表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/117

意外な才能

 

 また今年も文化祭がやって来た。

 私は小さいくせにずっしりと重量感のある箱を、ななめがけのカバンに入れて、一日を過ごしていた。生徒会が年で一番忙しい日。それは朝から私も走り回り、目の回る忙しさだった。昨年は先輩たちが、頑張ってくれていたのだというのがよく分かった。懐中時計を引っ張り出す。1時半にようやく腰を落ち着けて昼食をとった。しかし今の私にはその忙しさは、ありがたかった。先日のレオン様の話が、いまだ胸にくすぶっていた。


 レオン様は早めにローファス領に帰ると言っていた。本来、婚約に何の問題も無かったら、卒業まではこちら王都で過ごし、卒業後に子爵を継いで、バージェス家に来ていたはずだが、その予定が狂ったのだ。お腹の中の御子が、本来の婚約者の子ではなかった場合、その子供は不義の子となってしまう。レオン様は生まれたとき、そういう疑念をかけられた子だ。何の罪もない婚約者の子供を、そういう目に落としていいものかと、絶対に考えるはずだ。

 あり得るかもしれない未来としては、レオン様が情けをかけて不問に処し、その子供ごと王都に引き取るというものだ。レオン様ばかりが割を食う、最悪のシナリオだ。そしてあの婚約者はそれを狙っている、気がする。彼なら許してくれるというゆるゆるの覚悟で身ごもったような、そこはかとない気持ち悪さ。根底にある見下しと侮り。そんなところにレオン様をやるなど、我慢がならない。そしてレオン様のお兄さんはそういう障害があるほど燃え上がる、典型的な浮気中毒に見えた。この点だけで言えば、『前世のあの人』の唯一最大の長所は、浮気は絶対しなかったということだ。レオン様は「兄はナバ子爵令嬢のことが昔から好きだった。」と言っていたが、それだけには見えなかった。私に言わせればマウント体質。できのいい弟の婚約者に手を出して、自分が上だと思いたい精神構造に見えた。少し話しただけで、レオン様に対してのライバル視というよりも、もっと幼稚な何かを抱えているように見えた。そしてそれは婚約者も一緒。両者そろってマウント体質の同類。


「あ~~~もう。」

 手に持っていたサンドイッチをお行儀悪く食べ、仕事に向かって歩き出した。今年は全くマゼンダさんたちと話す機会がない。今年の一年生の劇の出来栄えも見たかった。


 それから劇の後の誘導、あれも今年は『被服サークル』の裏サークル『男装サークル』から、ミランダさんに直接お声がかかったのだ。ミランダさんの昨年の美麗な男装に心打たれた数十名の令嬢たちから、劇後の移動について提案があった。曰く、ミランダさんを着飾らせていただきたい。そうしていただけたら私たちも数名が男装し、誘導の任を全うしましょう、と。昨年で味を占めていた顧問の先生が一番最初に許可を出した。その時はものすごい前のめりだった。それから会長であるレオン様だが、嫌がるミランダさんを、護衛にライオルト様をつける、ということで頷かせた。これによりミランダさんは劇後の誘導時からずっと、ライオルト様と一緒にいられるわけで、嬉しそうに当日を待っていた。実は、ミランダさんには言えなかったのだが、彼女が昨年と同じく男装するという噂が、令嬢の中にもうすでに流れていて、問い合わせが私に来たものだけで十数件、生徒会全体ではもっと来ていたのだ。・・・混乱が予想されたため、当日はチケットでの対応も視野に入れていた。もみくちゃにされる未来しか見えない。

 そのせいもあって、今年は例年より忙しかった。まあ今頃『男装サークル』の皆様に良いようにされているミランダさんが一番大変かもしれない。衣装合わせは当日までに終わらせてあるとはいえ、細部までこだわる方々だ。どうなっているのかわからない。楽しみではあるが。



