第13話【通じ合う想い】★
アイリーンが帰ったあと、エヴァは一人になりたいと言って部屋に籠った。夕食も拒否しメアリーが心配していたので、クライムが代わりに食事を運び部屋を訪れたようだ。
ノックをされても無視を決め込んでいたら彼は鍵を使って中に入ってきた。
「エヴァ様、入ります」
テーブル近くにティートロリーを置き、奥のベッドに突っ伏していたエヴァを見つける。
「……エヴァ様、少し……お話をしても宜しいでしょうか」
「…………」
無言を貫いていたが、何も言わないでいるとクライムはずっとその場に留まっているので居たたまれなくなりむくりと起き上がる。髪も乱れてぐちゃぐちゃだったが気にする余裕がない。
「クライム……今はちょっと、一人で考えを整理したいの。私、色々と勘違いしちゃってたから……」
なるべく暗くならないように伝えたがどうしても表情が曇ってしまう。クライムは珍しく眉間にシワを寄せ辛そうな顔で拳を強く握りしめていた。
「わかりました。ですが……少しだけ……少しだけでいいので、俺の話を先に聞いて頂けますか」
いつになく必死な様子に違和感を覚える。彼がこんなに感情を露わにするのは初めて血をあげた時以来ではないか。しかもいつもエヴァを最優先してくれるはずなのに今だけは自分を優先してくれと言う。
クライムのことになると気になるのはエヴァも同様なので、彼の必死さに折れて耳を傾けることにした。
「……わかったわ。話して」
「ありがとうございます……」
何を伝えたいのだろうとぼんやり思っていると、クライムは静かに近づき目の前で傅く。そして意を決したようにゆっくりと口を開いた。
「俺は……ずっと”守るべき主君に懸想するなどあってはならない”と、そう思ってました。……だから……昼間口にした言葉に偽りはありません」
その言葉に改めて心臓が抉られるような痛みが走る。
「クライムっ、その話は」
「どうか聞いて下さい。最後まで」
彼は膝に置かれたエヴァの手をぎゅっと握りしめた。そして一つ息を吐くと、覚悟を決めたように真っ直ぐエヴァの瞳を見つめる。
「”守るべき主君に懸想するなどあってはならない”と思っていたはずの貴女に……いつの間にか、惹かれていたのです。……貴女が欲しくて欲しくて、たまらないと」
「…………え?」
一瞬、自分に都合の良い言葉が聞こえた気がした。そんな馬鹿なと思いながら「……血、だけ?」と恐る恐る返すと、眉間にシワを寄せたまま少し困ったような顔をされた。
「心も身体も……全てが、です」
「っ!」
全身がぶわっと熱くなり頭に血が上る。
「嘘、だって、だって。今までそんなこと――!」
ずっと話す機会も、目を合わせる機会もなかった。エヴァを避けるかのように自ら討伐に出向いているのも気付いていた。クライムも彼なりに葛藤しているのだと、自分に言い聞かせていた。
本当は……あのキスを後悔しているんじゃないかって、間違いだと思っているんじゃないかとずっと不安だった。
バクバクと心臓が早鐘を打ち目頭が熱くなる。涙が零れるのも構わず顔を歪ませると、立ち上がったクライムにぎゅっと抱きしめられた。
「許されない気持ちだからこそ隠していました。旦那様にも釘を刺されたので諦めるよう努力もしました。ですがどうしても……諦められませんでした」
「……!」
「エヴァ様の婚約者候補たちが毎日求婚に来るのも、その求婚者たちと平静を装い会話するのも、苦痛でした。……俺の方がずっと貴女を――」
すっと身体が軽く離され、エヴァの涙で濡れた頬を優しく拭う。
「……愛しています」
目を見開き真っ赤な顔でクライムを見つめる。あまりにも唐突な状況に驚きを隠せない。
だってここ数週間、下手したら一カ月はずっとクライムとの関係に悩んでいたのだ。キス以来血も求められないし、必要な時以外一切近づこうともしなかったから。
(嘘、嘘、嘘……!)
