魔獣襲来イベント
「やはりか」
その言葉を聞いて二人は耳を疑った。
どういうことかと、視線が交互に行き交いフィーナの肩を揺らして説明を仰ぐ。
「一連の事件が立て続けに起きていたからね――想定の範囲内だ」
「魔王が復活したのよ!?」
「嗚呼――状況は至極最悪だけどね」
そう騒ぐ横で、ただ一人沈黙を貫いていた男の姿があった――その男は、表情こそ思慮深いクールな風貌を装っているが、心の中ではマジで焦っていた。
状況は滅茶苦茶深刻だった!!
なんという変わりようだろうか。
それまで蚊帳の外で聞いていただけの一般人(魔王)がいっちょ前に事の強大さを演じているのだから、我ながら滑稽だと後から気づく。
ヤバイ、チェスで言うクイーンがクイーンで取られた、ないし新品の靴で道端のガムを踏んだ、ないし公衆トイレで紙切れが起きた並みの最悪の状況だった。どうしよう!!
戦闘時の彼女の姿を見ているせいで急激に疑心暗鬼に駆られた。いやそれと言うよりか、彼女の先ほど顔に幾ばくかの考えが頭に過っては消え、総じて『騎士様 俺の正体看破しちゃってる説』が頭の中で構成されてゆく。
待ってくれ、そんな能力あったのか? いや不可能ではない、彼女は命の恩人だ。彼女のお陰で、魔力は正常な姿へと戻ったものの。
魔力とは生命“そのもの”あらゆる命を喰らった自分の中に、彼ら彼女らの遺恨が残留していてもおかしくない。
どうしようか、もし彼女が攻撃してくるようであれば――そう思った時だった
「なにやら外が騒がしいですね――」
ふとマスターが呟いた。確かに、微かではあるものの外の喧騒がやけに騒がしくなったような気がする。
「申し訳ございません、どうやら店の外で何かあったみたいですね……少し失礼します」
そう言って、マスターは席を立ち、ドアノブへと手を掛けたその時、無言でフィーナは彼の手を握って止める――彼女はただ何も言わず首を横に振ると圧し溜めていた何かを飲み込んで咀嚼して吟味するようにして丁寧に取捨選択をするかのように少し間をおいてから口を開いた。
「貴方は、ここに居て欲しい――」
その次の瞬間『奇襲!奇襲!』と誰かの大声が聞こえた瞬間、そこにいる三人は事態の重さを察した。
「奇襲ですと……!?一体――」
「魔獣達だ――しかし、本格的に動き出して来た……貴方は無暗にここから動かない方が良い……かえって危険だ」
「魔獣ってどういうことなの!?」
「さっきも言っただろう、魔王が復活したと――」
そう彼女は背を向けたまま言い放つ。
「有り得ませぬ……」
「いいや、事態は想定していた何倍も最悪だ、遅かれ早かれこうなる事は防げない――」
「フィーナ――ちゃんと説明してくれ」
頭を抱え狼狽えるマスターには目もくれず、淡々と語る彼女にリュウジは椅子を倒して立ち上がり、会話に割って入る――彼女は一瞬こちら見てから口を開く。
フィーナ曰く。
この土地が大きく関係してるということだった。
まず、このドワーフの町から山一つ挟んで隣に魔獣の生息地があり、その魔獣は魔王の復活に伴って、山を越え下ってきているとのことだった。
「そうは言うけどいくら何でもそれは飛躍した“予想”じゃないのか?」
「そうです!!あの山は78000メートル(デルグ)の山ですぞ!!しかも急な勾配で登るのも一苦労……はっきり言ってあれは壁に等しく、登れたものじゃ――」
「だからなんと?」
「いやだから――」
「別にこれを私の予想だとか、机上の空論だとか言ってくれて構わない――しかし、現に魔獣たちが山から下りてきて、今その境界線が破られようとしているのだ……ここで現実逃避してどうする?あり得ない、しかし現実では起きてしまっているのだ、貴方のそれは確実に、今するべきことではないだろう」
途端に訪れる。静寂の中リュウジは恐る恐る呟く――『遅かれ早かれってのはどういうことなんだ?』その言葉に彼女はすかさず『自然の災害と言うのは予測できても止めることはできないだろう――そう言うことさ』とドアを開けるとこちらに顔だけ振り返ってまた、彼女は言い放つ。
気高く、まるで戦士のような、戦場と血を知った獣のような顔つきで彼女は笑んで言う。
「魔王の力を甘く見てはいけない、現実がこの有様さ――リュウジ、君の回復魔法が必要だ」
それまでの上流階級の気品さは欠片も無く、それは一匹の獣かのように殺気立つ彼女――言わずもがな魔獣に向けてだろう。
しかし、その凄みは見ている周囲までをも委縮させる。
「君は、戦争経験者だろう?」
また意味深な問いかけに、リュウジは返答が遅れた。単に驚いただけじゃなければ、恐怖を感じただけじゃない。明確な心の中を、正体を知って尚活かされ続ける――まるで首を掴まれているかのような、悍ましさを感じた。
嗚呼、ダメだ。否定したら殺される。
肯定しても殺される。
ついて行っても多分殺される――
「協力してくれるかい?」
「はい……」
その構図はまるでライオンと子猫――比喩ではなく本当にでかいので、とてもつもない威圧を感じ、リュウジはそれまでの余裕をなくして言葉に詰まる。なんて言えばいいのか、適切な言葉が浮かばない……どうすれば、どうすればッ!!
『では私は先に出ガッ――』
途端に鳴り響く音。
揺れる室内。
悶える巨女。
先ほどの威厳を欠片も感じさせないその姿に一同、笑ってはいけない状態に陥った。
「――」
あれだけ気高く振る舞った騎士が、額をぶつけてうずくまっている。
しかし、笑ってはいけないという状況であればあるほど、笑いが込みあがてくるというもので、現にリュウジの声はあまりにも……あまりにも“それ”を押し込もうとしすぎてて逆に震えていた。
しかもぶつかった時、鎧も派手にガシャンと鳴るものだから心配と笑いが同時にこみあげてきて変な感覚になる。
「だ……大丈ぶっふ」
「リュウジィ! 笑うな! 高さを見誤っただけだ!!」
「大丈夫でしゅ、でひゅッひゅうッぷ、フフッ」
「リュウジィ!!」
いつになく取り乱す巨女。
しかし絶妙な顔をした男がそこにいた――大丈夫なのか? 一部始終を見ていた初老のドワーフは心強いのか心許ないのか正直分からないまま、彼らを見送った。
「……大丈夫なのだろうか」
「大丈夫よ!あの二人なら……だって最強のふたりなのよ?」
「そうは言いますがお嬢様――」
「あ~それはもうナシって言ったでしょ? もうそう言う関係じゃないんだから」
「とは言いましても……」
「大丈夫よ、信じて待ちましょう――主人公を」