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婚約者の親友

 

 学園の裏庭、ゲームではシエナと攻略対象の逢瀬の場だったここに、今は一人で頭を抱える金髪が、ベンチに座っていた。離れたところに藤色の護衛を見つけ、空気を読んだ生徒たちは黙って迂回していた。

 護衛のロイ様がいつも通りなのだ、だからきっと体調が悪いとかそういうのではないはずだ。ミランダはそう思って止めていた足を動かし、回れ右をしようとした。しかしだ、もし後ろを向いているロイ様が気が付いていなくて、座ってから体調が悪くなったとしたら、ここで声をかけられる生徒は、リチャード殿下の『婚約者の親友』であるミランダだけかもしれない。渋い顔で、ん~と考えて結局声をかけることにした。


「殿下、大丈夫ですか?体調がよろしくないとかですか?」

 そう、それだけ聞いて立ち去ろう。眉間にしわを寄せ、煩わしそうに顔をあげたリチャード殿下はミランダ嬢か、と声をあげた。

「特に問題ない。」

「さようですか。」

 なんだ、大丈夫ならもう行こう。そうしよう。

「一つ聞きたいことがある。」

 この場を辞する声をあげようとしたとき、先手で殿下に声をかけられてしまった。

「…、はい、なんでしょう。」

「私は、モニカに・・・嫌われているようなのだが、どういうところがいけなかったと思う?」

 うわーーー!答えずらい!

 思わず顔が引きつった。何だか先日モニカ先輩が息を切らして生徒会室に駆け込んできたことがあったが、やっぱり殿下がらみだったのか。

「あの、わたくしは、お二人が、一緒にいるところを見たことがございませんので、その、よく分からないかな、と申しますか…。」

「どうせモニカから何か聞いているんだろう?そういう話でいい。」

 聞いてるけど!でも言えるほどのことは聞いていない。というか話したがらないんだよな~モニカ先輩が。どうしようか。なんか面倒臭くなって来た。

「あー、そうですね、モニカ先輩から、リチャード殿下のお名前が出ることは滅多にありません。」

「それでいいから何かないか。」

 何だか尋問を受けている気分になってきた。この人は素で上から目線なんだよな。王族だから仕方ないのか、でもアリアドネ様もヴィオラ様も同じ目線に立ってくれる方たちだから、ちょっと気にかかる。ゲームでのリチャード殿下はそっちのお二人のように、シエナちゃんと同じ目線に立ってくれた優しい王子様だった。


 そういえば以前モニカ先輩とシエナちゃんのイベントのデバガメをしていた時。シエナちゃんをエスコートしようとして、髪飾りが曲がっていたから、リチャード殿下がそれを直すという、ちょっとしたことがあった。それを木陰から眺めていたモニカ先輩がほう、とため息をついた。

「あんな穏やかな顔をなさるんですね、第三王子殿下は。」

「モニカ先輩にだってそうだったんじゃないんですか?リチャード殿下の婚約者だった時とか。」

「いいえ、とんでもございません。相手がわたくしだったら、曲がった髪飾りはそのままに、国王陛下とかに挨拶をしてから、ずっと曲がってたぞと帰り際に、からかって言うのですわ。あの方はわたくしが恥をかいても全く問題ないのですわ。」

 そんな話を聞いたことがあった。いつの頃の話か分からないが、真面目なモニカ先輩にとっては婚約者は信用ならないと考えるのには十分なエピソードに思える。多分だが、このリチャード殿下はもっと他にも色々やらかしているのではないだろうか。


 何か言わないとこの場から逃がさないという相貌で睨まれ、仕方ないので口を開いた。

「あの、一つ疑問があるのですが、モニカ先輩の意見を聞いたり、話をしたり、希望を聞いたりはしたことはありますか?私が少しだけお話を聞いた限りでは、あまりそう言った事は見受けられなかったのですが。」

「いつも情報交換は行っていたが。」

 婚約者同士の会話で情報交換、とは。あまりにも素っ気ない。

「それはお仕事に関する話でしょうか?」

 リチャード殿下は目をぱちくりとした。

「それだけじゃない。…会っていなかった間何をしていたかを聞いていた。」

 もしやそれって今みたいに尋問形式で?何それ怖い。それって王家に自分の行動をすべて把握されているということではないか?それはバージェス家の令嬢として隙を見せない生活が求められる。しかもきっと監視もついているだろうから、その報告と乖離した話はできないはず。え、モニカ先輩めちゃくちゃ肩身が狭いじゃん。

