加害者家族
今年も文化祭の準備を始める時期になってきた。学園全体が浮足立ち、構想と準備に忙しい。その中でも生徒会は随一で忙しい。生徒会長であるレオン先輩は本当に「リチャード殿下の護衛を下りていてよかった。」というほど忙しかった。あの、レオン先輩が、である。
そして一番暇であるのが、ライオルトのいる騎士科だった。当日のスケジュールが出てから巡回コースの設定とチーム編成。要は大体昨年と一緒だ。他の科の人たちに申し訳ないほど暇なので、なるべく手伝うように、と言われていた。ということで放課後に魔法科のセガールの練習に付き合うべく、彼のクラスに向かって行った。あの事件以来あまりセガールとゆっくり話す機会がなく、調度いいと考えているところだった。
夏休み中に起きた事件ということで、学園ではそこまで詳細を知っている生徒はおらず、新聞の中の事件という印象だった。もちろん巻き込まれたご令嬢の名前など公表されておらず、首謀者の兄たちの名前も、『静かの海商会の臨時従業員』と書かれていた。情けない話だが、うちの家が大金を各新聞社に積んだのだろう。社交界や、騎士団内など、限定的なところ以外の世間一般ではどこの誰が被害者か、加害者かなどは分からないのが普通だった。むしろこの一件はバーン家、ドレスト家ともに汚点で、外で話すにはあまりにも障りの多い口外厳禁の事件だ。しかし、セガールの声で信じられない言葉が聞こえてきたので、動きを止めてしまった。
『攫われたご令嬢のうち、すぐに救助されなかったお二人は、傷物にされた。』
セガールは何を言っているのだろう。事件後すぐに保護されたミランダとモニカ嬢はバージェス家お抱えの主治医によって、健康体であることが診断されていた。多少の切り傷があった程度で、それも二、三日ですっかり治る程度のものだ。それを、セガールは何を言っている?ライオルトの頭にカッと血が上った。
「セガール!何適当なこと言ってんだ!」
言葉とともに扉を思いっきりバンと開け、ライオルトは魔法科の教室に殴り込んだ。突然の登場に静まり返った室内の注目はカツカツと靴を鳴らし、セガールの元に大股で向かう彼に向いていた。
「彼女たちの傷は!二、三日で治る程度のもので、他も特に大きい怪我はなかった!訂正しろ!」
「何熱くなってるんだよライ。俺は噂話を話していただけだぞ?」
胸ぐらを掴まれてもなお、ヘラリと笑いながら答えるセガールが、この時のライオルトの神経を逆なでした。
「どこから出た噂だ!答えろ。」
「それは。王城のほう。」
ここまで怒鳴っていたライオルトが、すっと表情を消した。とどめを刺す時の顔だった。
普段のライオルトなら、どちらかと言えば脳筋で物事をアクティブなほうに解決したがるので、こういえば確認すると一旦、引き下がっただろう。しかし今は違った。
「・・・それはおかしいな。当日同時多発的に起こった暴動で、広場では魔物の発生に伴い、騎士団の出動もしていて手が足りなかったため、王太子殿下は叔母上の嫁ぎ先であるバージェス家に援助を要請し、令嬢の捜索と検閲はバージェス公爵家騎士団が行った。王都にいる貴族の騎士団の中で、一番の規模はバージェス家になるから、妥当な判断だよな?」
そこで一旦ライオルトは言葉を切り、手を乱暴に離した。じっと周りを見て、理解が追い付いているかの確認をしていた。
「そして夕方ご令嬢たちを保護したのもバージェス家だ。噂の出どころが、『王城のほう』というのはおかしいだろう?バージェス家なら信憑性があるかもしれないが、王城ではただの憶測だ。」
しかしセガールはそれを鼻で笑った。
「何が憶測だ。そう報告するしかないだろう?『ご令嬢が傷物になっていました。』なんて報告するかよ。それは一つ間違えば救出にあたったバージェス家の咎になるだろう。責任取らされたら面倒だ。バージェス家が揉み消したに決まってるだろ。」
