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起承転結で言うなら承と転

 瞬間血の気が引き、頭の中が真っ白になる。


『まあ先も言った通り、深入りはしないよ今はそれを聞くほど時間に余裕がないからな』


 リュウジの返答を待つ。

 されど静寂が心の音を語る。


 フィーナの問いに対して聞こえるのは馬の駆ける音に風が樹々を抜ける音、心臓の鼓動と微かに聞こえる彼の呼吸――先ほどとは打って変わって余裕がなさそうだった。馬のスピードは落とさない、しかし彼は速度を落とさず何とか保っている


 それを見て、彼女は何に対してか分からないものの安堵した。


 そして一拍おいて彼女が背を向けたまま話しかける。

 余裕なんてない、疑惑を晴らそうとする焦燥感でもない。

 その行為は人として、一人の人間としての信頼だった。


 フィーナは張り付いた唇を開け、淡々と呼吸をするように話し始めた――


『おかしいと思ったんだ――


 君の技術レベルに対して他の知識が貧弱過ぎる、まるでその決まった期間だけぽっかりと抜け落ちたような印象を受けた。

 着ているその服……どこで手に入れたか分からないが、貴族階級のものだろう……ブラウスの襟にある薔薇の刺繍は、貴族階級が愛用するブランドのオーダーメイド品だ。

 まず庶民や貴族未満の階級が手にできる代物じゃない。

 その上君の顔付きはどの王家や国の主要人物との関係があるようには見受けられない……嘆願書簡の反応さえおかしかった、普通その階級なら見慣れている筈だ、


 しかし軍で当たり前に使われる回復魔法にだけは技術レベルが高い、君の故郷はゴルブだろうここから遥か遠い大国の兵士が何故かここにいる、それだけでも君は際限なく黒に近い。

 君の瘴気は異常だ、何度でも言う。普通はそんな風にはならない、どんな操作をしてもどんな改造をおこしても普通はそんな命が二つあるような魔力を得られない


――二人以上でなければな……


 これはまだ未確定事象で言わば魔術師達の憶測に過ぎないが、

 人のとある器官を取り込むことで、魔力の蓄積量が……いや魔力の副蓄積が可能になるという論文を発表したがたちまち国ぐるみでその研究が凍結・停止・封印された。


 何故か――それが倫理に反し危険な論理だったからだ……


 それを可能にするには多くの実験が必要でありその材料が人間でなければならないからな――


 リュウジ、君は黒に最も近い白だ。

 あらゆる国は君を知らない、しかし君のような存在は各地に存在するだろう、とある集団と戦争になったことがある、彼らは一個体当たりの火力は一個師団に引けを取らない、しかし彼らは戦いにおいて素人であり、しかも恐ろしいほどに知恵が無かった、なので私達は勝つことができたが――


 君と彼らは火力と言う点において最も似通っていると見ていて思ったんだ。

 それまで、君の正体を考えに考えた、盗賊やはぐれ者、放浪者に追放者……でもそのどれもが当てはまらなかった、けれどさっきピースが綺麗に揃った気がした――』


「――フィーナ……お前はいつから気づいていたんだ?」


『とっくに気づいていたさ、確定材料が少なすぎただけで、本来であれば今殺していた――不法侵入者に変わりはないからな……しかし、状況は最悪になったから伸びたまで……それに様子を見てからでも遅くはないからな、それに彼女の事もある……遅くない、まだ見極める必要がある――』


「――そうか……まあ騎士だもんな……やっぱり隠せねえよな――」


『嗚呼……なあリュウジ、君の正体は――』


 彼女がそう言った時、突如として大きな物体が二人の距離を遮った。

 それは、狼やヤマネコと言えばいいのか――しかしその体躯の全長は凡そ熊よりも大きく見えて、リュウジ思わず見上げ硬直する。


 瞬間、身体を反り上げ天へと咆哮にも似た雄叫びを上げる獣が一匹。


『嗚゛呼゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアAAAAAAAAAAA――――――――――――――――――――――――――――』


 視界のぐらつきを感じた次の瞬間、背中に強い衝撃が走る。


 一瞬にして耳が逝った。

 視界は正常、にも関わらず平衡感覚が保てず、倒れた――瞬間、遅れて伝わってくる、耳の痛み、抑えた指を見るとべっとりと血が付着して途端に自分が過呼吸になっている事に気が付いた。

