「対馬の夜明け」作戦2
全艦集結せよ!
海自の要は8隻あるイージス艦であり、個々の艦船の能力は世界でもトップクラスを誇る。イージスシステムは大量のミサイル攻撃から艦隊を守り、大気圏外の弾道ミサイルも撃ち落とすことができる。
艦隊決戦の様相は時代とともに大きく変わった。世界最強といわれた戦艦大和の46センチ主砲は1.5トンの砲弾を42㎞飛ばすことができた。
現在の標準的な対艦ミサイルの射程は200㎞以上あり、炸薬量も大きく、命中精度も高い。
ミサイルで敵を攻撃し、敵のミサイルを迎撃する。全てレーダーを介して行われ、お互いの艦隊どうしが視界に入らないまま、勝敗が決することになる。
ドック入りの数隻を除き、護衛艦隊のほぼ全力が投入されることになった。護衛艦隊の旗艦の座は、2011年以降空白だったが、この度の作戦では最新のイージス艦「まや」がその役割を担うことになった。
横須賀、佐世保、舞鶴、大湊、呉を母港とする、第1~4護衛隊群および第11~15護衛隊の総勢40隻の護衛艦は対馬北東海域の集合地点に向かっていた。
それに先立って、呉および横須賀の潜水艦隊から20隻の潜水艦が極秘警戒任務のため出港している。
CIAにそそのかれ、呉地方総監部の研究会で「対馬の夜明け」作戦の原案が練られた。いまやそれが現実のものとなり、秘密裏にその準備が進められている。
米軍はこの動きを把握していた。中国海軍は海自護衛艦隊の一部を探知していたが、通常の哨戒任務であり、大軍事作戦の前触れであるとは思っていない。
アメリカの報道官は南シナ海において「航行の自由作戦」を実施中であると発表した。これは同海域の海洋進出を狙う中国をけん制する目的であり、今に始まったことではない。
報道官はさらにオホーツク海での護衛艦「しらぬい」被弾事件に言及した。
「これは過去の歴史に起因する複雑な領土問題であり、日露間で解決すべき問題と認識している。アメリカ政府が介入することはない。日米安全保障条約第五条の『平和および安全を危うくする事態』に該当しないと考える。但し、ロシア側に少しでも核兵器の行使の徴候が見られた場合、我々は条約に基づいて行動する。このことはロシア政府に通告済みだ」
「核兵器の先制使用も辞さないという意味か?」
記者のひとりが質問した。
「その事もロシア政府に伝えている。内容は差し控える」
アメリカの報道官が発表した通り、「航行の自由作戦」により米海軍の駆逐艦が東シナ海から南シナ海の広範囲に点々と配置されていた。
ロシア太平洋艦隊は南シナ海を北上中、米海軍の駆逐艦とすれ違った。米海軍はロシア艦隊の大移動に無関心を装ったが、海自にはしっかり連絡していた。
イージス護衛艦「まや」は第一護衛隊群を率いて集合地点へ向かっていた。米駆逐艦の情報により、ロシア太平洋艦隊の規模、コースやスピードを把握し、対馬海峡通過の日時を推定した。
「まや」の艦橋では艦長が指揮を執っているが、「まや」は旗艦であることから最上位の護衛艦隊司令官が同乗している。
司令官と艦長は、海図を広げたテーブルをはさんで集合地点を確認していた。
「司令官、ロシアとの接触は真夜中になりそうです」
「旧海軍は夜戦を得意としていた。その伝統は我々も引き継ぎたいものだ」
「高性能レーダーで見えない敵と戦う時代です。昼も夜も関係なくなりましたな」
艦長はつい皮肉っぽい言い方になってしまった。これから始まる大作戦を前に、彼には十分な情報が与えられていなかった。
「なぜ太平洋艦隊をわざわざ誘き出して対決する必要があるのでしょう?黒海への到着を待っていれば、それこそ北方海域はがら空きのままで・・・」
