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話の通じない人たち


 殴り――と言うより素早い突き(ラッシュ)が両者譲らず、繰り広げられる。

 溜めず、休まず、余裕を作るなど以ての外。

 衣服を掴み、甲冑を掴み。

 蹴り、突き、両者胸ぐらを掴みながらそれを解きながらの攻防、連撃に次ぐ連撃。


 片方が突けば、もう片方が手の甲で払い、もう片方が蹴れば、もう片方が手でいなす。


 基本の体制を崩さずにずっしりとした構えを見せる、謂わば“静”のフィーナに対し

 全身をしなやかに捻らせ、全身をくまなく使いこなす姿は、まさに“動”のニーナと言えた。


 動きが高速すぎてその攻撃が、どこに作用し何の効果があるのか分からない。


――しかしその時だった。


 それまでとは全然違う動きを見せたのはサラマンダー娘で、いきなり地面ギリギリへと伏せると、足元に落ちていた双の短剣を素早く取り返し、次の瞬間彼女の攻撃が急加速する。流石に距離が近いだけあって、予備動作すらも目に捉えられない。


 途端に噴き出すのは赤褐色で彩られた鉄の臭い。


 それは、あまりにも……あまりにも馬鹿げていて、そして狂っていて、しかし何よりも愚かさを体現したような行動に、両者柄を掴む握力が一瞬でさえ怯むほど、唖然と、呆然と愕然とが交錯する。


「……んな事ッ……こんな……こッ……と……」


 その光景に反して、当の本人は悶え苦しむどころか、叫び声すら上げずその状態を受け入れるかの如く、言葉に痛みによる苦渋が引いていくのが剣を通して伝わる。


『――こんな事してる暇じゃねえだろうが!!』


 理論上走らないはずの激痛を、無いはずの痛みに汗を流す。激痛と言うよりかは気色悪い感覚に過ぎないのかもしれない。

 それを堪えながら、彼は声を絞り出す。

 そのたった一言、たった一言放った彼の言葉は二人を、特にフィーナの心を大きく動揺させた。それは真っ直ぐと彼女の瞳に訴えかけたからか――


 それとも、彼が身を挺して二人の刃を受け止めたからか――


 衣服が血の色に染まってもすぐにそれは施された魔術により消えてゆくはずだったが、絶えず流れ出てゆく血液。

 リュウジの体は、右脇腹にニーナの左手の短剣を受け止め、また左の前腕でフィーナの短剣を受け止める。


 痛みは瞬間に治められた。

 回復魔法の応用……というかそれを治療する前段階の神経をいじるやり方の応用だ――以ってあと3分、長くて5分そこらの鎮痛技術しか今は無い。なんとか激痛を誤魔化しているだけで体自体は痛みに悲鳴を上げているはずだ……。

 この上に自動回復が走っているので、何度も閉じようとしている傷口がパカパカと開く感覚が気色悪い。


「――もう、もうやめろ! ……これ以上、これ以上やったら手遅れになる……本来の目的を見失ったかフィーナ!!」

「リュウジ……ッ!?」


 あまりにも常人の発想ではない彼の行動に、茫然と彼を見る彼女。ニーナもニーナで驚愕と言った表情を浮かべていた――だが瞬間、両者とも剣を引き抜こうと柄に力を入れた時だった。

 リュウジにとって、それは当然に体に刺さっているという事で、それは言ってしまえば体に触れ、大きく関与しているという事で――だから、微細な振動さえも今のリュウジには相手の行動の先を一歩読む――それはまさに相手によるヒントにも等しい現象だった。


 故に、双方の剣に――一方は腕を捻り、もう一方は体全体を捻り、骨と筋肉とで刃をロックしたのだった。


 瞬間、柄からフィーナの手からがするりと離れていく感触が、離れていくというよりは滑っていくと言った方が正しいのかもしれない――その瞬間の出来事だった。


 迫り来るニーナの短剣――奇跡に等しい所業だった。

 額を狙った“刺し”。

逆手に持たれ、勢いよく突かれたそれは、右の掌を貫いた、これをニーナはどう見たのかは知らない、心許ない防御と見たか、苦し紛れの目隠しと見たか――されど彼女が考えているほど、リュウジの戦闘力は人並み以上にあることを、彼女も――また彼女も知らない。


