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 昨年はミランダの劇練習に付き合っていたため、ダンス練習のメンバーでよく集まっていた。場所はバージェス公爵家で、まさかそれからずっと週に一度通う場所になるとは思わなかった。すっかり週に一度の楽しみになっていた。はじめは緊張していたバージェス公爵家も、家の中のショートカットを見つけるまでに慣れていたし、メンバーも先輩がいるとはいえ、あまり気を使わなくてもよかった。ダンス練習そっちのけでレオン先輩と剣の打ち合いをしだしても、ミランダとモニカ先輩は近くでお茶を入れておしゃべりをし出す始末だ。それでもみんな楽しく過ごせるのが、気楽だった。

 しかし今年の文化祭はレオン先輩が生徒会長としてあまりに忙しく、ダンス練習をしている余裕がなく、結果、ライオルトだけは生徒会組とあまり会う機会が無くなっていた。そしてそれをとても寂しく思っていた。


 ドレスト家に到着すると、伯爵は外出中でいなかったので、応接室で待つことになった。不貞腐れたようにムスッとしているセガールに、一つ溜息をついた。

「どうして、あんなことを言ったの?被害者がミランダとモニカ嬢だって知ってるんだよな?そんな噂を広げられたら、二人に変な目が向くって思わないのかよ?」

 呆れた口調がセガールをイラつかせたようだ。

「うるさいな邪魔すんじゃない。いいじゃねえかよ、噂を広げれば、俺がミランダと結婚しやすくなるだろ。責任を取るって。だからあえて広げてたのに…。」

 は?

「そんなくだらないことのために、今後何年もミランダとモニカ嬢の名誉を傷つけようとしたのか?」

 一度は収まった筈の怒りが、また腹の底から湧き上がってきた。

「くだらなくなんかないだろ、チャンスじゃねぇか。ミランダの責任を取るっていえば、結婚だってしやすくなるし、ミランダも諦めてこっちに来てくれる。」

「馬鹿じゃないのか?」

 怒りで視界が狭まるという経験端初めてだった。そんな事をしてミランダが幸せになれるとでも?

「馬鹿と何だよ!こっちはこれに賭けてるんだよ!ライは明日から邪魔すんなよ!」

「いや、だめだ。」

「ハア?お前に止められたって俺はするね!ミランダを手に入れるためならな!」

「だったら!ミランダは俺が、貰う!お前なんかに渡さない!」

「は?」


 怒りで握りしめていたこぶしが痛い。こんなはずじゃなかった。こんなにおかしいことを言うやつじゃなかったはずだ。昔から一途にミランダを想っていたからこそ、自分は二人に一緒になってほしかったのに。セガールなら世界一、ミランダを大切にしてくれると、そう信じていたのに。だからこそ諦めた振りをしていたのに。


「何言ってんだよライ、嘘だよな?」

「俺は本気だ。ミランダを不幸に叩き落して拾おうとする奴なんかに、渡さない。絶対に。」

 殴りそうになっているこぶしを反対の手で押さえて、セガールを睨みつけた。まっすぐに返してくる視線は、記憶よりも弱々しかった。

「それは一番ダメだ。」

「は?どういう意味だ?」

「一番ダメだって言ってんの!だったら、どこか遠くの知らない土地に嫁いでくれたほうがまだましだ!」

 どうしてそうなるのか、ライオルトにはさっぱり分からなかった。幼いころから一緒にいた筈なのに、全く知らない生き物と会話している気分だった。

「なんで、だ?」

「なんでだと?、どうしてミランダとライが幸せにしているところを見なくちゃいけないんだよ。絶対ミランダと結婚なんかすんなよ、結婚するならミランダ以外としろよ。」

「どうしてそうなるんだよ。告白もせずに諦めろって?」

「その通りだよ!ミランダは絶対ライを取るんだから・・・、昔から気に食わなかったんだよ!そのままとっとと諦めろよ!」

「いや、ミランダにだって選ぶ権利があるんだから、絶対なんてないだろ。」

 何も知らないやつが、と小さく呟いていた。しかしそれは本当のことだ。ミランダはあえて、俺やセガールと結婚しなくても引く手あまたなのだ。いくら良くない噂があったとしても、キュレス港の価値は高いし、他国に交易ルートを確保したい貴族からは、コネのあるキュレス伯爵家とは多少損はしても縁続きになりたいと思うだろう。こちらから求婚しても、相手は信用を失ったうちなんて、あえて選ばずともよいのだ。


