お伺い
新年の集まりに出るため貴族たちは王都に集結していた。もうすっかり息は白くなり、みぞれ交じりの雨が降っていた。少しばかり渡り廊下から外を見ながら歩いていたリチャードは、ロイを引き連れて応接室に入った。久しぶりの白髪に、少しの間離れていただけなのに懐かしさを感じた。ソファに座らずに待っていたレオンに相変わらずだなと、笑った。
「久しぶりだな。あっちはどうだ?」
「昔と変わらず、すごい雪でした。」
ローファス領は北部にあり雪深い。レオンがロイのほうに少し頭を下げた。
「じゃあ私は外にいますね。」
そう言ってロイは応接室から出て行った。扉の外に気配があるので、そこに立っているのだろう。
改めてレオンに目をやり、ソファを勧めた。背筋をピシリと伸ばし、手を太ももの上にのせて座る様はどこか緊張をしているようだった。
「どうしたんだ?」
単刀直入にそう聞いた。レオンとのやり取りでくだらない挨拶などは要らなかった。だがレオンはリチャードの顔を見た後、目を伏せて下を向いた。そして3秒ほどしてから顔をあげ、何かを決意したように口を開いた。
「リチャード殿下にお聞きしたいことがあります。…殿下はモニカ嬢のことをどうお考えでしょうか。」
少しばかり、意外な質問だった。しかし確かにそうか。リチャードはレオンにはっきりと、モニカと結婚したいと口に出して言ったことが無かった。夏休みのあの事件が多方面に飛び火して、2カ月前からはレオンがいなくなったことも相まって、かなり忙しかった。そのため学園は休みがちだったし、モニカを訪ねる暇はあまりなかった。これから年明けになってようやく時間ができ始めるころだったし、卒業すれば自分はバージェス家へもっと気軽に行けるようになる。シエナと約束した期限は彼女の卒業なのでまだ1年、余裕もあるのだ。
「そうだな、モニカがうんと言ってくれれば、モニカと結婚したいと考えている。」
「そう、なん、ですね。」
とても歯切れの悪いレオンに違和感を初めて感じた。そして嫌な予感もした。
「実は、領地の文官があまりにも少なくて、手が足らなかったんです。そこで俺は、モニカ嬢に、ローファス領へ来ていただきたいと考えています。彼女ほど優秀な人材はおりませんから。」
真剣な眼差しが余計に、リチャードに衝撃を与えた。レオンがリチャードの意に反したことを言うことなど、今まで一度もなかったのだ。常に意を酌んで動いてくれる親友の初めての反抗だ。ふいに、兄の言葉が思い出された。
『お前とレオンは違う人間で、考え方も、行動も違うってことだよ。』
レオンの考えなど自分には何もかも分かっていると思っていた。真に、両親よりも兄よりも、ずっと一緒にいたのだ。彼の考えていることが全く想像つかないことが現実にあるとは。もしかしたら自分はひどく傲慢だったのかもしれない。
「もちろん、モニカ嬢がうんと言ってくれればですが。提案することを許可していただけませんでしょうか?」
モニカが、ローファス領に。行くだろうか?
バージェス家で今やっている、炎のダンジョンでの小麦の品種改良、魔力の満ちた状態での農作物の成長度合いの研究。あれの指揮を取っているのはモニカであるし、毎年一定の成果を出していた。南にあるバージェス家では猛暑により、雨が降らないことによる渇水が一番の悩みだった。暑さに強い小麦の研究は、ここ数年モニカが一番力を入れている分野だった。それを投げ出して、北部のローファス領に、モニカが行くか?
答えは否だ。
それにモニカはシエナと、バージェス公爵、公爵夫人に懐いている。彼らから離れて暮らすだろうか。そしてバージェス公爵領の南端にある実家から、もっと遠いところに行くだろうか。
答えは否だ。
どう考えても、提案しても断られる場面しか浮かばなかった。レオンには悪いが、この答えしか浮かばなかった。
「・・・提案は自由にしたらいい。それにモニカ本人が行くと言ったなら、いいんじゃないか。」
無理やり連れて行くとかそういうのでないのなら、いくらでも提案したらいい。しかし分が悪い賭けであると素直にレオンに教えられないのは、自分の性格の歪みそのもののような気がした。
「はい。ありがとうございます。」
ほっとしたように今までの緊張を解いたレオンが、この日初めて素顔になった気がした。
「彼女が、ローファス領を気に入ってくれたら、いいのですが。」
その呟きにはそうだなと、適当な返事をするしかなかった。
「もう、帰ってしまったんですか?久しぶりに会いたかったのに。」
ロイは少し残念そうに応接室に入って来た。
「ホテルに伯爵と泊っているらしい。パーティで会えるだろう。」
「王宮に泊まればいいのに。それで何を相談しに来たんですか?」
「モニカの進路について、ローファス領に文官として誘いたいそうだ。」
「・・・、それを、レオン君がリチャード殿下に?へぇ~レオン君がとうとう、そうかぁ。」
言いながらロイはなぜか嬉しそうにしていた。
「なんだ?何がとうとうなんだ?」
「いいえ、なんでもないです。」
ニコニコと笑っているのに何もないことはないだろう。
「モニカ嬢の進路については、アリアドネが侍女としてうちの領地に連れ帰りたいと言っていましたけど。」
そっちのほうがありそうだ。モニカは姉上にとても懐いていたから、もしかしたらついて行ってしまうかもしれない。そうなってしまっては離れ離れになってしまう。
「もうモニカに話したのか?」
「いいえ。まずは僕らが帰って、あちらを整えてからにしようかと話していたんです。」
「侍女というのは、その整えるのをするんじゃないのか?」
「はい、そうなんですけど、なんでしょうね、自分もアリーもモニカ嬢には見栄を張ってしまうんですよね。格好つけたいというか、だからあちらに行ってから頃合いを見てと思っていました。」
確かにこの二人のモニカに対する態度はそうかもしれない。
「しかし、モニカ嬢の成績を考えれば侍女より確かに、文官のほうが能力を発揮できそうですね、さすがレオン君です。それならこちらも色々考えなければいけませんね。」
「いや、いろいろ考えてモニカを領地に連れて行かないでくれ。」
モニカはバージェス家から離れないと思ってはいるが、レオンの提案よりは確率が高そうだ。ジョルゼだってかなり遠いから勘弁してほしい。