「黒海に行かせるわけにはいかない。ウクライナはぎりぎり持ちこたえている状況で、少しでも彼らが不利になることは阻止するべきだ。これは反ロシアで結束する西側諸国の共通の方針だ。それに我々も戦うと決めた以上、敵にダメージを与えない限り戦争は終わらない」
「ダメージを受けるのが我々でなければよいのですが・・・司令官、ロシア艦隊の情報の中に潜水艦が全く含まれておりません。キロ級潜水艦の所在が不明です。もし背後に回られると・・・」
「潜水艦は黒海で貴重な存在になっている。巡航ミサイルでウクライナを攻撃し、港の封鎖をする。極東の潜水艦もヨーロッパへ駆り出されているとの情報だ」
「なるほど。では空からの攻撃はどうでしょう?ハバロフスクやウラジオストクには有力な航空群の基地があります。それこそ背後から戦闘爆撃機の攻撃を受けることになります。その迎撃に忙殺されながら、太平洋艦隊を相手にできるでしょうか?」
「我々の意図はまだ気づかれていないし、夜間の航空機による大規模攻撃はないと見ている。太平洋艦隊を壊滅させた後で十分対処できる」
「壊滅させる、ですか・・・結構なことです」
艦長は頷いたが、顔が納得していないのは明らかだった。
「君はこの作戦に不満のようだが」
「不満ではありません。国が決定した以上、我々は使命を果たすまでです。ただ、我々にその力があるのか、少々不安を感じただけです」
「我々は力をもっている。いいかね・・・」
司令官は淡々と語った。
「不安に打ち勝つことが勝敗を決する、と思いたまえ。我々はシステムを全面的に信頼し、不安を微塵も感じてはならない。8隻のイージス艦はそれぞれの護衛隊群の攻撃目標と優先順位を瞬時に指示し、無駄な重複があってはならない。勝負は一瞬で決まる。敵に反撃を許さない」
司令官の諭すような言葉に、艦長は反論を諦めた。さらに司令官は1枚のメモを艦長に手渡した。
「何です、これは?」
「護衛艦隊1万名へ任務を伝える言葉だ。私が考えた。声に出して読みたまえ」
艦長はB5サイズの紙を受け取り、その手書きの文章を指示通り声に出した。
「護衛艦隊の諸君、これから始まるのは訓練でも演習でもない。本物の戦争である。戦後の歴史の中で、一度も起こらなかったことが今始まろうとしている。何のための戦争なのか?その目的を君たちは知っておくべきだ。だから敢えて話そう。ロシアの傍若無人ぶりは周知の通りだ。他国を一方的に踏み荒らし、何万人もの子供を含む民間人が犠牲になった。そして世界中を食糧危機とエネルギー危機に陥れ、国際社会の重大な脅威、つまりどうしようもない、取引も理屈も通じない、このならず者国家に、世界中が脅かされている。この国と国境を接する我が国はどうか?日本国民の財産が投じられたサハリンの天然ガス事業は、ロシア政府に接収され、彼らの意のままになろうとしている。我が国のエネルギー事情はひっ迫し、食糧事情もいずれ悪化する。戦争は避けるべき最後の手段である。国民を守る戦争、正義と秩序を守る戦争、世界の平和を守る戦争、それは過去に我々が経験した戦争とは全く違う、大義がある。我々はこの目的のために戦う決意をした。さらにもう一つ、これから初めての戦いに挑む、諸君の心構えをここに述べる。我々は一隻たりとも、一兵たりとも失うことはない。我々は一撃のもとに敵艦隊をせん滅する。しかし無用な殺生は避け、漂流する敵の救助には全力を尽くす」
対馬海峡北東の集合地点に護衛艦隊は終結した。まもなく日没を迎える。
沈みゆく太陽に照らされ、護衛艦の群れは赤く染まっていた。