 だからこそだった。

 その薄肉を貫いた瞬間に、確信から唖然と嚙み締めていた口の端が微かに歪む。激痛を感じる暇などない、時間にしてそれはゼロ秒――小数点以下の出来事。

 刃を貫いた掌が彼女の柄へと一気に通り抜け、次のアクションをする間も無く、鍔を握りしめると、彼女は想定していないそれに思わず全身に悪寒が走った。


瞬間、動物的な本能により、剣はそのままで大きく後ろへ跳躍し、距離を取った――


「引き分けにしないか――」

「それはできない――」


 彼女は相変わらず戦闘のポーズを取って、いつ素手で殴ってきてもおかしくない状況だ。


「何とか話し合いで落ち着きたい」

「それはそっちの態度によるんじゃないかな」

「態度――?」

「ああ、大人しく四肢を折ってちょうだい」

「随分と物騒な事言うじゃねえの」

「それが私達のしきたり、私達の縄張りで事を起こしたんだからきっちりと落とし前つけてもらうわよ」

「ちょっと待て!! 話が飛躍し過ぎじゃないか!? 確かにお前たちの領土で魔物を倒したのは事実だが――」

「でもそれ以上の事も――」

『あるかもしれない』

「ちょッフィーナ!?」


 それまで静かに見守っていたフィーナが静かに、先ほどの血気盛んな姿とは打って変わって冷静な面持ちで口を開いた。


「役職は違うが、同じような立場だから分からなくもない」

「と言うと?」

「疑わしきは罰せよ」

「もうちょっと優しくしてほしいね」

「ちゃんと行程を踏まえるべきだったわね――もう既にあなた達は、私達の敵なのよ」


 どえらい事になってしまった……流石に国相手に戦争なんてたまったものじゃない、もう戦争なんてものに参加したくはない――故に口走る。


「魔王が復活したんだ!!」

「ふーん……じゃああんた協力者ってワケ?」

「はぁ!?なんでそうな――『どうしてそれを知っている!?』


 リュウジの言葉をはねのけて、驚いた声を上げるのはフィーネだった。


「他国の情報力舐めないでよね~」

「どういうことなんだフィーナ……まるで、秘密裏にしておいた情報がまさかまさかで漏れ出てているという風に聞こえたんだけど――」

「嗚呼、その通りだ……いや少し違う――問題はこの悪い噂が想定よりも早く世界中に広まっているという事だ」

「え、筒抜けじゃん!?」

「まあ私だって直接聞いたワケじゃないんだけどね、そっちのお国で魔王に寝返った奴がいて、そいつが激しい拷問の末、拘束されたまま島流しにあったとか言うね……んであんたらがそいつらのお仲間ってことも用意に考えられるワケ――魔王が復活したと聞けばますますあなた達疑わしくなるのよ」

「でも証拠は!? 証拠が無ければ俺達がそうだとは限らないだろ!!」


 呆れたようにニーナは言う。


「そう言いだす人間が一番怪しいのよ」

「いや違う!!俺たちは――」

「問答無用!!」

「おいおい体見てわかるだろ!? 不戦表明!! 」

「リュウジ来るぞ!!」

「いやお前も大概だろうが!!」


 先ほどの短剣を受け止めた時は、距離も近かったおかげで何とか可能だった。視界内に捉えられる限界のスピ―ドで、本当に“間一髪”で防げたのだ。

 今度ばかりは全然違う。状況はそれ以上で――いくら何でも遠すぎる。


 さっきは限られたスペースだったから、動きの予測や初動の腕の動かし方でなんとか読めた、けれどもう彼女との距離が広がり過ぎていて、しかも触れ合うスペースどころか間隔すらも四方八方に十分すぎるくらいに空間が出来てしまっている。

