国王陛下の画策
拘束された王太子妃は全くの黙秘を貫いていた。
彼女のポケットから同じ毒の小瓶が出てきても、彼女の部屋から解毒薬が出てきても、何も話さなかった。
王太子妃として仕事の予定は、体調不良のため別館にて療養中ということでキャンセルした。
それを議会で話すと今度は各所から王太子妃の体調について不安の声が上がった。確かに結婚当初、一時期体調を崩して療養をしていたが、あれは精神が不安定になっていたからだ。今ではそこから回復し、子供ももうけたのだから静かに見守っていればいいものを。第二妃の検討をするべきだと、下位貴族から話が出てくるのは、自分が第二妃を娶った時と同じ流れだ。正妃が上位貴族なら第二妃は下位貴族から選ばれることが多い。チャンスだと思っている者たちもいるだろう。一方で王太子妃が第三王子に毒を盛ったなんて話が外にまで広まったら、それにかこつけて廃妃にし、自分の娘を押してくる上位貴族も少なからず出てくるだろう。それはまた面倒な話になる。
しかしそれのほうがまだマシだ。一番良くないのは、王太子妃にそんなことをさせたのは、クリスなのではないか?と思われることだ。
普段うるさい王太子妃が黙秘していることで、この件を知っている関係者の間では、優秀な弟を消そうとした王太子の指示では?という憶測がじわじわ広がっていた。調査では全く関係ないと判明していたし、それに第一報を聞いたときのクリスの反応も寝耳に水といった様子だったので、自分は疑っていないが、全く関係のないクリスの痛くない腹まで探られ、非常に良くない。
面倒なことになった。
ソファに深く座って、水で極限まで薄めた酒をあおった。かすかにアルコールの味がする。
王太子妃の目的はいったい何なのか。彼女は再三、王に相応しいのはリチャードであると進言していた。頭の痛いことに神託を下ろしたのは彼女である。しかしリチャードを王に据えなかったことで何か天罰があるのかと言ったらないのだ。リチャードは国を繫栄させられるというが、それはクリスにもできることだろう。二人を比べてリチャードのほうが優秀だというものは多いが、大差の無いように見える。それに継承順のこともある。だったら当初の通りクリスに王位を継いでもらったほうが、後々遺恨が残らない。そう何度も言っているのに、いまだリエッタと王太子妃は分かっていない。
「また飲んでいらっしゃったの?」
そう言って寝室に入って来たのは第二妃である、スザンナだった。夜はもっぱらここで過ごす。
「水で薄めてある。」
止められる前に飲み干した。スザンナはソファの隣に座った。
「王太子妃は何かおっしゃって?」
「いや、今日もだんまりだそうだ。日常生活については口を開くが、事件については黙秘だ。」
そう、とため息交じりに呟いた。
最近の彼女は少し前の口うるささがなくなった。
それは第二王子がレストで勝手に婚姻を決め、もうこの国には帰って来ないと暗に宣言したより他ならない。第二王子が今この国にいたのなら、王太子妃の事件をチャンスととらえ重箱の隅までつついて、クリスを引きずり降ろそうと躍起になるはずだ。
しかし今、再三の帰国命令も暖簾に腕押しで、しかもレスト王国内を旅しているらしく所在も分からない。おそらく意図的に分からないようにしているのだろう。レスト王国王都を経由してくる手紙には、海を見たことのない妻のために海を見に行きましたと、はしゃいでいる様子が語られている、能天気なものが送られてきた。それを見たスザンナの顔が一瞬にして般若に変わった。その手紙を破り捨てんばかりだったが、文面から息子の幸せさがにじみ出でいるので最近は帰国をあきらめ気味だった。
「それでどうなさいますの?」
「ああ、時間をかけるとクリスまで窮地に立たされかねないから、何か対策をしなけれはならないな。」
「そうですか。」
しつこさの無いさっぱりとした返しに、内心ほっとした。息子が帰って来ないということは、もう王太子を引きずり降ろすのは無意味だということだ。これで後クリスの障害はリエッタと王太子妃だけだ。
リエッタは今のところ大人しくしていた。
主張が一緒なのだからもっと仲良いのかと思えば、リエッタと王太子妃は仲が良くない。クリスは母親を警戒していたので宮にも近寄らせないようにしていたし、こちらも調査によって無関係が証明されていた。
まあそれはリチャードが毒を飲まされそうなことになったことから考えても、リエッタは違うとは踏んでいた。あのリエッタが、可愛がっているリチャードを巻き込むことなどするはずないのだ。それを言えば王太子妃もそうなのだが、母親とは違う。リチャードも王太子妃の持ってくる食べ物は警戒するが、母親であるリエッタから貰うものには信頼を置いていた。リチャードの健康を害することを、リエッタがするはずない。
だからこそリエッタは次の一手を考えているはずだ。今この時、クリスを引きずり降ろしたら次は、外で結婚し帰って来ないであろう第二王子ではなく、リチャードなのだ。しかもリチャードはローズの娘と婚約した。後ろ盾はバージェス家で、盤石だ。この盤石さをどうにかしない限り、リエッタはあきらめないだろう。
クリスの後ろ盾は今までヴィヴィエ公爵家とオーズ侯爵家だった。今回の一件でオーズ侯爵家とは疎遠になりそうであったし、そもそもリエッタの実家がヴィヴィエ公爵家なので、いつ見限られてもおかしくない。クリスには新たな後ろ盾が必要だった。
これを機に王太子妃を新しくしようか。上位貴族でそれもバージェス家に匹敵する家柄。貴族教育がしっかりされていて、できれば婚約者のいない未婚女性。そして何よりクリスを支えてくれるであろう王太子派に所属していること。何人かの顔が浮かんでは消えて行った。




