表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/118

花火に見守られて

ホールのカーテン袖、外から見えないところで、簡易的な椅子に腰を下ろし、ぐったりとしている4人がいた。レオン様と、私、ミランダさんとライオルト様だ。今日はほとんど座らずに過ごした。明日はきっと筋肉痛だ。隣のミランダさんは去年の役柄の警備兵とは違い、白地に金の装飾の入った、なんちゃって近衛兵の制服だった。端的に一番モテる業種と言えば近衛兵だった。本物の近衛兵は赤なので、短いマントもついているこの制服は創作感マシマシだが、とにかくかっこよくて似合っていた。ミランダさんのモテようは半端ではなかった。『男装サークル』の皆さんも、とにかくかっこよくイケメンであったが、ミランダさんは上背がある上に、所作が群を抜いて男性らしかった。胸を張ってキリキリと動き、かといってエスコート相手を置いていくのではなく、徹底的に合わせ、なおかつそれを悟らせない紳士的な対応。これは去年レオン様との特訓の賜物でもあるだろうし、幼い日から幼馴染が男性だったせいも、前世がズボン慣れしている日本だったせいもあるかもしれない。昨年も思ったが、とにかくこの学園の中で女性の気持ちが一番わかるイケメンなのだ、モテないはずがなかった。


「去年よりはマシだけど・・・去年よりはマシなだけ。」


その一言に集約されていたような気がする。去年は突然だったということによる、心の余裕がなかった。今年は覚悟を持って臨んだため、確かに幾分かはマシだったが、忙しさが軽減されるわけではない。考えられうる準備は精一杯したが、それでも椅子から立ち上がれるかと言えば無理だ。今年もミランダさんは着替えの暇さえなかったため、男装中だ。

「女性の・・・いや、結構男性もいましたね。パワーがすごかった。」

ライオルト様が遠い目をしていた。そう、去年は劇の後ということもあり、女性が大多数だったが、今回は珍しい格好をしている女性たちがいたため、多数の男性もいた。『男装サークル』の彼女たちが軒並みキリッとした美人だというのも理由だろう。

「この度歩き方など、『男装サークル』の皆様に教えたら、月一でいいから講師として来てくれと言われて、あれよあれよという間に、行くことになったんです。」

「おや、いいではありませんか。交流が増えることは良いことですわ。」

「ミランダ嬢に教えることはもうありませんから。」

レオン様がぼそりと言った。

「免許皆伝ですか?」

ミランダさんが力なく笑った。元気がないだけで面白かったのか、体力を使っていた。

「ええそうです。」

「ミランダに先を越されたね。」

ライオルト様もくすくすと笑っていた。

「メイクも、と言われたんですが、モニカ先輩、私、宝塚のメイクを参考にしたんですが、詳しくなくて・・・。」

「残念ながら、わたくしも詳しくありませんよ。拝見したこともございません。・・・一度、行ってみたかったのですが。」

「私もです。」

今回は私たちもダンスを免除されたが、良かった。本当は花火の合図も免除してほしかったが、それが最後の仕事だから仕方なく引き受けた。前年ミランダさんへ教えるつもりだったから、それはやはり今年しなければならないだろう。時間まで他愛のない雑談をしていた。この文化祭が終われば、レオン様はローファス領に帰ってしまうのだ。もうこの4人でこんな他愛のない話など、できなくなってしまう。それが本当に寂しかった。

そんな時間も、もう終わり。レオン様がトーチを手に立ち上がった。


「さて、行きましょうか。」

このトーチはスイッチを入れると自動的に魔力を吸い取り、明かりをつける。ホールの屋上でこのトーチに明かりをつけて、花火師たちに打ち上げの合図を送る。これが文化祭のフィナーレだ。

普段はあまり使わない、ホールの屋上へ行くための階段を登っていく。一番上にたどり着いて扉を開ければ、もうすっかり日が沈み無数の星が出ていた。

「わあ、ここ初めて来ました。」


ホールの天窓が少し開いて、中の熱気と灯りを外に逃がしていた。足元が見える程度の灯りももれているので、歩くのに支障はない。レオン様がミランダさんをエスコートし、屋上の端まで誘導した。私はそれを少し離れたところからライオルト様と一緒に見ていた。天窓から流れる音楽を頼りに、あとどのくらいで終わるのか確認していた。

「この端から、あっちの川のあたりに、花火師の方々が待機してくれていますので、最後の音楽が始まったら、トーチを持ってスタンバイしていてください。・・・一年に一度しか使わないので、点検は早めにしておいてください。点かないトラブルも考えられますから。」

「はい。わかりました。一応二本ありますけど、点検は大事ですからね。」


音楽に耳を傾けながら何気なく、ライオルト様が視界に入った。手に、小さな小箱を持っていた。青くて手に仕舞え込めるほど小さい。これは。思わず顔をあげた。ニコリ、といつもより控えめに口角をあげた。そして、ミランダさんの背中を見つめていた。


音楽が終わりそうだ。


「もうすぐです。」

そうレオン様に声をかければ、いつも通り淡々とした了解が返ってきた。最後の一音が奏でられて、ホールが歓声と拍手に包まれた。これが文化祭の最後だ。

目線を贈ればコクリと頷いた二人が、トーチに明かりをつけて合図を送った。それから数秒して、ドーン、と夜空に花火が咲いた。音を聞きつけて皆、テラスやベランダに出てきた。その間を開けて今度は緑、赤、黄色の花火が上がった。


