いざドワーフ村へ
意識の覚醒は、断絶していた痛みと不快感が流れ込んでいる最中に起きた。
『リュウジ!!』
二人の叫び声が聞こえる……しかし視界は光に包まれ、本当に生きているのか定かではなかったものの、数秒二人の顔が見えて安心した。
「ほぼ逝きかけました――」
「よかったああ!!」
とイエナが安堵のあまり強く抱きしめる……首に――締まる締まる締まる!!
急いで騎士様が彼女を引き剥がし、深く息を吸い込んだ。
「安心したよ、途中で本当に死ぬんだから、危うくこの手で民間人を殺すとこだったんだからね」
「いえいえ……お陰で助かりました、えーと前団長の……」
「フィーナ・クリオレイス――フィーナと呼んで」
そう自分の背丈よりもはるかにでかい巨女に、手を差し伸べられ立ち上がる――しかし早速疑問が浮かび上がる……。
「助けて頂いてすぐこんな事聞くのも不躾なんですが、なんで貴女ほどのお方がこんな山奥に?」
「ああ――まあ色々とあってね一から話すと長くなっちまう……ここで立ち話ってのも何だからね、近くの町にも用があったんだ、そこで色々話すよ」
「あ!フェレオネね!私の従妹が酒場を営んでいるの!」
「じゃあお嬢ちゃんに案内してもらおうかな」
「へえ、どれくらい先なんだ?」
「ざっと20キロ先かな」
「20キロ!?」
20キロを治りかけの人間と行くのか!? なんて内心驚愕していたが、当然歩きでは無く、普通に転移魔法でという事だった。英雄すげえなあ。あっという間に、フェレオネという小さな町にたどり着いた。
*
小さな町と言えど、必要な施設はある程度揃っており。山の高低差を利用した民家が並ぶ町――フェレオネ。
着いて早々トラブルが起きた。
「ちょっと変態!!なんで私の洋服ブラウスしか持ってないのよ!!」
「しょうがないじゃないかあの時は焦っていたんだから」
「貴方乙女を何だと思ってるの!!貴方が『持ってきている』っていうから安心した私が馬鹿みたいだわ!!」
「ごめん!!ごめんって!!」
なんと、イエナの洋服が無いのだった。いや、無いというよりは大部分を持ってき損ねたのだ。
てっきり自分も全て持ってきていると勘違いしてしまった所為で、完全にイエナはマニアックな状態になっている。
「これじゃあ行くに行けないね――少し待っててくれ、幸いこの町はドワーフ族が多くを占めている」
そうすぐにフィーナが衣服を買ってきてくれたのでこれで一安心。しかし当分イエナは口を聞いてくれそうに無かった。何を言っても横腹を突っついてくる。
しかし、町に入るや否や活気高いメインストリートへ
と辿り着くと彼女も目を輝かして興奮気味に口を開く。
「ねえリュウジ!フィーナ!これがフェレオネよ!!小さいけど活気なら一番なの――久しぶりに来れて私嬉しいわ!!」
「ふふっそれは良かった」
しかしあまりの気の変わりように、リュウジはどう反応していいのかわからなかった。
けれども彼女がそう舞い上がるのも無理はない。確かにこの賑わいはワクワクさせる――見るとメインストリートに沿って行商人たちがズラリと屋台を並べている。
香ばしい肉の匂いに、どこからともなく聞こえる吟遊詩人の弦の音に踊り子の煌びやかな舞い……。
イエナに聞いてもあやふやな答えしか出てこなかったので、フィーナに聞くと。
もとより宿場町として栄えたらしく比較的部外者に対しては寛容らしい。
なるほどなあと思いながら二人に並んで歩いていると、段々と景色が変わる。
具体的には建物の高さがグンと縮んだような印象を受けたし実際建物の高さは低くなっている。
「あ!あそこが私の従妹がやってる酒場よ――」
「おお、でも私の用があるのはこっち」
見るからに残念がるイエナだったが「終わったら案内してもらうよ」との一言でぱぁっと明るくなる。単純だなあ。
そんなこんなで3人は、フィーナの目的だと言うバーへと訪ねるのだが――
「少し……私では肩が当たってしまうね……」
「大丈夫かぁ?ちゃんと前見て気を付ゲッハ!!」
サイズが違い過ぎて、歩くのに慎重になっていた。
