婚約指輪
「実は、ライと婚約しました。」
そう言われたのは文化祭が終わって最初の生徒会の集まりだった。あとはもう卒業式しか生徒会の関わる行事はない。そしてその卒業式では2年生が中心となってやるため、3年生は実質引退だ。年内はもうすることはないと言っても過言ではないため、あいさつ程度で終わった。
「よかったですね、ミランダさん!」
知ってはいたが、その顔を見ていれば彼女が今いかに幸せか分かるというもの。私まで嬉しくて顔が写ってしまう。花火の中でプロポーズされたのだ、なんとロマンチックだろう。
「それでですね、私、ライに婚約指輪をもらったんです。あの、私まったく用意していなくてですね、父もライオルト君と一緒に選んできたら、と言ってくれたんですが、アクサセサリーは詳しくなくて…モニカ先輩もついて来てくれませんか。」
「珍しいですね、いつも情報通ですのに。」
「ええ、あの、いえ、とにかく来てください。なんか、ライと一緒だとどうしていいか分からないんですぅ。」
半泣きのミランダさんに、疑問しか湧かない。
「それは…どうされたんです?」
「今までは、幼馴染だったんですけど、なんというか、こ、婚約者、と言いますか、そうしましたら、どうしていいのか、どうやって接していたのかさっぱり分からなくなってしまいまして。」
つまり、二人きりだと、気まずいと。なんとなくわかる気がする、現に私もレオン様にやらかしているのだ。きっと今顔を合わせるのは相当気まずい。というかなんであんなことを言ってしまったのか。もしかして私ってレオン様のこと…。
「だからお願いしますうぅぅ。」
思考の沼に沈みそうになったが、ミランダさんの声にはっとして顔をあげた。
「わかりました。この間バージェス公爵夫人に良い職人さんを紹介いただいたので、その方をご紹介いたしましょう。」
「ありがとうございますううう。」
そんなこんなで、私とミランダさん、ライオルト様という三人で、商業地区にやって来たのだった。商業地区と言ってもメインの大通りの両脇に自然に店ができただけなので、きっちり区分けされているわけではない。大通りは真ん中の中央広場から、西が西大通り、東が東大通りとなっていた。西大通りの北側が高位貴族の邸宅が多数あり、貴族ご用達店が多いため、商品は値の張るもの、高級なものが大半だ。
「ひぃ、こっち側はあんまり来たことないんですよね…。」
「そうですね、わたくしも夫人と一緒でないと来ませんね。」
一方で、東大通りの北側は、低位貴族や王宮で管理をしている領土の無い貴族の邸宅がある。そしてその南側は市民たちのエリアになっていた。この東大通り側は市民たち相手のリーズナブルな店が多い。ただこの国一番の流通量を誇るのはやっぱりここ王都なので、品ぞろえはどこも充実していた。
私たちは西大通りのアクセサリー店へとやって来た。この西大通りをはさんで南側はこの間私たちが連れて行かれた倉庫地帯があり、倉庫地帯と店舗の並ぶ西大通りの間には商人と職人の町が形成されていた。
外でユニコーンに乗り並走していたライオルト様の背を、ミランダさんが視線で追っていた。
「それで、先ほどもしどろもどろでしたけど、何かあったんですか?」
「・・・、いえ。な、なにも。」
そう言って赤くなってしまったので、絶対何かあったな。しかしそれを語らせるほど私は野暮ではない。
「ミランダさんが何か嫌な思いをされていないんでしたら、わたくしから何か言うことはありませんわ。」
「う…、ダイジョウブ、です。」
やっぱりこれは照れているだけだ。まあ、ずっと片思いしていた相手からプロポーズされたのだから、今しあわせに決まっている。馬車が止まったので、ライオルト様が扉を開け、手を差し出してくれた。いまだ少しぎくしゃくしているミランダさんだが、一緒に下車し、店に向かうべく歩き出した。私が先導し、ライオルト様がミランダさんをエスコートし、ついてきた。最近色々あったのでバージェス家の騎士団から4名が、護衛でついている。この大通りは馬車を置いていても余裕なくらい広いので、1,2時間程度なら駐車していても問題ない。それに店舗はすぐだ。
そうして小道に差し掛かった時、何かが躍り出てきた。
