キチガイ主人公
起きたのは何時ごろだろうか。
しかし、脳を覚醒させている内に、すぐに陽が昇る。
朝4時か5時、場合によっては6時なんてこともあるが、しかし今重要なのかそんなことじゃなく、彼女が直ぐ傍に居ないという事――
わけが分からないぐらい取り乱し、慌てて頭を働かせる。
微量ながらもドワーフの類の魔力を感じる――川、河川敷だ、河川敷は浮浪者が出没しやすい――かつての勇者一行も河原で襲撃されたのだ。
正体の分からぬ不安に体が動く。
背丈ほどの植物をかき分けて彼女の方へと駆け――
「イエナ!!」
咄嗟に叫んだ先に居たのは――全裸で水浴びをしている彼女。
の先にいる茂みに隠れていたハンターだった。
一瞬の沈黙の後、叫びながら身を屈ませる彼女。
それでも彼は止まらずハンターが放つ矢の射線を切る――次の瞬間だった。これは一種の勘か、それとも生存本能か、はたまた偶然か、胸の手前にあった二の腕に矢が刺さる。急いで矢じりを抜き、次に放たれた矢はイエナ一直線……しかし間一髪素手で掴んで止め――投げ返す。
それが偶然敵の意表を突いた。
時間にして数秒のこの一瞬が生きるか死ぬかの別れ時――判断を見誤れば死ぬ。そこで働かない頭の中、彼が取ったのは自身の回復よりも彼女のバリアだった。
彼女に覆いかぶさるよう抱きかかえ、急いで茂みに逃げ込んだ。
「馬鹿野郎――」
「ごめんなさい――リュウジ腕の血が!!」
「気にするな、いくらでも経験してる!!」
「でも!でも!」
彼女は潤んだ瞳で訴える。
「致死量よ!!毒も回ってる!!」
「嗚呼、でもなあ!!主人公は死なないんだよ!!」
「何言ってるの!早く手当しないと死んじゃうのよ?」
「死なねえさ――“神”に弄ばれてるんだからな」
彼がその命がけの行動を取ったのは、彼女に好意を抱いたからでも。
架空にある物語の主人公を気取ったからでもない。
それは転生者として。
ここに運んだあいつの思惑を経験として何度とピンチに遭ってきたからだった。
これは自分を鼓舞させるための一種の強がりに過ぎないのかもしれない。可能性という、ごく僅かながらの可能性に賭けた、三鷹リュウジの希望なのかもしれない。
だがしかし、信じなければ生きられない。
いつもそうだった、死ぬか死ぬよりも辛い生き方をするかの二択だった。しかし何ともならずとも今何故か生きている。
嗚呼、だからなのだろう。彼女はもしかしたら死ぬかもしれない。この俺に関わった所為で死ぬかもしれない。それが咄嗟の行為に結びついたのだろう。
だから、尚の事、信じなければいけない。
自分が主人公だと。
自分が生きる伸びることを。
――信じなければならない。
しかし、そんな淡い期待を抱くこと自体甘かったと実感する。
脚がふらついて、速度が落ちる。その瞬間、背中に激痛が走り奴らがもうすぐ近くまで接近していることを理解する。
嗚呼、思い出してみれば前回もこんな感じだった……死ぬ……今度こそ四肢を引き裂かれるかもしれない……しかしこの子だけは生かさなくては……。間接的であれ、俺が彼女を孤独にさせたことに変わりはない。
エゴなのだろう、きっと彼女だって全てを知ったら殺しにかかるかもしれない。最終的に矢が向くのはこの状況であれ、彼女の意向であれ俺自身なのだから。
しかし、このまま逃げても、悪い未来しかない――
「イエナ――」
「どうしたの?」
「想像以上に状況が悪化している、止まって処置したところで治る毒じゃなければ、自力で浄化できるような毒でもない」
「じゃあどうするのよ――」
「昨日の奴をもう一発お見舞いしてやってくれ」
「あなた自分で精いっぱいじゃない!?」
「少し魔法陣を書くくらいなんともない」
「嘘おっしゃい、魔術に詳しくなくても分かるわよ」
彼女の言う通り、今は毒を通さないようギリギリで進行を抑えている最中だ。
当然、魔法陣だって魔力を流さなければ発動しない。
ただしかし、今は彼女の命が最優先だ。
「お前なら俺ぐらい背負えるだろ」
「まったく貴方それでも紳士なの!?」
「淑女は真っ裸で外を出歩かないだろ」
「貴方がそうしたんじゃない!!この変態!!」
「しかたねえだろ……傷病者に罵声を浴びせても回復はしねえぞ」
しかし彼女の言う通り、俺は多分……というか確実に変態なのだろう。
この状況下で本当になんと言うか、マジで申し訳ない話。勃っているのだから――
多分つり橋効果というやつだ。
こんなんでロリコンになりつつあるなんてとんでもねえ話だがな。
そう、軽口を言い合うが状況はリュウジの体や、外の状況共々刻一刻と悪化していっている。
前に踏み出す一歩がこんなに重いのは生まれてきて初めての経験だ、前世のマラソン大会よりも断然重い。
それは当然治りかけの脚にかかる負担もそうなのだが、状況による精神的な負荷が一番割合を占めるだろう。
投げ出したい、けれど投げ出せないこの責任の重みに、潰れそうになるリュウジにとって下ネタと言うかその類の話でもしていないと正気を保てず、傍から見れば――それこそ、イエナから見てもとうに限界を超えているのは明らかだった。
真っ青に染まった顔からは脂汗が垂れ、唇は震え、不規則な呼吸に、抱える両腕は震えており深刻な魔力の枯渇は火を見るより明らかだった。
「もういい!!もういいのよリュウジ!!」
「ああ、そうだな」
AKIRAの金田さながら全身を傾けながら急ブレーキをかける。
しかし限界を迎えていたからか、かなりの速度が出ていたのでその脚では受け止めきれず、ゴロゴロと転がるが、痛みに震えることなく脚をひきづって岩陰に隠れる。
「これを着ろ……無いよりはマシだろ」
土埃に塗れたマントを外し、上に重なっていた豪奢な衣服も、くたくたになってその面影も今は無い。そしてフリルのついたブラウスを彼女に差し出した――そしてその上からマントを被せ、彼女の背中越しただ一言呟いた。
――本当に、ごめん
事態の深刻化はかなり早くなっていっている。
痛みは多分脳がごまかしてくれている。
魔力ももう、コップに残った一滴だ。
あとは彼女に託すしかない。
後は頼んだ――そう彼女の肩に手を置いた時だった。
それは一際輝く甲冑を身に纏った、目視でも2メートルはこえているだろうという高身長の……女騎士だった。