「本当です」
「!!……っ」
口に出していないはずなのに返って来た返答に更に驚く。
「じゃ、じゃあなに? 私ずっと独りで悩んでたけど……本当は前から……りょ、両想いだったってこと?」
恐る恐る訊くと、クライムは優しい顔で笑って言った。
「エヴァ様も俺を愛してくれているなら、そうなります」
「あ、愛っ……!」
その言葉がクライムの口から発せられることが信じられない。しかし彼の温かい腕の中にいるこの状況が現実であると理解させられた。
「全然……気付かなかったわ。クライムったら全く態度が変わらないんだもの……」
「顔にも態度にも出さないように気を付けていましたので」
「なによそれ」
思わずクスっと笑みが漏れる。
勘違いなんかじゃなかった。クライムもやはり葛藤していたのだ。
いつだってエヴァのことを一番に考えてくれる、いつだって助けて守ってくれるエヴァの騎士でヒーロー。きっかけは彼の弱みを知ったあの時から、いつの間にか好きになっていた。
クライムはエヴァの頬を再びさすりながら愛おしそうに見つめるので、嬉しさと恥ずかしさがこみ上げながらも上目遣いで見つめ返す。金色の瞳に真っ直ぐ射抜かれ胸の奥がきゅうっとなり先程から心臓がうるさい。
近づく気配を感じゆっくり瞼を閉じると、そっと唇が触れ合った。
(ああ……これが――両想い、なのね)
悩んでいたのが嘘みたいに不安が溶けていった。お互い想い合っているキスはこんなにも幸福なんだと。
重なった唇は思ったよりもすぐに離され、恥ずかしさから顔を真っ赤にして目線を彷徨わせる。至近距離でじっと見つめるクライムも心なしか頬が赤い。
エヴァは掴んでいた彼の服を強く握り直し、勇気を出して同じ気持ちを口にした。
「……私も……クライムが好き。愛してる」
「っ」
瞬間、クライムに力強く抱きしめられたかと思うと座り込んでいたベッドに押し倒された。ぎゅうっと強く優しい抱擁のままエヴァの首元に顔を埋めると、震える声で彼も小さく「愛しています」と口にする。
(嬉しい……)
愛しさが込み上げる。両想いになるとはこんなにも幸せになれることなんだと、心が歓喜に震えた。
少しの間抱き合っていたら、吐息が聞こえエヴァを押し倒した体勢のまま上半身だけ起き上がると、彼の瞳は赤く輝いていた。
「血が欲しいの?」
ここずっとあげられなかったのであげる気で問うも、クライムは少し言いづらそうに視線を逸らす。
「支給された血液を飲めるように練習しているのですが、未だに上手く飲めず……。エヴァ様を前にするとどうも抑えがきかないようです……すみません」
その言葉に小さな嫉妬が湧き上がる。
支給された血液とはつまり……他の人間の血。またアイリーンのことを思い出してしまいモヤっとした。
「……私以外の人の血は……飲んでほしくない、かも……」
「――――……」
頬を染め不貞腐れたような顔で言うと、目を見開き無言になるクライム。するとすぐに項垂れながら「可愛すぎる……」と小さく声を漏らした。
「あまりそういう可愛いことを軽はずみに言わないで下さい」
「か、かわ……!?」
「一応俺も男なので……エヴァ様が欲しくなってしまいます」
「……っ!!」
先程心も身体も全て欲しいと言われたばかりであえて異性を強調させるということは……さすがのエヴァでも理解が出来てしまい真っ赤になる。嬉しさと恥ずかしさで終始心臓が高鳴り続けて忙しい。
でもクライムなら――――。
「クライムなら、私の全てを捧げてもいいよ」
勇気を振り絞り頑張って伝えたのに、彼は大きなため息をついて片手で顔を覆い隠してしまった。
「…………そういうところです」
「っ!」
ぐっと顔が近づいたと思ったら再び唇が塞がれる。しかし今度はただ優しいばかりではなかった。
「んんっ」
荒々しく貪られ、まるで食べられているかのよう。重なる胸は服越しでも分かるほど互いの心臓の高鳴りを知らしめ、触れ合う唇も手も身体も全てが熱かった。
プハッと息を吐き出し真っ赤な顔で息を整えてる間に、クライムの唇はエヴァの顎を伝い首元を優しく啄み始める。
「あっ……」
ぷつりと牙が突き刺さる懐かしい感触。すぐに訪れる甘い痺れ。
じゅる、と血を啜る音が響く中、優しくエヴァの身体を這う手。触れられる場所から不快ではないゾクゾクとした何かが駆け巡り思わず生理的な涙が零れる。
今まではここまでの接触がなかったので驚いたが、互いに想い合う状態で好きな人に求められていると思うと嬉しくなった。
熱い吐息を互いに吐き出し、クライムは口元を拭いながらゆっくりと顔を上げた。
「これ以上はいけません」
エヴァはとろん、とした顔のまま首を傾げる。血の吸い過ぎのことを言っているのか、もしくは先の関係へ進むことを言っているのか分からなかった。どちらにしろエヴァの答えは一緒だ。
「我慢しなくていいのに」
「いえ……まだ旦那様からエヴァ様との結婚のお許しを頂いてないので」
そう言って乱れた髪と騎士服を整え起き上がり、すっかり力の抜けたエヴァの上半身も起き上がらせる。
クライムは再び彼女の前に傅き両手をギュッと包むと、吹っ切れたような顔で真っ直ぐエヴァを見つめた。
「旦那様、エイブラハム団長を絶対に納得させてみせます。だからそれまでどうか……待っていて下さい」
エヴァはあまりにも嬉しくて、泣きそうな笑顔で微笑み首を縦に振った。
お読みいただきありがとうございました!
やっと両想いまで書けました…長かった笑
多分絵で描くとかなりやらしいシーンになりそうなのですが文章では控えめになってる…かも?
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