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もうすぐ春ですね

 王都のルーファス商会の玄関で、私は空しい戦いをしていた。

「だぁからぁ! お前には用は無いんだよ! 伯父様に会いに来たの!」

「ルーファス様は外出中です」

「伯父様の部屋で待たせろよ!」

「部外者は入れられません」

「俺は甥だぞ! 部外者じゃ無いだろう!」

「うちの商会の者ではありませんから」

「俺は伯父様の後継者だぞ!」

「今は部外者です」

 いつまでこの会話をループしたら諦めてくれるんだろう…。


 私はコレット、20歳。13歳で孤児院を出てから7年ルーファス商会で働いているそこそこ中堅だ。

 私に怒鳴っているのは、デニス・ジーモン。ルーファス商会会長のエドガー・ルーファス・ジーモン男爵の弟の息子。

 ルーファス様は幼いころから虚弱で長くは生きられないと言われていたため、いずれ男爵の座が自分に転がり込んで来ると信じているルーファス様の弟夫婦の子供だ。一家そろって棚からぼたもちを待っているうちに、こいつは18歳になっても仕事をしたことが無い、仕事をする気が無い立派なクズに育った。


「平民風情が!」

「ジーモン様も平民ですよね」

「俺は男爵の後継者だ! このオールドミス!」

「おやおや、失礼な言葉が聞こえたな」


 いつの間にかルーファス様が帰っていたようだ。体が細いせいか、いつも足音をさせずに近くにいる。

「デニス。商会を継ぐ気があるのなら、女性に対する態度を改めた方がいいな」

「伯父様、俺は…」

「それから、カジノから請求書が届いたよ。私は支払わないから自分で何とかしなさい」

「そんなっ! あんな金額をどうやって」

「カジノで稼げばいいだろう?」

 デニスに軍資金を握らせるルーファス様。鬼だ。デニスは上機嫌で帰って行った。


「ルーファス様、顔色が悪いです。商談は上手くいかなかったのですか?」

「キール様は厳しいね。テンツ織をうちの赤で染めたら売れると思うんだけどなぁ」

 ジーモン男爵領は染色が盛んだ。ルーファス様は、各地の布をジーモン領の独特な染色で染めた物を売る商会を8年前に始めた。その事業は軌道に乗り、5年前に王都に出店した。

 追いかけて来た弟一家は、すっかり王都に染まったようだ。

「テンツ織は薄手なので急がなくても。これから寒くなるので、レピア領のシュタイン織をもっと納品してもらうように出来ませんか? あと、レダ工房から生糸(きいと)(そめ)の依頼です」

「あそこは注文がうるさいでしょう」

「でも、必ず流行しますからそれに合う小物を作るチャンスです」

「そこは女性に任せるよ」

「興味持ってください!」

「無理~」





 こんな日々がずっと続くと思っていたのに、ルーファス様は冬を越せずに亡くなった。長年体を騙し騙し生きていたのが、とうとう寿命に追いつかれてしまったようだ。

 葬儀の翌日、ルーファス様の代理人によって、私たち商会の従業員と領地の執務官たち、そしてジーモン一家が商会の会議室に集められた。


「これよりジーモン男爵家の相続手続きをいたします」

 期待に顔を輝かせるジーモン一家。

「ジーモン男爵家を相続するのは、養女のコレット・ジーモン嬢です」

 案の定、ジーモン一家の三人はあっけにとられた後に怒り狂った。

「いつの間に汚い手を使った!」

「汚いだなんて。一年前に国王陛下に認められてますよ。一つ、当主が虚弱で実子を望めない。二つ、身内に後継にふさわしい者がいない。三つ、私は長年当主の右腕として働いてきた。文句が出るわけないでしょう」

 七年間商会で働いて礼儀を覚え、私の立ち居振る舞いも男爵として相応しいものとなっている。

「後継なら俺がいるだろう! この孤児風情が!」

「孤児? みなさん聞きました?」

「?」

 代理人が「確かに聞きました」と言い、皆も次々と「聞きました」「聞きました」と宣言する。

「これで、私とこちらのジーモン家とは無関係、ジーモン家もそれを認識しているという事がはっきりしました。今後ジーモン家の借金の補填は一切いたしません。ジーモン家の者が商会や屋敷に押し掛けた場合、見つけ次第警備兵に突き出します」

