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吸血鬼惹き寄せ令嬢のダンピール騎士~記憶を失った最強騎士は呪われた私を甘やかす  作者: 夜鳥サン
第一章 吸血鬼を惹き寄せる女の子とダンピール騎士
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第3話【ダンピール】

 二人で屋敷に着いたのは結局夜になってからで、エヴァと入れ替わっていた専属侍女のメアリーには心底心配された。抜け出したのを知っている彼女にだけクライムのことは省き吸血鬼に襲われ遅くなったと説明した。

 

 帰る道中エヴァもクライムも無言だった。なんて声をかければいいのかわからなかったから。

 

(まさかクライムが……吸血鬼だったなんて……)

 

 正直とてもショックだった。エヴァの騎士に就けられてからずっと一緒にいるが、昼も夜もほぼ一日中一緒にいたのに全く気がつかなかった。

 太陽光は平気そうだし、エヴァと同じように普通の食事をしていた。唯一の違和感もほかの騎士の誰よりも優秀で強いことくらい。

 

(それがつまり……そういうことだったのかしら)

 

 エヴァの知らないところでいつの間にか特別な吸血鬼に咬まれ、変異していたのだとしたら。


 あの時、吸血鬼を倒したクライムはゆっくりとエヴァに近づいた。

 いつもなら頼もしいはずの差し出す手に恐怖を感じてしまい、思わず後ずさる。それを見たクライムは一瞬傷ついたような顔をして――。

 

『クライムっ……違うの、これは』

『いえ……怖がらせてしまい申し訳ございません』

 

 目を逸らした彼の横顔は寂しそうで、エヴァは彼を怖がってしまったことに罪悪感で胸が締め付けられた。

 

(あなたは私を守ってくれたのに……それなのに私は……)

 

 それでも恐怖は拭えない。カタカタと震える身体が言うことを聞いてくれない。

 二人とも無事で良かったという安堵と、目の前の絶大な信頼をおいていた相手が吸血鬼だったというショック。

 でもクライムは、普通の吸血鬼とは違う。わかってる、何も変わっていないだろうことが。

 

『明日、旦那様が帰宅されたら報告いたします。おそらく私は処分を受けるでしょう』

『! そんな……っ』

『こうなったのは全て私のせいです。それに自分が吸血鬼だったことも……初めて知りましたし、このままお嬢様のお傍にいてはいけない』

 

 そう言って寂しそうに笑ったあと、避難していた馬を連れてきて優しく(なだ)めた。

 エヴァが何も言えないでいると、失礼いたしますと馬の上にひょいと乗せられる。

 

『早く帰らないとメアリーが心配してしまいますので、少しの間だけ我慢してください』

 

 自身も後ろに(またが)ると、エヴァの身体が恐怖と緊張で固くなっているまま無言で馬を走らせた。

 なるべく身体が触れないようにエヴァを抱え込み、ただひたすら前だけを見て。


『俺は…………化け物なのでしょうか…………』


 数日前の彼の言葉を思い出す。

 今ならもう〝そんなことない〟と言えなかった。昨日までの自分なら迷いなく言えたかもしれないのに。


(あなたは吸血鬼になってしまったの? それとも――)


 不安と疑問と恐怖と、確かな安堵に包まれながら夜道を駆けていった。

 

 

 

◆ ◆ ◆





 汚れた身体を洗い流してから寝た翌朝、父であるエイブラハムが帰宅したので二人で父の待つ執務室に向かい報告をした。

 

「……ひとまず分かった」

 

 神妙な面持ちで考え込む父、エイブラハム伯爵は、深いため息をつきながらエヴァとクライムから事の顛末(てんまつ)を聞いた。もの凄く怒られることを覚悟していたエヴァは少しだけホッとする。

 クライムは自分がこれから処分を受けるかもしれないというのにいつもの無表情のまま淡々としていた。

 そんな彼を見てエヴァは心が痛くなる。

 

(クライムを処分なんてさせない……怒られるのは私だけで十分よ)

 

 例え彼が吸血鬼だったとしても、怖いと本能が言っていてもまだ分からないことが多い。それに確かなのは、クライムはエヴァを自分の意思で助けてくれたという事実。今だっていつもどおりのクライムだ。きっと彼は普通の吸血鬼とは違う。

 

 そう考えていると、エイブラハムは(おもむろ)に立ち上がり背後のカーテンと窓を思いきり開けた。

 初夏の太陽の光と優しい木々の香りが風にのって室内を巡る。

 

「クライム、こっちに来い」

 

 呼ばれた彼はすぐに傍へ向かう。

 窓から差し込む眩しい太陽の光がクライムの身体を照らしたが、彼は特に眩しそうにするでもなく静かに(たたず)む。

 

「やはりな……」

「お父様、これは?」

 

 つまりどういうこと? という疑問を口にする前にエイブラハムは答えた。

 

「クライムは半吸血鬼、ダンピールだ」

「ダンピール……」

 

 半吸血鬼(ダンピール)。確かに父はそう言った。あまり聞き慣れない名称にエヴァは驚きを隠せない。

 人間と吸血鬼のハーフ。言われてみれば確かに存在していても不思議ではないだろう。けれどあまりにも聞く機会がなくてその存在を全く想像出来なかった。

 

「純潔の吸血鬼に最近咬まれたか?」

「いいえ……野良には噛まれましたが全て殺しています。傷も既に消えました」

 

 そう言って上着を脱いで袖を(まく)り、先日エヴァが治療した箇所と昨晩咬まれていた箇所を晒す。

 

(う……そ)

 

 傷は跡形もなく消えていた。まるで最初から無かったかのように。

 

