バレテーラ
得意の馬ならこちらのものだ――そう思ったものの全く差が縮まらない。
考えてみればあっちは騎士だ。普段から戦闘で馬や竜を乗りこなしているに違いない。流石、プロは違うな。
こちらもできるだけ、身を屈めて空気抵抗を減らし馬の脚を速くさせる。
「ちょっと待ってくれよお!」
「おお、やるな……君は馬の扱いが上手い」
「やっと追い付いたぞ、なんでそんな早いんだ」
「経験の差だね」
フッとこちらに微笑むと前へと向き直る。
「君のそれは独学にしちゃ、様になってるね……誰から教えてもらったんだい?」
「元々田舎に生まれて、幼い頃からよく馬の世話をしていたんだ、軍教に入るまではそうだった」
「軍教……?術師就学を君の国ではそう呼ぶのか?」
「ああ、これじゃ通じないのか――魔術教堂軍格教導部が正式名称だよ、そっちこそ術師就学ってのか?」
「そうさ、教わるスキルは違えど呼び名は違うんだね」
「まあ名前こそ大層だが、ただの貧民層の寄せ集めだからな――盾と薬と自爆役には丁度いい人選というわけだ」
「なるほどな……しかし君が今し方言ったこと――おかしくないか?」
「――は?」
彼女の声に変わりはなかった。
だからこそ、彼女の言った事をすぐには理解できず、変な間が続いた。彼女は未だ何も言わず、勿論こちらも口を閉じたまま、沈黙が続いた。
聞こえるのは、馬が地を駆ける音、木々の隙間を通る風の音――そして脈打つ心臓の音。
――理解を拒んでいた。
彼女が今何を思い、何をしようとしようとするのか、思考が停滞しその先を考えることができなかった。
「――なあ、急に黙るの辞めようぜ?」
唇が張り付いていた。
尚も彼女は黙ったままで――
「――」
「なあ――どうしたんだよ」
神妙な空気の中、彼女はそれまでの快活な声とは打って変わって、低くドスの効いた声で『もしもだ』と呟いた。
「もしも君が敵だとしたなら、あの娘には死んだと伝える事にする」
「それは――つまり」
「リュウジ、別に今は問い詰めることはない、しかし君がもし裏切るとするならばこちらも容赦はしない……」
「――」
その言葉に何か言う事はなく、コクリと一度頷いた――バレテーラ!!
自分が魔王という事、もしそうでなくても結構な目で怪しまれている……否定も肯定もできない! しかし一体、どこで気が付かれていたのだろうか……まて、思えば心当たりがあるようなないような……。
「君は一体何者なんだ?」
――ああ全部分かってる訳じゃないんだ。
「あんたが思ってるほど、複雑なわけじゃないよ――普通に人間だもん」
「まあそれくらいは分かる、けれど君の瘴気は異常だよ、まるで――」
「普通じゃないのは僕でも自覚しているよ……というか瘴気?」
「ああ、普通じゃない……瘴気と言うのは君から漂う魔力の色のことだよ、君は普通のとは違って濁っている、こんな瘴気は見たことがない」
「肺ガンみたいな感じか?」
「ガン?」
「えーと、ほら華巻草ってあるだろう――あれ吸い過ぎると腹が黒くなって腐敗するとかいう」
「ああ、君の国はそれをガンと呼ぶのか?」
「うーんまあ厳密には違うが、似たような奴だと思ってくれ」
「おかしなことを言うな……? ちなみに華巻草は私も吸ってはいるが、そんなのはよっぽどの中毒者さ」
「一日何本吸ってるんだ?」
「5ケース(15本)」※1ケース3本
「吸い過ぎだろ!?」
「大丈夫だ、医者にも言われて何度も禁華に成功している」
「十分中毒になってるよ」
「酷い言われようだ、長生きの秘訣なんだぞ? 煙は幸運の印さ――この世に繋ぎ止めてくれる」
「騎士団が泣くぞ……」
「はははッ!! あいつらとは元からヴァルハラへ行くことを約束してるんだ。だからそれとはまた別さ――私がこの世に留まっているのはまた別の望みがあるのさ」
「ヴァルハラ? この世界にもあるのか?」
