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第18話【嵐の前の静けさ】2

「吸血鬼の王として――人間を再び支配することです」


 ゾクっと背筋も凍るような悪寒が走る。人を餌程度にしか思っていない彼なら……どんな未来が待っているか想像しただけで恐ろしい。

 彼はエヴァが恐怖していることなど気にする様子もなく話を続けた。

 

「そもそもダンピールとは弱点のない吸血鬼。個々に程度の差はあれど太陽も恐れず能力も吸血鬼に勝るとも劣らない生物である我々は最早、吸血鬼をも凌駕(りょうが)する上位の生命体なのです。そんな我らがなぜ人間などという餌に支配されないといけないのですか? 強者である我々が人間を支配するべきなのです」

「…………傲慢だわ」

「人間は傲慢ではないと?」

「……それは……違うけど、あなたは人間に苦しめられたの? 人間が憎いから支配したいの?」

「いいえ、憎くも苦しめられたこともありません。皆私に平伏しているのが当たり前で、それが正しい世界の(ことわり)であると思ったのです」


 やはりエヴァにはクリストファーの考えが理解出来なかった。彼もまた人間の感覚や考えなど分からないのだろう。


「とはいえ支配するにも我々は人間より圧倒的に数で劣るので、どうせ増やすなら私やクライム君のような完璧なダンピールを量産したいのですが……吸血鬼と人との間ではそもそも出生率が低いのでそれは難しいと判断しました。なので人工的に作ろうと試みたのです」

「なんですって?」

「……夏の豊穣を予祝するお祭りの日、長年の研究の成果でようやく少しは日光耐性のついた吸血鬼を創りだせたと思ったのですが……結果的には理性を無くすのが早すぎて失敗となりました」


(クライムがダンピールとして目覚めた日――――!)


 お祭りの日、パフォーマンスをしていた旅の大道芸人たちが急に吸血鬼となり、街の人々とエヴァたちを襲った事件。彼らは昼間見かけた時には確かに人間で、午後帰る頃に人を襲っていたのだ。


(まさかあれ……クリストファー様がやったことだったなんて……っ!)


 会話が出来るとはいえ、目の前のダンピールはやはり段違いに恐ろしい存在だと改めて認識する。

 

「私の血と魔法だけではどうも完全なダンピールを創りだすことが不可能だったので、クライム君の血を使おうとカークランド室長殿にご協力頂いたんですが……残念ながらクライム君の血は私では使いこなせなくて無駄に終わりました」

「カークランド……アレクシス様もあなたの差し金だったのですね」

「ああ、言ってませんでしたか? 彼は吸血鬼になりたいようでしたので、忘れなければ今度褒美に吸血鬼に変えておきましょう」


 ニッコリとそう宣言するクリストファーを見て、本当に人の気持ちや感情に興味ないんだわ……と内心絶望する。

 アレクシスの行動も思えば違和感だらけだった。エヴァに興味がないのに関わらず執拗に絡んでいたのはクリストファーの指示だったということなのだろうか。


(最初から私とクライムを引き離そうとしていた……?)

 

 ほかにも気になることを言っていたが、ふぅ、とため息を吐いて話を終わらせようとしている様子だったので質問したい気持ちをぐっと飲みこむ。

 

「さて、お喋りをしすぎましたね。あなたも喉が渇いたでしょう? 遠慮なく食事も摂って休息して、また新たにたくさん血を作ってくださいね」

「っ…………」


 思いどおりになるのは(しゃく)だったが、エヴァとしてもここで死ぬわけにはいかないので素直に水分を補給し食事に手を伸ばす。それを満足そうに見ていたクリストファーは「ああそうだ」と大事なことを伝え忘れていたと気付く。


「しばらく王都が荒れると思いますが……あなたは気にせずこの部屋で大人しくしていてください。(もっと)もその鎖の長さだと室内に面したバスルームまでしか行けないようにしてありますが」

「……荒れるって、どういうことですか?」


 ベッドからすっと音もなく降りたクリストファーはくるりと振り向くとまた笑った。


「戦争が始まるのですよ。私が巻いた火種でね」

「っ!」


 戦争――――。


 クリストファーは本気で人間を支配しようと動いている。

 そう分からせられた言葉だった。


「もう既に国境付近で始まっているでしょう。そこで私の創った失敗作の出番です。私の命令に忠実に動くダンピール(もど)きは我々ほどの日光耐性がないので長時間の()の下は本能的に嫌がるのですが、あなたの血を褒美にすればリミッターが外れ、灰になっても日光を恐れず能力までも強化することに成功したのです。それにより兵士としてはそれなりに使えるようになりました。あなたのお(かげ)ですよ」

「私の……血――――」


(戦争のために使われる……?)


 青い顔を益々青くしながら打ちひしがれているとクリストファーは気にせず扉に向かって歩き出した。


「では、あなたの世話は今後メイドにやらせますのでご安心ください。あ、メイドを説得しようとしても無駄ですよ? 彼女たちを操っているのは私ですので意思はありません」

「ちょ、ちょっと待っ……」

「それから、口直しに少しだけあなたの血をいただきに来るかもしれませんのでその時はよろしくお願いしますね。もうあなた以外の血は泥水のように思えてしまって……はははは」


 そうして困ったように笑いながら部屋を出て行った。


 あとに残されたエヴァは唖然としながら扉を見つめる。


(せ、戦争って……どうしたらいいの!?)

 

 とにかく情報量が多くて頭が混乱した。

 屋敷の者たちも無事なのか分からないが、もし無事であればエイブラハムに連絡はいっているはずだ。

 できれば今すぐに自身が無事であること、クリストファーの屋敷に監禁されていること、クライムがいなくなってしまったこと、これから戦争が起こることを伝えたいがこの部屋から出ることが出来ないらしい。

 何よりこれから血を定期的に抜かれると言われているので元気になってもすぐ動けなくさせられるのだろう。


「ど……どうしよう……」


 やはり自分のした行動は間違いだったのだろうか……。今更ながら後悔が押し寄せる。

 クライムの記憶を先に知って、大丈夫だったよと言ってあげたかった。結果的にクリストファーの作戦で彼を傷つけてしまったが、なんとしても会って謝りたい。そして彼にもう自分を(ゆる)していいのだと伝えたい。


「クライム…………」


 エヴァはカーテンの隙間から漏れる陽の光を見つめ、自分のせいでこれから起こるだろうことに絶望するしかなかった。

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