 何も聞こえない――聞こえないと言うよりかこもって反響し、まともに聞こえないのが現状だ……多分、フィーナの呼ぶ声だ――彼女の声らしき反響がうっすらと聞こえる。


 回復魔法が使えないわけではなかった、それはただの焦り。

 何をされたのか分からず、一瞬にして聴覚が奪われれば誰でも簡単に正常な判断能力をい失う。


 馬は狂気に暴れまわり、獣へと突進するも虚しく首を踏みつぶされる。


 やばい。


ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい――超絶やばい――


 三鷹リュウジは、もう完全に正常な思考力を失っていた!! 


 どうしよう!! どうしよう!! 声も上手く出ない!!


――もう一人の客観的な自分は、なんと情けないと頭を抱えた事だろう。


 嗚咽に似た彼女を呼ぶ声、しかし聴く能力を失えばつられて喋る能力も低下する、喉は生きていると言うのにだ。けれども正常になれない今もうリュウジは能力としてただの人以下でしかない。


 瞬間感知した攻撃――咄嗟に身を伏せ、ぎりぎりで避ける――


 危ねえ!! アカン次こそ死ぬぅ!! 逃げないと、ここは何が何でも逃げなければ――耳を抑えながら這いずるリュウジに影が迫る。

 次の攻撃こそ逃げられる自信はなく、咄嗟に身を屈めた瞬間だった――突如として感じる胸の圧迫感と、浮遊感。

 鎧のひんやりとした鉄の張り付く冷たさに触れて初めて、フィーナに“抱きかかえられている”と理解した途端、彼の焦燥を上回る衝撃に頭が真っ白になる――ふつくしい……。


 凛とした端正な顔立ち、色白の肌、青いラピスラズリのような瞳に長いまつげ――彼女の顔が視界の中で釘付けになる。

 こんな間近で見たことなかったから、思わず感じていた焦燥さえをも喉を奥へと飲み込んだ。


 そしてサッと鉄の額と額とを優しく当てると「落ち着いて――」と頭を両サイドから支え、頬を親指で優しく圧して撫でる。


『落ち着いて……深呼吸だ――』


 瞬間頬から耳に掛けて、じんわりと温かくなり、いつの間にか耳に走る激痛も消え去って、ぼやけていた聴覚も熱と共に正常に戻った。


――回復魔法だ。


 しかも自分の物よりも遥か上級の回復魔法。

 自分でもこんなすぐには回復しない。体感時間は数秒――けれども実際はそれ以上にもっと短かく、しかもそれまであった体調不良もなんか回復した気がするおまけ付きだ。


 自分でも10分以上はかかる。それでも戦場では後方で重宝されるし、担当するのは前線で、彼女のように一瞬で治せない兵を担当するのだからまあ差はあって当然なのだが、なんだか唖然としてしまう。

 本当に、僕が必要なのかと思ってしまうのだ――


 けれどもそんな思いも露知らず、彼女は朗らかな笑みを見せ、突進してくる獣を一刀両断するのだった。強い、強すぎる。

 魔力の使い方に無駄がない――一般に、魔術を自分自身ならまだしも、他人に施すとなると色々と複雑な術式を介してからになる。

 それ故に、色々と無駄な魔力が出てきてしまうもので、例えるなら設計図や型紙があるとする。普通ならそれを万遍なく使いきりたいものの複雑な造形であり、しかも一筆書きで書かなければいけない。

 となるとやはり、ど真ん中とまではいかないもののある程度の余白が出るよう、余裕を持たせつつ設計図や型紙を書くだろう。それ故に、どうしても無駄なものが出てしまう。


 けれども彼女の場合は一枚に収め切るのだ。


 設計図とは言ったが、パズル的な思考回路に近い。

 どこにどう当てはめることができるのかを、一瞬にして計算する超人的な数学的思考を持っている。強い、強すぎる。


 彼女はたったさっきの一瞬で、A4コピー用紙一枚程度の容量を。

普通は10枚程度用いる術式を、たった一枚で。

 リュウジの回復と、筋力増強という7:3の回路を組み上げた――


 強い、強すぎる――


 もう全てのパターンが全自動的に体に染みついているのだ。


 強い、強すぎる――


 またも返り血すら浴びない太刀筋は流石としか言いようがない。


『さあ、行こうか』


 彼女に手を貸してもらいようやっと腰に力が入る――と立ち上がるや首元に、短剣を強く当てられる。


「動かない方が良い」


 そうは言うけれど、そんな事知っている。彼女はジッとこちらの奥底を覗くように見つめている。睨むでも蔑むでもなくまた笑むわけでもなくジッと奥底を見て彼女はまた呟くのだった。