「い、やあ~~んやめてぇ!!」
野太い声とともに赤髪のトサカが目に入った。
「この声は…、リッティーさん?」
私は思わず声をあげた。ガタイのいい男性は私の顔を見ると半泣きで走って来た。もちろん女の子走りだ。
「モニカちゅん!!いいところに!助けてぇ!」
その後ろを顔を隠した人たちが小道から躍り出てきた。それを見たリッティーさんは悲鳴を上げ腰を抜かし、私にしがみついてきた。涙を流している彼をなだめるように抱き留めて、護衛の騎士団の皆さんに合図を送った。すると剣を抜き放ち、迎撃の構えで前に出た。横も固め、後ろのライオルト様もミランダさんを抱きとめ守っている。
正規の騎士団に、分が悪いと判断したのか身をひるがえして逃げて行った。人数は二人だった。
「リッティーさん、あの二人以外の人数は見ました?」
「え?えっと、店に来たときは3人だったわ。」
「そうですか、お店のほうを見てきていただいても?」
「はい、お嬢様。」
横にいた隊長に言えば、前二人に指示を出し、リッティーさんが出てきた扉の中の様子を見てくれた。小道のさらに奥にはもう一つ扉があるようだった。
「ああ、助かったわ、モニカちゅん。もお、怖かったぁ~。」
「いえ、わたくしは何も。それよりどうされたんです?」
リッティーさんは立ち上がると薬指で涙を拭った。彼はこの場の誰よりも筋骨隆々で、ガタイがいい。しかも赤い髪はトサカのようになっていて、後ろに一つに結んで腰まである。頭の両側面は刈り込んでおり二重になったハートの刺青が彫ってあった。しかし仕草は女性らしさを感じさせる。
「あの、モニカ先輩、このお方は…。」
ミランダさんがか細い声をあげた。
「あ、この方がバージェス公爵夫人にご紹介いただいた職人さんです。」
「あら、どうも~モニカちゅんのお友達?あたし、リッティーっていうの、よろしくね。」
「よろしくお願いします、ミランダと申します。」
ミランダさんが自己紹介をした時、騎士団の二人が誰もいなかったと報告してくれたので、ひとまずお店に行くことになった。お店はこの小道ではなく私たちが歩いていた通りに面しているところに正面入り口があった。
「3カ月前にぃ同時強盗あったじゃない。顔を隠して押し入って来たからあたしびっくりして、悲鳴上げて勝手口から逃げたのよぉ店番してただけなのにぃ。そうしたら刃物持って追いかけられてぇ。強盗なら追って来ないでしょお?なんだったのかしらぁ。」
確かに、おかしい。強盗なら店の人が誰か援護を頼んで戻ってくるまでに逃げればいいのだ。店内をぐるっと見回した。高級店らしく展示されているものは一つずつケースに入れられ、全く傷ついていない。リッティーさんがいたのは店番用のカウンターの中だったそうだ。カウンターの奥には在庫置き場につながる廊下があり、その先に開け放ったまま扉があった。
「ああ~でも何も盗られてなくてよかったわぁ。事務所はどうかしら。あたしが悲鳴上げても来ないなんて店長ひどくない?」
そう言ってカウンターの右についている扉を開け、事務所に入った。二三歩進んでリッティーさんは黙り込んだ。
「・・・、店長?」
そこには血だまりに倒れこむ中年男性の姿があった。一同息を呑んだ。そうして初めて鉄の、血の匂いを感じた。
「隊長、応急処置を!わたくし馬車にトランクを取りに行ってきます。」
「お嬢様について行け、このあたりの医者は?教会でもいい。」
「あたしが呼んでくる!」
私とリッティーさんは同時に扉から駆け出した。荒らされた事務所が鮮明に思い出された。ついて来てくれた護衛は二人、走りながら片方に顔を向けた。
「リッティーさんと一緒にお医者様まで行っていただけませんか。わたくしはすぐに隊長に合流いたします。」
「しかし・・・。」
渋る騎士に何とかお願いしてついて行ってもらった。私は大通りの馬車まで来てトランクを手にすると、後ろから来ていたライオルト様がそれを持ってくれた。ミランダさんに私を手伝うように言われたらしい。
「こんなことになってしまって、すみません。」
「いいえ。それより人数がいてよかったですよ。」
私の申し訳なさを打ち消すように、ライオルト様は力強く笑って言ってくれた。本当にありがたい。




