閑話:ある王の視点
4章の前振り的なお話です。
月が雲から顔を出し、男の視界を照らしていた。盛夏の風が男の頬を撫でつけている。
視界には夜の王都が収まっていた。所々に灯る明かり――そこで生活する人々に思いを馳せる。
王都を一望できるその場所を、男は愛していた。
執務に疲れた時など、ここで愛する民たちを思いながら街を見下ろし、心を慰めることで活力を取り戻すのだ。
男の双肩には、王国民三十万の人生が常に圧し掛かかっていた。慣れたとはいえ、重圧の重さを忘れたことはなかった。
重責だが、実にやり甲斐のある仕事だと、胸を張って生きてきた。男の人生は、その重責を果たすためにある、と幼い頃から教え込まれていた。
男の眼下には今、仮初ではない平穏が横たわってる。
だがこの平穏は、一人の少女の献身によるものであることを、男は理解していた。
過日、男が最も信頼する友の一人から突如知らされた、王国の危機――その窮地から、男が愛する民を救ってくれた少女が居たのだ。
その目で直に見た少女は、一見とても頼りなげだった。
聡明ではあったが、守ってやらねばならないと思わせるような、可憐な少女だった。
だがそんな少女が、王国の危機に果敢に立ち向かい、最後には己の命すら投げ打って最善を尽くしたと聞いた。
少女が一命を取り留め、意識を取り戻したと聞いた時には、密かに胸を撫で下ろした。
少女の献身がなければ、この平穏が一年後に破られていたのは間違いなかった。
少女の献身がなくとも、この国を守る責を負う者たちがその身を捧げ、国難に立ち向かっていただろう――それは、長く険しい道になる事は明白だった。
だが少女の意志は、王国が苦境に立たされるのを良しとしなかった。
その決断により、今日の仮初ではない平穏が守られていた。
実に得難い人材だと、男は実感していた。
それは決して、その特殊な能力に拠るものではなかった。その魂が、生き様こそが得難いものだった。
あれほどの決断を行える者が、果たしてこの国にどれだけ居るというのか。
少女の境遇は、極めて特殊だった。
その大きな活躍は決して形に残せるものではない。形に残せばそれは、少女を苦境に追い込むことになるからだ。
同行していた者たちの口から語られるものが全てだった。
だがそれだけでも、少女がどれほどの力強さを秘めていたのかを、如実に表していた。
彼女の活躍を語る友らの目には、少女への絶対の信頼が宿っていた。またある者は、その少女に憧憬すら抱いているのが解った。
彼らがそこまで心を寄せる事がどれほど難しいかを、男は知っていた。
少女に報いたかったが、表立って栄誉を与えることはできなかった。その真実には、緘口令が敷かれていた。
だが少女は、そのようなことを歯牙にもかけないだろう、と友らは笑っていた。
名より実を貴ぶ少女だと、友らは実に誇らしげに語ったのだ。少女の気高さは、それだけで十二分に伝わってきた。
その少女は将来、息子らと共にこの国を支えていくつもりであると聞いた。なんと頼もしいことだろうか。
男は目を瞑り、その先に広がる未来に思いを馳せた後、ゆっくりと室内へ戻っていった。
4章だけでは伝わらない、王様の内面描写をした閑話でした。




