縁
新年のあいさつは、王族である王弟殿下の後、バージェス公爵家、オーズ侯爵家、ローファス伯爵家の後に、あとは爵位順に国王陛下、王妃様の前に列ができた。そういうことで早々に挨拶が終わり、公爵閣下たちと談笑して待っていた。今、国王陛下の前にいるのはレオン様と、ローファス伯爵だった。
昨年まではローファス伯爵とレオン様のお兄様がされていた。レオン様が国王陛下の御前に行った事はなかったのだ。だから挨拶が終わったら、下で待っていたレオン様とおしゃべりをして帰るのが通例だったのに。今年、お兄様が今この場にいないということは、嫡男が変わったということが確定したのだろう。久しぶりにお会いできるというのにそんな事ばかり考えてしまっていた。
そしてそんな事情を社交界は知らなかったようだ。
確かに夏の間は忙しいローファス伯爵は、社交界からは隔絶されていた。しかしそんな社交活動など必要ないのが、ローファス領だ。むしろ王家が国防に集中させるために、その部分を請け負っていると言っても過言ではない。そのため社交界にはローファス領の話はなかなか入って来ないものだ。それが第三王子殿下の侍従兼護衛だった、次男レオン様の突然の嫡男指名で、あたりは騒然としていた。挨拶が終わってすぐに降りてくるかと思えば、伯爵とともに途中で挨拶と事情を聴きたい、人だかりができていた。
「レオン様ったら、これじゃあ、これないわね。」
シエナ様のつぶやきに、内心確かに、と返すことしかできなかった。しかもお約束しているわけではなかったので、もしかしたら一目逢えればいいほうなのかもしれない。下を向きそうになった顔を慌ててあげた。相変わらず、人込みから出てくる様子はなかった。それにたかだか2カ月、離れていただけなのだ。大したことない。そう心の中で言い聞かせていた。
挨拶も終わりかけ、ミランダさんと合流し雑談に花を咲かせていた。合流した時にさりげなくキュレス伯爵と弟君が近くに寄って来た。ちらりと目線を壁際のクレアス様とセガール様に向けると、どうやらミランダさんと彼らの間に陣取っているみたいだ。やはり娘が心配なのだろう。
「それにしても、クレアス様とセガール君、婚約したんだって?」
私の視線の先を見て、シエナ様が声のトーンを少し落とした。
「うん、ライから聞いてはいたけど、本当だったんだね。」
ニコニコと楽しそうなクレアス様と対極のセガール様は、窓の外に視線を固定して彼女には生返事を繰り返しているようだった。
「お二人はうまくいくのかしら。」
心配そうなシエナ様に、普段の教室のクレアス様を思い出した。少し我が強いところがあるが、基本的には貴族子女だ。成績だって悪くないし、弟がいるためか面倒見もいい。
「大丈夫だと、思っていたんだけど。」
ミランダさんが空中を見ながら答えた。
「小さいころはみんなで遊んだりもしたのよ。あの頃のクレアス様は私たちのお姉さんみたいな感じで、仲は悪くなかったはずだったんだけど。」
確かにあった幼いころの楽しい思い出は、今、ミランダさんの中では複雑な思い出になっているのかもしれない。
「大丈夫ですわ、ミランダさん。時間がたてばまた、昔のようにただの友人として会える日が来ると思いますわ。」
「そう、ですね。私としては、まあ、収まるところに収まったかなと安心していたんですが、予想以上にクレアス様の一方通行ぽくて、ちょっと心配になってしまって。」
ミランダさんの話では、クレアス様はずっとセガール様を想っていらっしゃったそうだ。確かに課外学習でダンジョンに行った時も、クレアス様は彼にべったりだったし、セガール様のほうも嫌がったそぶりがなかったから、満更でもないのかと思っていたのだが。
「大丈夫でしょう。うちの姉は強いですから。」
ライオルト様がミランダさんに持ってきた飲み物を渡しながら少し笑った。二人の指には婚約指輪が光っていた。ライオルト様の指輪はもちろんリッティーさんの作った作品だ。
「むしろ姉くらいでしょう、セガールと結婚できる人は。」