「モニカ嬢。」

 振り向けば、クラレンス先生が手にカップをもって立っていた。混沌とした学園の中に、ここだけ、ゆったりとした時間が流れていた。

「あ…、ごきげんよう、クラレンス先生。」

 ニコニコしながらこちらに近づいて来て、懐から食事の時に使うマットを取り出した。

「見てください、これをあなたに、見せたかったんです。」

 なんだろう何の変哲もない、薄紫色の布だ。

「どうされたんですか?普通のマットに見えますけど。」

「そうでしょう?でもですね、見ていてください。」

 先生は私を中庭の噴水に連れてきた。ベンチの上にマットを引いて、噴水の水をカップに注いだ。そして一つまみの砂をパラパラと入れた。

「どうぞお飲みください。」

 そう言って先生がマットの上にカップを乗せようとしたとき、まるで何かが間にあり、拒むようにカップを退けた。カップはベンチの手前に落ちて水をまき散らした。

「祈力が、込められているんですか?」

「そうなんですよ、さすが鋭いですね。どんな祈りが込められているか分かりますか?」

 どんな祈りか。確かに毒があったら乗せるなとかだと、土や砂は乗ってしまう。

「異物が混入していたら…でも異物の定義がひとによって違うかもしれません。」

「そうなんだよ。今までは毒は毒、ガラスはガラス、鉄は鉄、水銀は水銀と別れていたんですが、でもこれはね、違うんです。『悪意』が込められているか否か。さっきみたいにいたずら程度の悪意でも反応するんです。」

「なるほど悪意ですか。それなら毒とガラスを悪意もって込めたと判定されますね。」

「そうなんです、しかも、悪意をもって用意した毒が入った皿を、悪意ない人に運ばせても、悪意が込められていると判断するんです、すごいでしょう。」

 それはすごい。確かになかった視点だ。

「感情を感知するなんてすごいですね。」

「そうでしょう、僕はこれを見たとき本当に天才だと思ったんです。製作者を聞いたらもっと驚きますよ。」

 クラレンスさんがいたずらっ子のような顔で私を見ていた。

「どなたなんですか?」


「ジス君です。」


 ・・・、ジス?とは、私の知っているジスだろうか?

「・・・えっと?あの?」

「あの。ジス・Ⅾ・バージェス君です。君の弟の。」

「えええ・・・。本当にジスが?というかなんでジスの祈力が込められたものが、ここに?」

 それはね、とクラレンス先生がニヤニヤしながら教えてくれた。

 見習い聖職者から、一人前になった彼らは、オーズ領にて次の任期先を割り振られる。ジスはバージェス家の、しかもⅮ持ちなので、下手な領には割り振れなかったそうだ。そういう人が行くのが、大聖堂有するオーズ領だ。そこで弟なりに目立たぬように、宝石に祈りを込める地味な作業をずっとしていたそうだ。そうしているうち、そういう地味な作業が性に合った弟は、ある日悪意に反応するマットがあったらどうなるのかの実験をし出した。そこを実家に帰っていたクラレンス先生の目に留まり、一緒に実験したり連絡を取り合ったりしていたらしい。ちょっと待て弟よ、そういうことは一言お姉ちゃんに連絡しなさい。お姉ちゃんの学校の先生なんだから。

「もう、なにも聞いてませんよ。」

「ええ、僕も連絡したほうがいいんじゃないですかと言ったんですがね、ジス君曰く、姉ちゃんは大事なことも全く連絡をくれないからいいんだ、と言ってましたよ。もうちょっと連絡してあげてくださいよモニカ嬢。」

「うっ。」

 確かに学園に行ってからは忙しくて、手紙の返事が延び延びになっていたけど。何も言い返せない私には気にも留めず、クラレンス先生はマットを天に掲げた。

「本当にジス君は天才ですね、さすがあのモニカ嬢の弟君なだけあります。ああ、今すぐに帰って一緒にいろんな実験がしたい。」

 どのモニカ嬢だ。

 恋する乙女並みにキラキラオーラをまとっている上機嫌な先生と別れて、劇をしているホールに向かった。先生と話したおかげか、憂鬱な気分が幾分かマシになった。これから一番大変な誘導が待っている。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