(普通なら治るまでにもっと時間がかかるような深い傷だったはず……)

 

 エヴァが驚愕しているのに対し、エイブラハムは特に驚きもせず「だろうな……」と頭をかく。

 

「お前も自分がダンピールだと気づいたんだろう?」

 

 俯いたままクライムは静かに「……はい」と返事をした。

 

「今朝初めて……理解しました。昨夜は吸血鬼として目覚めた以上、太陽を浴びたらもしかしたら灰になるのではと思っていました。しかし……自分の部屋のカーテンから漏れる太陽の熱にも、屋敷に満ちる光も、全てがいつもどおりに感じられました」

 

 それを聞いてエヴァは自分のクライムに対する恐れが間違っていたと自覚する。

 

(ああ……やっぱり……)

 

 恐れる必要なんてなかったんだ。彼は何も変わってなんかいない。

 

「通常、人間を吸血鬼に変異させられる吸血鬼は、生まれながらの吸血鬼、それも始祖に近い存在でなければ成功率は低いと聞く。お前の場合生まれながらのダンピールだから吸血鬼の血が眠っていたんだろう。何らかのきっかけで今回初めて目覚めたが、おそらく失っていた記憶に関係している」

「私もそう考えています」

「ダンピールは世界的に見ても圧倒的に数が少ない。日光耐性も人によるらしいな。人より身体能力に優れ怪我もすぐに治り寿命も長い。人の食事と血があれば生きていけるとな」

 

 人の食事と、血――――。

 

 昨夜のクライムは吸血鬼の血を口にしていたように見えた。

 エヴァの血の匂いに当てられ理性を失うこともなく、戦いが終わればいつものクライムだった。

 

(じゃあクライムは血を摂取しないといけなくなったこと以外は……今までと変わりないってことなんじゃ……)


 エイブラハムは少し考えたあと、ちら、とエヴァに目をやり再びクライムを静かに見据える。

 

「クライム。昨晩で記憶は戻ったか?」

「いえ……」

「ではエヴァの血の匂いに当てられないか?」

「…………わかりません。ですが、今は特に何も……」

 

 それから少し言いづらそうに、「昨日無意識に奴らの血を摂取したから……今はまだ喉が渇いていないだけかと」とだけ伝えた。

 

「なるほどな」

 

 机に戻り素早く何かを書き、ちりりん、とハンドベルを鳴らし執事を呼ぶ。やってきた老執事はその紙を受け取ったあと静かに退室した。

 見守っていたエヴァはクライムをクビにする指示か何かをしたんだろうかと青ざめる。しかしエヴァが喋る前にエイブラハムはクライムに言った。

 

「お前は今までどおりエヴァの護衛に就いてていい」

「!」

「ただし――」

 

 二人で驚いていると父は続ける。

 

「今まで以上にオレの団の野良吸血鬼討伐の任に当たれ。エヴァとの距離は今までよりとってもらう」

「お父様……!?」

「エヴァ。クライムは優秀な騎士であることには変わりない。おそらくもっと強くなるだろう。食事の血も正式にこちらから提供するつもりだ。だがな――半分とはいえ吸血鬼。いつお前に牙を向くかわからんのだ」

「…………っ」

 

 何も言い返せなかった。

 食事の提供、すなわち共存協定による人間からの血の提供のことだ。

 この国の共存協定は〝血を提供する代わりに人を襲わず、有事の際は国を守る〟というもの。その制度を使い人間の血を合法的に得ることが出来る。

 

「寛大な恩赦に感謝します。全てそのとおりに」

 

 頭を下げるクライムは、いつものように無表情で淡々としていた。

 

「クライム……」

 

 元はといえば私のせいなのに……と心苦しい気持ちになる。クビにされなくて安心だが、専属の護衛騎士から外れるということを意味するのだろう。

 

 自分の血のせいで……吸血鬼を狂わせるから――――。

 

「執事から人の血を届けさせる。まずは指示があるまで部屋で待機だ」

「御意に」

 

 クライムはそう言って静かに退室した。




 さて……と振り向いた父、エイブラハムは笑顔を貼り付けながらとても……とても怒っていた。エヴァはそういえばまだ説教がなかったことを思い出し一気に青ざめる。

 ぬっと近づく父に怒鳴られると身構え「ひっ」と声を出すも、降ってきたのは力強い抱擁。

 

「お……お父様……くるし」

「この……馬鹿者がっ!」

 

 大きな身体で小さく震える父。

 ああそうだ。私はまた――父を心配させてしまった。

 

「ごめんなさい……」

 

 力強い抱擁が心配の度合いを表しているかのようだった。父の広い背中に腕を回し、生きていることを実感させなければ。

 

「ごめんなさい……お父様……」

 

 ゆっくり離れると父の目が赤くなっていた。何者にも負けない強い父を、ここまで悲しませてしまったことに酷く申し訳ない気持ちになる。

 ポン、と頭に手を置かれ、優しく撫でられた。

 

「オレも……お前の気持ちに気づいてやれなくてすまんかったな……。行きたかったよな、祭り」

 

 それで今回の事件に繋がったと理解したエイブラハムは、エヴァの外に憧れる気持ちを()んであげられなかったことを後悔した。

 

「今度から正直にオレに言え。いいな? 内容にもよるがクライムと複数の騎士をつけてやるし、居場所がわかればいざという時オレもお前を守りやすい。わかったな」

「はい……お父様」

 

 じんわりと温かい気持ちが溢れ、エヴァは目の奥が熱くなるのを感じながら小さく微笑んだ。

 

(ありがとうございます、お父様)

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