わかっていた事ではありながらそれでもやはり、一歩進むのに一苦労だ。
そもそもこの町自体、ドワーフ族が主なので建物のサイズも小さく入るのも一苦労でシャンデリアに当たりそうになるわ、フィーナが鞘と盾で棚を倒しかけたりと気が抜けないし、何なら自分は天井の梁に額を思い切りぶつける。
案外気を付けていても、注意しなければいけない部分が至る所にある所為で、2人は自然と忍び歩きになるのだった。
特にフィーナは自分よりも遥かに背が高い上、分厚い甲冑を装着している為歩きづらそうだ。
「なあ……もう四つん這いになって歩いた方がいいよ、フィーナ……」
「なに――これくらい、騎士団の訓練に比べれば容易いものさ……これぐらいなんてことはない」
「平気なら別にいいんだけどよ」
そう言って彼女は強気な言葉を発しながらも、滅茶苦茶きつそうな顔を作って何とか耐えていた。
ちなみに、ここに来る前に雑談と言うか世間話のようなものを交わしていくうちに、大分距離感が縮まった。年がそこまで大きく離れているわけではなかったし、前世から他人とすぐ仲良くなるのは得意な部類ではあったので、特段珍しいわけではない。友達も結構作れた方だった。
まあ今はもう傍には居ないし、口を聞くことは疎か顔を会わせることすらも叶わないだろう。
「いらっしゃい――おやおや……これは不便をかけさせて申し訳ない」
カウンターへと辿り着くとマスターらしき初老の男が奥から出てきた。
ドワーフという名に負けず、低い背に丈夫そうなふっくらとした体。しかし服装はバーテンダーのようなYシャツに黒いベスト、紅の蝶ネクタイをしており。
整った鼻ヒゲをピンと立てて全体的に優しそうな雰囲気を漂わせていた。
「いやいやいいんだ……まあ少し気を付けねばならないが別になんてことはない」
「知り合いなのか?」
「嗚呼――書簡を貰ってね」
そう、取り出したのはキラキラと繊維状に光が移る敷居の高さを感じさせる紙。それは紛れもなく貴族や騎士など高階級に宛てるための『嘆願書簡』だった。
久しぶりに見るそれは、人間側からしたら三鷹の反応は些か不自然に映ったのかもしれない。
「――君は辺境の生まれかい?」
「へ!?あ、いや、まあ――そうだな、まあそんなところだ」
瞬間、アルグベムの事かと思ったけれど、そんなはずはない――普通はそう考えるけれど、彼の場合は冗談でもきつかったので、余計に怪しまれるような反応になる。
まあしかし、彼女は何かを察してかそこから何かを聞くことはなく、逆になんか悲哀の目を向けられるのだった。変に勘違いしてなければいいのだが……。
「こちらのお二方は?」
「あ――俺は、この人に助けて貰って……その……どこか寝泊りするところを探してて」
「旅人のお方でしたか……いやいやそれは幸運でしたな……こちらのお嬢様は――」
「私はイエナよ!ほら向こうにあるアルフの従妹よ?」
「これはこれは……いやいや見違える程美しくなられて――」
「フィーナに助けられたのよ、リュウジと一緒にね」
とこちらを見る彼女。
それに、マスターはなにやら事情を察し深々とフィーナとこちらに向かってお辞儀をした。
「この度は私共の同胞を救ってくださりなんてお礼を申し上げればよいのか――ささ、立ち話もなんでしょうから、こちらへどうぞ」
と、マスターに通されたそこは、ヴィンテージに揃えられた応接室だった。「散らかっていて申し訳ございません」と断りを入れるものの、しかし奥にある机に書類が散らばっているだけで目の前の机は綺麗に掃除が行き届いていた。
彼女は小さく頭を下げると通された椅子へと座る――しかし、そわそわと落ち着かない様子で、何度も座る位置を直したり一度尻を浮かせて椅子をズラしたりとどこか落ち着きがなかった。
そして少し恥ずかしそうに微笑を浮かべて僕に「少し窮屈だね」と口に手を当て笑んだ。その仕草がとても上品に見え、一瞬見惚れそれからその上品な仕草に関心し、思わず返す言葉に迷って黙ってしまった。
何て返したらいいだろうかと迷っている中『申し訳ございませぬ……頭の方、お怪我ないですか?』と心配そうな声を掛けるのはマスターだった。
