突然の知らせ
なんなんですかこの手紙は!!」
生徒会室には、レオン様とモニカ先輩の二人だけで、他の生徒は出払っていた。余韻を残しての大きな声に、本人も慣れなかったのか、肩で息をしていた。ミランダはさっとモニカ先輩の近くに寄って行った。
「どうしたんですか。」
そう言えば、胸の中に手紙をグイっと押し込まれた。思わず受け取れば、ローファス伯爵家の家紋の入った便箋だ。公式文書に使う正式なものに、レオン様の顔を見た。腕組みをして椅子に座って険しい顔をしていたが、目が合うとコクンと頷いた。どんな内容か、恐る恐る目を通す。
「は?レオン様の婚約者が、妊娠?」
ちろっとレオン様の顔を見たが、全く表情を変えていなかった。レオン様のお父様より、婚約者が妊娠したので、どういうことかという手紙だった。
「どうせお兄様とのお子です!レオン様が婚前交渉などするわけないでしょう。それを!婚約者はレオン様の子だと言い張っているんですよ。」
レオン様よりモニカ先輩のほうが怒髪天になっていた。声のトーンは話の内容があんまりなため、抑えたものだが、声の中にはしっかり怒気が入っていた。レオン様ははあ、と息をついていた。
「父も心当たりがあるかと聞いているので、俺を信じてくれる気はあるということです。きっと領地での兄と婚約者の振る舞いが、目に余るものだったのでしょう。しかし・・・。」
「じゃあ心当たりとか無いんですね。」
「もちろんです。」
いやしかし、DNA鑑定もないこの世界で、自分の子供ではないという証明は大変だ。落ち着いてきたモニカ先輩がもう一度手紙を見ていた。
「婚約者様の言い分は、剣技大会の後に二人は燃え上がったと。あの日はレオン様の優勝祝いで、わたくしとミランダさんとライオルト様の4人でカフェに行きましたわ。」
「そのあと王城へ帰ってきたレオン様と落ち合いホテルへと…。」
「行ってませんよ。あの日はバージェス家へモニカ嬢を送りに行きそのあとに王城へ帰りました。門限が少し過ぎていたので、王城へ馬車や馬で入れるのは正面門だけでした。門限を過ぎた夜間の出入りは時間と名前の記入が必要なので、馬から一度降りて、手続きをしてから中に入りました。」
そうだった。ミランダはライオルトが送ってくれて、モニカ先輩はレオン様が送ってくれたんだ。あの日はなんだかんだ楽しかった。ミランダも門限をちょっと超えてしまい、父に小言を言われたのだ。
「じゃあその門番の記録の写しをいただければよいですね。それからあの日のお支払いは賭けに勝ったわたくしがしましたので、その領収書も家に行けば、ありますわ。」
モニカ先輩が冷静にそう言った。
「・・・、というか、お二人は俺のことを信じてくれるんですね。」
珍しくぼそりと言ったレオン様は、困った顔をしていたが、少しうれしそうだった。
「当然でしょう。ドがつく真面目のレオン様がそんなことなさいません。誠実な方ですから。それにわたくしは相手の方が、お兄様と仲良くしていらっしゃるのを見ているのですよ。この手紙を読んではらわた煮えくりかえっていますわ。よくもその口で堂々とレオン様の御子だなどと言えたものです。」
いまだに恨み節が口から出てくるモニカ先輩を、レオン様は嬉しそうに眺めていた。
「しかし、なんであちらではそれを信じかけているような内容なんでしょうか。」
表情を引き締めたレオン様が、こちらを向いた。
「ええ、当日こちらに来ていたことは事実のようです。兄と一緒にローファス領からわざわざ出てきて、俺の剣技大会の日に会場に応援に来ていたそうです。当日俺は会っていませんが。」
そこでふと疑問が湧いた。
「毎年来ていたんですか?控室へ来たことってありましたっけ?」
剣技大会の運営は生徒会が行う。出場生徒の婚約者が来た場合、出場するほうが良いと言えば会って時間を共にすることも出来た。そのため出る生徒の婚約状況を把握するのも、生徒会の役目だった。しかしレオン様の婚約者はいることは認識していても、この人ですと紹介されたことは、そういえばなかった。ミランダとレオン様ほど仲がよかったらふつうは紹介してくれるものだろう。婚約者にやましい関係でないと知らしめるためにも、異性の友人は早めに紹介するのがよいとされていた。・・・レオン様ほどの朴念仁なら、その辺のことは知らない可能性は大いにあるが。
「それはわたくしのほうが詳しいですわね、3年間、受付をしていましたから。・・・二つ上の婚約者様が、レオン様の応援に受付に来たことは、ただの一度もありませんわ。」
「・・・、一応ダンスパーティの時、一回だけ踊ってほしいと手紙を出したことがあったんですが、返事が来なかったんです。それ以来面倒臭くなって送ってないんですが。」
「面倒臭いとは・・・。」
流石にひどいのでは、レオン様。
「送った手紙を兄のクラスにもっていって回し読みされ、笑われました。もう二度と送らないと誓いました。」
え、それは流石にひどすぎでは、レオン様。
「ドン引きなんですけど。」
「・・・、なんというか、その、白髪の俺に嫁いでやるからこのくらい許せ、ということなのだと思います。」
白い髪がほろりと、ため息とともにひと房落ちた。
ああ、ゲームでもレオン様はお母様と関係がよくなかった。その原因は両親のどちらにも似なかった容姿にあった。ローファス家は代々焦げ茶色や茶色の髪に、銀色の目を持って生まれてきた。前に一度会ったことのあるローファス伯爵は、茶色の髪に銀色に青の混ざった目をした、神秘的な容姿をしていた。しかしレオン様は白い髪に、赤とオレンジの混ざった目をしていて、それが、お母様とも違ったのだ。お母様はグリーン侯爵家の出で、緑色の髪に、青い目をしていた。兄にはその青い目と茶色い髪が受け継がれたが、レオン様は何一つ受け継がなかった。あまりにも父親にも似ていない容姿のため、周りの人から不義の子なのではと噂がたった。お母様は不貞を疑われ、そしてその子供が憎くなったわけだ。これもまた、DNA鑑定の無い世界の弊害だ。
「何言っているんですか、レオン様。そんなのは、関係ありませんよ。髪色がどうの、目がどうのなんてのは些末なことですわ。相手に誠実であることと何の関係もありません!レオン様はあの人たちとは違って、何も後ろ暗い事など無いのですから、堂々となさっていればよろしいの!ローファス伯爵だって信じてくださいますわ。」
今日のモニカ先輩はかっこいい。少し口角をあげて、笑ったレオン様が、ほっとしたようにそうですね、と答えていた。
「とりあえず、今週末に迫った文化祭を追えたら、3年の生徒会のすることも終わりますので、一度ローファス領に帰ろうと思います。」
「え。」
確かに3年の貴族の中には、家を継ぐための準備や、家の事情で実家に帰る生徒もいた。この文化祭が最後の全体行事で、中には早々に領地に戻り、卒業式のみ参加する生徒もいる。そうやって早期に学業を切り上げる生徒は、学園が卒業をするだけの力があると認めた成績の生徒のみだ。毎回学年2位か3位なら十分だろう。
「いつ・・・帰っていらっしゃいますの?」
先ほどの威勢はどこへやら、静かになってしまったモニカ先輩に、レオン様は少し考えた顔をした。
「次は新年のあいさつでしょうか。すぐですよ。」
新年ならあと2か月だ。しかしモニカ先輩は静まり返ったままだ。
「なるほど、わかりました。」
どうしたんだろう。