「だったらなおさら、王城から噂が出るのはおかしいだろ。それにそれは噂じゃなくて偽情報だ。それにな。」
ライオルトは息を吸った。
「それは加害者家族が言っちゃいけない言葉だ。慎めセガール。」
「は…。おい、ライ!」
ざわめく教室に顔色の一気に悪くなったセガールは、続く言葉を失った。
いうなれば、セガールとライオルトは同じ立場だ。兄たちがやらかし、そのやらかしの尻拭いのために、次期当主として今後何十年も苦しい立場においやられることが確定していた。きっと融資だってすんなりと受けられないし、事業ではこの事実が足を引っ張ることは確実で、しかも社交界では広く知られた話であるので、嘲笑の的だ。要は信用を失った家なわけだ。
そういう中でセガールは、ライオルトは家のためにこれ以上なにかうるさく言ってきたりはしないだろう高を括っていたのだろう。
「被害者の家とはもう話は済んでいるとはいっても、兄たちが迷惑をかけたのはかわりない。だったら俺たちは彼女たちが静かに過ごせるようにするのが誠意ではないか?」
「それは、彼女たちが傷物になっていないということになるのか?」
いまだそこにこだわっているセガールに、頭が痛くなってきた。
「自分は、たまたまバージェス公爵が、公爵家のお抱えの主治医から第一報を受けたところに居合わせたが、大きな怪我は無し、貞操権の侵害も無し。細かな傷があるが治る範囲と言われて、安心したのを覚えている。」
はあ、とため息をついて、ライオルトはセガールを見た。
「セザールは、第一報まで正しい情報を公爵に上げずに捏造したと言いたいのか?それはあまりにもバージェス公爵を舐めてるんじゃないか?」
「でも、平民の男と一緒に捕えられていたんだろ?ソイツが何かしないとも限らない。」
まだ口をつぐまないか。いくら幼い時から知っている幼馴染でも、我慢の限界だった。
「そうかじゃあ、魔力もちでレスト王国でライセンスを取った平民は、どこもかしこも女性とみれば手を出すようなケダモノだと言いたいのか?だったら、学園でライセンスを取るために今勉強している魔法科はどうなんだ?ここには魔力もちの平民も多数いるが?お前はクラスメイトがそんなケダモノだって言いたいのか?」
これはこのクラスで過ごすセガールにとっては致命的な発言になってしまった。
「は?そんなの知らない!ライセンスを取っていたなんて…。」
ライセンスはどの国も発行しているが、取りにくさはどの国も一緒だった。クロス王国もレスト王国も学校ももちろんあるが、冒険者を何年か継続し、実績を残し実技と筆記の試験に合格した人にも発行する場合がある。どちらも一律に真面目に努力し、勉強しなければとれない。
今までの視線とは違う、鋭い眼光がセガールに集中していた。
「確かな情報だよ。被害者女性が、道中、暇だったから話し相手になってもらっていたと話していたよ。紳士で優しく、冒険者で、修羅場慣れしている彼のおかげで怖さがだいぶ和らいだ、と。しかも彼女を逃がすために上着を貸してくれたんだそうだ。」
「そんなの、知らない。」
「初めて話したからな。それに知らない話に尾ひれをつけるなってことだよ。セガール、今日はもう帰ろう。伯爵には報告しないといけない。被害者のことをそんなふうに言うなんて。」
ライオルトはセガールのカバンを持ち、彼の腕を強引に引いた。半ば引きずるように廊下を歩いていると、和やかな話声が聞こえてきた。男子生徒とミランダだ。貴族科の制服の彼は、きっとミランダと同じクラスだろう。文化祭について何やら話しているようだ。セガールがそちらのほうに出て行こうとしたため、掴んだままの腕に力を込め帰路についた。