樺太攻略作戦2
州都制圧への道
陸自ヘリのブラックホーク二機はブイコフ北部の山間を縫うように低空飛行で降下地点に向かっている。はるか上空で警戒に当たっていたF-15J五機が旋回して南へ向かっている。F-2と合流してドリンスクの橋を爆撃する為だ。
ブラックホークは川沿いを北上し、目標の鉄橋を発見した。十名のレインジャー部隊はロープで降下し、もう一機から爆薬を含む装備が降ろされた。
隊長は橋の構造を確認し橋脚への爆薬設置作業に取り掛かった。
「隊長!ロシア軍の車列が見えます!」
ヘリのパイロットからの無線連絡だった。橋の上に立った隊長は、山間の道を上ってくる戦車と装甲車の隊列を双眼鏡で確認した。
ホバリングするヘリが敵に発見されたことは確実である。対空戦車「シルカ」の高射機関砲が火を吹いている。
「退避しろ!」
隊長は無線に叫んだが、遅かった。ブラックホークの胴体に二十三ミリ機関砲が命中し、機体は真っ二つになって墜落した。もう一機は急降下で回避し、低空飛行のまま飛び去った。
レインジャー部隊隊長は、ヘリから降ろしていた装備の中から、携行用の対戦車ミサイル「ジャベリン」を取り出した。
橋脚をよじ登ってきた部下の三等陸尉は、息を切らしながら隊長へ報告した。
「あと三か所で終わりです。十五分だけ下さい」
「敵は我々の意図に気付いたようだ。全速で向かってくる」
隊長は「ジャベリン」を担ぎ上げ、立ち上がった。
「準備できたら直ちに爆破しろ。ヘリに連絡を取り、皆を連れて撤退するんだ。今からお前が隊長だ」
爆破まで敵を食い止めなくてはならない。隊長は橋を渡って敵の方向へと向かって行った・・・
陸自上陸部隊の先頭集団は、ユジノサハリンスク空港を目立った抵抗を受けることなく制圧した。第六普通科連隊の隊員たちは、空港ロビーから民間人を監視しているが、銃で威圧することは控えている。ただ、警察官や警備兵は別室へ隔離され、厳重な監視下に置かれた。
管制塔を占拠した隊員たちは空港敷地内を監視している。ロシア空軍の駐在する建屋は戦車に囲まれ、両手を挙げた数十名の兵士が出てくるのが見える。
空港の外を見ると、陸自の第二集団がユジノサハリンスク市街へ向かっているのが見える。九十式戦車を先頭に、九十六式装甲車、高機動車が後に続いている。
間もなく第三集団もやってくるだろう。この空港は彼らを支援する拠点になるのだ。空自の戦闘機、陸自のヘリがここを利用する。物資や隊員の空輸も可能になる。
滑走路では撃墜されたロシア軍ヘリの残骸撤去作業、邪魔になる旅客機の移動作業に隊員たちが慌ただしく動き回っていた。
空港内では陸自の指示により、ロシア語による放送で乗客に呼びかけられている。
「お客様にお願い申し上げます。申し訳ございませんが、今後この空港を利用することはできません。バスを用意しますので、速やかに空港から退去していただきます。我々に敵対的な行動をとらないかぎり、皆さんの安全は保証されます」
ただし軍人らはこの限りではなく、捕虜としての扱いを受けることになる。
駅に通じるレーニナ通りを第二集団は戦車を先頭に一列で進んでいる。さらに進むとレーニン広場が見えてきた。この奥にユジノサハリンスク市役所がある。
「広場に装甲車が配備されています!」
先頭を走る九十式戦車から報告があった。
「BMP-2歩兵戦闘車が少なくとも二十台見えます」
歩兵部隊もいる。明らかに陸自を待ち構え、戦闘態勢をとっている。交通ルールを順守していた陸自の車列は、ここで破らざるを得なくなった。一列になっていた戦車はレーニン広場を取り囲むように散開した。
「対戦車ミサイルです!」
それはBMP-2から発射された対戦車ミサイルだ。9M113ファゴット誘導ミサイルが先頭の九十式戦車の砲塔に命中した。しかし貫通はしていない。
九十式戦車はセラミック複合装甲をもち、防御力が格段に優れている。ただ、外見上は被弾し、炎上しているように見えた。
「やっつけろ!」
報復とばかりに、九十式戦車の主砲、百二十ミリ滑空砲が一斉に火を吹いた。BMP-2の三センチの装甲では紙のように撃ち抜かれる。たちまち数台が炎上し、装甲車の群れは四散し後退していく。
九十式戦車十数両はレーニン広場になだれ込んだ。花壇や噴水台を踏みつぶしながら戦車は驀進し、砲塔は逃げ惑うBPM-2をしっかりロックしている。
徹甲弾が命中し、数台が吹き飛んだ。戦車隊は横転したBPM-2を押しのけ、そのまま市役所庁舎へ向かって突っ込んでいく。
「発砲を控えよ!敵の装甲車は全滅し、歩兵が降伏の意思を示している」
隊長の命令に戦車隊は停止した。後ろからやってきた九十六式装甲車が市役所入口を塞ぐように停車し、降車した隊員たちが次々と市役所へ入っていく。
北部方面総監部のサハリン地図上に、進行状況示すマーキングが記されている。
「F-2でドリンスク西部の二か所の橋を爆撃し、破壊しました」
航空幕僚長が報告した。呉海自幕僚長は陸上幕僚長の顔を伺った。
「陸自レインジャー部隊はブイコフ北部の橋を爆破しました。しかし敵との交戦でヘリ一機を失い、三名の隊員が戦死しました」
呉海自幕僚長はゆっくりと頷いた。
「よくやってくれました。犠牲者が出たのは残念ですが、敵主力部隊の動きを封じることに成功しました。これでユジノサハリンスク占領に向けて大きく前進します」
「しかし、これだけの敵が北上したということは、あなたの言うように防衛省の情報が本当に洩れていることになりますな?」
航空幕僚長は煮え切らない顔で「呉の軍師」に尋ねた。
「防衛省のスパイの存在はある情報筋から把握はしていました。ロシアはスパイ大国で、日本はスパイ天国ですから、いろんな所へ入り込んで堂々と活動しています」
「そいつは誰なのですか?」
陸自幕僚長は怒りを押し殺したように尋ねた。
「もう少し泳がせていたいのです。スパイは逆に利用しなくてはなりません。今回の件で彼がロシアから信用を失っていれば利用価値はありませんが」
空自と陸自のトップは顔を見合わせた。
「一応お聞きしますが、我々の中にはいないと思っていいですな?」
航空幕僚長の問いかけに、呉海自幕僚長は真顔で答えた。
「それは申し上げられません。先ほど申し上げたように、スパイはその正体がばれた時点で利用価値がなくなってしまうのです」
「それでは誰も信用できないではないですか」
陸自幕僚長の憮然とした態度をなだめるように、呉海自幕僚長は答えた。
「この中にはいません。だからあなた方とここで指揮を執っているのです。彼の正体について、ひとつだけ申し上げましょう・・・」
二人は緊張した顔で聞いている。
「我々より上の立場の人物です」
衝撃的だったことは間違いない。それは僅か数人に絞られた事を意味していた・・・