ライオルト様がミランダさんのところまで歩いて行って、レオン様が自然と入れ替わった。ミランダさんは花火に見入っていて、動かない。

「ミランダ。」

「わ、ライ。どうしたの?」


レオン様がこちらに来て、エスコートの体勢だ。私は大人しく手を取った。あちらがものすごく気になっていたが、たぶん私たちはいないほうがいいだろう。最後、振り返って見たものは、輝く花火の中で片膝をついて指輪を差し出すライオルト様と、驚いて固まっているミランダさんだった。

「レオン様はライオルト様から聞いていたんですか?」

そう聞けばにやりと笑って返された。黙って二人で歩いて、屋上の入り口についたとき。私は腕を引いた。


「お渡ししたいものがありますの。」

「なんでしょう。」

「お誕生日プレゼントですわ。また忘れていましたの?」

「・・・、そういえば、そうですね、今年はその、荷物の整理もありまして・・・。」

そんなに急いで帰るのか。本当に文化祭が終わったら、レオン様はすぐに行ってしまうつもりなんだ。私はカバンの中から、箱を取り出した。今までよりもずっとプレゼントらしいものだった。

「なんだか見た目より、ずっしりしますね。」

なんだろうと小首を傾げて、リボンを解いた。

「これは、懐中時計ですか。クローバーですね。」

「家門は当主の許可がないと入れられませんからね。外側はシロツメグサです。」


騎士の家系であることを鑑みて、銀製ではなくあえてのステンレス製で丈夫にしてもらった。この世界には意外にも、地魔法の発展系は金属魔法なので合金が存在していた。こういう合金は金属魔法でしか加工ができないので、彼らは錬金術師として重宝されていた。ただ、地魔法は攻撃には使いずらく、加工工場などでしか見ることはない。錬金術師の他に、金属加工の職人や、農業、土木建設業者など、汎用性に富んでいるのが特徴だ。平民の中では一番人気のある魔法だったりする。


「これを見てください。」

私はポケットからもう一つ懐中時計を取り出した。そちらはバージェス家の家紋が入れられていた。

「夫人が、卒業してどんな職業につくにしても、時計はあったほうが便利だからとプレゼントしてくださって、これはレオン様のお誕生日にプレゼントしたいなと思いまして。」

デザインはモニカの好きなものにしましょうと、バージェス公爵夫人の行きつけのジュエリーショップに連れて行ってもらい、その時に一緒に作ってもらったものだ。そこで相談に乗ってもらった方が、なかなかキャラの濃い職人さんだった。


「ケイト卿が使っているのを見たことがありますが、使ったことがありません。どうするんですか?」

「あ、はい、これでここを回して、時間を合わせて…取扱説明書もありますので詳細はそちらで。」

「わかりました。綺麗な装飾ですね。」

シロツメグサの白色には白銀が使われていて、時計の針の留め具には地味にダイヤモンドが使われていた。動き出した針を目で追って、珍しく微笑んでいる彼を見ていた。

「新年の次に帰ってくるのは卒業式ですよね?」

「はい、帰って来れれば、来ます。」

「そのあとはずっと、ローファス領ですか?」

「・・・。」

やっぱりそうなのだ。あんな無責任な兄に、レオン様は大事な故郷を任せない。そうでなくてもローファス領は魔王国と国境を接した要所なのだ。いまだ武力衝突のある、この国で一番の前線。その責務を彼は重々分かっている。


だから自分でやるつもりなのだ。


小さいころからずっと夢見ていた、第三王子殿下の、親友の従僕という夢を諦めて、責務を全うしに帰る。頭では分かっているが、どうしても、納得いかなかった。


「私は寂しいです。」

「モニカ嬢が?」

意外だとでもいうような顔に腹が立つ。

「なんですか、私が寂しがってはいけませんか。」

「いえ。そうではないですが。」

こっちはこんなに寂しいのに。さようならが悲しくて、何なら昨日の夜だってちょっと泣いたのだ。なのにこのヒトったらそれが意外ですって?

「そうではないとはどういうことです?私は誰が何と言おうと寂しいですわ!ずっと一緒にいられると思っていたんですもの。どうせなら、卒業後も私を望んでくれませんか。」


・・・。


沈黙が流れた。というか、私は今とても恥ずかしいことを言った気がする。あれ。なんて言ったっけ?というか何言っちゃった?

顔が急に熱くなった。

「あの・・・。」

なんと言い訳をしよう?えっと。

「俺が望んだら、貴女は来てくれるんですか?」

「え、と。」

真っ直ぐで真剣な視線に、誤魔化すのは違う。

「あ、ええ、もちろんですわ。どこへでも行ってやります。」

ここで照れ隠しでなぜか、どや顔でふんぞり返ってやった。こうなったら開き直ってやる。寂しいとか、そういうことはこの激ニブ鈍感にはストレートに言わなきゃ伝わらない。

「そうですか。じゃあ、考えておきます。」

なんだその結構ですの言い換えみたいな言葉は。若干引かれた気がする。

「行きましょうか。彼らの邪魔にならないように。」

また手を出してくれたので、その手を取って歩き出した。なんだかものすごい恥ずかしい。気まずい。

「プレゼント、ありがとうございます。今年も貰えて、うれしいです。」

「いえ。当然ですわ。」


これで最後なのに、こんなに気まずいお別れなんて、あんまりだわ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 ここのレオンの胸中も凄いことになっていそう。  或いは彼も後になってから「凄いこと言われた」と気付くのだろうか。  それでも告白出来たのは良き!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