「これは恥ずかしいな……聞こえてしまっていたか」
と爽やかな笑みを彼に向け「しかし、味わいのある家具だな……見ただけで一級品と分かる――逆に感謝するのは私の方さ」と目の前のローテーブルを撫でる。
マスターは満足そうに笑むと日焼けした書類の束を持ち目の前へと置くと、彼も向かい側に座った。
「お茶を用意いたしましょう――お紅茶か珈琲、いかがなさいますか?」
「では私は紅茶をいただこうかな」
「え――っとじゃあ俺は珈琲で」
「私はフィーナと一緒の!」
「かしこまりました、では暫しお待ちを、下の者に用意させますので」
「嗚呼、構わない……ここは紅茶が名産と聞くのでね……」
「それはそれは、ご存知でしたか」
マスターは満足そうに頷くと、フィーナが扉から出ようとするウェイターに軽くウィンクを送った。
「では改めて、今回は同胞の命をありがとうございます」
「いや、偶然の事だ――故、私よりも多くは彼のお陰とも言えよう」
「感謝します――」
「ね~リュウジは凄いのよ!!回復魔法の名手なの」
「あッ、いッ……いえいえ、過分というか身に余るというか分不相応というか、勿体ない言葉です」
一気に視線を浴びまんざらでもないリュウジではあったものの、ここはしっかりと謙遜してちゃんと相手を持ち上げなければと思い、返す言葉が分からず必死になっていると、ひろゆきみたいになってしまった……。
「おいおいリュウジ……君は慌てすぎだ、一旦落ち着こう」
生暖かい目で彼女は語りかけるが、多分盛大な勘違いをしている。
いや、まあ世間を知らないガキではあることに変わりはないか……。
目の前にお茶とクッキーが運ばれると、イエナの顔は明るくなる「これ食べていい?」とフィーナに尋ねると「いいよ、じゃあお嬢ちゃんに私のもあげよう……」そうして目の前に小皿が二つ並ぶ光景に幼女は見たことないほど目をキラキラと輝かせクッキーに手をつけた
「こらこら、焦ると溢すよ――クッキーは逃げないさ」
「ふぃーへほへおひひい!!」
「ふふ、そうかい良かった……けれど食べてる時は口を閉じようね」
イエナは大袈裟に飲み込むと、口を閉じて何度も頷いた……違う、そうじゃない。
「面白い子だ……さて待たせてしまったようだね」
「いえいえ――では一通りこの書類に目を通していただきたいのです、話はそれから」
「ふむ……一筋縄ではいかないようだね」
彼女は書類を片手に、頬杖をついて唸る。
「そんなに深刻なのか?」
「うむ、色々と絡みあっているからね」
ページを一枚捲るとまた唸る。「書簡にあったよりもこれは酷いね……主人、話を進める前に言っておくべき事があるんじゃないか?」と不敵な笑みを浮かべる彼女の顔はそれまでの凛としていた高貴な騎士とは違い、戦の顔をしていた。
すかさず、リュウジは疑問を口にする。「一体……一体なんの話をしてるんだ?」そう、重々しい彼の声が空間を静かにさせた。
「評議会にもまだ通していない故、どうか御内密にさせていただきたい……どうか御二方には席を外れて貰いたく――」
「申し訳ないが、それは嘘だろう。事が事なだけ、貴方が二人を弾くのも分からなくはない、しかし今は要らぬ配慮だ。どうせ直ぐに知れ渡る……してもしなくても誤差のあ範囲に過ぎないさ……貴方がそれ以上に情報を隠し持っているというわけではないだろう」
重々しく唸るマスター。
それほどまでに重要なものを自分達が耳にして良いのだろうか。
「いや、俺たちは席を外そ――」
「リュウジ――」
意味深な目でこちらを覗く彼女――神妙な顔つきで自分を呼び止める声は低く、けれどもそれ以上何かを言う訳でもなければ、視線は動かずそのまま、何かを考え込むかのように唸る――
口に手を当て深々と考える彼女は、何か答えを得たのか一度頷くとマスターの方へと向き直った。
「主人――このままで構わない、続けてくれ」
「わかりました――」
マスターは、その初老のドワーフは深い皺が刻まれたその額をしわくちゃに寄せた後、息を吐いて思い口を開いた――先週の事です。
『魔王が復活致しました』