「逃げるのはナシだからな――」

「分かってる」


 ゆっくりと刃物が喉元から離れてゆくのを感じる。

 ここまで死が行ったり来たりをするのははじめてだ。


「殺さないんじゃないのかよ」

「こうでもしないと気が済まないものでな」

「こわー」

「まあいいじゃないか」

「まあ……しょうがないってやつだな」


 仕方がない――

 そもそも色々とバレているのに、ここまで生きれてるのが奇跡に近い。本当ならば罰されていてもおかしくないのだ。


 そう言えば、あの時神は自分の名を題した本を読んでいたことを思い出す。

 一瞬、まだ死なないかもしれないとも思ったが、しかし神は「選択によって内容も巻数も変わる」と言うような事を言っていた。


 なんといえばいいのだろうか。


 人生ほど、クソゲーなものはないというが、人生ほど神アニメ、もしくは神映画なものはないと思うのだ。

 ゲームは一人称であり主人公を“体験”するツールだが、それを俯瞰して見れる映像作品であれば受け手の印象も180度変わる。


 プレイヤーである僕の事なんて、読み手からしたらどうでも良いのかもしれない。


「かなり顔色が悪いな……無理をさせてしまって申し訳ない」

「いや、大丈夫だ……大丈夫じゃないけれど」

「まあ引くに引けないからね」


 こんな状況なのだ、自分でも分かっている。

 彼女も、笑ってそう言うけれど、ここまで生きてられているのも、そのほとんどが彼女の人柄という他ないだろう。

 事実、彼女の判断によって生きながらえており、彼女に生かされていると言っても過言ではないのだ。


「でもよ……何かと殺さないでいてくれてるって……実は優しんだな――」

「ふふ、そうさ僕は優しいのさ君が思うよりずっと慈悲深く慈愛に溢れているんだ」

「思ったような反応じゃない……」

「期待に添えなくて申し訳ないな」


 溌剌に笑う彼女。

 思ったよりもその言葉が嬉しかったのか、強く背中を叩くと楽しそうに肩に手を置き「君はやはり生かしておくに値するよ」などと調子のよい事を言う。

 さて、悲しい事に馬が1頭やられてしまった。

 しかし、立ち止まっている暇はなく、彼女が腕を引き馬へと跨った。


 流石、荷引き用の馬なだけあり、一人増えようとびくともしない。


「強い馬だなあ」

「これくらいじゃないと戦っていけないよ」

「強かさを感じる」

「さあ行くぞ――」


 意気揚々と手綱を引いた瞬間だった。


「ちょっと待ってフィーナ、なんか来る」

「……なんだ?」


 目を閉じ、耳を澄ますと微かに草の根をかき分ける音が聞こえる。

 段々と大きくなってゆきこちらへと近づいてきている――『フィーナ!!』そう声を張り上げたのとほぼ同時に馬は走り出した。


「なんか追ってくる!!」

「なんかとはなんだなんかとは!!しっかりと目標を伝えろ!!」

「追手かもしれない!!」

「かもしれないって――」


 瞬間姿を現したのは半人半馬の――黒い影だった。

 姿の特徴を例えるなら、まるでケンタウロスではあるもののジョジョ第五部に出てくるシルバー・チャリオッツレクイエムのような全身漆黒のボディに、亜人に出てくる黒い幽霊(IBM)のような細い体躯の不気味な生物だった。


「あれ……って魔物ってことで良いんだよな?」

「ああ!? 多分そうだ!! この世の理から外れてればみんな魔物だ!」

「いやそれじゃあ分からない!」

「ならば一番完璧な見分け方を教えよう――」


 瞬間、半人半馬のケンタウロスの形を模した黒い影は、腕を弓の形に変形させる――


『“攻撃()”ってきたら敵だ!!』


 瞬間、2体の魔物から黒い矢が放たれる。


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