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狙われた職人

 

 その日はリッティーさんの連れてきた聖職者の方がすぐにお祈りくださったのだが、傷をすべて治すことはできなかった。祈力切れを起こしてしまったそうだ。それだけ重傷だったとも言う。危篤状態からは抜けられたそうだ。今店長さんは事務所の一角にある仮眠室で手当てを受けていた。これが教会の無いへき地の田舎だったら、彼は亡くなっていただろう。

「ありがとうね、モニカちゅん。あたし一人だったら何したらいいか分からなかったわ。」

 また涙を流しながらリッティーさんはお礼を言っていた。荒らされた事務所の中で、椅子に座ってうなだれていた彼の背は信じられないほど、小さく見えた。先ほどまで警備隊にいろいろ事情を聴かれていたのだ。そんな彼に言いたくなかったのだが、しかし言わねばならない。

「あの、リッティーさん、この事務所は何で荒らされているんでしょうね?何かなくなったものはないですか?」

「なくなったもの?うーん、そうね、そういえばゆっくり見てなかったわ。」

 事務所の片隅にある給湯室で、ポットでお茶を入れたミランダさんが、リッティーさんにカップを渡しながら口を開いた。

「あの、リッティーさん、あの戸棚、書類が入ってたと思うんですけど、特に荒らされている気がします。扉に店長さんの血らしき血痕もついていますから、この戸棚は店長さんを刺した後に、わざわざ血の付いた手で触ったということです。店長さんが触ったにしても、侵入者が触ったにしても、刺された後というのがおかしいと思うんです。」

「ミランダさん、わたくしもそれが気になっていたんです。積んであった書類はその後に、棚を目立たせないためにわざと崩して、荒らして行ったように見えます。」

「…確かにそうね、二人に言われるまで気が付かなかったわ。店長が触ったとして、それはもしかして侵入者の要求だった、とか?」

 ライオルト様が手では触れずにその戸棚を覗き込んだ。

「うーん、鉱石の受注履歴、下に落ちているこちらは従業員名簿でしょうか。」

 血の痕跡がついてそれは無造作に転がっていた。その時モニカ付きの騎士がリッティーさんを呼びに来た。店長さんが呼んでいるらしい。みんなで仮眠室を覗くと目を覚ました中年男性が、起き上がろうとして痛みに顔をゆがめていた。

「店長、起きちゃだめよ!」

「そうです。横になってくださいまし。何かお飲みになる?」

 リッティーさんが涙目で駆け寄った。私が振り返るとミランダさんがすでに、コップと水差しを持ってきたところだった。さすが気が利く。

「あなたは・・・バージェス公爵様の・・・。」

 1、2か月前に夫人と来ただけだというのに、私の顔をちゃんと覚えているとは、さすが商売人。こくりと頷いた。

「バージェス公爵家のモニカです。本日はお友達にここの店を紹介したくて来たのですが・・・。」

 リッティーさんに水差しを渡したミランダさんが言葉を引き継いだ。

「はい、わたくし、ミランダ・キュレスと申します。あっちにいるライオルトとこの度、婚約しまして、リッティーさんに婚約指輪を作っていただこうと来たんです。」

 廊下から入り口を覗いていたライオルト様がぺこりと頭を下げた。

「あら貴方、キュレス伯爵家の御令嬢だったの?」

「学園の生徒会の後輩なんですわ。それで店の前まで来たときに小道からリッティーさんが二人の人に追いかけられて、出てきたので皆さんに追い払っていただいたんです。店舗に被害はなかったのですが、事務所が異様に静かでしたので見に来たら、店長さんが倒れていましたので、教会の聖職者の方にお祈り頂きました。」

「そうだったんですね、そうか、レイモンドを助けてくれてありがとう、ございます、それに私まで・・・。」

「んもう!店長、レイモンドって呼ばないでぇ、可愛くないわ!」

 泣き笑いのリッティーさんが店長さんに水を飲ませようとした時だ。


「ああ、レイモンド、そういえばアイツらが言っていたんだ、そうだ、思い出した。」

「ええ?何よ店長。」

「アイツら、お前が目的だったんだ!」

「へ?」

「あの、横から失礼いたしますが、従業員名簿、一番上の紙が破られています。もしかしてここにはリッティーさんが載っていたのでは?」

 ライオルト様がおずおずと拾った名簿を持ってきた。確かにファイリングされていたであろう場所に破られた紙切れがついていた。リッティーさんはそれを見て顔いろを悪くした。

「何かお心当たりは・・・?」

「あるわけないでしょぉ。だってせっかくブラック職場からこんないいホワイト職場に転職できて毎日楽しかったのよぉ、なんであたしなんか狙うのよぉ。ひどいぃ。」

 そういえば事務所に押し入ったのは1人で、リッティーさんを狙ってきたのは2人だ。つまり最初から狙いはリッティーさんだった?理由はさっぱりわからない。

「しかしそうなると、従業員名簿に書いてあった住所などに帰るのは危険ということではないですか?」

 今気が付いたという顔で、あ、と固まったリッティーさんはどうしようとうなだれてしまった。


「あの、店長さんとリッティーさん、良ければうちに来ますか?」

 母屋の客室なら常時使えるようになっているはず。怪我人もいるので、公爵閣下も許可を出してくれるだろう。

「え、うちって・・・。」

「あ、バージェス公爵家の騎士団が守ってくれるので安全ですよ。」

 その後、そういうことじゃないわよぉ~と悲鳴を上げるリッティーさんと店長さんを、ミランダさんと説き伏せて連れて帰ることにした。もちろん店舗はしっかりと施錠し、警備隊も、また来るかもしれないから巡回を増やすと言ってくれた。


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