探り
ケイオスの隣で、壇上から下がって来たグリーン侯爵に挨拶した。きっとヴィオラの兄である国王陛下から、何かしら探って来いと言われたのだろう。ケイオスがたまたま居合わせた風を装っているので、ヴィオラもにこりと笑いながら声をかけた。白髪交じりの緑色の髪をオールバックにし、口ひげを蓄えた中年男性は少し険しい表情で、応えてくれた。
「昨年の収穫はどうでしたか。安定していると聞いてはいるのですが。」
にこやかなケイオスにつられて少しばかり眉間のしわが減った。隣にいるのはグリーン侯爵夫人だ。
「ええ、安定しています。バージェス領はここ数年収穫量が安定してきたそうですね。」
「はい。数年前までは不作が続いてどうなるとかと思ったんですが、品種改良した小麦にうまく切り替えができまして、何とか安定してきました。」
それこそモニカの数年にわたる改良の結果だ。しかもモニカは川の水を一度ダンジョンに引き入れ魔力を吸わせ、その水で作物を育てるのはどうかと提案した。はじめ懐疑的だった家臣たちをデータで黙らせ、実験的に実行してみたところ、収穫量が大幅に上がったのだ。それ以来家臣たちのモニカの評価はうなぎ登り。ヴィオラはうちの娘賢い!と誇らしく思わず顔がにんまりとした。全世界に自慢したいが婚約者のいないモニカを前面に出して悪い虫が寄ってきたり、兄がまた面倒なことを思いつくのが嫌だったので、ぐっと我慢して只々笑うことに徹していた。
ちらりと公爵夫人の顔を見れば、どことなく顔色が悪い。
「グリーン侯爵夫人、お久しぶりね。お元気だったかしら?」
「え、はい。ヴィオラ様もお久しぶりですわね。」
「ちょっと顔色が悪いですわ。大丈夫でして?」
コテンと首を傾げれば、大丈夫ですわと白い顔で言われてしまった。
「あ、そういえば。」
ケイオスはかなり声のトーンを落とした。
「あの、『彼ら』が帰ってきたりとか、連絡があったりとかないですか?」
かた眉を吊り上げたグリーン侯爵が、小さく首を振った。
「いや、まったく音沙汰がない。帰ってきたらつるし上げるんだが。」
「そうですか。どこへ行ってしまったんでしょうかね。」
ケイオスの言う『彼ら』は夏に事件を起こした犯人たちのことだ。新年にもなるのに彼らの行方は一向に分からないまま。その中にはこのグリーン侯爵の従兄弟も混ざっている。傍から見ればグリーン侯爵領内に潜伏している可能性が一番高いのだが、ケイオスの見立てでは領地にはいないのではないかとのことだった。近衛騎士団が中心となって調査団を作り、グリーン侯爵領をしらみつぶしに探していたが、侯爵はそれにかなり協力的だったそうだ。この調査団は年末まででいったん終了することになり、グリーン侯爵家から事件の手がかりは見つからなかった。つまりはグリーン家と犯人とのつながりが見えなかったということだ。
兄としては、なんとしてもつながりを見つけ、リチャード擁立派のグリーン家の牙城を崩したかったことだろう。本人は全く王位など興味もないのに、勝手に支持をされ迷惑だとこぼしているのを聞いたことがあった。
「バージェス公爵、少しよろしいでしょうか。」
聞きなれた声に、振り向けばそこにはレオン君の姿があった。何やらモニカに話があるので、休憩室に一緒に来てほしいとのことだった。少しソワソワした様子のモニカがかわいらしい。小さいころから見知った二人の関係の変化を、ヴィオラは好ましく想っていた。何より、このレオン君は真面目で誠実だ。それはきっと父エレンからの影響だろう。二人はそっくりな親子だった。
ケイオスが国王陛下に用があるみたいだったので、ヴィオラがモニカに付き添うことになり、レオン君と廊下を歩いている時だった。久しぶりに会った二人はいつも通り他愛のない話をしていたので、それに混ぜてもらいながら廊下を行く。いつもなら直立不動の近衛騎士が廊下の奥に視線を送っているのが見えた。
「どうしたの?」
「応援、来てくれ!」
声が同時に重なって、二名の近衛騎士が奥の廊下に走って行った。レオン君はロイ卿の声に体が勝手に動いたようで、一足遅れで奥の廊下に走って行った。開け放たれた扉の中が、ここからでも見えた。今中に入った近衛騎士に拘束されていたのは、ラペット妃だ。物音に気が付き何人かが休憩室から出てきたので、ヴィオラはとっさにモニカの手を引き部屋の中に入り、扉を閉めた。
「なにがあったの?」
リチャードを庇って剣を抜き放つロイ卿と、近衛騎士に拘束されている王太子妃。テーブルには水差しと倒れたコップがあった。
「・・・、王太子妃が、悪意あるものを私に飲ませようとしたみたいです。」
リチャードは重い口を開いた。ロイ卿は剣をしまい、液体から離れるようにみんなに指示した。その間もラペット妃はニコニコと笑っているだけだった。
「レオン、お兄様に報告と応援を頼んで。王太子妃は両手を柔らかい布で拘束して別の控室へ。女性騎士を呼んできて持ち物を改めなさい。リチャードは飲んでないのね?手を洗って、一応かかったかもしれないから着替えなさい。ことは内密に。あとはお兄様の判断を仰ぎなさい。」
ヴィオラの言葉が終わった時に、その場の騎士たちが一斉に礼をしてから指示通り動き出した。レオン君が入って来た扉ではなく、もう一方の王族が使うの廊下につながる扉から出て行ってしまったので、残されたモニカが身の置き場に困ったように部屋を見回し、倒れたコップと四つ折りになっている布に視線を置いた。
「あの、第三王子殿下、その布は、『悪意のわかる布』ですか?」
その時初めて存在に気が付いたように、リチャードがヴィオラの背に半分隠れているモニカのほうを振り向いた。
「ああ、教会から使ってみてくれと渡されていたんだ。」
手袋を外しながらリチャードが答えた。その顔にはこんな時だというのに、モニカに会えてうれしいとでかでかと書かれていた。一歩こちらに来ようとしたので、ヴィオラが制した。
「さっさと着替えてきなさいリチャード。靴も違うのになさい。」
「はい、叔母上。」
ヴィオラの目が、毒がついているかもしれない服で、モニカに近づく気?と言っていた。リチャードもそれにすぐ気が付いて、ばつが悪そうにレオン君が出た扉から出て行った。
「モニカはあの布のこと知っているの?」
「クラレンス先生から教えてもらいました。あの祈りを込めたのが、私の弟のジスなんです。」
「まあ、そうなのね。」
その後その場にいたということで、その夜バージェス公爵一行は王城に泊まることになった。疑われているというよりは、事情を客観的に話してほしいと言われたのだ。ヴィオラが内密に、と指示を出したのがよかったようで、話は広がらず、新年の集いは滞りなく終わったそうだ。しかし結局レオン君のモニカにしたかった話も出来ずじまいになってしまった。