「言い伝えでな……この世界とは言うのは分からんが、戦場で散った者たちが集う場所だ、私は望みを果たしたらそこへ行く――だからまだ死なないのさ」
驚いた。前世の言い伝えがまんま同じくこの世界にも伝わっている。
絶対おかしい――おそらくあいつ(神)が変に細工したんだろう。
「――望みってなんだ?」
「それを君に話す道理はないさ、変に他人の中を探るのは頂けない」
そっちから明かしたのに、随分と厳しいとは思ったが――まあそう言えば結構怪しく思われているのだった。
しかし絶妙な位置の関係だ――殺されるかもしれないのに、なんだかんだ今までの雰囲気を取り戻しつつある。なのに一歩間違えれば殺されかねないのだ。
「フィーナ……もし裏切ったら殺すのか?」
「そう言ったはずだ」
「なら安心だ、俺は死なん」
「……つくづく不思議な奴だな」
「まあ結果的にこうなっちまっただけの話さ」
「――今が今でよかったよ、平時なら君を手に掛けていた」
「君のお国では疑わしけば罰せよがモットーなのか?」
「大方間違ってはいない、いつだって私らは法と王の僕なのさ――その上に安寧が保証されるのならどんな仕事であれ仕え続けるよ」
「いい国だな――」
リュウジは俯いて微かに呟いた。
強制的に新興宗教の教祖にされ、そして流れるように魔王の座に就いたことがある自分にとって、彼女のような臣下がいるという事実が、彼の心を切なくさせた。
リュウジ自身、思い返しても全然分からなかった。
そういった部下が居たかもしれないし、居ないかもしれない。
ただ自分でハッキリと理解しているのが、気づけば部下の暴走によって国が崩壊した事。そしてその責任が自身のものになっていること。
納得がいかない。
しかしそれ以上に、どうしても他人事とは思えない程に身近に存在していたそれが、自分で止められず崩壊した事にどうしようもない、やりきれなさを感じて止まなかった。
これも洗脳なのか――誤った思想なのか。
もう何がなんだか分からないけれど。
逃げたくて逃げたくて仕方なかった数カ月、そして全てを諦めたその夜、そして全てを受け入れたはずだったその朝が――それまで望んでいたはずだったその希望とも取れる朝日が……なぜここまで虚しく感じてしまうのだろうか。
複雑な心境の中口にしようとしていた言葉が喉でつっかえる。
馬が揺れる度に胃の中がひっくり返る感覚が不意にした――多分余計なことを考えたせいだとわかるが、そう簡単に元に戻すことなんかできず、しかも乗馬中で止まることも出来ない。
こんな時に便利なのが回復魔法。乗り物酔いにも効果的だ。
「君、回復魔法を使っただろう?」
「え、わっ――わかるのか?」
「そりゃ私にとって魔力を感知することぐらい日常茶飯事だからな……しかし、今から君の力が必要なんだ……気分が悪くなった程度で無駄遣いされると困るぞ」
「え……これぐらいで無駄遣いって酷いじゃないか――」
「君は何を言っているんだ……ただでさえ、人間の器には限りがある。例え微々たる魔力でも温存してもらわないといざという時ほど困るものだぞ」
「とはいってもな――てっきり騎士団の中ではこれくらいが普通だと思っていたが……」
「それは期待し過ぎだぞリュウジ……そんな頻繁に使える人間なんて五賢帝くらいだ」
「5人しかいないってことか?」
「……君は本当に世間知らずだね」
「まあ色々あって世の中には疎いからな」
「にしても限度がある……君の正体が益々気になるよ、世間一般の常識が通じてるようで通じていない、君ほど不明瞭な存在はどこの大陸に行ってもいないだろうね――」
「まあ唯一無二だからな、俺みたいな存在はいくらいても、三鷹リュウジは俺しかいない」
「うーむ、なんとも納得しがたいな……それは」
否定したいのに、否定できないのが何だか癪に障ると言い放って、馬のスピードを上げた「しかし――やはり君の瘴気は異常だよ」声色が一瞬で変わる。
『何故二人以上いる?』




