嵐の前の
月光を浴びながら、ラペットは月明りにてカードを引いた。冬の入り口の満月は針のように鋭い。
このカードはラペットの家に伝わるオラクルカードで、幼いころから対話を繰り返し、かなり詳細に読み解けていた。そしてカードのほうも正直に答えてくれた。彼女は長いマッチを擦り、アロマディフューザーのろうそくに火をつけた。ふんわりと優しい匂いがした。
そしてテーブルのカードを眺めていた。
「どうだった?」
クリスは夜にふさわしい落ち着いた声で聞いた。カーテンの開け放たれた部屋は、月に一度、ラペットの夜の占いの時しか来ない。ろうそくの光が彼女を照らす。同時に棚にあるさまざまな大きさの瓶たちが照らされて光っていた。普段の、騒音に近いうるささの彼女からは想像もつかない、落ち着いた所作だ。
「変わりないわ。新年から早々ややこしい事態になるって。私が再三、貴方が王太子を下りたほうがいいってず~と言っていたでしょ?」
しかし言うことは普段の何倍も辛辣だ。
「貴方はね、国を守れるけど、それだけ。繁栄発展できるのはリチャード君だって、彼が生まれたときからず~とそう言ってるわ。」
「はあ、またそれ?でもしょうがないでしょう、私が王太子なんだから。母上の言うとおりに降りればよかったの?それじゃあ君は王太子妃じゃなくなるんだよ?」
サラサラの金髪が肩口から落ちた。この言葉はリチャードが生まれてから何度も聞かされた言葉だった。父はこの神託を広めぬようにいろいろ手を回してくれたが、それでも母に聞かされ続けてきた。はじめにあった弟への嫉妬だとか羨望だとかは、その頃に消え失せた。その後の人生があまりにも過酷だったためだ。母の偏った態度に傷つき、しかしそこから救ってくれたのも、アリアドネとリチャードの無邪気に自分を慕ってくれる、無償の愛だった。それこそがクリスの生きがいだ。
「そんなの構わないわ、別に。貴方だって、高位貴族の娘ならだれでもよかったんでしょ?それに昔からリチャード君以外興味ないもの。リチャード君がシエナちゃんを選んだのなら、彼女こそ王太子妃にふさわしいわ。前の子よりもずっと繫栄できる相手だわ。何にも問題ないでしょ。リチャード君がどんどん王太子に、国王にふさわしくなっていくわ。それより国王陛下が、神託を無視したほうが問題よ。あの神託、だれが下ろしたと思ってんのよ。」
ムスリとしてから手元のカードをまとめ始めた。当時7歳だったオーズ家始まって以来の天才占術師は、その頃から国の大事をぴたりと言い当てていた。その彼女を他家に取られるくらいならと、国王陛下がクリスの妃としたのだ。陛下の考えとしては自分が嫁ぐ先であるクリスの『ためにならない占い』は口をつぐむだろうと踏んでのことだろう。事実、婚約を持ち掛けられたときから、法王であるラペットの父は神託などなかったかのように過ごしていた。教会もラペットが王太子妃になるのならと、かなり大人しく過ごしていた。しかしそれはラペットからしたら、自分の下ろした神託を信用していないという風にしか見えていなかった。
「このままだと、国王陛下は最愛の人と離れ離れになるわ。それももう何度も言ってるけど、全然聞く耳もたずなのよ。いったいなんで、私ってあなたと結婚させられたの?占いの為じゃないの?もううんざりなんだけど?」
このまま愚痴のオンパレードになりそうだったため、クリスは慌てて口を開いた。
「最愛の人って、第二妃かな?確かに一般人とディーンが結婚と聞いて、今にもレスト王国に飛び出していきそうだったけど。」
ハア~とため息をついたラペットはケースにカードをしまっていた。
「何言ってるの?王妃様に決まってるでしょ。」
「君のほうが何言ってんの?母上と父上が話しているところなんて、もう何十年も見てないよ。母上は父上を避けて離宮で過ごしているし、父上は第二妃の紅玉の宮に毎夜帰っている。」
「そうね、それだけコケにしても、国王陛下は高を括ってるの。王妃様は国のことを一番に考える方だから、自分の元からは絶対去らないって。」
「去るって、簡単に言うね。」
呆れた調子のクリスの数倍あきれた調子で、ラペットはため息を吐きながら言った。
「あのね、物事には限界ってものがあるのよ。王妃様のそれは、数年前にとっくに迎えていたから。あとは捨て時を計っているのよ。一番危ういのはリチャード君の結婚のときね。もっと早いかも、とカードは言ってたけど。」
彼女が立ち上がったので、クリスも席を立った。ろうそくを消してからこの占い部屋を出た。エスコートのタイミングを逃し、クリスは手を宙に出したまま、さっさと歩きだしたラペットを追った。
「このままだと、捨てられるわよ。」
誰が何を。そう言いかけたが、今は廊下だ。クリスは黙って歩くことにした。