 ジーモン家の面々が絶望的な顔になる。

 沈黙したジーモン家のおかげで相続手続きはスムーズに行った。




 手続きが終わり、一人ルーファス商会の会長室に入る。いつも私を迎えてくれた人はもういない。耳鳴りがしそうなくらいの沈黙が私を包む。

 壁に掛かったルーファス様と私の肖像画を見上げる。養子縁組をした時にお願いして描いてもらった絵だ。

「ルーファス様…、私、頑張ります」

 答えてくれないのは分かっていても、ルーファス様に話しかける。


 そこに、ドカドカという足音が聞こえ、勢いよくドアが開けられた。

 ドアの向こうには、予想通りの人が。

「ジーモン様、何の用です?」


 面倒くさそうに返事をした私に構う事なく、得意げな顔をしたデニス・ジーモンが叫ぶように言う。

「お前は身体を使って伯父様を籠絡したんだろう! お前の伯父様を見る目は親子じゃ無かった! お前と伯父様は男女の関係だった!」

 おや、ちょっとは鋭いようですね。

「そんな汚らわしいお前だが、結婚してやろう! 俺に尽くせば黙っていてやる!」

 前言撤回。


「はあ…。本当に馬鹿ですね。そもそも私とルーファス様の関係は誰にも隠していませんよ。皆が知っています」

「恥知らずな! 伯父様の評判を貶めるつもりか! 養女を愛人にするなんて汚らわしい関係を!」

「残念、逆ですよ。養女を愛人にしたのではなく、恋人を養女にしたんです」

「は?」

「もし私とルーファス様が結婚したら、ルーファス様の亡き後、私は『子供の成せなかった妻』としてあなたに追い出されるのが目に見えてますでしょう? ジーモン家の全財産を円滑に受け取るには養女になるのが一番だったんです」

「………なぜ、そんなことを…」

「ふふっ、ルーファス様の考えた復讐ですよ。まあ、私には『復讐』と言うより『イタズラ』レベルだと思うのですけど」

「復讐…?」

「まあ! あれだけ『さっさと死んで爵位と財産をよこせ』という態度をとっておいて、恨まれていないと思っていたのですか?」

「………」

「ルーファス様が余命幾許(いくばく)も無いと知ったら、あなたたちはこれから手に入るお金を当てにして贅沢するでしょう? 今まで我慢させられていたのだから当然だ、というように。そして、ルーファス様が亡くなって幸せの絶頂になった時、自分たちに全くお金が入らないと知るのです。残るのはたくさんの借金だけ。さて、あなたたちは借金取りから逃げのびられるでしょうか? それとも捕まって生き地獄になるでしょうか? これがルーファス様の考えた復讐。だから、私はルーファス様の『妻』ではなく『養女』になったのです」 

「………」

「でも、逃げのびられたら復讐にならないでしょう? ルーファス様はやっぱり甘い人だと思ったのですが…、なぜここにいるんです?」

 青い顔のデニスは一言も発せない。

「言う事が無いのでしたらお帰り下さい。じゃないと警備兵を呼ぶことになりますよ、平民風情」

 壊れたゼンマイ仕掛けのようにぎくしゃくとした動きでデニスが去っていく。カジノの借金はどれくらい膨れ上がったのだろう。



 私は再びルーファス様の肖像画を見上げる。

 13歳の私を引き取って、一人前に育ててくださった人。「孤児院では優秀」なんて、世間に出れば凡庸に毛が生えた程度だと打ちのめされても、ルーファス様が導いてくれたから腐らずに努力できた。

 いつしか身分違いの思いを抱いてしまったが、「こんな私に、ありがとう」と言ってくれた。「人生で最高の贈り物だ」と。



 デニスには言わなかったが、ルーファス様の計画には続きがある。


「コレット。君がジーモン男爵家を継いでくれたら、君は家を断絶させないために新しい恋をするだろう? その人とは子供を授かるかもしれない。きっと、家族に囲まれた幸せな人生を送れる」

 今はそんな幸せなど考えられない。


「私はそばにいられないけど、君の幸せを祈っているよ」

 あなたがいてくれれば、それだけで良かったのに。




 もうすぐ春です。まずはキール様にお会いしてテンツ織を入手しましょう。

 私は面会申し込みの手紙を書き始めた。


ルーファス様は38歳です。

弟は、後継者作りを狙って早めに結婚したので現在36歳。ろくに仕事をしてないので経済力が無いため子供は一人だけです。

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