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第25話【取り戻した平穏】

 翌朝――――。

 腰が痛くてお昼過ぎまで寝ていたエヴァは、目覚めてからいつの間にか王城まで来ていたメアリーに泣きながら(すが)りつかれ屋敷にいる時のように支度を整えられた。

 

「エヴァ様……本当によくご無事で……ぐす、あたし、力になれなくて……騎士失格です……」

「泣かないでメアリー。あなたのせいではなく私の行動が招いた結果だったんだから。それにほら、結果的に無事だったし、まだ実感が湧かないけど呪いも解けたみたいだし。ね?」

「はいっ! ありがとうございますお嬢様。何より自由になられて……本当に良かったですっ! クライム様とも無事結ばれて……」

「あああああそれは秘密にして! お父様にバレたらきっと怒られるわ! クライムが!」


 わかりましたと笑うメアリーに髪をとかされていると、扉をノックしてからクライムが入って来た。


「おはようございます、エヴァ様」

「ク、クライム……!」


 顔を見た瞬間に昨夜のことが思い起こされ真っ赤になるエヴァに、クライムは珍しく笑顔で傍に寄る。それを見たメアリーは驚きながらも微笑ましく思い二人に気を遣って部屋を出て行った。

 

「身体は大丈夫ですか?」

「え、ええ……。とりあえず……歩けるわ」


 この会話が凄く恥ずかしくて目を逸らしながら返事をしてしまう。クライムは機嫌が良さそうにエヴァの手を優しく握ると、メアリーが用意してくれていた軽食をエヴァの口元へ運ぶ。


「朝食はまだですよね? カットフルーツは食べられますか? それとも先にお飲み物がいいですか?」


 なぜか世話を焼きたがるので素直にフルーツを食べさせてもらうと、更に嬉しそうな笑顔を向けられた。


(うう……反則よその笑顔は……いつもの無表情はどこに行ったの!?)


 内心きゅんとなりながらモグモグ食べると、また一つまた一つと口に食べ物を運ばれていった。

 満腹になるまで食べると今度は湯あみのことを聞かれたので慌ててもう入ったと伝えると、今度は露骨に残念な顔をされる。


(い、いつものクライムじゃないわ……っ!)


 たった一日で表情が豊かになったクライムに衝撃を受ける。人はこんなにも変わるのかと。


「ではまた夜に一緒に入りましょう」

「え⁉ 恥ずかしいからそれはちょっと……」

「そうですか……」


 途端にシュンと落ち込むクライムが仔犬のようで、思わずいいよと返事をするところだった。危ない。

 しかしクライムに甘いエヴァはフォローを忘れなかった。


「も、もう少し待って。慣れたら、慣れたら勇気がでるから!」


 その言葉をどう解釈したのか、「なるほど」と納得したクライムの目が怪しく光る。


「分かりました。これからたっぷり時間をかけて慣らしていきましょう」

「う、うん……? そうしましょう」

 

 満足そうに頷くクライムに困惑しながらも一緒に部屋を出たエヴァは、そのあとエイブラハムと合流し色んな報告を受けた。


 屋敷にいる老執事のバティストからは無事連絡が届き、使用人もクリストファーに操られたバティストが戦争が始まることを理由に全員休暇を出していたらしく、それで誰もいなかったらしい。さすがのクリストファーもあの場で全員を始末するのは面倒くさかったようだ。

 今ではまた使用人たちを呼び戻し、屋敷の管理に(いそ)しんでいるとのことだった。


 そしてエヴァ自身にも変化が起きた。

 貴族の吸血鬼たちと会っても彼らが理性を失うことはなくなったのだ。普通の人間と変わらない対応が取れるということで彼らも安心していた。

 ただ、実際に直接話す時はエイブラハムもクライムも傍にいたので彼らが怯えていて本当のことを言っているのかは定かではなかったが、逆に近寄りたくないという雰囲気は痛いほど感じた。

 呪いが解けたという実感はまだ湧かなかったものの、それでももう今までよりも吸血鬼に怯える必要がなくなりとても嬉しかった。


「お父様は……どこか変わりましたか?」

「それが全く分からん。お前の呪いが解けたということは、ブラックフォード家の男子に宿るハンターとしての力まで無くなると思ったんだがなぁ」

「旦那様は元々素質があったのでは? ブラックフォード家自体そもそもハンターの家系ですので」


 それもそうだな! と大笑いするエイブラハムに、二人は顔を見合わせてつられて笑った。

 

 王宮の庭園で雑談していると、そこへ近衛兵を引き連れた国王がやってきて三人に気さくな挨拶を送る。「公的な場ではないのだ、楽にしてよい」と笑顔で伝える国王。

 彼は威厳があるがエイブラハムより年下なので昔からエイブラハムを兄のように慕い、助けられ頼ってきたらしくとても信頼を寄せていた。エイブラハム自身も(おおやけ)の場ではない時はかなり気さくに話しかけるので、二人の仲の良さが(うかが)えた。


「それでどうしたんです? わざわざオレたちを探していたんだから何かあったんだろ?」

「いや……あったというより、一つだけ疑問が残っていてな。なぜレヴァイン公爵は今になって吸血鬼を操り始めたのだ? 血の優位性があるのならば今までだって簡単に反逆出来よう。それこそアルカード殿が眠りについている時など絶好の機会ではなかったのか?」

 

