行くのか、見ている時期でしょう?」
「・・・それはつまり、誰かが接触して来るってこと?」
国王陛下と公爵閣下の目が一斉にこっちを見たので、口をつぐんだ。閣下はこくりと頷いていたので、言っていいようだ。
「今、毒を『渡した誰か』は王太子妃殿下に、その毒を飲んでいただきたいのですわ。要は、口封じですわね。もしかしたら親族に、『気が晴れるおいしいジュース』だと言って毒の入ったものを運ばせる可能性もありますからね。出入りは最小限にいたしませんと。」
「モニカ嬢は、ラペットに誰かが毒を渡したと、思っているんだね。」
「貴族令嬢が毒を入手するのはかなり大変ですわ。しかもラペット様は王太子妃殿下。美しい容姿でお姿が絵画で多数国内に出回っておりますもの。王宮の事情は分かりかねますが、手に入れるのは大変だったと思います。人の口に戸は立てられぬもの。王太子妃が毒を手に入れたなんて商人が黙っていられますでしょうか。何人かの手を渡っていると考えるのが妥当ですわね。そのうちの何人かが、接触を考えてもおかしくありませんわ。」
まあそうだよね、と呟いたクリス王太子殿下は顔を暗くした。多分一番疑わしいのはこの王太子殿下なのだが、この様子だと妻に弟を襲わせるような非道ではなさそうだ。そうなると王太子妃殿下の単独犯だ。ふと、前に結婚式で着飾った姿を思い出す。美しいピンク色の御髪は、私の親友であるマゼンダさんと一緒だった。
「そういえば王太子妃殿下はあの日、お休みでしたわね。」
見習い聖職者たちが王都からオーズ侯爵領に出発する日。よく考えれば、ご実家の一大イベントだったはずだ。それを主催者の娘である彼女がいわゆるドタキャンだ。あの日は第三王子殿下とシエナ様が壇上にて代役をしていた。いくら彼女がわがまま放題の王太子妃でも、あとから考えればおかしな行動ではないか?
「やはり、さすが学園で常に三席に入る才女だな。ますますクリスの妃になってほしくなってきた。」
「ご冗談を。」
ついっとモニカに刺さる視線を遮って、公爵閣下が前に出た。自覚なく緊張していたようで、少し震えた指先をぎゅっと握って陰に隠れた。気が付けば息も浅くなっていた。やはり、あの第三王子殿下と血がつながっているだけあった。人を無意識に跪かせる為政者の覇気を、おおいに感じた。肌が一気に悪寒が走り、めまいがする。とても小心者には耐えがたかった。
「冗談じゃない。今のままなら王妃は無理だ。王太子妃の時に変えるならまだ間に合う。モニカ嬢はこういうタイミングではないとクリスの妃に押そうとは思わなかった。年だって離れているしな。でもこれこそ天の采配ではないかと思う。」
ぶるりと身震いをして立ち尽くすしかなかった。否といえない。私にはこの為政者の気迫を、はねつけるだけの勇気はない。国のためと言われてしまえば頷くよりほかはなかった。しかしもう一人その国王陛下から庇う背が増えた。クリス王太子殿下だ。
「無理強いはよしてください。それに私は先ほどはっきりフラれました。これ以上傷を抉らないでください。」
「そうですよ。それにこの子には王妃なんて苦労はさせられませんよ。うちは王家とのつながりはヴィオラと、リチャード君と、もう充分ですから。王太子妃も王妃も別の家に譲りませんと。王家はウチをひいきしているって不満が出てきますよ。」
「それは今更じゃないか?」
それでもないほうがいいでしょう。呆れ気味にため息をついた閣下が私の肩を抱いてくれた。もういいですね、と強引に話を終わらせて公爵閣下と王太子殿下は私を引き連れ扉を出て行った。最後にお辞儀をしようとしたが、二人に背中を押されてそれも出来ず廊下にでた。振り向いたときちらりと見えた顔はまだ諦めていないようだった。
「大丈夫だよ、モニカちゃん。父上の言った通りなんかならない。」
少しばかりの不安を感じ取ったのか、片側から柔らかな声がかかった。見上げれば春の木漏れ日の雰囲気が戻ってきていた。それだけで胸が少しだけ軽くなるのだから、不思議なものだ。
「ああ、そうならないように私が説得しておくから安心しなさい。」
公爵閣下が少し微笑んだ。やっと緊張が解けた気がした。