「でも、あの、シエナちゃんには、希望を聞いたりだとか、意見を聞いたりだとかはよくされていると思うのですが。」

「そうだな、シエナは私が何か言わなくとも、あれしろこれしろとよく言うな。」

 シエナちゃんは自分から言うタイプか。それでリチャード殿下はシエナちゃんの言われるままプレゼントをあげているのか。モニカ先輩はそういうおねだりは・・・言わなそ~大体婚約者だったこともシエナちゃんのつなぎ程度に考えていそうだ。幼いころから好意を持って婚約していたと考えているリチャード殿下と、つなぎや仮初めの婚約者だったと認識していたモニカ先輩では、気持ちに差が出るのは当たり前のことかもしれない。

「なるほど、ところで殿下、モニカ先輩が婚約者だった時も、このような話し方だったんでしょうか?」

「話し方?このような、とはどういうことだ?」

 少し首を傾げたリチャード殿下にとって、この尋問みたいな話し方は普通なのか。

「いえ、わたくしと話す時はいいんですが、あの、尋問とか、取り調べのような気持になるのですが。シエナちゃんと話している時の感じで話していたんですよね?」

「・・・、話し方、とか態度については、モニカに言われたことがある。」

 とういう事は尋問してたんだ~モニカ先輩にも。どおりでシエナちゃんのイベントを見るモニカ先輩が、物珍しいものを見る目で眺めていたわけだ。

「あの~殿下。不敬罪とかやめてほしいんですけど、モニカ先輩に好きになってもらうより、シエナちゃんとのことに集中したほうがずっといいように思うのですが。あまりにも取り返すべき・・・、その、失点が大きいです。」

 これはゲーム脳で好感度に慣れている私の表現方法の限界だった。

「失点。」

 表情には出ないがショックだったのか、黙り込んでしまった。

「あのですね、わたくしが言いたかったことはですね、モニカ先輩と殿下の相性うんぬんより、シエナちゃんと殿下の相性が良すぎるのです。」

 まだ黙ったままだ、聞いているのかいないのか。少し疲れた顔をしていた。

「相性の良い二人は一緒にいるだけで、楽しくて幸せでしょう?リチャード殿下だって、シエナちゃんと一緒にいる時は楽しそうだわ。」

「確かに、穏やかな気分にはなる。」

「そうでしょう。」

 よしよし、このままそっちのほうに・・・。

「でも、モニカと一緒にいる時は昔から、胸がざわつくんだ。声をかけられれば、思っても無いことを口走って、傷つけて反省して、次からはと思ってもまた天邪鬼なことを言ってモニカを困らせて、困った顔もまた見たくなって、許してくれるモニカに甘えていたんだ。この気持ちはなんて言うんだ?恋じゃないのか?」

 聞いたことがあるセリフだ。

 ゲームのリチャード殿下の好感度が、30でカンストした時に発生する特別なイベント、カンストイベントだ。名前はシエナちゃんだったはずだが、それがマルっとモニカ先輩になってはいるが、そのままだ。このイベントはシエナちゃんが3年の時にバージェス公爵家の裏庭で発生するはずだ。・・・、いや、私相手には『発生した』とは言わないか。思い出そう。あの時は確かずっと前から悪夢にうなされていたリチャード殿下が、とうとう『シエナ』に弱音を吐露するシーンだ。今まで頼りになる先輩というポジションで来ていて、王族ということもあり弱みを見せられなかった彼が、長台詞とともに想いを語る。死んでしまった婚約者のことについても、ここのセリフに匂わせがあるのだ。私は見たことが無かった。確かネタバレ攻略サイトにはセリフ全文が乗っていた気がするが、長かったので読んでない。でも最初だけは印象に残っている。それが、さっきのセリフだ。

『この気持ちはなんて言うんだ?恋じゃないのか?』

 現実ではここで下を向いてしまった。その答えは一年後にシエナちゃんから貰ってほしい。

「う~ん。違うんじゃないですか?幼いころの話ですし、今の穏やかな気持ちを大事にしましょうよ。少なくともわたくしは、困った顔も見たいとか意地悪しちゃうみたいなのは、恋ではないと思っています。」

「違う、か。」

「わたくしの考えでは、です。だって休まらないではないですか。そんな相手と一緒にいたって。だったら穏やかな気持ちでいられる人のほうが良いではないですか。」

 溜息をついたリチャード殿下に、そうだな、と気のない返事を返された。自分なりに真面目に答えたつもりですけど?まあシオシオの殿下は怖くはないので、このままこの場を去ろう。

「ではわたくしはこれでこの場を辞してもよろしいですか?」

「ああ、参考になった。」

 礼を取って、呼び止められないうちにさっさと歩きだした。帰りがけすれ違ったロイ様がにこりと笑ってありがとうと小さく言っていたので、いえ、と頭を下げて、裏庭を出た。


 ぐったりと疲れを感じて生徒会室に行くと、いきなり、モニカ先輩の声が響いていた。いつも所作が静かな彼女にしては珍しい大声だ。

「なんなんですかこの手紙は!!」


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