実情として、ドレスト家に嫁入りしてくれる他の女性がいるのかと言えば、厳しいのが本音だ。あの事件にかかわった家のうち、加害者家族であるライオルト様とセガール様は同じ立場だったはずなのに、今では社交界の評判に差がある。詳しくは知らないが、セガール様はクラスで浮いているらしかった。ミランダさんも気になって、調べようとしたらお父様から止められたそうで、いまいちクラスで失言したらしいことしか分からなかったようだった。今もミランダさんを気遣っているお父様がそういうのなら、きっとミランダさんにとってはよくない情報なのだろうから、このことは気にしないようにしようと話し合ったところだ。
「まあ、ミランダは気にしなくていいよ。親戚付き合いもあいさつ程度でいいし、うちに来るときは姉だけで来るようにしてあるし、何か用があるなら俺にって言ってあるから。もちろんうちの兄もね。」
「そう?じゃあ気にしない。まあでも、何か相談とかあったら、言ってね?」
「うん、ありがとう。」
微笑みあった二人をほっこりとした気持ちで眺めていた。ここ数カ月でライオルト様とセガール様の間にも微妙に何かあったようで、ミランダさんはそれを分かっていてあえて聞いていないようだった。そりゃあセガール様がずっと好きだったミランダさんと、婚約しようと決心したライオルト様には、何か決断に至ることがあったのだ。それが何かは分からないけど、ミランダさんをどちらがより幸せにしてくれるかで考えれば、ライオルト様一択だ。ミランダさんからの好意ももちろんあるが、何より、ミランダさんを大事にそして自由に、悲しい思いをさせないように、気づかいしているのがはた目にもわかるのだ。結婚するなら間違いなくこういうヒトがいい。
「お久しぶりです。」
結婚についてそこはかとなく考えていた時に、後ろから聞きなれた声がした。私は一呼吸おいてから振り返った。少し伸びた前髪に、いつも通りの眼鏡。そしてその奥にあるオレンジに赤の光彩の混じった独特の瞳。
「お久しぶりです。あけましておめでとうございます。レオン様。」
上手く笑えただろうか?急に声をかけられて変な顔をしたかもしれない。
「ええ、あけましておめでとうございます。」
次に何を言おうか。ここ数日会った時のシュミレーションを幾度となく繰り返し、言うことをまとめていたというのに、いざとなったら全部忘れてしまった。
「あけましておめでとうございます、レオン先輩。そちらはどうなりましたか?」
ライオルト様が最後は少しトーンを落としてレオン様のほうを向いた。しばしば見つめ合っていたが、視線が私から外れてしまって、少し寂しいと感じた。
「おめでとうございます。まあ、彼女のお腹に子供がいるのは確定でしたから、冬の間に追い出すわけも行かず、いまだうちの屋敷にいます。彼らの処遇は春になって子供が生まれてからと考えています。」
げっそりと疲れたような口調で、ため息交じりに答えた。
「なんか、そのままなし崩しにってなりそうですね。」
ミランダさんの一言にうっと詰まったレオン様はそうならないように、努力します、と吐き出した。
「ところで、モニカ嬢にちょっと相談があるのですが、少し休憩室に行きませんか。」
「あら、なんでしょう?」
休憩室に行きたいということは内密にしたいということだし、それはもしや剣術大会の日の身の潔白の件だろうか?私は二つ返事で了承した。
「いえ、まずはモニカ嬢をお借りすると、バージェス公爵に許可を取ります。出来ればご夫婦のどちらかにも一緒に来ていただきたいです。」
レオン様はきょろきょろと周りを見回し、バージェス公爵閣下と夫人を見つけて挨拶しに行った。なるほど婚約者のいないもの同士、無用な噂が立たないようにする配慮だろう。こういう小さな気遣いを、レオン様はそういえば昔からしてくれていたと懐かしく思った。
結局バージェス公爵夫人が一緒について来てくれることになり、シエナ様、ミランダさん、ライオルト様と別れて、3人で廊下を歩いていた。私がレオン様にローファス領の今の様子について尋ねた時だった。やけに奥の廊下が騒がしい。この先は王族の控室だ。警備で立っていた近衛兵も奥を気にしていた。バージェス公爵夫人がどうしたの?と聞いたとき、そこの休憩室からロイ様の声がした。
「応援、来てくれ!」