 これでは予測する手前に詰められて死ぬ――だとしたらもう『防御』一択でしかないッ。


 瞬間、リュウジは地面へと両手を叩き付けると、腕が線状に光り始める。


 魔力の逆流。

 魔力と言うのは命そのものの、この世界のありとあらゆる生命を動かすうえで必須のエネルギーである、しかしそれは人間含めた動物のみではない、このありとあらゆる自然界にこそ、そのエネルギーの根源があり……人や動物が酸素を取り込み、また吐き出した二酸化炭素を植物が吸い上げ酸素を創り出すように、魔力もまたこの世界を、動物や植物を隔て、変換することで間接的に循環してゆくものなのだ。

 魔力というのは酸素と違い、純度が高くても通常取り込んだ生命に危害を加えたりはしない、ただ“魔法・魔術”として、魔術回路を使った特殊な変換を用いると、生命に極度な負担がかかる。


 ではそれを自然界へ強制的に流し込むとどうなるか――


 強制的な魔力注入により、どちらかが壊死するか。

 洗練され、より高純度な魔力を生み出すのか。


――答えはこれだ……123!


 瞬間、地から湧きあがったのは、太くうねった大樹の幹――いやまるで幹の如く這い上がるそれは地面を蔓延る木の根であった。

 まるで、地面から枝が急成長を遂げるように地面から何本と逞しい根が沸き上がる。


 リュウジが魔力を流し込んだのは、地中に埋まる大樹の根――人間や動物相手だと流し込むのに慎重にならなければいけないが、植物ならある程度粗雑に扱っても吸収してくれる。植物は実に素直なのだ。

 魔力を注入した樹木は部分的に急成長を遂げる、ちなみにある程度の許容量までいくと成長が止まり魔力の蓄積を始め、今度は魔力の放出量が増える――けれどもこれは人間の魔力量なら有り得ない話。


 たちまち足元が崩れ、好き勝手に地面へと食らいつく根に、流石のニーナも度肝をぬいた――これまで相手をしてきた上級魔法を使う浮浪者や盗賊団、山賊なんかとはまるで別モノだった。実に思考が柔軟と素直に彼を評価する自分がいることに驚きながらも、すぐにこの変わりゆく足場に対応しようと、跳躍する――


そんな彼女を見てリュウジは思った。そしてあまりの凄さに圧倒され声に出た。


『すげえ忍者みてえだ!!』

「見事だ――リュウジ!!」


 そしてフィーナも同調し迫り往く彼女を見ながらも、その体さばきに戦うモノとしての感銘を胸に、高揚し思わず大剣を取り出すと縦横無尽に駆け巡り距離を詰めるニーナに口上を叫ぶ。

その声は待ちわびた彼女自身の興奮と敬意と感謝と言えた。


『私は第134代シン・アスペトロフ騎士団、前団長――《英雄》フィーナ・クリオレイス――竜を刻み、魔を薙ぎ、いずれは神をも倒し、天に立つ者、今ここにこの大剣で迎え撃つ!!』

『亜サラマンダー族偵察機動士――マネクエッタ・ニーナ――誇りと共に散りなさい!!』


 瞬間、彼女の姿を見失った。

 どこにいるかも分からない、いやワンテンポ遅れてリュージは気づく、それよりも早くフィーナは気付いていた――故に彼女は、彼女達は、二人は、二人の戦士は――


 フィーナは背中を見せたままその場で、腰を落とし大きく上段に剣を高く掲げ

 ニーナも腰を落とし、双剣を斜め上段に掲げ


 二人の剣が交わろうとする時間はゆっくりと進んでゆく――ゆっくりと……ゆっくりと――過度な緊張のせいかその速度は、その瞬間に近づくにつれまるで時が静止していくかのような錯覚を覚える。


 一寸の時が止まった次の瞬間に、彼女達は剣を降り下ろそうとした、その寸前だった。


「リュウジィイイイイ!! この騒ぎは何なの!? 上級の魔物!?」


 二人の剣が、首に触れる寸前で止まる。

 それは二人して聞き馴染みのある声だったから――


『ご令嬢!?』

「え、ご令嬢!?」


 驚きに放ったニーナのその言葉に、リュウジは繰り返し叫んで驚いた。


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