 クライムは一瞬考えたあと「エヴァ様に聞いた話が含まれますが……」と付け加え話した。


「私やレヴァインのような完璧な日光耐性を持つダンピールでの支配をしたかったのでしょう。吸血鬼での支配は太陽が弱点である限り難しい。それに人間に比べ圧倒的に数が少ない。いくら魔法を使って変異させることが出来るとはいえ、数で勝る人間に日中太陽の下晒されれば簡単に滅んでしまう」

「ダンピールとは……人と吸血鬼の混血児のことだったな。確かとても出生率が低いとか……」

「そうみたいですね。そのため人間を直接変異させることで増やそうとしたのでしょう。だがそれの研究には長い年月を必要とした……。なんと言っても一からダンピールを創るのです。簡単に成功するわけがない。そしてようやく形になったのが今回の出来事に繋がったのではないでしょうか」


 国王は難しい顔で「なるほどな……」と呟いた。エヴァは恐る恐るずっと聞きたかった質問をする。


「あの、アイリーン様は……アイリーン・ゴス伯爵令嬢はその後どうなったかご存知でしょうか? その……処罰などは……」 


 あの夜のあとアイリーンはクリストファーに協力した者として大人しく連行されていき、以来会っていない。エヴァを助けてくれた彼女に心から礼を言いたいと思っていたのだ。


「ゴス家の令嬢か。彼女は無事釈放されているよ。特に重大な事件の協力をしたわけではなく、あくまでレヴァインに自ら血を提供していただけだったからな。まぁ本来パートナーとして申請しないといけないことなのだが……」

「そ、そうでしたか……教えていただきありがとうございます陛下」


 吸血鬼に配給される血の量は決まっているので、特定の相手から定期的に直接血を摂取したい場合はパートナー登録が必要であった。今回からエヴァもクライムのパートナーとして正式に登録したのはクライムがダンピールとして(おおやけ)になったため隠しておく必要がなくなったからだった。


 アイリーンの話を聞いて安心したエヴァは、落ち着いたら今度はこちらからお茶会に誘おうと誓った。

 

 それから戦争の始まりに関するこちらの調査が進み、大国ハルベムテとはクリストファーが起こした内乱に巻き込んでしまったという形で正式に謝罪をした結果受け入れてくれた。こちらの通達が一切向こうに届かなかったのもクリストファーが阻止したせいだったようで、お互いようやく合点がいったようだ。おかげで今は友好を取り戻そうとしている。

 

 

 そんな平和がしばらく続いた、月の綺麗なとある夜――――。

 

 

 王宮ではハルベムテとの関係修復のため大使たちを招いた宴が催されており、クライムもアルカードとして出席したりととても忙しい夜を過ごしていた。

 エヴァもクライムのパートナーとして共に挨拶に周り、いい頃合いで休憩するためバルコニーに出ていた。


「私……自由になったんだなぁ……」


 まだ冬なので寒い風を感じながら火照った身体を冷やす。冷えすぎないよう温かなショールを手繰り寄せ美しい月を見上げていると、すぐ後ろからクライムがやってきて抱きしめられた。

 

「良かった、遠くに行ってしまったのかと」


 その言葉にくすっと笑うエヴァは、振り向いて前から抱きしめ返した。


「まだ、どこにも行かないわ。行く時はあなたと一緒よ」


 嬉しいです。と返事をするクライムを見上げると、彼の髪型が以前の長さに戻っていることがほんの少しだけ残念に思った。それが顔に出ていたのだろう。


「髪、伸ばしたほうがいいですか?」

「んーでも……どっちも好き」


 そう言うと照れたらしくあからさまに目を逸らされてしまった。そんな彼が可愛くてふふっと笑っていると、再び大切そうにギュッと抱きしめられる。

 

「…………俺のせいで……ブラックフォード家に呪いをかけてしまって申し訳ありませんでした」

「もう、何回謝るの? 言ったでしょう、誰もあなたを恨んでなんかないんだって」

「それでも俺が呪いをかけてしまった事実は変わりませんので……一生罪を背負っていくつもりです」


 エヴァは以前見た夢の話をしていた。母も、ブラックフォード家の皆もこの呪いによって亡くなった誰もがクライムを恨むことはないと。けれど彼は一生自分を責めるだろう。だからエヴァはその度に教えてあげる。

 一旦身体を離し、未だに納得がいかない顔をするクライムの手を優しく握った。


「私があなたを(ゆる)します。何度でも言ってあげるわ、あなたが自分を(ゆる)すまで」


 そう言って微笑むと、クライムも泣きそうな顔で微笑んだ。

 それから彼は片膝をつき、懐から一つの宝石を取り出して見せた。

 

 クライムの瞳の色と同じ金色に輝く宝石がついた――指輪。


「これが完成するのに時間がかかって遅くなりましたが……エヴァ・ブラックフォード侯爵令嬢殿。どうか……俺と結婚してくれませんか」

 

 エヴァはハッと息を飲み、震える手でそれを受け取る。


「喜んで……!」


 言葉にした瞬間、クライムの胸に飛び込み嬉しさで涙が溢れた。化粧がぐしゃぐしゃになるのも構わず彼の正装に顔を押し付けて泣くと、クライムもまた強く抱きしめ返してくれた。


「落ち着いたら色んな所に行きましょう。一緒に」

「ええ。海の見える場所に行ってみたいわ」

「約束します、必ず連れて行くと」


 まだ見たことのない場所へ。二人で。

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