 そう考えれば告白くらいして、撃沈したほうが自分の精神衛生上よろしい。


 コンコン。

 ノックとともにドレスト伯爵が入って来た。ライオルトのほうにはニコリと、セガールのほうにはジロリと顔を向た。ライオルトは席を立ち、ドレスト伯爵を迎え入れた。

「さて、よく来たねライオルト君。今度はセガールは何をやったのかな?」

「なんだよ俺がやらかしてばっかり見たいなことを言って。」

「やらかしてばかりだ。・・・、悪いけど、さっき扉の外で二人の会話を聞いていたよ。」

 いったいいつの間にいたのか。騎士として扉の外に気を配れなかったことに冷や汗を流した。


「いや、それについてなんだがね、セガール!縁談をまとめてきたぞ。」

「は?」

 一瞬二人の息が止まった。


「相手はライオルト君、のお姉さん。クレアス侯爵令嬢だ。いや~この度の事件で彼女の縁談もちょっと厳しいらしくてね。もちろんうちにお嫁に来てくれるご令嬢も居なくてね。仕方ないよね、そっちもいろいろ厳しいし、ね。」

「え、は?ちょ、嫌だ。あいつだけは絶対いやだ!」

 にっこりと笑ったドレスト伯爵はもう決まったことだから、と婚約届の写しを見せた。

「それにほかの令嬢なんていないよ。しがない伯爵家に来てくれるのは後、平民の商家とかだけどね、そういう家は軒並み、信用重視のだからね。来てくれるわけないね。あとは没落した家とかかね?でも知り合いにはいないし時間がたつとクレアス嬢にも相手が見つかるかもしれないからね、なにせあちらは侯爵家なんだから。先手必勝だよね。」

「なんで・・・。」


 確かに姉上の結婚相手については父も頭を悩ませていた。本人はセガールと結婚する気満々で、他は眼中になく、婚約が決まりかけてもご破算になることが続いていた。詳しくは知らないが、姉上が兄上を使って何やらしていたのは知っていた。姉は弟の自分が引くほど性格が悪いので、相手の人は命拾いしただろうが、このまま結婚できないのもかわいそうではあったので、今回ずっと断られていたセガールと婚約となると家ではどんちゃん騒ぎだろう。

 姉を押し付けられたセガールには少しばかり同情しかけたが、それだけにしておいた。


「なんで勝手に!」

 そう叫んだ自身の息子に、ドレスト伯爵は見たことのない冷たい瞳を向けた。

「お前もさっき、ライオルト君に同じことをしようとしたじゃないか。本人の意思も尊重せずに他の人と結婚しろって。私は、私は子供の教育を間違ったんだな。小さなころからお世話になっていたミランダちゃんに、根も葉もない噂を流して。親友のライオルト君には幸せを祝福できないとまで言って。私は、お前が情けない。」

 肩を落とした父親に、面と向かって情けないと言われて、さすがに何も言えなかったらしい。


「だからね、ライオルト君。」

 放心状態の息子を放っておいて、ドレスト伯爵がこちらを向いた。小さいころからなじみのある、優しげな顔だ。

「心置きなく、告白してきなさい。ミランダちゃんに。」

 君だったらきっと大丈夫だよと、言ってくれているような暖かな笑みだった。

「はい。ありがとうございます、伯爵。」

 なんだか心がじんわり温かくなった。まずは自分の父に相談しよう。早速準備をしなくては

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 ドレスト伯爵、心の中で「ライオルト君が息子だったらなあ⋯⋯」くらいは思っているかな?  流石に自分の息子の不始末を尻拭いする程度には責任と愛情はあるから口には出さないと思うけど。  これを口に出すよ…
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